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BB.Front line  作者: 本の魚
第一部「I and airgun」 
6/11

MISSION 5「ジャイアント・キリング」

 3/9 AM10:11 宮城県軸丸高校 体育館内倉庫 


 「よし、じゃあ改めて作戦を説明するぞ。」


 両開きの倉庫の扉に張り付きながら、コウが説明する。


 「二階の校庭に面した側の窓。奥から数えて二番目の窓だ。そこにグレポン…っていうデカい銃みたいなのを持ってくるよう、うちのアンドロイドに伝えてある。」


 コウは、わずかに開けた扉の隙間から、グローブに覆われた手で窓を指さす。彼の言うアンドロイドはたぶん、ハイテンションな機械音声のあの人だろう。


 「君は二階から俺にそれを投げてくれればいい。」


 無言でうなずく。サイズの合わないゴーグルが、頭の動きに合わせてかくかく動く。


 「ドローン自体にもカメラがついているから、大まかな位置は向こうで合わせてくれるが、細かい位置調整は無線で伝えてくれ。」


 「はい…。でも…私なんでこの格好なんですか?」


 私の頭には、サイズ感の合わないぶかぶかのヘルメットと、黒ずくめのフェイスマスクにゴーグル。首周りには、黒いチョーカー型のマイクが巻かれている。


 「ヘルメットとスピーカーは一体型で切り離せないんだ。もう一つ理由はあるんだが…理由はさして重要じゃない。」


 言いずらそうに頭を掻くコウ。暗い青髪が手の動きに合わせて揺れる。


 理由はさして重要じゃないらしい。最初に渡されたゴーグルといい、この装備といい、いまいち関連性がわからないが、とりあえずつけることにする。


 「無線の調整をするぞ。頭を少し上げてくれ。」


 言われたとおりに、首を上に傾ける。首周りを覆うフェイスマスクの布をまくり上げ、チョーカーのダイヤルを調整してもらう。


 カチカチとクリック音が鳴る。ふと目線を降ろした時、彼の顔が意外と近くにあることに驚き、慌てて目線を天井に向けた。あくまでも彼に気づかれないように。


 「よし、これでいいだろう。HQ直結の無線番号だ。右のボタンを押して話してみてくれ。」


 首に巻かれた黒いチョーカーの出っ張ったボタンを押す。クリック音と同時に耳元に一瞬、ノイズが流れる。


 「こ…こちらトオルコです…?バタフライどうぞ…?」

 【はいさい!こちらバタフライのキーですっ!初めましてトオルコちゃん!!聞こえてるよっ!!】


 途端、この場には不釣り合いなテクノボイスが耳に入った。ううむ、やりずらい。しかし状況が状況なので好き嫌いはしない。


 「はい…、じゃあ武器の輸送…?よろしくお願いします。」


 間違えていないか、不安になったのでコウに目配せ。彼はうんうんと頷いたので問題はなかったらしい。


 【了解しました!準備が出来次第、体育館二階窓にMGL-140グレネードランチャーの輸送を実行します!】


 よくわからないアルファベットの羅列はおそらく、グレポンのことだろう。改めて首元のボタンを押す。


 「はい…よろしく…お願いします…!」


 承諾の意を無線で伝える。せめて、周りを不安にさせないよう、語尾を強く言い切り、無線を終了させた。それを確認したコウは、「よし」と呟いた。


 「じゃあ始めるぞ。俺が右側に向かって走る。ジープ級…奴の意識をこちらに釘付けさせるから、俺の合図で左側の階段に走り出せ。」


 やや早口になりながら、最後の指示を出すコウ。この問いかけに対して、私は頷くことで了承した。それを確認したコウは、胸の前に大きめの銃を構える。呼応するように、彼の瞳が鋭く研ぎ澄まされる。その視線はただ一つ、体育館の中で破壊の限りを尽くしていた灰色の虎に向けられていた。


 やけに静まり返った館内。館内には砕けたフローリングの床と、八つ裂きにされた浅葱色のフロアシートが散乱し、パイプ椅子やトレニアは原形をとどめておらず、ガラクタと化していた。


 そして、虎はステージの下のトレニアの山に顔を埋めていた…。否、20mは離れた距離でも聞こえる、液体をすする音と、いっそ清々しいまでに感じる、何かが折れる音。


 口元が見えなかったが、一番最初に犠牲になった先生の遺体がステージ上から消えていたことと、丁度先生が倒れた位置から、虎が顔を埋めているトレニアの山を結ぶように、錆色の血の跡が伸びていた。


