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BB.Front line  作者: 本の魚
第一部「I and airgun」 
7/11

MISSION 6「天道虫、その翅をひろげて」

―――― 3/9 11:12 宮城県軸丸高校 駐車場 戦闘車両「DOXY」――――



 視界の中を多くの人が、行き来する。警察が羽織る紺色のジャケット。救急隊員が身につけた空色の清潔感のあるジャケット。オレンジと紺色の二色で構成された消防隊員のジャケット。それぞれが役割をもって校庭を歩き回っている。

 

 校庭の中央には、立ち入り禁止のテープで遮られた黒い水面。テープが風に揺さぶられ、魚が跳ねるような、びちびちとした音を奏でている。その周囲には、ところどころ灰色の雪…否、バルーンの死骸が点在していた。コウの無線で聞いていたが、校庭にもあの怪物達が現れたというのは本当だったようだ。しかも、体育館のものより数が多い。

 

 その周囲を歩く異色の、黄色い防護服をまとった集団に意識が向けられた。黄土色のつなぎを身につけている20数人の集団。ある人はビニールで包まれたタブレットの画面を眺め、ある人はスコップでバルーンの死骸を救い上げ、円柱型の半透明なカプセルに詰め込んでいる。


 視界を駐車場に移す。パトカーや救急車などの白黒系が多い中、赤い消防車両が目立つ。しかし、それらの車両の中に黄色一色で塗りたくられた車両が三台と、青色の車両が二台。

 いずれも、長距離トラックほどの大きさだ。そして、それらの車体には大きく描かれた円形の地球を背景に、描かれた緑色の大樹のマーク。コウのワッペンにも似たマークがあったことから、同じ組織の人かな。


 トオルコは、「DOXY」のバックドアに腰掛けていた。黒で統一されたカラーリングのこの車が、「バレット・アント」隊の戦闘車両と聞いた。


 消防車を黒く塗り上げたかのような外装、青い警光灯と後部車両の上部にあるパラボラアンテナが、他の公的機関との差別化を図っているように思えて印象的だった。

 ふと振り返り、車内を見る。後部車両の内側は、全体が鈍い銀色の内装で覆われている。四つの向かい合った席と、いくつもの装備が詰め込まれた収納棚。


 情報量が多いわりに、雑然とした印象がないのは整理整頓が行き届いているからだろう。よほど几帳面な人がいるに違いない。

 

 ぼんやりとその人物は誰かを考えながら、包帯で巻かれた左足をさする。

 どうも二階から落ちかけた時、足を捻ってしまったらしい。あの灰色の虎と対峙していた時は、全く気にならなかったのだが、たぶん興奮状態にあったからだろうなと、自分で結論付けた。結構痛い。


 あの惨劇から二時間少々、警察からの事情聴取を話し終え、救急隊の方からの手当ても済んだ。その時、コウから一言、


 「俺は『大樹』の連中と話すことがある。警察当たりの事情聴取には、あくまでもグレポンを撃ったのは俺ってことにしてくれ。」


 身につけてと言われた装備の類もだが、ひた隠しにすることが多いなあと思案するトオルコ。最も、別に不愉快ではないし、それらを取り調べで話す理由もないのだが。


 空を仰ぐ。地上の様子とは対照的に澄み切った空。やや高く上った太陽は燦々と輝き、冷えた駐車場のアスファルトを優しく温めていた。

 朝と同じ色の空。アパートを出た時と全く変わっていない。早朝、空腹のお腹をさすりながら歩いていた時には、数時間後こんなことになるなんて微塵も思っていなかった。

 

 卒業式の日に、式典の最中に現れた灰色の怪物、シルエットだけ人に似た三つの赤い複眼を持った人類の害獣。そして、あの灰色の虎。死そのものを具現化したようにも感じる殺戮マシン。


 そして、一度は生を捨てた私の前に現れた男、コウ。彼が率いるフリーのバルーンハンター部隊『バレットアント』。


 いまここで空を眺めていれるのも、彼らのおかげなんだなと。改めて思い知った。何となく重荷を背負っている気分になり、ふうとため息を空に投げた。


 「ねえねえ!!どうしたの~?!」


 「わ~!?」上を見上げていたところに現れる、茶髪で同い年くらいの子。思わずのけぞってしまった。


 唐突に視界に現れた黄色の両目。彼女の虹彩が、じりじりと動くのが見えた。まるで、カメラのピントを合わせるように。


 「??どうしたの?」


 たんぽぽが咲いたように、鮮やかな黄色を宿した双眸。赤みがかった茶色のショートボブの髪は利発そうな彼女にしては、落ち着いた印象を与えている。

 真っ黒なマフラーを首に巻き、コウの胸にもあったマークと同じものが刺しゅうされた紺色のツナギ。その上から厚手の黒いミリタリージャケットを羽織っている。私と似た体格の女の子だ。

