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4.ブェッフェーレのクーデター

夕子たちは、外の通りへ飛び出した。

夕子は驚いた。

砂で形作られた兵士のようなものが、次々と地面から湧き出ていたのだ。


「これは、どういうことだ!?」

アルザーは腰に下げた長剣を抜きながら言った。

「さっきも言ったでしょ。ブェッフェーレのクーデター」

コリンは説明した。


「そもそもなぜブェッフェーレは懲戒解雇されたのか。貴族の人妻と不倫?さすがにそれだけじゃあ、清潔大好きな局長といえども、そこまでするのは難しい」

「つまり、裏があると?」

夕子が聞くと、コリンはうなずいた。

「その通り。実のところ、ブェッフェーレはガシャーナンと関わりがあった」

「なんだと!?」

アルザーが叫んだ。しかし、夕子には分からなかった。


「ガシャーナンって?」

「ああ、そっか。ユウコは分かんないんだったね」

コリンは教えてくれた。

「ガシャーナンは隣の国。戦争中のね」

今度は夕子でも分かった。

戦争中の敵国と、中央魔道局の副局長が繋がっていた。

これは、とんでもないことだ。


コリンは続けた。

「これは大スキャンダルだ。しかも、表には出せない部類のね。

だから、表向きには不倫のせいということにして、ブェッフェーレを懲戒解雇し、軟禁していた。しかし」

夕子たちの目の前には、通りからあふれんばかりに砂の兵士がひしめき合っていた。

「ブェッフェーレは軟禁場所から逃亡、魔方陣制御塔をジャック。王都魔方陣を利用してクーデターを起こす。これが、ブェッフェーレの逃亡を手引きしたガシャーナンのスパイの筋書き」


それから、アルザーは気づいて聞いた。

「待て、なぜそんなことをお前が知っている?」

「盗聴。あは」

コリンがにたりと笑うと、アルザーはあんぐりと口を開けた。


悲鳴。

砂の兵士たちが、通行人たちを襲い始めた。

「お前に聞きたいことは山ほどあるが、まずは目の前のことをなんとかしよう」

「りょーかい」

それから、コリンはローブの中から一つの巻物を取り出し、広げた。

そこには、複雑な円形の紋様が描かれていた。魔方陣だ。


「『水兵』」

コリンがそう呟くと、空中からぐにゃりと水でできた兵士が次々と生まれた。

「アタシが砂兵を食い止める。あんたは魔方陣制御塔に行って、ブェッフェーレを直接止めて」

「分かった」

「ブェッフェーレは、魔方陣制御塔の『鍵』を持ってるはず。それは、ランタンのような形をしたものよ。それに向かってこう言って。『停止せよ』。これだけで良い」

「おう」

「あはは!さあ、アタシらで手柄を取るわよぉ!!!」

「それが目的か!!」


ブェッフェーレの砂兵とコリンの水兵が激突し始めた。

「――もっと出力を上げる」

コリンの身体に、青い閃光の線が入れ墨のように光った。

そして、コリンの身体は徐々に宙に浮かび始めた。


「…すごい」

夕子が呟くと、アルザーが言った。

「感心している場合じゃない。ユウコ、一緒に来てくれ」

「え?私も?」

「ああ。ユウコには、見てもらいたいんだ。俺の実力を」



アルザーは、夕子を背負わせて欲しいと頼み、夕子は了承した。

そして、アルザーと背負われた夕子は、一直線に遠くで頭だけを出している魔方陣制御塔へと向かった。

アルザーは、走りながら言った。

「俺は、ユウコに勇者になって欲しいと考えている。しかし、その旅には危険が伴うことも事実だ。そして、俺は戦士としてその危険を取り除かなければいけない。使命と呼んでも良い。だから、俺は君に実力を示したい。そして、君は判断してくれ。俺が戦士として君にふさわしいか」

