MISSION 7「はじめての東京」
3/10 13:12 東京都 首都高速道路にて
「うわぁ‥‥東京だあ…。」
呆然と流れる景色を見て、トオルコは感嘆の声を漏らす。地中から生えたビル群。ガラス張りの窓は、傾き始めた太陽の光を反射し、幾何学的な輝きを放っていた。色とりどりの車が目まぐるしく、車窓を過ぎていく。
その一台一台を食い入るように見る、上京して30分の少女。
「なんか新鮮な反応だね。カッキー。修学旅行で来た事はなかったの?」
「あるにはあるんですが…あの時は友達も少なかったので、スケジュールの消化になっていたというか。いまいち覚えていないんです。」
「そうなのね~。じゃあ色々出かけてみるといいよ。怖いとこもあるけど、なんやかんやいって東京って楽しいから。」
その様子を見て、優しく微笑むと提案をする白髪の男性。その言葉には、都会で生きる極意みたいなものが秘められている気がした。
ちなみにカッキーは、シロミネさんと前の前のPAから考えていた私の愛称だ。トオルコでは言いにくいとのことで、カミキをもじってカッキー。
「しかしまた急だねぇ。昨日はあんなことがあったのに、翌日には東京に向かううちらのDOXYに乗ってくるってんだかんね。大人しそうな顔してやるじゃんコイツ~。」
「ああ…クロイさん…ありがとうございます…。」
隣に座ったクロイが肩を組んできた。完全にオフスタイルなのだろう、緋色のタートルネック・セーターを着ているが、ネックより下の胴体部分のほとんどが爆乳に食い込み、へそを露出させている。
女性が見ても目の毒に感じる。その分の女性ホルモンを、私に分けてもらえないだろうか。
ちなみに、トオルコは白地のワンピースに黒タイツ。それと、ブランド不明のくたびれた黒いリュックサックを胸に抱えている。
「でも珍しいですね。黒さんが人を気に入るなんて。」
運転席から会話に参加するトキワ。ちなみに前の前のPAで運転を、シロミネと変わってもらっている。彼女は隊のジャケットの下に、黒いトレーナーを身につけ、ボトムスにジーンズを履いていた。
「そうなんですか?」
「そうなのよ。私なんか、最初は口も聞いてもらえなかったんだから。」
道路に目を向けたまま、懐かしそうに語るトキワ。今日も艶やかなお団子ヘアーが揺れている。
「つまり‥‥内弁慶ってことですか?」
「まあ、そうなるね。そうでしょ?黒さん?」
「バッ…違ェよ!ただその…あれだよほら…新人の洗礼ってやつ?そうそれだよ!!」
少ない窓から漏れる光に照らされる、クロイの顔。トオルコにはその顔が、ほんのり紅潮しているように見えた。
紛らわすように頬を掻くクロイ。
「じゃあ、トオルコちゃんにもその洗礼ってやつを受けさせなくていいんですか?」
トキワにしては珍しい意地悪な顔をしてみせる。クロイはたまらず、運転席に向けていた視線をぷいっと向けた。
このときトオルコは、クロイが恥ずかしさを隠すとき、視線を明後日の方向に向けるのだと学んだ。
「しかし、意外と荷物も少なかったな。冷蔵庫や洗濯機の類は良かったのか?」
対面に座るシロミネ、その隣にいるコウが聞いてきた。トキワと同じく隊のジャケットを羽織り、下にジーンズを履いていた。
「ええ。かなり古かったですし、家電はこっちでそろえようと思っていたんです。」
「そかそか。まあうちもこれ以上家電はいいかなと思っていたし丁度良かったかもな‥‥。」
「え~なんでコウ!!キーの発明の手がかりになるかもしれなかったでしょ~!?」
助手席に座っていたキーがフロントガラスに背を向け、黄色い瞳を悲しく歪ませながらコウに突っかかる。
「勘弁しろよ…。あれ以上ガラクタ増やしたらいくら増築しても足りないぜ…。」
キーのわがままに頭を抱えるコウ。おでこに手を当て、頭を横に振る。青髪を彼の後ろにある窓が照らしている。彼にとって、昨今の悩みの種は、キーのことなのかもしれない。
「ガラクタじゃないよぅ!!次の試作品は、装甲種の装甲だってブチ抜けるようにするんだから!!」
ガラクタ、もとい発明品だろうか。その処遇についての論争が始まった。なかなか物騒なワードが聞こえた気がするが、水に流そう。
こんな感じで車内は、他愛もない雑談や論争で4、5時間退屈することなく進んでいた。
最初のPAでの議題は、『太陽と月のどっちが好き』か。次のPAでは、『春夏秋冬のどれが好き』か。その他割愛。さっきのPAでは、『ネズミの国』か『映画スタジオ・ジャパン』のどちらかの論争が勃発した。
ちなみに総括として、最初の議題で太陽と答えたのはクロイ、コウ、トキワ。月と答えたのは私と、シロミネ、キーの半々となった。
季節編では、春と答えたのはコウとキー、夏がクロイ、秋がトキワとキー(二回目)、冬は私とシロミネという結果だった。
「太陽はいいよね。春の日向でうたた寝とか乙だろ?」