 

 「いや…ちょっと…驚いてしまって。すいません。」

 

 頭を傾げる目の前の少女。頭の上に疑問符が浮かんでいる、そう錯覚させるほどわかりやすい表情をとる女の子。いや…機械だ。昨今のアンドロイドは、遠目ではほとんど見分けがつかないモノが多い。しかしこの距離になれば、どことなく肌の質感や動きでアンドロイドだと看破できる。


 それでも、この子は肌の質感や動きも、かなり人間に近いが。カメラのレンズのようにミリ単位で動く虹彩と、テクノボイスが無ければ気がつかなかったかもしれない。


 「こおら!驚かせちゃあダメでしょ!傷に触ったらどうするの!」


 運転席から女性が現れ、アンドロイドの少女を叱った。


 「ごめんね?びっくりさせちゃって…この子ったらいつもこんな感じなんだから。」


 後ろから現れた女性、優しそうな顔つきに茶色のお団子ヘアー。深みのある緑の瞳が印象的で、赤みがかったつややかな茶髪は、まるでみたらし団子のようだった。

 

 「ああ…。驚いちゃったのか。ごめんねトオルコちゃん。」


 しょんぼりと頭を下げるアンドロイドの少女。

 

 「あ…いえ。大丈夫です…。」


 軽くのけぞっただけで、ここまで丁寧に謝られるとこちらが申し訳なくなる。同じように頭を下げるトオルコ。


 「そういえば自己紹介がまだだったね。私は常盤(トキワ)梨々子(リリコ)。この隊のHQシステムの管理を兼ねた情報参謀担当です。」


 そう名乗ると女性は、はにかんで見せた。私より少し大きい胸と、すらりと伸びた足。今はアンドロイドの子と同じ、ツナギとジャケットを着ているが、スーツを着れば素敵なビジネスウーマンになるに違いない。


 「そしてこっちが…」


 「あー!!まって!言わせて言わせて!!!」


 トキワと名乗った女性の自己紹介に、食い気味に割り込む少女。切り替えが早いのはアンドロイドだからなのだろうか。

 そして、少女は軽く咳ばらいをし、


 「私の名前は、自立思考型演算アンドロイド『type-K.E.Y』!メーカー型落ち品番不明のミステリアス・アイドル!」


 「キーって読んでね!」ピースサインとウインクで締めくくられた自己紹介には、あまりにも情報量が多かった。


 「ちなみに隊での役割は、ドローンなどのメカニック担当ね。」やれやれと、言葉をつけたすトキワと名乗った女性。


 「はい…よろしくお願いします。KEYさん。」そっと手を差し伸べるトオルコ。


 「???なんですか?」


 「あ…えっと…握手です。先ほどはお世話になったので…。」


 気を悪くしてしまったのだろうか。キーは、ぼうっと目の前に差し出された手を見ている。


 「あの…キーさん?」


 「これが…握手…」ごくりと、唾をのむ仕草をしてみせるキー。


 「へ?」


 「これが…人類が生み出した原点にして頂点の意思疎通……言語を越えて友好を示すBody language…握手を…ワタシとしてくれるの…!?」


 辞書をそのまま読み込んだかのような説明、徐々にテンションが上がるキー。嬉しさでうずうずしているのが分かる。


 その様子があまりにも正直で、純粋で、おかしく思えてしまい、トオルコはクスクスと小さく笑った。


 「えっと…うん…いいよ、キーちゃん。ドローンを壊しちゃってごめんね?」


 私は少し腕を張り、握手を促した。


 「!!!うん!よろしくねトオルコちゃん!ドローンは気にしなくていいよ!また買えばいいんだし!」


 ぱっと花が咲いたように笑顔を咲かせるキー。そして勢いよく手を握り返してくれた。腕を振り回されることを覚悟したが、なぜか力加減は絶妙だった。ヒト相応の力で握られた腕は、少し冷たく、シリコンのような質感だった。