 トレニアの向こうで、平然と行われる()()を見ることはできなかったが、それらの視覚情報だけでも、その()()を予想することは難しくなかった。


 「…カウント3で行くぞ。」


 その様子を見ていたコウが冷静に指示する。あくまでも冷静な口調ではあったが、瞳の鋭さが表情の裏にある激情を映し出しているように見えた。


 私は、ゆっくりと頷いて、拳銃のグリップを両の手で、強く強く握りしめる。


――静寂が幕を下ろす。


 「3…」

――少女は、ハンドガンを。男はアサルトライフルを構える。


 「2…」

――グローブで覆われた手が、ゆっくりと扉に差し掛かる。


 「1…」

――男は、少女の灰色の瞳を。少女は、紺色の瞳を見た。


 「0!!!!」

――そして、倉庫の扉は開放された。



 

 3/9 AM10:14 宮城県軸丸高校 体育館内


 掛け声と同時に、コウは倉庫から飛び出し、銃口を灰色の虎に向けた。そして、扉の開く音に反応したのか、怪物はゆっくり顔を上げた。怪物の口は教師の血でまみれ、規則的に並んだ牙は赤く塗りあげられていた。


 青い髪を揺らしながら、倒れた石油ストーブを飛び越える。怪物の背後をとったコウ。怪物との距離を詰めた彼は、アサルトライフル(M4A1)のセーフティをかちりと切り、トリガーを引いた。


 その瞬間、空気の破裂音と同時に、銃口からBB弾が打ち出される。幾多もの弾丸は、白い軌道を描き怪物の灰色の皮膚を貫いた。

 低いうなり声をあげる虎。そして、危害を加えた相手を見た虎は、館内の空気を震わせるほどの怒号が体を貫いた。


 数十発の弾丸を体に撃ち込まれても、依然として館内に君臨する捕食者。 

 銃撃を浴びた箇所が結晶化している。しかし、その範囲は微々たるものだ。


 獣の体内で、変わらず蠢き続ける赤黒い臓器が、いかにダメージが少ないかを物語っている。


 「ちいっ!さすがにバイタルには届かないかっ!!」


銃口を吠える怪物に向けたまま、マガジンのゼンマイを指で巻き上げる。じりじりと巻き上がるゼンマイの音。


 「俺の合図まで動くなよ!!!」


 怪物に詰め寄りながら、コウはトオルコに指示。目線はトオルコに向いていなかったが、トオルコはそれを了承した。


 コウは、怪物に弾丸を打ち込み続ける。怪物の皮膚を貫通しなかったBB弾が、フローリングの床に落ち、不規則なリズムを刻む。


 そして、怪物は重心を低く下げ、後ろ脚の爪を床に食い込ませた。


 「くるかっ!?」


 コウはエアガンを下ろし、真横に跳躍した。間髪入れずに、怪物はその巨体を翻し、数秒前までコウが立っていた位置を強靭な前腕で抉った。


 同時に館内に響く、地震を錯覚させるほどの振動で、二階のガラス窓は、ぎしぎしと悲鳴を上げる。その衝撃を受けたパイプ椅子は、紙切れのように吹き飛び、トレニアが木片となって宙を舞った。


 宙に浮いたトレニアは弧を描きながら、トオルコのいる倉庫の扉に直撃した。


 金属の扉にたたきつけられたトレニアは、けたたましい音を立てながら床に落ちる。扉は金属特有の甲高い音を、数秒にわたり奏で続けた。


 その倉庫の内側で、口を覆うトオルコ。唇と密着したフェイスマスクは汗でべたつき、ヘルメットにはトレニアから生まれた小さな木片が当たり、からからと音を立てた。


 「カミキ!?大丈夫か!?」


 間一髪、破壊の衝撃を回避したコウは、少女の安否を問う。唾を飛ばし、紺色の髪を乱す。


 トオルコは、扉の内側から左手をだし、勢いよく、サムズアップをみせた。しかし、それは恐怖で声が出なかった少女の苦肉の策だった。


 「いまからコイツを階段から背を向けるように誘導する!準備してくれ!!!」


 「ひゃいっ!」


 緊張で噛んでしまった。どうか、騒音にまぎれて聞こえてませんようにと、ごまかしのサムズアップをもう一度。

 


