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9.『闇の王子』教団

「しかし、不思議ですね」


夕子たちは、聖女宅に招かれ、夕食をごちそうになっていた。

聖女の側に、騎士が顔全体まで覆う鎧を着たまま立っていた。コリンが、彼女は食べないのかと尋ねると、いつも同時に食事をすることは無いということだった。

それにしても、冑だけでも取ればいいのに、と夕子は思った。その下に隠されている素顔が見たいから、というのが理由だった。


その席で話題になっていたのが、昼間の襲撃についてだった。


「あの襲撃には、いくつか不可解な点がありますね」とアルザーが言った。

「まず、そもそも勝ち目がないということです。聖女様のお付きである騎士様は、魔法を司る魔法騎士です。だからこそ、これまで安易に聖女様の命を狙おうとする輩はいなかった。ましてや、素人に毛が生えた集団では到底かなうはずがない」

「にも関わらず、彼らは襲撃を決行した」


聖女の相づちに、アルザーはうなずいて、続けた。

「次に、聖女様の命を狙う理由がないということ。聖女様は、聖水を扱う上で必要になる特別な魔術回路をお持ちの類い希なる方です。そして、その聖水を必要とする者は、単に冒険家に留まりません。盗賊や山賊、都市を根城とするマフィアだって聖水を必要としますし、現に今日だってそれらしい輩も来ていました。聖女様がいなくなって困るのは、表の住人だけではないということです」

「ええ。自分で言うのもなんですけれど、命を狙われる理由なんて全く覚えがありません」


「正直言って、今回の襲撃事件で得をした人間がいるとは思えません」

そうアルザーが結んだとき、食卓に一人の兵士が訪れた。


「聖女様、かの者の取り調べがある程度終わりまして、得られた情報を報告しに参りました」

「ありがとう、よろしく」

「…他の方々もご同席なさるということでよろしいですか?」

「ええ、彼らには聞く権利があるわ」

「なるほど、承りました」

そう言って、兵士は説明を始めた。


聖女襲撃を実行したのは、小規模の盗賊集団だ。しかし、彼ら自身が計画したわけではない。

彼らは、ある者から依頼を受け、金を受け取って今回の犯行に及んだ。


「その依頼主というのが、闇の王子教団の構成員だということです」

「なんだって!?」

そう声を上げたのはアルザーだ。


「その構成員というのは、特定できそうなのかしら?」

「いいえ、彼らも実際に面と向かって会ったことはなく、文書でのやりとりが主だったようです。闇の王子教団というのも、その文書に書いてあったと」

「…今回の事件の黒幕が闇の王子教団だとは考えにくいんだがな」


「っていうか、闇の王子教団って何?」

考え込むアルザーたちに、夕子は問いかけた。


アルザーは難しい顔を崩さずに説明した。

「…まず、闇の王子について説明しよう。


闇の王子とは、王歴三〇四年にある事件を起こした、王子の通称だ。この王子は、第六の王の息子で、第二王子だった。彼が起こした事件というのは、クーデター、王城の占拠だ。その際に、第六の王や第一王子をはじめとした王族の者をほとんど皆殺しにし、要人も数多く手にかけた。それだけに留まらず、王立図書館に所蔵されていたほとんどの魔術書を焚書するという暴挙にまで及んだ。彼が、どうしてこのようなことをしたのかは分かっていない。しかし、結果として王族は離宮にいた幼い第三王子とその母しか残らなかったし、貴重な魔術は多く失われた。


ちなみに、このクーデターは『五竜』の一角である緑竜が治めた。その功績をたたえられて、緑竜は今もなお王族の寵愛を受けている。実際に、緑竜は王城に住んでいるらしい。ユウコが勇者になった暁には、緑竜とも会えるかもしれないね。


…そして、この闇の王子を救世主とたたえる集団が、闇の王子教団だ。教団といっても、その実態は犯罪組織だ。密輸、奴隷売買、薬物、様々な犯罪に彼らは関与している。その構成員は、組織が行っている事業に対して非常に少数であることが知られていて、取り締まりを行っても、教団が派遣した末端の人物しか捕らえられず、核のメンバーにはこれまで一度も手が届いたことがないというのが実情だ」


「…なるほど」

つまり、闇の王子教団という大きな犯罪組織があるのだ。その犯罪組織は構成員がごく少数なこともあって、騎士団の取り締まりにもうまく引っかかってくれない。そして、その組織が今回の襲撃事件に関与しているというのだ。