 「もう…この子ったら。あっそうそう、キー」


 穏やかに笑ったあと、何かを思い出したようにキーを呼ぶトキワ。


 「現場検証が終わったみたいだから、『モスラ』の回収がそろそろのはずよ。リサイクルできそうなパーツがないか、見てもらえる?」


 「はいさい!じゃあトオルコちゃん!またね~!!!」


 パッと握手していた手を放し、トキワに敬礼してみせるキー。ひらひらと手を振ると、黒いマフラーをなびかせて校庭の方に走っていった。


 その後ろ姿を見ながらトオルコは、トキワとキーの髪色がかなり近い色であることに気がついた。トキワがさんがチョコレート色で、キーちゃんはアガット…いや、茶色が強いからヘンナ色か。


 「トオルコさん。でしたよね?その恰好じゃあ寒いでしょう?これ着て?」


 そういうとトキワは、手に持っていた予備の黒いジャケットを渡してくれた。


 「あ…ありがとうございます。」


 たしかに、ブレザーは先生の止血に使ってしまったし、昼前で気温が上がってきたとはいえ、肌寒い風が吹いている。


 ありがたくジャケットを受け取り、袖を通した。手の甲まで覆うビックサイズだが、体が冷え切った私には丁度良い。


 「それとココア、温まるよ。」トキワの両手には、湯気が立ち上るステンレス製のマグカップが二つ。その片方を私に差し出してくれた。


 「ありがとう…ございます。何から何まで…。」


 トオルコは申し訳なさそうに、それを受け取った。


 「気にしないで。私も甘いものが欲しかったから。隣座っていい?」


 どうぞ、と小さく応じるトオルコ。少し場所を詰め、席を空けた場所に座る緑眼の女性。そして、ステンレスのマグカップに口をつけ、ココアをすすった。それに合わせてココアをすするトオルコ。


 「美味しい…。」


 口いっぱいに広がるまろやかな甘さ。熱くもなく、ぬるくもない適度な温かさが、体をゆっくり温めてくのがわかる。


 「よかった。こう見えても、甘いものには一家言あるの。」


 その様子を見たトキワは、うんうんと頷いた。頭のお団子がゆらゆらと揺れる。


 「そうなんですね…」


 真剣に感心するトオルコ。ふと見下ろしたマグカップの水面には、灰色の瞳で真っ黒な髪のいつもの私。


 しばしの沈黙。呆然と眺める目の前の景色には、慌ただしく人が行きかっている。警察は黄土色の防護服を着た人と、何か相談している。救急隊員は、教員や生徒が避難した近くの町民体育館に向かうべく、設備の最終点検を行っていた。


 トオルコとトキワの2人だけの空間に流れていた沈黙。するとトキワの胸元にぶら下げた朱鷺色の眼鏡が、静寂の終わりを告げるように、かちゃりと音を立てた。


 「改めて、お話しさせていただきます。神木透子さん。」


 トキワは手に持っていたマグカップを席に置いた。すっと立ち上がり、トオルコの眼を見つめた。改まった口調で述べられた言葉には、彼女の真摯な態度がにじみだしていた。


 「はい…?」


 何事かと、背筋を伸ばす。


 「今回の救出任務において、あなたを任務に幇助(ほうじょ)させたこと。緊急事態とは言え、あなたに空気銃の使用を黙認したこと、さらにはあなたを負傷させてしまったことを。隊長に変わって、情報参謀担当の私から謝罪させていただきます。」


 紡がれる言葉はすべて丁寧で、真剣な謝意が込められているとわかる。見下ろされている今の状況でも、まるで、こちらが見下ろしてしまっているように錯覚するほどだ。


 「本当に、申し訳ありませんでした。」


 「あ…いやそんな…!私からやるといったことですし…ドローンのことだって!」


 とても座っていられなくなり、負傷した足に体重をかけないように立ち上がるトオルコ。なかなか頭を挙げないトキワの肩をさする。


 「かっ…顔を挙げてください!皆さんのおかげで私も助かったんですし…。」


 「ドローンの操縦も私の監督不行き届きです。本当に…」


 律儀ゆえの強情さ。このままでは彼女がつぶれてしまうように感じて、困っていたところで、トキワの後ろからドサッと肩を組む腕。


 「もういいじゃねえかトキワぁ。この子困ってるじゃん。」


 「低すぎる姿勢も考え物だよトキちゃん。まあ、それもトキちゃんのいいとこなんだけどね~。」


 トキワさんの後ろから現れた男女の2人組。体育館の中でコウと話していた2人だ。二人とも、濃紺の戦闘服の上から黒いジャケットを羽織っている。きっちりと上までチャックを締め上げたのがシロミネさんで、前を開け放ちポケットに片手を入れているのがクロイさんだ。

 