「夏はいいね!服が薄くても誰も文句言わないじゃん!!」
「キーはね~。バッテリーが熱くなったり冷えたりしない春と秋がいいなあ~!」
「秋は好きです。山の紅葉が色づいていくのが素敵で。もみじココアっていうのも悪くないんですよ?」
「名前の影響は否定しないけど、雪山って心が洗われるようで好きなんだよね~。」
「月は…単純に好きです。フィーリング…ってやつだと思います。」
各々が自分の好きについて語り合う、時折驚きや同意の声を交えながら車は進む。高速道路は、大木のように群集したビルを、縫うように敷かれている。
いくつかのトンネルとジャンクションを通過するにつれて、ビルの高さが徐々に低くなり、高速道路はわずかに緑を残した森林地帯に差し掛かった。
それから30分後、車は東京都心を通過し、県境に位置した八王子市に到着した。
3/10 15:04 東京都 八王子市 織物通り一丁目 『Y.A.P.C BALLET ANT』事務所
「ここが…事務所‥‥。」
八王子駅を通過し、四車線の道路を北上しさらに進む。奥に進むにつれて、建物の高さが低くなっていく。緩やかな傾斜のある坂を上り、斜線は二車線にまで減少した。
閑静な住宅街を抜け、周りに木々が少し多くなり始めた。そして、小高い丘の上に、その建物はあった。
外観は白を基調としたコンクリート五階建ての建物。正面より左手側に併設されたガレージは、私たちが昇ってきた坂道に直結していた。
ガレージの上には、白地に黒字が書かれた長方形の看板が掲げられていた。そこには斜体の英語で、
『Y.A.P.C BALLET ANT 』
と書かれていた。右端にはドローンや『DOXY』に描かれていたものと同じマーク、蟻のモチーフが描かれていた。
「Y.A.P.C‥‥?」
道路に止めた『DOXY』から荷物を下ろしながら、何の略語か予想できず呟くトオルコ。
「カッキー!荷物はこっちだよ!」
「あっ…はーい!」
荷物運びを催促するシロミネは、ガレージの中から私を読んできた。すぐに足元においてあった段ボール箱をひとつ抱え、シロミネのいる方へ向かう。
すると先に荷物を詰めていたクロイとシロミネ。それとコウが段ボール箱を運んでいるところだった。
トオルコはガレージに入る。その内側は、どこかの工場に近い作りだった。
蛇腹状に織り込まれた金属製の折り曲げ屋根。鉄骨が骨組みとなり、なだらかな傾斜の付いたコンクリートの床は、ところどころが黒い機械油で斑模様を作っていた。
広さは『DOXY』が余裕で入るくらいなので、高さは二階建てのアパート位といったところだろうか。横幅、奥行きもかなり余裕をもって開けられている。その奥に古ぼけた小屋があったのが、なぜか印象に残った。
その小屋の向かいに、事務所の1階へとつながる両開きのドアがあった。トオルコが来た時には開放されており、事務所内の大型エレベーターに着々と荷物が運び込まれていた。
いくつかの荷物をエレベーターに入れ終えた時、コウが思い出したようにシロミネに口を開いた。
「そうそう、シロミネ。こっちの荷物は運んでおくから、カミキに事務所を案内してやってくれ。」
トオルコの引っ越しの荷物と一緒に詰め込まれていた、五人の旅行鞄をひとつずつおろしながら、シロミネに頼みごとをする。
「俺らは、これみんなの部屋に運んだら夕飯の買い出しに行くから。カミキも何かあればさ、シロミネに聞いてな。」
「はい、分かりました。」
「はいはいっと。じゃあカッキー、ついておいで~。」
同じように荷物を下ろし終えたシロミネは、トオルコを一旦ガレージの外まで呼び出した。
「あっはい!よろしくお願いします。」
傾いた太陽がガレージの外に立つシロミネを照らす。そこに向けて歩き出したトオルコ。二人の様子を、コウは穏やかな表情で見つめていた。
改めて外から建物を眺めるトオルコ。ガレージから出ると、看板の真下にシロミネが立っていた。今日はネズミ色で厚手のパーカー、黒のチノパンが彼のスタイルだ。
「じゃあ改めまして」
咳払いをして、一息間を置くシロミネ。
「ようこそ。我が事務所兼シェアハウスへ。」
‥‥ん。シェアハウスってなんだっけ。
「シェアハウスって…あれですよね。ちょっと前に流行った『テラハ』ってやつの‥‥」
「そうそう!あれはちょ~っと僕の恋愛観的に気に入らない点があったけどね~。ドラマとしては上々だったと思うよ。」
シロミネは、髭のない滑らかな頬を色白の手で撫でながら、自身の恋愛論を展開した。
「つまりは‥‥男女の共同生活?」
「そうよ?」
きょとんと、目の前で身構える少女を見下ろす、鉄の瞳。
トオルコは空を仰ぐ。そして視界に入った雲に届くであろう、あらん限りの声を出した。その声を聞いたシロミネが言うには、その声にはノリと勢いで決めた自分に対する自責と、シンプルな驚嘆が複雑に入り乱れた声だったという。