「さっきも言ったが、今回の襲撃に本当に闇の王子教団が関与しているとは考えにくい」

「ええ、私もそう思う」

聖女も同意した。

「彼らはプロフェッショナル。こんな利の無い襲撃をしようと考えるとは思えないわ」

「それに、闇の王子教団の尻尾を掴むのは本当に大変なんだ。少なくとも、たった数時間の取り調べで自白をするような連中を手足にすることはない」


「…わ、私は、あ、ありえると思います…」

か細い声でそう言ったのは、聖女の騎士だ。


聖女は聞いた。

「その理由は?」

「さ、最近活発化している、粗悪な聖水の密売に闇の王子教団が関与している可能性が高いからです」

「確かに、その繋がりが考えられるのね」

「…聖女様、失礼ながら、その密売とは?」


アルザーが聞くと、聖女は部外秘であると言った後に説明した。

「聖水が出る泉というのは、教会のものだけではありません。アルカーレを中心とした一帯にも、たくさんあるのです。しかし、そういった別の泉は活用されません。その理由は、他の泉の聖水の質の悪さにあります。皆さんご存じのように、魔王をはじめとした魔物の一部に、呪いを含んだ攻撃をするものが存在します。そして、その呪いをはじき返すのに必要なのが聖水です。そして、歴代の勇者たちも魔王の呪い攻撃に対処すべくこの教会を訪れたのです。しかし、聖水が呪い攻撃をはじき返すのには、一定の聖水の質が必要になります。その質が担保出来ているのは教会の聖水だけで、その他の泉から採れるものは質が足りない粗悪品なのです」


なるほど、聖水を採れる泉は他にもあるが、それらから採れる聖水では呪い攻撃をはじくのに十分な質を持っていないということなのだ。

そして、夕子は初めて聖水の用途を聞いて、呪い攻撃とはどのようなものなのかが気になったが、聖女様の話の途中だし、後で聞こうと思った。


聖女は続けた。

「しかし、そのような質の悪い聖水を勝手に採取して密売する者が現れたのです。その輩は、粗悪な聖水を安価で卸すことで利益を得ているようです。当然、それは教会の収益に影響を与えるものです。ただ、そのような密売は基本小規模でしたし、質も伴わないためそこまで大きな問題にはなりませんでした。ですが、ここ最近になって、その規模が急激に拡大したのです」

「…その拡大の原因が、闇の王子教団だと?」

「その通りです。闇の王子教団のような犯罪組織には、繋がりの深い卸市場というのがあります。そして、騎士団は大抵の卸市場がどの組織と繋がっているかをなんとなく把握できているのです。その闇の王子教団の卸市場に、粗悪な聖水がここ最近になって急激に多く売られるようになったということです」


アルザーは顎をさすりながら言った。

「…そのような背景があるのなら、今回の襲撃にも意味を見いだすことができますね。おそらくは、脅しでしょう。もしも我々のビジネスを邪魔するようなら、お前の命はないぞ、というね。それにしても雑すぎる気はしますが」

「…そ、そうですよね」


「私たちとしても、近々正式に騎士団へ聖水の無断採取と密売を実行している者たちの捜査を依頼しようと考えていました。ですが、私たちには一つ、懸念があるのです」

「その懸念とは?」

「王国騎士団の隊長の前でこのようなことを言うのははばかれます。しかし、はっきりと言わせてもらいますが、ずばり内通者の存在です」

「…私としては、ふざけるなと怒鳴るのが正解なのでしょうが、おそらくは聖女様の考えは正しいでしょうね」


夕子は驚いて聞いた。

「騎士団に、闇の王子教団の内通者がいるってこと?」

「ああ。闇の王子教団にとどまらず、大規模な犯罪組織というのは取り締まる側に内通者を持っておくものだ。現に、そのような内通者のせいで作戦が失敗したことも多々ある。内通者を捜し出す専門の部署があるぐらいだ。そして、それほど大規模な事業を行っているのなら、確実に内通者は確保しているだろう」

「わぁ、大変だね」

「ははは。そう、大変なんだよユウコ。俺も何度面倒くさい目に遭わされたか」


「ふふふ。…話を戻しますと、聖水の密売人を取り締まりたくても、騎士団を頼りづらいというのが現状でした。しかし、私たちは今、新たなカードを手にしました」

「新たなカードとは?」


「あなたたちです」


聖女はピンと姿勢を伸ばして言った。

「あなた方に、密売人の捕縛を依頼します」


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