 「カミキさんだよね、まず自己紹介を。僕は白峰、白峰(シロミネ)京士郎 (キョウシロウ)。この隊で、ポイントマン…まあ突撃要員みたいな立ち位置かな。」


 シロミネと名乗った男性は、穏やかに話した。雪のように白い頭髪を耳にかかるまでふんわりと伸ばし、灰色がかった黒の瞳。すらりと伸びた鼻がバランスを保っている。

 全体的に整った顔立ちで、優しそうな雰囲気。さぞかしモテるだろうとトオルコは結論付けた。


 スノーホワイトの髪で、瞳は…ガンメタルか。


 スリムで細身だが、骨と皮というわけでもない。この身ぐるみを剥いだら、細マッチョな体が見れそうだ。

 背丈はコウと同じくらいで、立ち上がった私でも頭一個分以上は差がある。まるで冬の山を見ているようだ。年齢は25歳くらいかな。


 「俺は、黒井(クロイ)(ソラ)だ!ここでは、バックアップマンってゆー後方支援を専門にしてるぜ。よろしくなカミキ!」


 体育館でハグしてきた女性だ。その性格を体現するように、うなじを刈り上げた黒のベリーショート。長い睫毛の奥には、紫がかった黒い瞳が横たわっていた。鋭い瞳は、何となくコウに似ている。年齢はこちらも25歳前後だろう。シロミネさんと仲が良いのも、年が近いからなのかもしれない。


 黒髪はただの黒で、瞳はレイヴンだ。ここまで黒一色の人も珍しい。


 しかし、特筆すべきはこの人のスタイルだ。すらりと伸びた手足も美しい。だが、館内で抱きしめられたときにも、うっすらと気がついたが…。


 「ん…どうした?」


 首をかしげるクロイ。その彼女の胸が…爆乳だ…。規格外が過ぎる。胸元まで開け放たれた濃紺色のタクティカルジャケットから、今にもはちきれんばかりの胸が覗いている。ここまでくると嫉妬とかの次元ではなく、感嘆とすら言える。


