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「お姉様!」
ミリアムにガバッと抱きつき、勢いよく見上げたレイチェルの瞳には薄らと涙が滲んでいる。
その姿は庇護欲をそそられるだろうほどに、か弱く見える。
ーー全て演技だが。
「まあ、レイチェル。どうしたの?」
ミリアムは心配そうにレイチェルの顔を覗き込みながら優しく頭を撫でる。
本気で心配してくれている姿に、レイチェルはミリアムがチョロ過ぎて逆に心配になるが、今大切なのはそこではない。
レイチェルがやらなければいけないことは、すぐ横にいるこの伯爵令息から上手くミリアムを引き離すことだ。
レイチェルは瞳をうるうるさせながら、
「し、知らない方にテラスに連れて行かれそうになって……」
それは大きな声ではなかったが、近くにいた者の耳にスッと入ってきた。
その者達の視線は自然とレイチェルが来たであろうテラスの方へと向けられる。
己に視線が集中してしまった青年は、
「そうきたか。参ったな」
苦笑しながらゆったりとした足取りで会場内へ戻ってきた。
青年の姿に皆が驚きの表情を浮かべており、その意味が分からずレイチェルは首を傾げる。
「随分と可愛らしい令嬢がいたので、ダンスに誘おうとしたのだけどね。突然で驚かせてしまったかな? 改めまして、レアンドル・バートンです」
なんとこの青年、パーティーの主役であるバートン侯爵家の嫡男であった。
レイチェル達はバートン侯爵夫妻には挨拶したものの、この時側にいなかった嫡男にはまだ挨拶をしていない。
パーティーに参加している伯爵家令息達のチェックに忙しく、嫡男を探してまで挨拶することをしなかったのだ。
まさか主役であるはずの侯爵家の嫡男がテラスの柱の影に隠れているなどと、誰が想像するというのか。
レイチェルは驚きに口をポカンと開けて、その顔を見たレアンドルはイタズラが成功したように破顔する。
「レディー、君の名前を教えてもらえるかな?」
遥かに格上である侯爵家の嫡男にこう言われては、名乗らぬわけにはいかない。
レイチェルは引き攣った笑みを浮かべた。
「大変失礼致しました。わたくしはレイチェル・バフェットと申します」
「レイチェル嬢か。君にピッタリな可愛らしい名前だね。隣の女性はレイチェル嬢のお友達かな?」
レアンドルはミリアムへと視線を向け、レイチェルは怪訝そうな瞳をレアンドルへと向けた。