 3/9 AM10:15同刻 宮城県軸丸高校 駐車場 戦闘車両「DOXY」


 「キーちゃん!!モスカート弾の補充どう?!」


 運転席から頭を出し、車両の前でドローンとグレポンの設営をするキーに声をかけるお団子ヘアーの女性。


 流れるような手つきで、手元のタブレット三台分のタスクを、並列処理するトキワ。その眼には、朱鷺色の赤い縁取りの眼鏡がかけられている。


 その奥に光る、常盤色の瞳は、右へ左へ、何度も往復し二人分のタスクを消化していく。  


 「あと2発!!ドローンの起動と、バッテリー換装はできてるから、あと3分で…。」


 緑色の砲弾を形どるモスカート弾。キーは、その底部からガスを注入している。横ではガス圧縮用のコンプレッサーが小刻みに振動を刻んでいた。


 「それ2分でやって!!白さん黒さんにもマガジン届けないと!!」


 矢継ぎ早に指示を続けるトキワ。


 「ドローンでグレポンを輸送したら、自動操縦に切り替えて…戻っている間に校庭の2人にマガジンを運んで!」


 「だるいけどやりまーす!!!」


 キーは最後のモスカート弾を、リボルバーに装てんする。


 「こおら!一言多いよっ…っと!!」


 外部無線を知らせる着信音声だ。


 「はい!こちらバレット・アントHQです!どうぞ!…へぇ!?野次馬の整理の支援要請?!今こっちも手を離せないんです!!!そちらでどうにかしてください!!!」


 こちらも、てんやわんやである。直属部隊じゃないからって、雑務を押し付ける現場を知らないやつめ。報告書に散々書いてやろうか。書かないけど。


 トキワのタブレット画面に映されているのは、偵察型ドローンから送られた映像だ。C型の動きを把握し、校舎の敷地から漏れないよう現場の2人をサポートする。

 

 支局からの支援部隊が到着するまであと5分。しかし、トキワはこの『300秒』がありえないほど長いことを、この一年で学んでいた。


 画面に映された校庭を俯瞰する映像、戦闘を続けるシロミネと、クロエがいる。そして、画面端に映る灰色の影。


 「!?白さん!!5時の方向!!」


 【うわっ?!とっ!!】


 シロミネに掴みかかるC型の複眼がゆらりと光る。鮮やか緑色の眼は、枯れ葉と砂が舞う校庭では際立った異常そのものだ。


 大きく口を開けるC型。その口が首に狙いを定めた時、怪物の頭蓋に白いナイフが突き立てられた。


ーーーォォォ!?


 青い天を仰ぎ、ふらつくC型。その複眼の真上に影がかかり、黒いブーツの踵が振り下ろされた。


 【せいやっ!!!】


 ブーツの踵はC型の頭部を直撃し、C型を頭から校庭に叩きつけた。

 

 頭部が結晶化していくのを確認したシロミネは、首元のチョーカーに手を置き、ちらりと上空のドローンを見た。画面越しに目線が合う。


 【ヒュウ!助かったよトキちゃん!】


 サムズアップを見せたシロミネは、C型に突き立てたナイフを拾い、手首のスナップで怪物の透明な血液を落とす。


 腰の鞘に納めると無線が鳴り、


 【油売ってんなシロミネ!無事ならこっち手伝え!】


 【はいはいっと!かわいいお姫様っ!】


 【次それ言ったらお前を撃つからな。】

 

 いつものコンビトーク。中々物騒な気がするが、こちらは通常運転のようだ。しかし、無線の節々で2人の息が前よりも荒くなっているのをトキワは感じていた。


 「『ドローンT』準備完了!!!そっちに戻るね!!」

 

 1mを超える大型ドローンのフックに、ロープをかけたキーは躍るように助手席に戻った。

 席に着いたキーは、すぐさまアームで伸ばしたモニターを手元に引き寄せる。手慣れた手つきで、ドローンの管理タブを表示させる。


 画面上で、いくつか円形のグラフが増減を繰り返している。そして、キーは膝に置いたキーボードをたたき始めた。その速さは優に、トキワの入力速度を凌駕する。まるでピアノを奏でるかのように、キーボードを滑るキーの指。