 「黒ちゃんの怖い顔に驚いちゃったんじゃないの~?」


 「シロミネ!いい加減怒るぞ!おちょくりやがって!!」


 白髪の男性がクロイに対して、やや高い身長から見下ろして、にやにやと笑っている。そんな顔を鬱陶しく思ったのだろう、肘で彼の胸板をこずく。


 「2人とも…ふう…。」


 やんややんやと騒ぐ2人を見てため息をつくトキワ。無線の時から気になってはいたが、なるほど、やっぱり苦労人だ。


 「お~い!みんな戻ったよ~!」


 両手いっぱいに機械部品を抱えて、キーが戻ってきた。急ぎ足で戻ってきているが、黒いマフラーを揺らし、ネジをぽろぽろと落としながらこちらに向かっている。


 「ハイ到着~。」


 「どうだった?キーちゃん。」


 トキワが聞くと、手に抱えていた部品を座っていたトオルコの横に広げた。


 「ん~バッテリーとウインチ、それとメインモーター1個に補助モーターは生きてるっぽいよ。本体は無理だったけど、これなら調整すれば…たぶんリサイクルできそう!」


 黒いバッテリーと、プロペラがひしゃげたモーターがいくつか。一個づつ手に持ちながら説明する少女。


 「カメラはどうだった?」


 「ん~だめだね。レンズが粉々だったよ。打ち所が悪かったんだろうね。」


 そう、と小さくトキワが呟く。とても残念そうに溜め息をついた。


 「他のパーツは『清掃班』がバルーンの死骸と一緒に処理してくれるみたいだったから、そのまま私のIDで廃棄承諾書にサインしちゃったけど良かったよね?」


 「うん、キーちゃんが見て使えないと思ったなら、私が見てもだめだと思うし。ありがとうねキーちゃん。」


 「!!うん!次は何したらいい?!肩もみ?コーヒー飲む?報告書類の編集?そ・れ・と・も…エッチなこと?」


 喜びを全身で表現するキーの口から出た淫靡な言葉。唇に指を当て、腰をくねらせる。


 「こ・お・ら!まーたこの子ったら、すーぐに調子乗る!何を検索したの!?何を見たの?!」


 憂う顔をぴっと引き締めて、キーを叱る。


 「えーとねえ…、ナントカvideoってとこの…『未●年美少女制服プレイ』?」


 「またアダルトサイト!?ダメっていったでしょ!!」


 「だって辞書には実際の『行為』について載ってなかったんだもん!」


 なかなかどうして、辞書の内容をまるで暗記しているような口ぶりだ。好奇心は、18禁サイトをも知識源にするということか。


 「ごめんね。いつもこんな感じでさ。」


 言い合う二人をよそにシロミネが、ニコニコとこちらに目線を送った。鉄のように冷たい瞳がこちらを見ている。


 「あ…いえ…そんな…」


 いかんせん、男という生き物は私にとって、同い年くらいの男しかカテゴリになかったのでこういう感じで見られると弱い。

 頬の紅潮をごまかすように、ぬるくなったココアを一気に飲み込んだ。うん、やっぱり美味しい。そしてトオルコは意を決したように立ち上がると、


 「今日は皆さんのおかげで助かりました。本当に…本当に。ありがとうございました。」


 体を90度に折り曲げ、改めてお礼を言った。その時、足の痛みが少し響くが、問題なく立てることを知った。


 「ドローンのことは…あまり多くはないと思いますがお金も出します。こういった形でしかお礼はできませんが本当に…」


 「気にすんなよ、そんなこと。仕事だったからな。」


 次の言葉に迷っているとき、後ろからその男は現れた。その声は、体育館で私を救ってくれた男から発せられたものだった。


 「あ…お疲れ様です。隊長。警察とのすり合わせはもう済んだんですか。」


 「おう。ラッキーなことに彼ら避難誘導中で、こちらをほとんど気にかけてなかったらしい。グレポンの件も含めてうまくいったよ。」


 コウは、手に持っていたタブレットをすらすらと操作した。


 「ンで、『大樹』と今回の報酬についての話し合いの結果。金額はこれよ。」


 そういうとコウは、手元のタブレットを四人に向けた。その画面を出した途端、全員がコウの前に殺到した。


 「おお…さすがに休日返上分はくれるもんだ。」


 眼を輝かせるクロイ。


 「へえ…悪い金額じゃないね。」


 顎をさすり、にやりと笑うシロミネ。


 「まあ…温泉旅行中にしては妥当な額ですかね。」


 冷静に金額を審査するトキワ。


 「あっ!これくらい隊の予算に入るなら新しい『ドローンT』を買えるよ!!」


 きらきらと眼を輝かせるキー。


 「と、金額の話はここまで。」


 コウはタブレットの画面を閉じ、私に視線を向けた。そして、体育館で出会った時から変わらない青い瞳でトオルコを見た。


 「この隊で。この手の人助けとか、おせっかいが嫌なやつなんていない。そうだろみんな?」


 あらかじめ答えを知っているような口ぶりで、隊長は四人に問うた。すると開口一番に、


 「もちろんじゃん!伸ばせる手を出さずに後悔するなんて嫌じゃん?まあ朝起こされたときはブチ切れたけどな!!」


 にかっと白い歯を覗かせて、笑って見せるクロイ。


 「まあ困っている隣人がいたらさ。ほっとけないよね~」


 顎をさすりながら、不敵に笑うシロミネ。


 「私もです。あの時と同じ思いはしたくないし、他の人にしてほしくありません。だから私も戦います!」


 強い思いを込めて、トキワが言い切る。


 「ん~キーはそこんとこ、いまいち分からんだけど~人を助けられておカネがもらえるなら、きっといいことだよ!!!」


 答え探し中のアンドロイドは、現時点での最適解を述べた。


 その様子を見て、嬉しそうに息をつくコウ。私とそう年齢は変わらないはずなのに、不思議と頼りがいのあるリーダーとしての彼の姿がそこにあった。


 「ンまあそういうこった。だから気に病む必要はない。俺も何もせずに眺めてるなんて御免だからな!」


 眼を細め、トオルコを見て笑う。その眼には、言葉では示しがたい様々な思いを含有しているように見えた。


 見上げた彼の表情は穏やかだった。紺色に鉄色の冷たさを込めた鉄紺色の短髪、幾多の戦場を見届けたであろう瞳は、スマルトブルーの色。


 数多ある青系統の色の中で、満月の或る夜空を体現した『最古の青』。


 色の分析をしていると、彼は私の肩に手を下ろす。


 「それに、俺も君がグレポンを撃ってくれなかったら、たぶん死んでた。お礼を言わないといけないのはこっちさ。」


 「それは…私も必死で……」


 「じゃあ君が助かったのも、俺が必死になったから…ってことでいいんじゃない?」


 次の言葉に困り、トオルコは俯いたまま口をつぐんだ。するとコウは、トオルコの黒く、がさついた髪をなでた。優しく、いたわるように。


 「気にしすぎなんだよ。今回はお互い様ってことで手を打とう。な?」


 グローブをつけていない手から伝わる体温。それが今までの誰よりも温かく、大きい手だった。


 「みなさん…私を助けてくれて…本当にありがとうございました!」


 トオルコは、また頭を下げる。さっきとは違う、純粋な感謝の思いをもって。


 風が吹く。春の陽気と、ささやかな冷たさをはらんだ風は六人の間を駆け抜け、まだ咲かない桜の木の枝をゆすった。


 




