半透明なふたり
なんで何も言ってくれなかったのか。何故そんな事を今まで隠していたのか。私はとてつもない悲しみと同時に怒りが湧き上がった。
「もうどこにも行かないって言ってたのに」
❁ ❁ ❁
今日も僕の隣にはキミがいる。
✦ ✦ ✦
いつも通りの朝、カーテンを開けると眩しい白い光が暗い僕の部屋を照らす。一階のリビングで母さんは朝食の用意をしていた。階段を降り「おはよう」と簡単に挨拶を済ませ、母さんが用意してくれた朝食を胃の中に詰め込み、僕は外に行く支度をした。
今日は休日の土曜日だが午前9時に家を出た。公園のベンチに腰を下ろし、四冊の小説を取り出した。読み始めようとページをペラリとめくり、一行目を読む暇もなく君は僕に話しかけた。
「ねえ今日はどんな本を持ってきたの?」
そんなことを言った彼は、明るい笑顔で話しかける。いつもこの時間帯に現れては僕に話しかけてくる何ともまあ厄介なやつ。そう思いつつ来る僕も僕なのだが。
だけど、これがまあ一緒にいて心地がよいのだ。せっかく持ってきた本を僕は一行も読めずに午後5時に家へ帰る。これはもう日課になっていた。こんなことをもう半年は続けている。僕は何故か君に惹き付けられている。初めて会った時はちょっとびっくりしちゃったなあ。だって君は、
空に浮いてたから。
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今日も土曜日がやってきた。今日も小説を持って出掛ける。いつものベンチに腰かけ、小説を読むふりをする。すると、君は現れる。「お、今日も面白そうな題名の小説だね」そう言われ、僕は読破済みの小説たちを彼に渡す。「もしかして読んでいいの?」そう言う彼に僕は首を縦に振る。解散時間ギリギリに読み切った彼は、
「ふぅ、これめっちゃ面白いね!なんだろうこの主人公は最後の最後まで諦めなかったんだね。意志を貫き通せるっていいね。」
続けて彼は言った。
「……………今日も茜色の空綺麗だね」
僕に感想を言いながら空を見渡す彼はどこか悲しげだった。彼はまた来週と言って手を振っている。僕はじゃあねと言う。何故かまたねとは言えない。それは彼がいつ消えるか定かではない存在だから。幽霊なんて不安定なもの、すぐ消えるかもしれない。もしかすると、彼は自分が生み出した幻覚の可能性だってあるんだ。
そう思うと「またね」なんて言葉が出てこない。
『前世って信じる?』
最初に彼と出会った時に問われた事。そんな非現実的なものを信じるかと言われたら信じられる訳がない。でも、
「君のような幽霊がいるんだからあってもおかしくないんじゃない」
そう返した。彼みたいな幽霊なんてものも非現実的な物だ。だからこそあるのかもしれない。少しだけそう思った。
「そっか。ぼくも信じてる。いや、信じたいなって思ってる」
そう彼はつぶやく。
すると突然彼が話し出した。
「僕ね誰かを待ってるんだ。誰かって言うのはわかんないけど。ここにいれば見つけてくれる気がする。だからその時まで僕の暇つぶしついでにお話をきいてくれる?」
そう言われてからというもの毎週土曜日あのベンチに来ては小説の話をしながら茜色の空になるまで一緒にいる。正直最初は厄介な奴に目をつけられたなと思ったが、とても楽しいし、こんなに笑ったのはいつぶりだろうと思いながらだんだん彼に惹かれていった。
✦ ✦ ✦
何故か懐かしい夢を見た気がしたが思い出せない。朝起きたら午前10時を回っていた。やばい、寝坊してしまった。早く行かなければ、早く彼に会いたい。そう思いながらいつも通りの荷物を持ち、いつも通りの公園のベンチまで走る。するとそのベンチには人が座っていた。黒髪ロングの綺麗な女の人だった。どうしよう。周りを見渡しても彼がいない。もしかすると彼が言っていた、彼が待っている人なのかもしれない。
僕の役目はもう終わったのかもしれない。
もう、帰ろうかなと思いながら公園を出ようとする。
「おーい」
掛け声が聞こた。
振り向くと彼が居た。
「今日は遅かったね。今日は知らない子が座っててさ、話しかけてたんだけど全く反応してくれなくて」
彼は続けて言う。
「今日は来れないのかなって思ってたら、公園の出入り口から出て行こうとする君がみえたから急いで走ってきちゃった」
そういいながら彼は笑顔をみせた。彼には悪いが少し安堵してしまった。
「ばか。お前足ないじゃん。………びっくりした」
そう一言いうと、彼は
「これはゴーストジョークだよ」
彼はちょっぴりびっくりしていた。僕のツッコミは意外だったようだ。
「あ今日も小説読みたいな」
そう言い、いつもと違うベンチに座りながら、夕暮れ時を待った。
────パタリ。
彼はいきなり本を閉じ、真剣な顔で、
「僕、思い出した。僕が待っている子は長い黒髪で綺麗な女の子だった」