 これがアンドロイド。人類の英知、科学力の集大成というものか。


 「あ~っ!入力間違えた!!」


 むぅ。英知の終着点は、まだ遠いようだ。科学力の道のりは険しい。


 しかし多少ミスしても、その修正が速いのもアンドロイドだ。すぐさま数値を安定させる。そして、助手席の下から、コンセント状のプラグを引っ張る。


 「おっけー!じゃあいくよ~!!」


 キーは黒いマフラーを取り払い、うなじにあるコンセントのようなポートを露出させる。逆手に持ったプラグをがちり、と接続させた。


 〈HQシステム・ダイレクトリンク開始。マスターによる認証工程確認完了。〉


 はじまった。トキワは手を動かしながら傍目に彼女を見る。まぶたを閉じ、前で手を組んだ彼女。


 トキワは手首のG-SHOCKを見た。設営から接続まで2分10秒。おぅ新記録。大型の設営でこのタイムなら戦闘用ドローンでもいいタイムが出るに違いない。


 「接続完了!」


 腕を高く掲げ、蹴伸びをするキー。


 レンズアイが青く発光している。これでドローンは彼女の手足となった。


 「いよし!『ドローンT・モスラ』!リフトオフ!!」


 高く掲げた人差し指を勢いよくおろし、enterキーを押した。


 DOXYの前方に一陣の風が起こる。やがて、ドローンを中心に砂が巻き上がる。長方形の本体前方にカメラを備え、両脇にある二基の回転翼は本体を覆うほど大きい。補助用の回転翼を加えた計4基の回転翼が唸りを上げる。


 上から見下ろせば、さながら円形の翼を携えた巨大な蛾のような大型ドローンである。


 大気を捉えた回転翼は、やがて数キロはある本体を持ち上げ、ゆっくりと貨物を地面から引き離した。


 フロントガラスの高さまで上がった『モスラ』は正面にある黒い球体状のカメラをぐるりと回転させる。そのカメラがキーを捉えた。


 お互いに見つめ合うドローンとアンドロイド。『モスラ』のカメラ映像に自分が写っていることを認知すると、キーは、満足そうに、実に満足そうに、微笑んだ。


 「いようし!いこうか!」

 

 『モスラ』がさらに上昇し、フロントガラスから見えなくなる。キーの正面にあるモニターには、縦にスクロールしていく、『モスラ』のカメラ映像が写っていた。


 …彼女と付き合い始めて一年か。


 ぼんやりと思い返す。そして、警察から民間人の避難完了が通達された。公的機関との連携はこれでひと段落。あとはバルーンの殲滅だ。


 トキワは、蒼く発光する義眼を傍目に見ながら、


 「まぁ、嫌いじゃないよ。キーちゃん。」


 そう小さくつぶやきながら、キーボードを走らせていた手を休め、運転席のボトルホルダーに差してあったエナジードリンクに口をつけた。


 巨大蛾の名を冠したドローンは本体脇にある、蟻のマークを煌めかせ校舎の屋上に向かって飛翔した。

 


 

 3/9 AM10:15 宮城県軸丸高校 体育館内


 

 「いまっ!いけぇ!!」


 コウの大声が館内に木霊する。怪物はステージ状に立ったコウを睨みつけ、跳躍の機会を伺っていた。


 命令を聞いた私は、倉庫から姿勢を低くし、一目散に階段に駆け込む。


 不幸中の幸いか、怪物が物を壊し尽くしてくれたおかげで、館内は瓦礫の山が散在していた。

 階段までは10m弱。トレニアやパイプ椅子でできた山の脇を、縫うように駆け抜ける。


 身体中、埃塗れになっている。制服は所々破れ、その下からは血が滲んでいた。


 しかし、今更構わない。制服は今日でお役御免だし、擦り傷なんてほっとけば治る。抉り取られた床、はしゃげたパイプ椅子で躓かないよう、それでも素早く。


 そして、遂に体育館二階に通じる階段にたどり着いた。鉄製の螺旋階段を駆け上がり、ガラス張りの窓が規則的に並んだ二階に辿り着く。


 二階、といっても換気と採光用の窓を開けるために設けられた鉄製の柵でできた通路だ。柵の内側は、人一人分がちょうど通れるほどの広さしかない。

 中央は吹き抜けになっており、一階の様子を見ることができる。


 コウはステージをおり、瓦礫を盾にするように灰色の虎を撃ち続けていた。そして、虎は咆哮をあげながら瓦礫の山に突進した。


 「くぅ、マガジン1つ潰してもまだ動くのかよ!?」


 直進してきた虎とすれ違うように瓦礫から飛び出すコウ。床を前転に転がり、すぐさま姿勢を立て直す。膝を着いて怪物を見据える紺色の瞳。


 怪物は瓦礫からゆっくり頭を持ち上げ、ふるふると頭の木片を払い落としていた。


 コウは、手首のスナップを生かし、エアガン本体からマガジンを弾き出す。マガジンがフロアマットに、からんと音を立てて落ちた。胸に備え付けられたマグホルダーから、新しいマガジンを引き出し、力強く銃に差し込んだ。