―――― 3/9 AM12:03 宮城県軸丸高校 校門前 ――――


 「変態。」


 ぴしゃりと、吐き捨てるお団子ヘアーの女性。


 「いやいや、頭なでただけじゃないか。深い意味なんて…」


 ごもどもと反論する青髪の男性。


 「セクハラ。」


 「元OLに言われると冗談に聞こえんのだよなあ…」


 取り付く島もない。とはよく言ったものだ。そう言いあう二人は駐車場を離れ、校門に向かっている。

 他の四人は駐車場に残し、昼食をとらせている。ついでに、トオルコも満足な食事を摂っていなかったことを思い出し、一緒に食べるよう勧めた。


 シロミネには、「DOXY」内の戦闘糧食…いわば即席の食料は、好きに使っていいと話してあるので、彼ならうまくやってくれるだろう。


 そうこう思案していると、校門に到着した。さすがに、ここは近すぎると反対車線に向かい、近くの公園の入り口にたどり着いた。

 コウはタブレットを脇に挟め、手慣れた手つきで、ひしゃげた煙草箱を取り出す。合わせて、トキワも胸ポケットから煙草を取り出す。


 そして、トキワは煙草に火をつけ、深くゆっくり煙を吸った。


 「わりいトキワ。ライター貸してくれ。」


 「また忘れたんですか?ほんとにもう…。」


 トキワは、ささやかな愚痴をこぼすと、ライターをこちらに投げ渡す。コウは、これまた手慣れた手つきで、それを受け取る。


 手元にともる小さな灯。くわえたタバコの先端を炙り、煙を作り出す。午前中いっぱいの疲れを吐き出すように、肺の煙を吐き出した。


 二人は、しばし煙草に口をつけ、無言で吸い続ける。校舎の日陰で、薄暗い帳が下りた公園には、冷たい三月の風と、二つの煙がただ流れる。


 「今日もお疲れ。」


 「ええ、お疲れ様です。まったく、今日もあなたには驚かされてばかりです。」


 煙草を口から離し、他愛もない会話を始める。


 「さすがに年だしなあ。この性格変えたいとも思うんだけどなかなかね…。」


 「私より年下の小僧がなんか言ってますね?」


 見上げるトキワの緑眼は、コウを挑発的に見ていた。


 「まったく、お前にはかなわんわ…。」


 「任務中はあれほど迷惑被ったんですから。仕返しです。」


 やれやれと息をつくと、コウは本題について話し始めた。


 「『清掃班』が調査した感じ、やはり恒常的に見るB型で間違いないみたいだ。」


 「そうですか…それにしては、妙なハズレくじを引かされたものですね…。」

 

 「まあ、年間の発生率に対して大型の発生が少ないだけだからな。むしろC型から大型が出なかったことが当たりくじだぜ?」

 

 持論を展開するコウ。その眼は鋭く研ぎ澄まされ、遠くにある空を睨んでいる。


 「まあ確かにそうですが…『大樹』の対応が遅れたことも気になります。いくら近くにいたからといって、休暇中の傭兵部隊である我々を呼びつけるなんて…。」


 情報参謀として、統轄した情報から不明点を述べるトキワ。そして胸ポケットから取り出した携帯灰皿に、灰を落とす。


 「確かにそうだ。いくら片田舎とはいえ、仙台支局は東北エリアでもかなり大きい方に分類されるはずだ。基本的に、緊急通報なら直轄部隊が出る…にもかかわらず、東京から来た俺らに指令が下った。」


