大広間
5階。東棟。
屋敷の中は外同様、もしくはそれ以上暗く湿っぽかった。月明かりが入ってこない空間だからか、松明1つさえ無いからか、石造りの古びた壁が続いているからなのか、いずれにせよ重々しい雰囲気が漂っている。頬を緩ませていたら思わず、ボロッと口に出してしまいそうだ。
「なんっで負けちゃうんすかねー」
不意に、石造りの壁が開け、温かな松明の光が差し込む。と同時、少年の声が届く。
「そぉれは~ゾンビきゅんが、チェスのお馬さんでパッカパッカしてるからでしょぉ~」
「最後はミイラさんも一緒になって、ポーン走らせてたじゃないすか……」
「……なぁんで負けちゃったんだろ~ねぇ」
石造りの壁は隙間を見せると上に移動し、人1人通れるくらいのスペースを見せる。そのスペースから姿を現したのは、2人の男だった。
1人、漆黒の大きな瞳を持ち、髪と肌の焦げ茶が松明に照らされ赤みを帯びていた。背丈から歳は10歳ほどだろうか。大人びた服装から年齢の判別には刹那の時間を要した。
「あぁー、めんどっちぃっすねぇ」
体中の傷はゾンビのように思わせている。
1人、最初に目に留まるのはやはり、全身に余すことなく巻き巡らされた包帯だろう。手足は棒のように細く、包帯の隙間からこちらをちらりと覗かせている赤い瞳は松明で一層、灼熱に燃え上がっていた。それこそ、ミイラという一言が正しい。
「じゃぁ、ゾンビきゅんがんばぁ~」
ただそれを否定するかのように、包帯の上に羽織られた上着は人間臭さを強調していた。
「は? ミイラさんもやるんすよ、ね?」
「あぁ~、僕は、応援係ぃ」
「……今、なんて?」
ゾンビの頬にピキィと音を立て青筋が現れる。
段々と重々しい空気から、張り詰める鋭い空気へ早変わりしていく。
これは不味いのでは、と思い彼女は1歩音を立て前に出た。
「?……君は、」
案の定、2人はこちらに気が付き歩み寄ってきた。
「お客さんっすかー。どうもぉ」
「おやぁ~、君はだぁれ? ……ん、自分でも分からない?」
彼女は頭を傾け、コクっと頷く。
「ま、そういうこともあるっすよ。此処の住人さん達のとこに行けばぁ、なんか分かるかもっすね」
「変人ばっかだもんね」
言うと、ミイラはゾンビに膝蹴りを食らい宙に舞う。
「……僕ら、チェスで完敗しちゃって、掃除押し付けられた可哀そうな身なんっすよ。ほらこの屋敷、こんなに広い。か弱い2人で地獄の始まりですよぅ。……はぁ、せめてこの大広間でも誰か手伝ってくれたらなぁ……あ、下の階に行く螺旋階段はこの奥っすよ」
ゾンビは親指で後方を指した。ミイラがクスっと笑った気がした。
もうここまで手伝ってくださいと言われて誰が断れるか。
「……え⁈ 手伝ってくれるってぇ⁈ やぁさしぃー」
「やぁさしぃ~。……やるねぇ~ゾンビきゅん。僕の影響出てきちゃったかなぁ~。かぁわいッ」
透かさずゾンビは言葉の途中でミイラに膝蹴りをかます。同じ場所に。痛そう。
かくして、ミイラとゾンビとのお掃除タイムが始まった。
♢
「んぅ~。やぁっと、おぉわったぁ~」
思いっきり伸びをしているミイラと、MPほぼ0のゾンビを置いて彼女はじゃ、行くね、と後ろ髪を引かせる。
「お、ん~サンキュウぅ。またいつかぁ~」
「此処は東棟っすから、奥の西棟の方に行けばぁ螺旋階段あるっすよ。きっと屋敷の誰かがいるはずっすね。屋敷は5階あんのでまぁ変人たちには気を付けてー」
彼女は綺麗にした大広間を見つめ、やはりボロ屋敷はボロ屋敷だなと思う。その目で、微笑み手を振る存在に向き直り、1礼してその場を後にする。
大広間を出ると松明の明かりが目に入りチカチカとする。何度か瞬きを重ね、ようやく目にした光景にワンテンポ遅れて改めて気づく。
本当にこの屋敷は広いのだ。1直線に造られた通路でさえ行き止まりが見えない。これはミイラさんとゾンビさん大変だ。ご愁傷様、と心の中で呟いた。
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