幽霊館
「行ってらっしゃい」
あなたのそのすべてを包み込んでくれる、優しい声が大好きです。
「――ちゃんがいなくなったら私……悲しいよ」
あなたのそのどんな時も思ってくれる、微笑みが大好きです。
♢
気が付くとそこは、月夜に照らされ怪しい雰囲気を漂わせている『屋敷』の屋上だった。コウモリをバック輝く赤い、赤いブラッドムーンは、一層薄気味悪さを強調している。
そんな闇を切り裂くように佇む吊るされたランタンの前に、彼女は無防備にも腰を下ろしていた。特に意味があって座っているわけでもなく、辺りをキョロキョロと見渡す。無理もない。彼女は此処が何処なのか、ましてや自分が誰なのかさえ分かっていないのだから。
「やぁ、御晩でございます。あいや、此処はずっと夜でしたね。ははは……って、そんなに驚かれないでください。私の渾身のジョークが面白くないからって、ははは」
不意に、前から声がかかる。びっくりしすぎて後ろに仰け反ってしまった。
「いやぁ、それにしてもお客様とは珍しい。私はずっと此処に居たというのに何処から来たんでしょう? 上? 上から? あなた様は天使なのですか! ははは」
対応に困り苦笑いをかましていると、
「ですが、せっかく来てくれたお客様。私から何かさせてください。何がいいですか?」
話を振られたため、首を傾げ、頬に手を当て悩んで悩む。
「そうだ、この屋敷の紹介も兼ねて私の煌びやかたるあの『屋上庭園』をお見せしましょう!」
そう、瞳を輝かせ、否、瞳があるのか危うい、カボチャに切り抜かれた顔を近づけ人差し指を左に向けている。
故に、眼目に直立している存在。一目見ただけでジャックオーランタンという言葉を脳裏に連想させる彼は、その体躯に合わぬランタンを、指差している反対の手で持ち、オレンジ色の顔に合っている紺色の背広を羽織っていた。
「ほら、こっちです。こっち。こっちですって」
ジャックオーランタンが手招きしながらにゅっと入っていったのは、ビニールで作られた学校プールほどはあるトンネル状の建物。
いわれるがままについていき、ビニールの扉を掻い潜ると、最初に感じたのは穏やかに踊る花たちのいい匂い。その後、多彩な植物や果実たちの存在に気付き、その中心の1段高くなっているところにジャックオーランタンが直立していることにも気が付いた。こうして遠目で見ると森の精霊さんに見えなくもないな、と思う。遠目で見ると。
「どうですか。この美しい子たちは」
ジャックオーランタンは周囲に広がる植物、果実に両手を広げて見せる。
「素敵でしょう? この子達、私が育て上げたんですよぉ、まぁ植物しか話し相手がいないのですが。え、見えない?……ははは」
どこか寂し気に胸を張り、こちらに向かってきた。
彼女の目の前まで到達すると、その横にあったテーブルに、持っていたランタンを置く。代わりにジョウロを手にし、反対の手で彼女の華奢な手を引いた。
「この屋敷はね、『幽霊館』といって、この世に未練を残した者たちが集っているのです。こうしてみんなで固まっていれば、何かあったときに混乱を招かなくて済むでしょう?」
言い、白い花に水をかける。
「それがなんとも、面白い住人達なのですよ。あ、是非この後屋敷を回ってみてはいかがです? きっと、私より面白いですよ」
ジャックオーランタンは目を微妙に細め、薄く微笑んだ。
「おや? その顔は何か言いたげですね、もしかして早く屋敷を出たいとか……当たりですか」
ぴしゃりと言い当てると、ジャックオーランタンは白い花を1輪摘む。
そのまま摘んだ花を、彼女の髪に優しく挿した。
「貴方様の容姿には透き通る白い花がお似合いですよ……あぁ出口は、あちらに」
くねくねと指差している方向を見ると、ビニール越しにうっすら木のドアが見えた。もう1度視線を戻すとジャックオーランタンは既に彼女から離れており、果実に水をやっていた。それが、別れの合図ということは彼の背中から読み取れる。
彼女は髪に挿さった花に触れ、深々と頭を下げた。
ビニールハウスを出ると、突き刺さる冷気が肌に纏わり付く。
言われた方向に足を運び、木のドアの前まで来ると、息をつめ後ろ髪を引かせ思いっきりドアを開け放った。
余談ですが、主人公を女の子にするのは初なんですよね。気ぃ張って頑張ります!
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