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ミリアムは早速レイチェルに言われた通りに伯爵家の令息に近付き、さり気なくハンカチを落とす。
ちなみにこのハンカチにはレイチェルの指示で仄かな石鹸の香りを纏わせてある。
『男は甘ったるい香水なんかよりも仄かに香る石鹸の香りを好むものよ』とドヤ顔で言い切ったレイチェルに、ミリアムは感心したように頷いて準備したのだ。
「あの、落とされましたよ」
思惑通りに伯爵家令息はハンカチに気付き拾ってくれたようだ。
レイチェルの指示通りにミリアムは淑女としての笑顔ではなく、いつもレイチェルに向けるようなふにゃっと柔らかい笑みを浮かべてお礼の言葉を口にした。
「まあ、ありがとうございます。とてもお気に入りのハンカチでしたの」
令息はミリアムの笑顔に顔を赤く染めて呆然としている。
妖艶な美女(風)のミリアムがふにゃっと無防備な笑みを浮かべる姿は、破壊力が半端ないといつもレイチェルは思っていた。
いわゆるギャップ萌えというものだろう。
自分しか知らないミリアムの笑顔を他人に見せるのは全くもって面白くないが、背に腹は変えられない。
「私しか知らないミリアムの貴重な笑顔を見せてやったのよ。これで落ちない男はいないはず! そこでさり気なくボディータッチして……」
「いや、それは逆効果だと思うけど?」
「え? 誰!?」
レイチェルが慌てて振り返ると、そこにはまるで面白いものでも見るような目でレイチェルを見ているイケメンがいた。
少し短めの銀に近い金髪にコバルトブルーの涼し気な目元の青年は、よく見ると着ているものの生地はとても上質なものであることが分かる。
爵位の高い家の出か、とても裕福な家の出か……。
って、そんなことより。
「誰もいなかったはずなのに……」
「ん? ああ、そこの柱の裏にいたんだ。言っておくが、先にテラスにいたのは私だからな」
言いたいことを先回りして言われたことに少しムッとしてしまう。
そんなレイチェルを可笑しそうに見ていた青年は、ガラス扉の向こう側にいるミリアムを指差して言った。
「君が心配しなくても彼女なら男の一人や二人、簡単に持ち帰れそうだけど?」
男の言葉にレイチェルはキッと睨み付け、そしてフイッと視線をミリアムに戻して言った。
「ミリーはあんな見た目のせいで誤解されがちだけど、中身はおっとりのんびり穏やかで優しい姉なの! 大輪の薔薇よりも菫の花が好きだし、贅沢も好まないし、我儘言わないし、本を読むのが好きだし、刺繍だって売り物になるレベルで上手なんだから!」