17.幼児連続失踪
「おい、ユウコ。あれ見てみろよ」とダンデが言った。
「あれって?」
「掲示板の依頼紙だよ。とんでもないことが書かれてる」
「…この距離で掲示板の文字が見えるのはダンデだけなんだけど」
夕子たちがいつものように朝一番にギルドに着くと、すでに掲示板の前に人だかりが出来ていた。違和感なのは、いつもよりその人数が多いことだ。
普段は掲示板に張り付くことがない銀ランク以上の顔ぶれも掲示板にかじりついている。
「それで、なんて書いてあるの?」
「…『幼児連続失踪事件の調査』」
「え?」
「『幼児連続失踪事件の調査』だよ。なんだってこんなのがギルドの掲示板に張り出されてんだ?」
「いわゆる、ギルドの社会奉仕義務って奴だよ」
そう言って夕子たちに話しかけてきたのは、ゲイクだ。<鉄の斜塔>一行もいる。
「なーに?今日は早いじゃない」とコリンが応じた。
「件の依頼は、実は昨日のギルド営業時間が終わるすれすれに張り出されたんだ。だから、夜のうちにすっかり噂が広まってね。僕たちを含めた大勢が一目見ようと集まってるってわけさ」
ゲイクたちとは、あれから何度か食事に行き、様々な情報をもらっていた。その中で、お互いにため口を使う程度には仲が深まったのだ。
「ギルドの社会奉仕義務って?」
「ギルドは何かと目を付けられている集団でね。法律で定期的に社会奉仕をすることが義務づけられているんだ。今回は事件の捜査だけど、役人の護衛だとか、逃亡中の犯罪者の捜索だとか、結構レパートリーがあるんだよ。報酬も良いし、社会奉仕義務に関する依頼を好んでる冒険者も少なくないね」
「へえ、ゲイクは何でも知ってるね」
「ははは。褒めすぎだよ、ユウコさん。…でも」
ゲイクは表情を暗くした。
「幼児連続失踪か…穏やかじゃないね」
「そうだな。俺も騎士団で子供の誘拐事件を受け持ったことがあるが、正直二度とやりたくないと思ったね」
「アルザーの時はちゃんと見つかったの?」
「いや…もう亡くなってた」
「そうなんだ…」
「そうなると気になるのが、誰があの依頼を受けるかだよな」とダンデが言った。
「まあ、僕たちじゃあ受けられないからね」
「え、ゲイクさんたちでも受けられないの?」
「ああ、さっき少しだけ見れたんだけど、でかでかと書いてあったよ。白金以上だって」
「白金!?」
冒険者のランクは、鉄、銅、鋼、銀、金、白金、金剛、黒曜の順だ。つまり、ゲイクたちよりも三つランクが高くないと受けられないのだ。
「白金ランクなんて、見たことない」
「ユウコさん、僕たちもだよ。白金ランク以上になると、掲示板でクエストを探したりしない。ギルドから直接依頼が降りてくることがほとんどなんだ。だから、自然とギルドに通う必要はなくなるし、僕たちみたいな低ランクとは関わる機会すらなくなる。まあ、金ランクぐらいになると、向こうの方から接触してくるなんてことがあるらしいけどね」
「へぇー。将来有望な奴につばつけとこってわけね」
「言い方は悪いが、まあその通りだよ。だから、俺たちみたいな低ランク帯からしてみたら、お声がかかったら一流冒険者の証になる天上人って感じだね」
「でも、あの依頼は直接白金以上の人たちに渡されないんだ?」
「社会奉仕義務に関する依頼は、掲示板に貼り出すということが決まってるんだよ」
「後は、その連続失踪に関する情報が他の冒険者から落ちてこないかなーっていうギルド側の思惑もあるでしょうね」
「なるほど。確かに、皆あの事件に目が行ってるもんね。下手に聞き込みをするよりもよっぽど情報が集まりそう」
そんな風に話している間に、掲示板の人だかりはさらにすごいことになっていた。
「まずいね。これじゃ私たちの依頼が受けられなくなっちゃう」
「俺ならここからでも見えるからさ、内容だけ見て受付で話せば受けられるんじゃない?」
「あれ?ユウコさんたちはクエストに行っちゃうのかい?白金冒険者を一目見る機会なんてそうそう無いよ」
「でも、結局依頼を受けなきゃランクだってあがらないし、私はいいかな。アルザーと、コリンと、ダンデはどう?」
「ユウコに賛成」
「同じくー」
「俺はちょっと興味あるけど、まあリーダーに従うぜ」
夕子は笑ってゲイクたちに向き直った。
「そういうわけだから、私たちはもう行くね。白金冒険者がどんなだったか、またご飯しながら教えてね」