今日いつものベンチに座っていた女の人ドンピシャだった。けど彼は
「でもあの子じゃないな」そう言った。
「僕の話聞いてくれる?」彼は僕に少し哀しみを含んだ表情で言う。そんな顔をされたら断れない。
「うん。いいよ」
そう返した。彼は淡々と言葉を零す。
「僕ね、病気で死んだんだ。それはそれは不治の病だよ。まだ生きたい。死にたくないとか当時は思ってて。
でも家族とか大切な人の前では悟られないように笑顔でいた。家族も僕が短い命だってこと秘密にしてたけど本人が1番分かっちゃうんだよ。自分の体だしね」
彼は続ける
「僕は大切な人達をほったらかしにして、よく旅してたんだ。日本を飛び出して海外とかにね。なにか経験を積んで誰かの役に立ちたくて。その分、寂しい思いをさせた人がいた。多分罰が当たったんだよ。病に伏せてからはもうどこにも行かないと思った。
治療による回復は見込めないから治療はやめた。
最期まで大切な人たちみんなと一緒に過ごそうって。
けど最後の最期まで本当に大切な人、茜には病気のこと言えなかった。もうどこにも行かないって言ってやったのに」
「多分僕はあいつに恨まれてる。けど、最期にお別れしたくて、魂がこの世に留まってしまった。未練タラタラだな。自業自得なのに。丁度君と会って半年くらいで思い出したんだ。
けどなかなか言えなくて。さっきの女の子をみて、ついポロッと出ちゃった。溜め込むのがもう無理で、苦痛で」
彼は明るい口調だが、なみだを目に溜め、その涙が溢れるのを必死に堪えるかのように顔を上にむけ空を仰いでいる。心做しか声が涙声に聞こえる。
僕はとても居た堪れない気持ちになる。
「恨んでなんかない」
フッと出た言葉。
「話してくれなくて悔しかったんだ。家を訪ねたら君は死んだって伝えられて、受け止めきれなくて、ただ悔しかった。
君が勝手にどこかへ行く度に心配した。挙句の果てに自分の知らないところで勝手に死にやがって。
なんで支えてあげられなかったのか、なんで気づいてあげられなかったのか。そんなどうしようも無い自分に怒りを覚えた。」
なんだろう、僕は君の事を最初から知っていたんだ。君に最初出会った時懐かしいと感じた。これは僕の前世?なのか。
「知ってるよ。君はそんな子じゃない。気づいてたんだ。君は茜の生まれ変わり。君の名前って茜くんだよね」
そうだよ。僕は茜だ。ふと涙が出てくる。
「そうだ、思い出したよ。君の名前は真澄、君が好きな空みたいに澄み切った名前」
ああ懐かしい。よく口にした筈の名前。君は真澄だったんだ。
「このことを君に話したらもう君とは会えなくなると思ったんだ。僕の未練は君だったから。結局このことを言うのに半年もかかっちゃったなあ」
そういう真澄。
そうか、君と出会って今日でもう1年が経つんだね。
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今日もいつものベンチに座り小説を読む。いつもは読めない一行目を今日はスラスラ読める。
ページもパラパラめくれる。だけど、なんだか寂しい。
「おぎゃー」
公園に響き渡る鳴き声。お母さんがあやしている。僕は立ち上がり、あかちゃんを眺め笑うと、その子も笑った。
「どうしたの?お兄ちゃんのこと気に入ったのかしら」
お母さんが笑顔で話しかけてきた。
「可愛いですね。お名前はなんて言うのですか?」
お母さんは笑顔で答えてくれた。
「『ますみ』って言うの」
僕は、生まれ変わりを信じている。
2人は互いのことを打ち明けたあと、真澄は茜のことをいじります。茜は前世が女の子だったので、真澄に「〜だったよな」とか言われ、茜は恥ずかしくて、前世の話はやめろとか言ったりしました。前世は女の子で今世は男の子という設定が好きなので、この設定でいこ!とこんな感じで作品を構成していきました。書いててめちゃ楽しかったです。
恋愛はどんな形でも美しいねって話。恋愛要素ほぼなかった気がするけど。
茜が、真澄が、どっちの性別だったとしても、なんなら来世、人間でないものに生まれたとしても茜は真澄を見つけて「愛してる」って言ってあげるんだと思う。
真澄が旅をするようになったきっかけは、茜が小説好きで、小説に出てくる場所に行ってみたいと言っていたから。真澄は茜を連れ出し、あかねの大好きな小説に出てくるNYに行った。それがきっかけで旅が大好きになった真澄。
書きたいことはいっぱいあって、設定は色々盛り込んだけど本編内容にはすべて書ききれませんでした。
なのであとがきがこんなにながったらしくなった。
最後にこの作品を読んで頂き誠にありがとうございました。読んでいた時間があなたの無駄な時間ではないと思うような作品を書いていこうと思うので、これからもよろしくお願いします。
追記
昔書いたものなので恥ずかしい。変なところはちょっぴり修正入れてます。