アルザーは、夕子をおんぶし、喋りながら走っているのに、全く息を切らさなかった。

アルザーは続けた。


「もちろん、ユウコが俺のことを信頼できないというのは分かる」

「え?なんで?」

夕子は、突然アルザーが言い出したことに驚いた。

夕子は、アルザーのことをそれなりには信頼していたからだ。

「エンヂが言ったことを覚えているかい?俺は、あの盗賊の頭領と二人でユウコに出会ったとき、すぐに頭領を倒して、ユウコと二人で逃げるべきだった。本当にその通りなんだ。だけど、あのときの俺は、完全におかしくなっていた。あの男の言うとおりにしないといけないと、思考が洗脳されていたんだ」


アルザーは強い人だ。そんなアルザーでも、あの状況にはこたえていたのだ。

「これはただの言い訳だ。君を助ける判断をできなかったことの、言い訳に過ぎない。それでも、俺はユウコのことを勇者にふさわしい人物だと考えているし、認めてもらいたいと思っている。だから、これは言うなれば挽回の機会だ。俺は、力を示してみせる。そして、あわよくば君に許してもらえたらと思っている」


「…許すも何も、私は何にも怒ってないよ。大丈夫」

「…ありがとう。頑張るよ」

夕子が言うと、アルザーは小さく呟いた。



夕子たちは、大通りを駆けていった。

その途中では、やはり多くの砂の兵隊が生まれて、通行人を襲っていた。

出動してきた兵士もいた。彼らは、剣や槍を武器に戦っていた。

そして、水の兵隊もいた。コリンの魔法で生み出された兵だ。

…こんなに離れたところにも、力を及ばせている。

コリンの力の大きさが、うかがい知れた。


アルザーは、騒乱が起きている大通りを縫うように駆け抜けていった。

アルザーは呟いた。

「今、襲われている人を助けても、大元を断たなければ意味が無い」


それからほんの少しして、二人は魔方陣制御塔にたどり着いた。

遠くから見ると細かった建物だが、近くで見ると異様な威圧感を持ったとても大きくて高い塔だった。

その入口には、二人の男が倒れていた。兵士だろうと思われるその二人は、砂の縄で身体を縛られていた。


アルザーは、夕子を背中から降ろして、その二人に話しかけた。

「どうした」

「ブェッフェーレだ。あいつが襲撃してきた。俺たちゃこのざまだ。ちくしょう」

「もう少しそうやって寝ていろ。砂の縄をほどく時間も惜しい」

「おう。実を言うと昨日は夜更かししちまったんだ。全部終わったら起こしに来てくれ。おやすみ、アルザー」

その兵士は、アルザーの顔を見ると、ほっとしたように冗談を言った。


「行こう。ユウコ」

夕子たちは、塔の中に入った。

塔の中には、終わりが見えないぐらいの螺旋階段があった。

アルザーは夕子をもう一度背負って、その階段を駆け上がっていった。

頂上までたどり着くのに、数分かかった。


螺旋階段の頂点の先には、一つの扉があった。

大きな扉だ。金と銀の装飾が施され、開けようとする者を萎縮させる雰囲気があった。

アルザーは、夕子を背中から降ろし、長剣を抜いてから、その扉をゆっくりと開けた。



中は、広々とした部屋だった。

二つの大きな窓が左右に開放的に開け放たれ、絨毯の刺繍が日を反射して光っていた。


――そして、なによりも、中央に鎮座する巨大な青色の岩。

その岩は、宝石のように透き通っていて、鏡のように全てを輝かしく写していた。

その輪郭は、淡い水色の光を帯びていた。


その横に、二人の男がいた。


一人は、銀色のローブに白髪交じりのオールバック。手に、ランタンのようなものを持っていた。魔方陣制御塔の『鍵』だ。『鍵』のちょうどランタンの光が灯るところには、青い炎が燃えていた。

