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BB.Front line  作者: 本の魚
第一部「I and airgun」 
5/11

MISSION 4「ガール・ミーツ・エアガン」

3/9 AM09:57 体育館内通路前


 「くそっ…B型じゃなかったのか…?それでも説明がつかねえが…。」


 苛立ちを声に乗せて小さくつぶやくコウ。顔の大半は装備類で覆われていて、表情は読み取れない。でも、その表情は険しいものになっていることだろう。

 

 体育館は静まり返っている。無造作に散らかったパイプ椅子とトレニア。フロアシートの一部は破れ、床があらわになっている。稼働をやめた業務用ストーブのひとつには、先ほどたたきつけたバルーンの死骸が覆いかぶさるように倒れていた。だらりと垂れ下がった腕からは、ロウのようにどろりとした樹脂状の体液が滴っていた。

 壇上に立った獣は20mほど先で静かにたたずんでいる。黒い水面から体を出したものの、微動だにしなかった。

 

 「カミキさん…で良かったよね?」銃口を獣に向けたまま、コウは小声で話す。

 「はひ…。」それにこたえる。恐怖でうまく言葉が出ない。


 三つの赤い眼光がこちらを捉えている。四足歩行の怪物、虎を彷彿とさせるフォルムの怪物は全身をグレーの皮膚で覆い、皮膚の奥にはどす黒い赤色の何かがゆらゆらとうごめいている。


 「たぶん次動いたら、奴はこちらに向かってくる。間違いない。」


 ゴーグルの脇を沿うように流れる汗。目線と銃口を怪物に向けたまま、静かに話す。私の額にも汗。その汗はぬぐわれることなく、首筋を這い、ワイシャツの襟に吸われた。


 「俺の右太ももに銃がある。それをとってくれ。……できれば体と視線をやつに向けたまま。」

 「え…あ…はい。」


 意図が読み取れなかったが指示通りに動く。彼の太ももにゆっくりと、ゆっくりと手を伸ばす。指先に硬い何かが触れた。ざらりとしたグリップの感触。プラスチック製のホルスターに収められたハンドガンだ。手の触覚を頼りに、手のひらでグリップ全体を握った。


 「人差し指の先にボタンがあるはずだ。それを押すと引き抜ける。」


 コウは微動だにせず、口頭で指示を述べる。言われるままに人差し指の先にあったボタンを押す。カチリと音が鳴り、銃がホルスターから引き抜かれた。

 外見のわりに重い。滑らかな表面のスライド。その上部には穴があけられており、銀色の内部パーツが見える。二つのトリガーを挟むように隆起した赤いトリガー。総じて、長方形の素材から削り出したような銃という印象を持った。


 「グロックだ。引き金を引けば弾が出る。カバーよろしくな。」


 「はい………え?」


 怪物がいることを忘れて、間抜けに声を出してしまった。体育館にぽんと声が投げられる。


 その刹那、怪物は床を蹴り上げ、上体を翻した。

 ――迫りくる規則的に並んだ牙。

 ――怪物の牙が私の頭蓋骨を砕くまであと3秒…。



 3/9 AM09:55 宮城県軸丸高校 校庭


 「シロミネ!マガジンよこせ!!」


 荒々しく命令するクロイ。左手を真横に突き出している。


 「はいはいっと!多弾倉マガジンですよっと!」


 腰に備えられた灰色のマガジンを投げる。


 宙に浮かぶマガジンは放物線を描きながら、クロイの手に引き込まれる。マガジンリリースボタンを押しながら手首の回転を利用し、空になったマガジンを外す。挿入口から、ぱらぱらとBB弾が落ち、校庭の砂利と同化する。

 怪物を横目に、マガジンの差し込み方向を確認する。すぐさま新しいマガジンを差し込む。


 そして、校庭にはびこる怪物に銃口を向けた。


 「失せろ!!」


 怒声をかき消すように、バルーンの断末魔がこだました。


――オオオオオォ…


 なぎ倒される灰色の怪物。BB弾が命中したバルーンは次々と結晶化していく。しかし、それでもまだ終わらない。

 校庭の中央に生まれた黒い水面。直径3mのそれは、止まることなく怪物を吐き出し続ける。すでに水面から陸上に現れたバルーンは20体を超えた。


 波のように押し寄せるバルーン。半透明な皮膚の先に、みずみずしさすら感じさせる緑色を宿した臓器がもやのように見え隠れしている。


 奮戦する二人の後ろで、保護者や生徒の避難が進められている。二人の耳には、生徒の悲鳴や保護者の狂人のような叫び声が聞こえることはなかった。


 「シロミネ!!カバーして!!!」


 「了解っと!!!」


 「アント3からバタフライ!馬鹿隊長から連絡はないの!?」


 首筋のチョーカーに手を当て、無線越しでオペレーターに質問を投げかける。シロミネは攻撃を中断したクロイに代わり、バルーンにBB弾を浴びせていた。


 【こちらバタフライ!隊長から連絡はありません!!目下、無線は飛ばしてるんですが…。】


 トキワが答える。校舎を挟んで反対側にある駐車場に停車した戦闘車両「DOXY」からの無線だ。一瞬、ノイズが無線を閉ざし、通信相手が切り換えられた。


 【キーです!仙台支局から入電! 現在、こちらに三個小隊が応援に向かっています!推定到着時刻は1020時!オーバー!】


 今度はキーの声。スイッチが入ったのだろう。とぼけた口調が消え、オペレーター然とした話し方になっている。しかし、無線のルールが雑なのはいつも通りだ。最も、規則正しい無線なんて「大樹」との連携以外では使わないが。