 「…きな臭いですね…キーを潜らせますか?」


 「いや、もっと証拠がほしい…ましてや、連中の意図が読めない以上、藪蛇になりそうだしな。」


 「それも、そうですね。」


 何かを言おうと口を開けたトキワ。しかし、これ以上は答えが出ないと悟ったのだろう。煙草をくわえ、煙を吸い込んだ。


 「それはそうと、カミキについての資料は読んだか?」


 「ええ、ジープ級が出現する前に。簡単な略歴でしたが…ちょっと特殊な子ですよね。」


 「生まれる前に父親は蒸発、母を2才の時に亡くし、唯一の親戚であった祖母は今年一月に死亡…ガンだったらしい。今年から都内の大学に入学するとも書いてあった。」


 コウは煙草をくわえ、空いた手でタブレットの画面を映す。そこには証明写真と一緒に経歴が書かれた在学証明書が写っていた。


 コウの表情は苦く、悲しい眼でそれを見つめていた。


 「へえ、東京に。じゃあひょんなことで、出会うかもしれないですね。」


 ほっこりするような表情で、微笑むトキワ。ゆらゆらとお団子ヘアーが揺れる。


 「そうそう…そうなんだよ東京に…。」


 途端、思い出したように煙草の灰をトキワの携帯灰皿に落とす。


 「そういえばさあ。トキワ。」


 「ハイ?」


 「うちの事務所のさ、キーのデスクってほとんど使ってないよな?」


 「?そうですね。今は彼女のガラクタ…もとい、試作品置き場になってますね。もとより作業台にいる時が多いですからね彼女。」


 「そうそう…。そしてさ、うちの事務所3F…一番左端の部屋って、今物置になってるよな?」


 「そうでしたね。たしか毎年、大掃除の度に出た粗大ごみを突っ込んでいる……『いつか捨てるゴミの部屋』って呼んでましたね。誰かが。」


 「そのセンスいいな…まあ…俺さ…、もう捨て猫は拾わないって言ったじゃん…?」


 気がつくと、コウはさらに遠い空を眺め、こちらに目線を合わせようとしなかった。この眼は、何かをしでかす眼であると、トキワは一年の経験で知っていた。


 「言い‥‥ましたね‥‥。」


 そして、親に隠していた秘密を明かす子供のような瞳で、言葉を紡いだ。


 「ヒトは…‥‥‥‥拾ってもいいよね?」


 公園に、くたびれたOLの声がこだまする。その声は、駐車場で楽しく談笑する四人の耳に入ることはなかった。




―――― 3/9 12:24 宮城県軸丸高校 駐車場 戦闘車両「DOXY」――――


 

 「カミキ・トオルコ。我が隊に入隊しないか?」


 一瞬、何を言われたのかと脳がフリーズした。あまりの衝撃で、カレーを食べていたプラスチック製のスプーンを噛み切ってしまうとこだった。


 シロミネはヒュウと口笛を吹き、クロイは呆然とコウを見つめ、キーは周りの顔をキョロキョロと見まわしているが、表情の最適解を出せずに困り顔。


 「ええと…。ジョークですよね?」


 慌てて口からスプーンを取り出し、カレーとごはんが盛られたレトルトパックを倒れないように横に置き、口についたカレーをティッシュでぬぐう。


 「割とマジで。」


 「マジなんですか。」


 まじまじとコウを見つめる黒髪灰瞳の少女。


 「君の事情は、勝手ながら資料で目を通させてもらった。その上での相談だ。」


 どうやって情報を得たかを示すように、タブレットをトオルコの前で振って見せるコウ。


 「東京に住むと聞いてね。うちの事務所で住居も提供したいと思う。」


 掲げていたタブレットの画面に目を戻し、指でなぞるコウ。


 「バルーン・ハンター。正式には国際機関『BAUM』に登録されることになるから、国際公務員だな。もろもろの手続きはこちらが請け負おう。機材費と住居は、こちらの予算を充てるから問題ない。もちろん大学に通学できるように考慮する。それから‥‥。」


 淡々と話しを進めるコウに、思わず食ってかかるトオルコ。


 「まっ待ってください!私の状況を知っているなら、学費を稼がないといけないってこともわかりますよね?当たり前ですが未経験ですし…とても私じゃあ力になれないと…」


 「あ…それなら大丈夫よ。私もともと、しがない商社のOLだったし。」


 「そういえば僕も営業だったね~。かれこれ3年前になるけど。」


 言いづらそうにトキワが前歴を打ち明け、あっけらかんと経歴を話すシロミネ。


 「でも私、エアガン?とか知らないし…」


 「あーそれ俺と一緒じゃん。フィーリングでやっていけば大丈夫じゃんね。」


 参考にしがたい案を私に放り投げるクロイ。


 「ねーねー?一緒にやろうよ!私あなたが気になってるの!!」


 漠然とした感想を言いながらニコニコと笑顔を向けるキー。


 「う…断りづらい。」


 心は揺れていた。何せここまで人に頼られたのも、かなり久しぶりだった。


 改めて、自分に問いかける。 私は何がしたいのかを。どうしたいのかを。


 五人が返答を待っている。六人の中に静寂が訪れる。ついさっきまでは、警察車両や救急車両でごった返していた駐車場も、バルーンの殲滅が完了した後から、かなり台数が減った。