 …私も早くしないと。


 自分の役割を思い出したトオルコは、ステージ側から見て一番奥から二番目の窓に辿りついた。


 姿勢を低く保ち、首に手を当てた。かちりと、無線のスイッチが押し込まれる。


 「こっ…こちらトオルコですっ!到着しました!」


 目的地に到着した意を無線で伝える。すぐさまテクノボイスの返信が来た。


 「了解〜!あと20秒で現着。高度設定等は、そちらから指示願います!」


 「よろしくお願いします。キーさん!」


 そうこうしているうちに、校舎の屋上から風を切る音。その音は徐々に大きくなり、空を飛ぶ小さなドローン…いや大きいな。うちのコタツの倍はありそう。


 その本体の下には、布で包まれた武器が吊り下がっていた。

 

 四枚羽のドローンは、ゆっくりと体育館に近づく。そして私は、体育館の屋上に到達した大型ドローンを、窓を開けて見上げた。


 近づくにつれて、風がこちらにも伝わる。巨体を持ち上げる力強い気流は、私の前髪を靡かせた。


 「こちらキー!窓との距離はどう?トオルコちゃん?」

 「はいっ!問題ないと思います!」


 屋根の上で滞空するドローン。気流を生み出し続けるその回転翼は、正午を目前に控えた太陽の光を受けて、翼を煌めかせていた。


 「了解!じゃあ…降下開始。」

 

 その無線と同時に、回転翼の音とは違う音。ウィンチの音だ。重いモーター音に連動して、ワイヤーに繋がれた荷物がゆっくりと降ろされる。


 やがて、荷物は窓と水平になる位置に到達した。


 「位置OKです!今から回収します!」


 【了解〜重いから気を付けて!】


 無機質な機会音声が、注意を促す。窓と荷物の距離は約30cm。腕を伸ばし、荷物に手をかけて持ち上げる。思ったよりも軽い。

 まず荷物を窓の内側にいれ、ワイヤーと荷物を結ぶカラビナを外そうと手をかける。


 その瞬間、冷たい春の突風がドローンを襲った。


 「あっ…」


 お昼前の、ささやかな陽気を乗せた風に流されるドローン。そして、ウィンチから伸びたワイヤーは、私の腕を絡めとる。


 【ワイヤー切り離し…マニアワナイ?!】


 まるで春風に引き寄せられるように、私の体は、窓からすり落ちた。


 重力に従い、落下する感覚。迫る地面。無意識に目を強く瞑った。


 ドローンは滞空姿勢を崩し、地面に叩きつけられる。炸裂するドローンが壊れる音、暗転する意識の中で、耳障りな感覚を残した。


 「カミキ!?おいカミキ?!」


 コウは叫んだ。少女の姿が見えない窓に向かって。ゴーグルを伝う冷たい汗。

 

 その瞬間、彼は正面に鎮座する灰色の殺意から目を逸らしてしまった。


 「?!しまっ…?!」


 瞬時に視線を戻すコウ。しかし、彼が見たのは赤い複眼が描く軌道と、迫りくる白い牙の羅列だった。


 天井から舞い降りる死の化身。赤く染まった牙と、肉球のない前腕から伸びる爪を構えたまま、怪物はコウに覆いかぶさった。


 数百キロはあろうその体の猛攻を受けたコウの体は、硬質なフローリングに叩きつけられた。


 「がぁぁぁ!!!」


 館内に響く轟音。叩きつけられた脊椎が軋む。


 「クソがっ…!!」


 噛みつかれまいと、怪物の口に愛銃を差し込む。

  

 がちがちと不愉快な音。巨大な爪がエアガンに傷を穿つ。灰色の虎は体重をかけてコウにプレッシャーをかける。


 三つの複眼が目の前でぎらつく。腕は軋み、肩はヒトが受けられる荷重の限界を既に過ぎていた。


 それでも、彼が怪物を凌ぎ続けられているのは、日頃の鍛錬の成果か。それとも火事場の馬鹿力か。


 しかし、コウは眼前の怪物ではなく、少女が消えた窓を見続ける。


 刹那、願うように強く目を閉じる。そして声の限り、少女の名を叫んだ。



 「トオルコォォォ!!!!」

 


