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彼女達が姉妹として一緒に暮らすようになって三年。
貴族令嬢とはいえ、超のつくほどの貧乏子爵家では贅沢など出来るはずもない。
ミリアムやレイチェルの着ているドレスは、ミリアムの母が着ていた数少ないものを、自分達の手でリメイクして着ている。
使用人は必要最低限しかおらず、自分に出来ることは自分でしなければならないのだ。
マナーや勉学といったものは、通常であれば専門の講師を雇い入れるのであるが。
家を継ぐわけではない女に金を使うのは勿体ないと父が出し渋ったため、庶民からいきなり貴族の令嬢となってしまったレイチェルに、ミリアムは丁寧に根気強く教えていった。
とはいえ、ミリアム自身も専門の講師から習った訳ではない。
ミリアムの母は子爵家の出であったが、バフェット家に嫁ぐまではマナーに厳しい侯爵家で働いていた。
そのお陰で、母からきちんとしたマナーを学ぶことが出来たのだ。
また、本が好きなミリアムは時間があれば図書館へ赴き、ありとあらゆるジャンルのものを読み漁っていたため、幅広い知識を持っている。
そんなミリアムのお陰で庶民であったレイチェルは、この三年で(それなりに)立派な淑女へと変身を遂げた。
この見た目に反しておっとり穏やかな優しい姉に、レイチェルが立派なシスコンへと成長してしまったのは仕方がないと言えるだろう。
見た目に反しているのはレイチェルもだが、こちらは可愛らしい見た目に反して口が悪く腹黒い。
とはいえ人前では盛大に猫を被っているので、素のレイチェルを知っているのはミリアムだけであるが、彼女にとっては『腹黒』ではなく『しっかりとした妹』という認識のようである。
「いい? 作戦通りにするのよ」
「……出来るかしら?」
「出来る出来ないじゃないの。やるのよ! でなきゃミリーはヒキガエルに嫁ぐことになっちゃうんだから!」
「それはそうなんだけど……」
困ったようにミリアムが微笑む。
この優しい姉は『妖艶な美女(風)』な見た目のせいで誤解され、口にこそしないが大変な苦労をしてきた。
そして今、シスコン・レイチェルの頭を悩ませているのがミリアムを(後)妻にと、うんと歳上の家督を譲って引退した元当主か、うんと歳上の金持ちの商人からの結婚の申し込みが、それはもうたくさん送られてくることである。
超のつくほど貧乏な、沈みそうな泥舟の子爵家当主である父は、毎日ほくそ笑んではミリアムをどの金持ちの後妻にさせるかに頭を悩ませている。
決して姉の幸せを思ってではなく、いかに自分にとって利益のある相手かで、だ。
経営手腕が足りないと言うより持ってさえいないだろう強欲なだけの父と兄は、とにかく楽して稼ぎたいというのが透けて見えるというか、前面に押し出されて見える。
完全に将来性より目先の金を取るタイプの人間だろう。
ミリアムへの結婚申し込みの中で有力な相手(お金)が、先ほどレイチェルが連呼していた有名商会の会長、ヒキガエルである。
名前なんて覚えちゃいないし、どうでもいい。
大好きで大切な姉を、そんな奴なんぞに渡してたまるか!
レイチェルはミリアムを幸せにしてくれる相手を探すために、バートン侯爵家のパーティーにありとあらゆる伝手を使って潜り込んだ。
なんでも嫡男が留学先から卒業して帰ってきたお祝いのパーティーらしい。
らしいというのは、興味がないから。
レイチェルにとって、パーティーの理由なんぞどうでもいいのだ。
たまたま一番近い日付けのパーティーだったのと、高位貴族のパーティーであれば伯爵家以上の参加者が多いというのが理由だった。