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「え? ちょ……」
イヴェット嬢のことは完全に無視することに決めたらしいレアンドル。
とはいえ、あの手のタイプの令嬢は困ったことに怒りの矛先が大抵異性ではなく同性へと向けられることがほとんど。目をつけられたら厄介なことこの上ない。
特に爵位が侯爵や公爵などという高位も高位の令嬢であれば、レイチェルのような下位貴族は何をされたとしても黙って耐えるしかないのだ。
はっきり言ってレアンドルとは全くの無関係であり、正直巻き込まれるのはごめん蒙りたい。
今日パーティーへ来たのはミリアムの相手を探すためであって(ついでに自分の相手も見つかればラッキー的な?)、決してこんな面倒ごとに巻き込まれるためではないのだ。
だが本日彼がダンスしたのはレイチェルのみらしく、これでは誤解されても仕方がないと言える。
このままだと、今後の社交界で要らぬ苦労を強いられる可能性があるだろう。
何と言ってもレイチェルは庶子であり、三年前までは庶民として生活していた紛い物の令嬢である。
ただでさえ色々と面白おかしく話したがる者も多いのだから。
レアンドルが彼女と、いや彼女以外でもいいが、誰か適当な令嬢と一度でも踊ってくれたら、少しは何とかなるかもしれない。いや、何とかなると、そう思いたい。
スタスタと歩くレアンドルの後を逃げることも出来ずに仕方なくついて行くと、彼はカタッと小さな音を立ててガラス戸を開け、最初にいたテラスへ足を踏み入れた。
レイチェルはサッと視線を左右に向け、誰もいないことを確認する。
念の為に柱の裏を確認しようとして、未だ繋がれている手に気付き憮然とした表情を浮かべると、それを見たレアンドルは不思議そうに問うてきた。
「何だ? 腹でも減ったのか? それとも喉が渇いたか?」
「あ、少しお腹空いてるかも。……って、違う違う! 何よ、この手は」
レイチェルはしっかりと繋がれた手を少しだけ持ち上げて見せる。
「ん? 何かおかしいか?」
「いやいやいや、『何かおかしいか?』じゃないから。これ『恋人繋ぎ』ってやつでしょ!? 私が、いつ、あなたの恋人になったのよ。百歩譲って手を繋ぐにしても、普通に繋ぎなさいよね、フン!」
レイチェルは思い切り繋がれた手を振りほどくと、胸の前で腕を組んで『私、怒っているんです』と言わんばかりのポーズをとった。
とはいえ、ちまんとした少女が上目遣いで睨み上げる姿など、全く迫力などないのであるが。