 呼応するように、少女はゆっくりと目を開けた。



 「……生きて…る。」


 もう粉々になったと覚悟した体は、五体満足問題なしだった。なんで、落ちたよね?私。


 トオルコは頭を整理する。そして、視覚情報から5m下にドローンの残骸が散乱していることと、自分の視界が上下反転してること。


 そして触覚から、左足になにかが引っかかっている感覚。さらに落ちたドローンから伸びたワイヤーが私に向かって伸びている。


 無意識に、視線でワイヤーを辿る。

 垂れ下がった黒髪をかきあげ、足下を見る。


 「あ…ワイヤーが…」


 足首にワイヤーが絡まっていた。

 

 「くっ…痛い…窓に手が届けば…」


 いくら落ちなかったとはいえ状況はまずい。体を屈曲させ、窓に手を伸ばす。足首に血が溜まり続ける感覚。全体重がこのワイヤーにかかっているのだから当然か。


 「ああよい…しょ!」


 くの字に曲げた上半身。なんとか窓に片手をかける。


 風が強く吹いている。暖かさを孕んだ風が、髪を乱暴になでる。


 そして、窓にかけた右手を軸にするように体を引き寄せ、右手をかける。


 ワイヤーが絡んだ足に動きにくさを感じながらも窓に上半身から飛び込んだ。館内の通路に転がり込んだトオルコは、足首のワイヤーを解く。肌に刻まれたワイヤーの痕は、青紫に変色していた。足首全体から感じる鈍い痛みに顔を歪める。


 「…!コウさんは…?」


 二階の吹き抜けから一階を見下ろす。そこで目にしたのは、灰色の虎が、コウを床に押しつけている光景だった。


 銃を盾にするように抵抗するコウ。銃に牙をたてる怪物。赤い血が滴る顎は今にも、銃ごと男の頭蓋骨を砕こうとしていた。


 「コウさん!!!」


 鉄製柵から身を乗り出し、男の名前を叫ぶ。


 「生きてたかカミキ!」


 少女の顔を見るコウ。安心も束の間、タイミングを見計ったかのように、怪物の凶悪な前腕が振り上げられる。


 「っうわっと!」


 頭部目がけて放たれた一撃を、首を捻らせ回避する。掠めた怪物の爪が、コウの左の頬に傷を作った。


 「っ!まずい!!どうしよう!?どうしよ?!」


 刹那、動揺が思考を支配する。きょろきょろと周囲を見回したとき、足に何かが当たった。


 床を見る。そこには、ついさっき回収した荷物が転がっており、布から鈍い黒を放つ何かがはみ出していた。


 「武器…武器!!これだ!」


 反射的に布を剥ぎ取る。そして、その武器を掴み取った。


 「これがグレポン…?」


 警察が持っていそうな拳銃を大きくして、ゴツくさせたような銃。短く太い砲身と、大きくせり出したリボルバーが、ずんぐりとした印象を与える銃だ。


 「っこれでぇ!」


 肩にストックを当て、グリップを握る。銃の重さに一瞬よろけながらも、フォアグリップで姿勢を保持する。グレポン本体にある、簡略的な円形のサイトを覗く。サイトの向こうに怪物の姿を見た。


 そして傷だらけの少女は、トリガーを引く。その瞬間、炭酸が抜けたような音が館内に響いた。


 一発のモスカート弾に込められるBB弾は120発、普通のエアガンのマガジンに込められる量と同じだ。しかし、グレポンはこの量の弾薬を同時発射する。瞬間的な火力は他のエアガンの比ではない。


 気の抜けるほど軽い発射音。しかし、同時発射された120発の弾丸は、灰色の虎の背に直撃した。弾丸は雹の如く怪物に降り注ぎ、文字通り蜂の巣を形どるように背に穴を開けた。


 そして、怪物は天に向かって耳をつんざくほどの悲鳴を上げた。連続的に結晶化する怪物の体。氷を崩すように落ちる体細胞。


 「すごい…これがグレポン…」


 砲身から漏れるガスの硝煙。的中しなかったBB弾が獣の周囲にぱらぱらと落ちた。怪物は腕の届かない背中の痛みに悶える。その瞬間、コウの体を押さえつける力が緩んだ。


 「?!でかしたぞ!カミキ!!」


 二階に立っていた彼女に叫ぶと、怪物の足の隙間を滑るように抜け出す。 散らばったトレニアや、パイプ椅子の残骸がヘルメットにぶつかり、黒いヘルメットに白い擦り傷を作る。