もう一人は、ラフな白色のYシャツと、燃えるような金髪で、腰に剣を下げていた。

「ユウコ、ローブがブェッフェーレ、もう一人の方は顔も見たことがない。まあ、後ろで見ていてくれ」


ブェッフェーレは、言った。

「よう、間抜けなアルザー。もう一人のガキは見たことがないな。娼婦にしては若すぎる。あの下品なフィアンセじゃあ我慢ができなくなって幼女趣味に走ったか?」

「ははは。要職から解放されてずいぶん口が汚くなったな。ガシャーナンのケツをなめる薄汚い小間使いにはお似合いだが?」


アルザーが返すと、ブェッフェーレは苦虫をかみつぶしたような顔をして、言った。

「ホンホト。手が離せん。あいつをどうにかしてくれ」

「ええ、もちろんですよ。マイケリン殿」

ホンホトと呼ばれたもう一人の男は答えて、剣を抜いた。


アルザーは言った。

「君の顔には全く覚えがない。おそらくは、コリンが言っていた手引き役のスパイだな?」

ホンホトは答えた。

「口うるさい奴だ。お前たちたちには死んでもらおう」

「はは。本気で言っているのか?第一に、お前じゃあ俺に勝てない。第二に、このクーデターはどうあがいても失敗する。どうして、王都の勢力を相手にクーデターが成功するなんて考えたんだ?…いや、違うか。これは失敗が前提なんだな?へまをして尻尾を出したブェッフェーレのいたちの最後っ屁な訳だ。成功しようと、失敗しようと、何もやらないよりはましという訳だ」

「…黙れ!」


ホンホトがアルザーに斬りかかった。アルザーは、それを受け止める。

カキン。鋭い金属音が広い部屋に響く。

アルザーは、声色を全く変えずに言った。

「やっぱり剣筋がガシャーナンのものだ。俺の推測は合っていたわけだなっと」

アルザーは剣を押し返し、中段を目指して横になぎ払った。

ホンホトが受け止める。金属音。


それから、アルザーとホンホトの剣戟が始まった。

その戦いは、夕子の目でも追えるくらい、ゆったりとしたものだった。

アルザーが攻撃して、ホンホトが防ぐ。金属音。


しかし、ホンホトは見るからに辛そうだった。何度も呻き声を口に出して、なんとかアルザーの攻撃を防いでいた。

一方のアルザーは、何でも無いようだった。攻撃して、受け止められて、一拍おいてまた別の箇所を攻撃する。それを、緩やかに繰り返す。


それだけで、ホンホトは酷く消耗していた。力の差は歴然だった。


勝負は急に決まった。

ホンホトが上段の剣を受け止めた瞬間、よろめいて膝をついてしまった。

アルザーは、その隙を見逃さず、瞬時に剣を翻して、ホンホトの太腿を切りつけた。

ホンホトは受けられなかった。鮮血が飛び散る。

「お前には、捕虜になってもらわなきゃな」

アルザーはそう言って、もう片方の太腿にも剣を立てた。

ホンホトは、その場でうずくまって動けなくなった。


「さて、次はお前だな」

アルザーは、ブェッフェーレの方に向き直り、剣先を向けた。

「ブェッフェーレ、お前にはもう手がない。魔方陣をジャックし、砂の兵を操りながら俺に対応しようなんて、到底無理だろう?痛い目に遭いたくなかったら、さっさとその『鍵』を渡しな」

「くっ」


ブェッフェーレはうろたえた後、不意に不気味に微笑んだ。

「いいや。まだ手は残っている。私だってこんなことはしたくなかった。だがお前がやらせたんだ」

「…なんだと」

「最後の手。それは…」


ブェッフェーレは、『鍵』を左側の大きな窓の外に投げ捨てた。

「『鍵』を壊してしまうことだ!!」


ランタンのような形をしたもの、つまり『鍵』は、塔の頂上から落ちていった。

そして、落ちていく影が、もう一つ。


――夕子だった。


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