「ははは、ユウコたちはすごいよ。分かった。しっかりとこの目に焼き付けて、伝えるよ。日時はまた話し合おう。それじゃあ」
「うん。バイバイ」
こうして、夕子たちは<鉄の斜塔>一行と別れ、受付に向かっていった。
*
ユウコたちが、いなくなってから十分ほどだろうか。
人が更に増えてきて、その暑苦しさにゲイクもユウコの判断が正しかったのだと思い始めたころ、一声が喧噪を切り裂いた。
「皆さん、掲示板から離れてください」
その声の主は、入口に立っているギルド長のウェストラリアだ。彼の横には、赤く分厚い鎧を身に纏った金髪の男が立っている。すっかりギルドの中は静かになった。全員が、息を飲んでこう思っているのだ。
おそらくは、彼がそうなのだ、と。
「皆さん、道を空けてください」
もう一度ウェストラリアが声をかけると、掲示板前の人の塊は徐々に二つに分かれていった。
そうして出来た道を、ウェストラリアと赤い鎧の男が通っていく。
「ギルド長!!そっちの人が白金冒険者なんすかー?」
人混みから、大きな声で誰かが質問した。
あまり行儀の良い行いではないが、ゲイクはその声の主に感謝していた。この場にいて、そのことが気になっていない者などいないのだ。
ギルド長が赤い鎧の男を一瞥した。すると、赤い鎧の男は群衆の方に向き直って、口を開いた。
「私は、クィド・ノーノロイズ。<光の剣の鎬筋>のリーダー。金剛冒険者だ」
「金剛!?」
誰かが声を上げた。ゲイクもそうしたい気分だった。
金剛は、白金よりも更に一つ上のランクだ。
クィドは続けた。
「このたび、『幼児連続失踪事件の調査』を受け持つことになった。しかし、私たち<光の剣の鎬筋>だけでこの事件が解決できるとは思っていない。皆さんの協力が必要不可欠だ。ほんの些細なことでも良い。何か手がかりになりそうなことがあったら、遠慮せずに教えて欲しい。窓口は、ギルドの受付だ。もしもそれが重大な情報だと判断されたら、私たちが直に話を聞かせてもらう。それではよろしく」
そこまで言うと、クィドはウェストラリアと一緒に奥の部屋へと入っていった。
その扉が閉じた瞬間、クィドが来る以前よりもずっと大きな喧噪が辺りを包んだ。誰しもが浮き足立っている。それは、ゲイクも同じだった。
役に立つ情報があるのなら、直に話を聞く。つまり、コネを作ってやるということだ。
ここに居合わせた者は皆事件の捜査に乗り出すだろう。自分たちの出世のために。
うまいことやるもんだ、とゲイクは思った。
そんなゲイクに話しかける影があった。受付嬢だ。
「すみません、ゲイクさん。伝言です。昼の十二時に、こちらの店に来て欲しいとのことです」
そう言って、受付嬢は小さな紙を渡してきた。その紙に書かれていたのは、ゲイクでも知っている高級店だった。
「伝言って、誰からのですか?」
「クィド・ノーノロイズ様からです」
*
「君たちに、案内役を頼みたいんだ」
机越しにクィドが言った。
高級店の食卓を、<光の剣の鎬筋>と<鉄の斜塔>の面々が囲んでいる。
「私たちは本拠地が王都でね。ここの地理に明るくないんだ」
「だと言いましても、鋼ランクの我々で良いのですか?」
「もちろん。鋼ランクっていうのはちょうど良いんだ。金ランクは白金を目前にしているから気の強い奴が多い。銀ランクはいかんせん力がつき始める頃合いだから素直じゃない。その点、鋼ランクは良い。一生懸命仕事に当たってくれる」
「…そうですか」
「ははは、そう身構えなくてもいい。君たちに何か特別なことをして欲しいわけじゃない。本当に道案内をしてくれるだけでいいんだ。我々と一緒に来てくれるだけで良い。もちろん、ちゃんと報酬は払う」
「…しかし、たかが道案内でそこまでしていただけるんですか」
「将来有望な若手という奴を我々も手元に置いておきたくなってね。ギルドの方に聞いたのさ。鋼ランクで一番骨がある奴は誰かってね。そしたら君たちの名前が挙がった。つまり、我々としても君たちと今回だけの関係というつもりはないということだ。もちろん、君たちが良ければの話だが」
「も、もちろん構いません!!一生懸命やらせて頂きます!!」
ゲイクはほとんど叫びのような声を出した。その後で、この店にその大声はそぐわないと気づき、赤面した。
クィドは、おおらかに笑った。