 解放されたコウは、怪物の背後を取った。


 ブーツの靴裏で、怯んだ怪物の頭部を踏みつける。


 露出した赤黒い臓器は、透明なプラスチックを思わせる骨格で守られており、哺乳類の構造とさして違いはないように見えた。


 筆洗にたまった絵具で汚れた水を、ビニールで覆ったような赤黒い臓器。


 そして、コウは怪物の肋骨の隙間から銃口を差し込み、セレクターをフルオートにスイッチする。

 

 踏みつけられた怪物の複眼に、男が映る。合わせ鏡のように映された男の眼は、冷たく言い放つ。

 「感謝してくれ。マガジンの残弾を全部くれてやる。」


 そして、トリガーが引かれた。間髪を入れずにBB弾が流れ出る。怪物の臓器に叩き込まれる弾丸は、怪物の臓器を間違いなく破壊し、蹂躙した。


 館内にこだまする発砲音。その音はひどく爽快で、怪物を倒す音にしては拍子抜けするほどさっぱりしたものだった。


 カチン。と金属音が鳴る。弾を撃ち切ったのか、コウは銃口を肋骨から離し、マガジンを外した。頭を踏みつけていたブーツを下ろし、つま先でフローリングの床を叩いた。かつかつと澄んだ音が鳴る。


 トオルコはその様子を横目に見ながら、階段に向かって駆け出し、おぼつかない足どりのまま、一階に降りる。


 そして、怪物の横に佇むコウの隣にたった。とうに事切れた怪物は、その様子を見届けたかのように、その体を結晶に帰していった。結晶化するにつれて、三つの赤い複眼から光が失われていく。強靭さを誇った体躯も、規則的に並んだ牙も、豪腕も、すべて結晶になる。 


 バルーンの死を、改めて凝視するトオルコ。幻想的にも見えるそれは、怪物が氷の棺に仕舞い込まれるように錯覚させた。


 そして、怪物に引導を渡すキッカケになったのが、このグレポンをもった自分であり、その事実がトオルコの思考に細やかな影を落とした。


 今更になって、両手にもった凶器の力に畏怖の念が、ゆらりと湧き上がる。カチリとセーフティを戻すコウ。強ばんでいた肩を落とし、小さくため息をついた。


 「ありがとう、カミキ…無線借りてもいいかな?」


 反応がない、トオルコは茫然と目の前の結晶を見つめたままだ。


 「おい…カミキ…大丈夫か?」


 「!…すいません。ぼーっとしてました。」


 肩をたたかれ、意識を引き戻すトオルコ。


 「おう、無事でよかった…無線借りるぞ」


 「あっ…はい。お返しします」


 ひとまず、グレポンを置き、首に巻かれていたチョーカー型の無線機を外す。フェイスマスクも外す。ヘルメットを外すとき、がちがちと髪留めが抵抗するように擦れ合った。


 ゴーグル以外の装備を返した。なんとなく落ち着かなくなり、前髪に付けた髪留めをさするトオルコ。


 チョーカーを手に持ったコウは、マイクのボタンを押した。


 「アント1からバタフライ、館内のジープ級バルーン、討伐完了。校庭の状況を報告せよ」


 落ち着いた声で、無線を送るコウ。数秒ほど間があき、ヘルメットのスピーカーから返答が帰ってきた。


 【こちらバタフライです…支援隊が到着し、校庭のC型討伐もひと段落しました…。】


 落ち着いたコウの声に対して、こちらは疲れ切ったような沈んだ声。


 そういえば、アンドロイドのあの子はどうなっているのだろうか。ぶら下がってる時から連絡がなかったけど。


 【もうすぐそちらにアント2.3が到着すると思いますが…】


 「おい!クソ隊長!!生きてる?!」


 無線の相手が言いとどまったのと、女性が館内に躍り出たのは、ほぼ同時だった。

 


 開口一番で罵声を叩きつける女性。荒っぽそう。


 「ヒュウ、こちらもひと段落ですね隊長」開口一番で口笛を吹く男性。ゆるい印象。


 2人とも、コウと似た装備を身につけていた。胸の前には、コウと同じエアガンが携えられており、カーテンから漏れた淡い光が、鈍く光を帯びていた。


 たぶんこの2人が、点呼の時に無線を賑わせていた2人だろう。


 「おお。そちらも無事でよかった。」


 飄々と2人の安否に安堵するコウ隊長。

 

