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ミリアムがレイチェルの姉であることは、先ほどテラスで話を聞いて彼は知っているはずなのに。
なのになぜ、態々ここでそれを聞いたのか。
ほんの短い時間をテラスで共有しただけのことではあったが、レイチェルにはレアンドルの性格が何となく自分に近いものがあると感じていた。
いや、自分などよりも遥かに黒いものを感じたのだ。
であれば、意味のないことはしないのではないか。
そこに何かしらの意図があってのことであれば、彼に話を合わせた方がいいだろう。
怪訝そうに見ていた視線を、レイチェルは柔らかいものに変えた。
「いいえ、彼女は友人ではなく私の姉のですわ」
「ミリアム・バフェットと申します。この度はご卒業おめでとうございました。無事のご帰国、何よりでございます」
「レイチェル嬢の姉君でしたか。ありがとう。留学といってもそれほど離れていない隣国で、気心知れた幼なじみと一緒だったのでね……っと、噂をすればだ。彼が今言った、私と一緒に留学していた幼なじみだ」
レアンドルはそう言って、少し離れたところからこちらを見ていた青年を手招きした。
レアンドルの幼なじみだという彼は、この国では珍しい黒髪・黒目のガッシリとした体躯の青年だった。
レアンドルほどではないが、彼もなかなかに整った顔立ちをしている。
レアンドルが王子様タイプの容姿であるとしたら、彼は戦う騎士様タイプといったところだろうか。
だが残念なことに眉間に皺を寄せているため、何とも近寄り難い印象を与えている。
「レン、何か用か?」
見た目通りのぶっきらぼうな言い方だが、声は良いとレイチェルは思った。
「いや、今彼女達に私の留学話をしていてね。……彼が私と一緒に留学していたライリー・ステラートだ」
レアンドルがレイチェルとミリアムにライリーを紹介すると、ライリーは特に笑顔を見せることもなく、
「……ライリー・ステラートです」
と言った。
そんなライリーの様子にレアンドルは面白そうに口角を上げる。
「お前は相変わらずだな。美しいご令嬢達を前に、もう少し柔らかい表情が出来ないものかね」
「俺にそれを求めること自体が間違っていると、いい加減気付け」
そんな気安いやり取りをしていたレアンドル達であったが、丸っと存在を無視されていた伯爵子息は気不味さからかそっとその場を後にしていた。
それを横目で確認したレアンドルは、
「では私はレイチェル嬢と踊ってくるから、ライリーはミリアム嬢のお相手を頼む」
言うが早いかレイチェルの手を取り、ダンスホールへと向かう。
「え? ちょ……」
ミリアムから引き離され、慌てるレイチェルの耳元にレアンドルは顔を寄せて囁いた。
「クズを大好きな姉から引き離してやっただろう?」
レイチェルはガバッと音がしそうな勢いで耳に手を当ててレアンドルから距離を取ろうとしたが、しっかりと繋がれた手がそれを邪魔する。
口をパクパクと開閉させ、上手く言葉を紡げずにただただ顔を赤く染めるレイチェル。
そんな彼女を満足そうに一瞥し、レアンドルは止めていた足をダンスホールへ向けた。