 静かな駐車場は、私の答えを急き立てているように感じた。


 何度も自分の答えを反芻する。


―――入隊するか。

―――入隊しないのか。


 答えを決めかねていた。いや、簡単に答えられるものじゃあない。


 ふと、駐車場に生えた桜の木に目が引き寄せられた。膨らみ切った蕾は、開花の時を待ち望んでいた。その蕾に、赤い点が動いているのが見えた。


 テントウムシだった。時期的には少し早いのだが、この陽気に誘われて出てきたのだろう。こげ茶色の枝の先端を目指して、歩を進めるテントウムシ。


 その姿が、幼少期にばあばと見た公園の桜の記憶と重なった。


―――テントウムシはねえ、太陽さ目指して飛ぶんだ。


―――何度失敗しても懲りんで飛ぶの。


―――んだかんね、トオルコ。失敗してもええんだ。


―――やりたいことを、やらんよ?



 追憶はフィルムをまき終えたように、ぱたりと終了した。


 ふふ、私は小さく笑った。やりたいことを選ぶというのなら。私の選択はもう決まっていた。肺に新しい息を吸い込み、私は『やりたい』方を選択した。


 「私を…入隊させてください。センザキ隊長‥‥!」


 強く、強く言い切った。この選択は間違いでないと祈るように。誰かの助けになりたいと思ったから。

 

 トオルコの大きい眼は、睨むようにコウを見つめた。その顔を満足に見つめると、


 「そうか…なら歓迎しよう。カミキ・トオルコ新兵。出発は明日だ。」


 意気揚々と、コウは出発の日程を話した。


 「ヒュウ!新隊員の誕生だあ。」


 口笛を吹き、にやりと笑うシロミネ。


 「いいねえ!とりあえず宿で一杯やろうかあ!」


 爆乳を揺らし、トキワと肩を組むクロイ。


 「まあ…人手不足は事実でしたしね…。」


 幸先が思いやられると、頭を抱えるトキワ。


 「やった~!!!これからもどうかよろしくね!トオルコちゃん!」


 喜びを全身で表しながら、トオルコの手を取り、跳ねるキー。


 「あ…でも。私、学費とかいろいろ払うものがあるので…バイトはできるように配慮だけお願いしたいです…。」


 ぶんぶんと振り回される腕を傍目に、コウに金銭的な相談をする。


 「あ~うちの給与の話?そっかそっか。そこが不安だったのか。」


 「ええ…せっかく決めて頂いたのにすいません…とりあえずは向こうのアルバイトを見つけて…シフトを決めてからとなりますが‥‥」


 相談を進めようとしたとき、コウはタブレット画面を操作し始めた。数秒後、ぴたりと指が止まると、

 

 「月の固定給50万円スタート。週休二日制。土日も緊急出動はあるが…これは随時相談しよう。ちなみに出動がない日は、基本デスクワークと基礎トレーニング。」


 「もちろん、個人依頼に同行するなら金額に応じて手当をだす。住居はこちらから提供するし、食費、光熱費、水道代は隊の全体予算から捻出するから問題ない。」


 トオルコは、唖然と口を開けた。


 「あっそうそう、装備類やライセンス取得の講座費用も予算で落とす。アパートの違約金は俺のポケットマネーで出すから気にしなくていいよ。これでも他に出費があれば相談するし‥‥」


 「隊に入ります!いえ!絶対に入れてください!!!!」


 キーの手を放し、懇願するようにコウの手に縋りついた。きっと私の眼は、キラキラのエフェクトが入っていることだろう。


 後ろで、隊員たちの笑い声が聞こえる。静かだった駐車場に、六人の笑顔が輝いていた。気がつけば、私も笑っていた。心から笑っていた。


 思い返せば、人と一緒に大声で笑ったのは、高校生活の最初で最後であった。


 その声に背を押されたように、桜のつぼみに留まっていたテントウムシは、半透明の翅を広げた。上昇気流に乗り、5mmの体は飛翔する。


 校舎よりも高く上り、遥か彼方の青を目指して。




―――これが私の、ノリと勢いで決めた入隊までの流れだった。今思い返すとこう思う。あの時入隊しなければ、数多訪れる悲しみを知らずに、生きることができたのではないかと。


―――しかし、私は彼らについていかなかった生き方はあり得なかったと、心から思う。


―――なぜなら、彼らだけでなく、これから会う人々との思い出が、今も私の背中を押してくれているから。

――――トオルコ高校編、終幕。舞台は東京へ。トオルコ新人編、開幕――――

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