 「無事でよかった??!こちとら最後の多弾倉マガジン使い切るとこだったぞ!サブアームまで使うとこだったんだからな!!」


 「まあまあ、黒ちゃん。とりあえず支援部隊も間に合ったわけだし。こうして生きてるからいいじゃんか〜。」


 「結果論だろうがシロミネ!ああもうなんでうちには楽天家しかいないの?!」


 クロという女性のヒステリックな声が館内に反響する。それを穏やかに包むようになごますシロミネという男性。


 総じて、いいコンビ。トオルコが得た2人の第一印象としては、この印象が鮮烈だった。


 「んまあ、反省会はちゃんとやるぞ。牛タン食べたあとな。ちゃんと肉は倍にしとくから」


 コウがぽりぽりと頭を掻く。やれやれと顔をしかめ、ヘルメットを頭にかぶり直した。


 「して、そこの女の子が今回のMVPってことでいいのかな?隊長。」


 「んああ、そうそう。負傷した2人の民間人を救助し、グレポンをジープ級に直撃させ、俺を助けてくれた女子生徒。神木透子だ。」


 「あ…えと…カミキ・トオルコです…はじめまして…シロミネさんと…クロさん?」


 バツが悪そうにたっていたところ、急に紹介をされ驚くトオルコ。


 「うんうん、僕はシロミネ、こっちがクロイ。よろしくと…隊長を助けてくれてありがとうね。トオルコちゃん」


 「あ…いえ…別に大したことは…私も助けられた1人ですし…お礼なんてそんな…」


 シロミネと名乗った男性は、握手を求めて手を伸ばす。それに手を重ねたトオルコ。なんとなく頬に赤が指すのがわかる。


 「お前が隊長と…民間人2人を助けた女子生徒なんだな?」


 その様子を離れたところ見ていたクロイが割り込む。黒い瞳の視線が突き刺すようにトオルコを見る。この距離なのに圧迫感を感じさせる。


 「えと…はい…私です。助けたというかなんというか…」


 衝動に突き動かされた。教師と保護者の2人を手助けしたことの理由はこれしかなかった。


 上手い言葉が見つからず、もごもごしてると、かつかつと近づいてくるクロイ。


 「自分も大変だってのに、けが人の手当てと脱出ルートの確保、隊長の尻拭いに付き合わされて、グレポンでジープ級に致命打を与えるなんて…」


 俯きながら、かつかつと近づくクロイ。ぶつぶつと呟いている時の一言が刺さったのか、コウはまた顔をしかめてしまった。


 「馬鹿としか言いようがないじゃん…」


 怒鳴られる…トオルコは覚悟して強く目を瞑った。

 

 しかし、反応は実際真逆で、


 「最高じゃん!クールじゃん!カッコいいじゃん!かわいいじゃん!気に入ったぜぇこいつこいつ〜!!」


 頭一つ分ほど背の高いクロイは、トオルコの頭を抱きしめ、ぐりぐりと頭を撫でた。


 予想を裏切られたトオルコは、頭を白黒させながら、されるがままに振り回される。ちょっと硬いタクティカルベストが胸に押しつけられる。華奢な私の体は、振り回される一方であった。


 「へえ…珍しいこともあるもんなんだね〜。クロイが人を気に入るなんて」

 

 シロミネがヘルメットを外しながら、銀髪をかきあげ、物珍しそうに2人の様子を観察していた。


 【バタフライから共有無線、C型の殲滅が完了したと支援部隊から報告が来ました。大破したドローンの回収は、タールを焼却した後になります。】


 「アント1、了解。キーの様子は?」恐らく現状で無線を聞いている唯一のコウが、返答と質問を送る。


 【今は、スリープモードに入ってます。いかんせん、高度演算の精密作業中に起こった強制リンク切断ですからね…でも、再起動すれば元気な姿が見れますよ。】


 安心したコウは、ふうと息をつく。改めて、チョーカーのボタンを押して、今回最後の無線を通達する。



 「アント1から共有無線。現時刻を以って、状況終了を宣言する。隊員の負傷者ゼロ。あとは支局の連中に任せる。オーバー。」

 


 全隊員と、1人に対して送る無線。カチリと無線を切ったコウは、ただ一言。


 「無事でよかった…」


 誰にも聞かれないように小さく優しい声で、自分自身に語りかけるように呟いた。

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