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ライリーの口からレイチェルも一緒にステラート家で面倒を見るなどという話が出て、思わず淑女らしくない大きな声で叫んでしまった。
「いやいやいやいや、そこまでして頂くわけには参りません!」
……いや、だって、ねえ?
ミリアムと一緒にバフェット家との縁切り手続きをしてもらえるだけでも、相当ありがたいことだというのに。
もし仮にステラート家でお世話になったとしたら、きっとバフェット家のうん十倍は快適で贅沢な生活が出来るに違いないとは思う。
とはいえ、ミリアムがライリーの婚約者としてステラート家でお世話になるのは分かるが、縁切り後の彼女とレイチェルは半分血の繋がった他人となるのだ。
正式に結婚するまでミリアムは母方の子爵家の性を名乗ることになり、レイチェルはただのレイチェルに。
ステラート家にとっては全く関係のないただの平民の面倒をみることになるわけで。
使用人として雇ってもらうならばまだしも、そんな環境絶っっ対に気疲れして落ち着かないに決まってる。
だったら、衣食住の全てを自分で働いてまかなわなければならなかったとしても、自由な平民暮らしに戻った方がよっぽどいい!
幸いにもミリアムから貴族のマナーを学んだこともあり、商会などで貴族相手の接客仕事や商家の娘にマナーを教えるなどの仕事を探せるのではないかと思う。
とはいえ、伝手もないのにいきなり会って面接を受けるなどというのは難しいだろう。
今後の生活を面倒みてもらうより、どこかの商会に一筆紹介の手紙を書いてもらえる方が、余ほどありがたい。
……うん、ダメもとでお願いしてみよう。
「私は母が亡くなる三年前まで、平民として生きてきました。バフェット家との縁切り手続きについては図々しくもお言葉に甘えさせて頂きたいと思いますが、その手続きが終わってミリーが無事ライリー様の婚約者となりましたら、私は平民に戻るつもりでおります。それで、その、厚かましくももう一つだけお願いがございまして……。どこかの商会に一筆、お仕事紹介のお手紙を書いて頂けたら、と」
チラリとライリーの顔色をうかがう。
当然のことながら、高位貴族の紹介が一筆あるのとないのでは信用度が天と地ほどに違う。
頼むから頷いてほしいと願うレイチェルだったが、ミリアムが悲痛な面持ちに瞳を揺らして、
「そんな、レイチェルが平民に……」
ポツリポツリと涙が頬を伝ってドレスに染みを広げていく。
レイチェルと違い、超絶貧乏とはいえ生まれながらに貴族令嬢として育ったミリアムもまた、他の貴族と同様に子息令嬢が平民として生きていくのはほぼ不可能だと思っているのだ。
「レイチェルを犠牲にして自分一人だけ幸せになろうなんて、そんなの無理だわ。出来ないわ……」
ついに両手で顔を覆って、完全に泣き出してしまった。
そんなミリアムをライリーが愛おしそうに優しく抱きしめる。
「ミリー、泣かないでくれ。君の大切な妹を放り出すような真似を私がするわけがないだろう?」
小一時間ほど前まで眉間に深い皺を寄せていたライリーの甘さを含んだ声音に、レイチェルは何だか頭が痛くなり、気付けばコメカミをグリグリと押していた。
レイチェルとしては心配するミリアムには悪いが、一筆書いてさえもらえれば放り出してくれて構わないと思っているのだ。
いや、寧ろ放り出してほしい!
「ライリー様、ですが……」
「ならば、彼女を私の妹にすればいい」
「レイチェルを、ライリー様の妹に、ですか?」
「ああ。両親と養子縁組をして私の妹とすれば、近い未来に彼女はあなたの義妹ということになるだろう?」
「……確かに、そうですわね」
本人そっちのけでもの凄い勢いで進んでいく話に、レイチェルは無表情で遠くを見る目をし、その隣に腰掛けているレアンドルは何かを考えるように、レイチェルの横顔を凝視していた。