 「…これは要するに時間稼ぎってことかな?」


 やれやれとシロミネが話す。


 話しながら、生徒の方角に向かっていた一体のバルーンの頭に照準を合わせる。引き金を引くと同時に、バルーンの頭に弾が命中した。怪物の頭部に穿たれた6㎜の銃創から結晶化が始まっていた。


 二人は背中合わせに立った。背中のポーチやマガジンがこすれあい、がちがちと音を立てる。

 

 「シロミネ。弾足りる?」


 「多弾倉と120連が一個ずつかあ。セミオートオンリーで丁度くらいじゃない?」


 クロイは多弾倉マガジンのゼンマイをまく。シロミネはマガジンを差し替え、空になったマガジンを腰に備え付けられたダンプポーチに放り込んだ。


 次の瞬間、二人の前方で重い重低音が鳴り響いた。


 「体育館から?!」クロイが叫ぶ。


 建物が揺れるような地響き、それは校庭にできた黒い水面の向こう、体育館から聞こえたものだった。


 「おいっ!応答しろ隊長!生きてんだろうなあ??死んでたら殺してやる!!!」


 クロイが声の限り、首元のマイクに怒鳴り散らす。シロミネは背中を合わせたまま、灰色の怪物を薙ぎ払う。二人の背中を、汗がじっとりと濡らしていた。




 【…っはあっ…こちらアント1!生きてんよ!そのどっちもデッドエンドな選択肢やめろ!!】



 「うぇ!?生きてんのかよ!連絡くらいよこせ!!」


 【わりいっ…クロイ…っふう…バタフライ。こちらの状況を報告する…チャンネルは2番だ。】


 コウからの無線。無線機越しにパラパラと音が聞こえる。やはり体育館内で何かあったのだろう。隊長の呼吸も少し上がっていた。その声にトキワが安どの声を漏らし、シロミネがやれやれと呟いた。


 

 3/9 AM10:01 宮城県軸丸高校 駐車場 戦闘車両「DOXY」


 「ジープ級!?館内のバルーンはB型じゃなかったんですか?!」トキワが話す。


 無線の向こうでノイズとなって耳に届けられる金属音。パイプ椅子が倒れた音だろうか。時折、木材がへし折られるような音も聞こえる。


 車内では運転席にトキワが座り、助手席にキーが座っている。隊長と今後の作戦を考えるために、キーに公的機関との連携とドローン管理の作業を並行して行ってもらっている。


 もとより、ドローンの管理はキーの仕事ではあるが、公的機関との連携は基本やらせていなかった。何分、普段のノリがあれなので、相手に敬遠されることが多かったからだ。


 しかし、スイッチが入った彼女ならいけるだろうと、今回は任せてみた。「え、良いの?!」とキラキラが見えてきそうな笑顔で言われたときはドキッとしたが、見た感じうまくやっているようだ。

 

 落ち着き払っていて、問題なくタスクをこなしている。この子も成長したなぁと感心するトキワ。時折、「え~それはそちらの管轄じゃないんですか~?」となめた口調が聞こえるが、忘れよう。


 【いや、死骸を見る限りB型だ。…まあ、はずれを引いたってやつだな。】


 「そうかもしれませんが…。」

 

 言葉尻が濁る。トキワは口元を覆い、考え込む。


 「というか、さっきの振動は何だったんですか?駐車場にまで響いていましたけど…。」


 【ああ、奴が飛びついてきたとき出口まで続く通路に突っ込みやがったんだ。おかげさまで通路は崩れて袋のネズミって感じだな。】


 あっけらかんと話す我が隊長。


 【この女子生徒に腕を引かれてなかったら、二人そろって下敷きになってたぜ?大した反射神経だぜこの子。】

 

 ぽふぽふと優しい音が聞こえた。たぶん、女子生徒の頭を撫でたのだろう。セクハラか。これも後で叱ってやらないと。


 【んで、奴が崩れた天井のがれきで苦しんでる間に横の倉庫に逃げ込んだってわけだな。これもこの子がいなかったら詰んでたな。】


 「命からがら…というやつですね。まあいつものことですが。」


 小さくため息を吐く。先ほどから隊長の声が小声なのはそのせいか。


 しかし、B型とC型の同時出現。ただでさえ大型の出現率が低いB型からジープ級が発生し、校庭ではC型が発生している。偶然にしてはどうもきな臭い。


 思考を巡らせるが答えは出ず、トキワは詮索をやめ、無線を開いた。


 「とにかく、今はバルーンの討伐です。あと20分ほどで支援部隊が到着しますが…持ちそうですか?」


 【正直しんどいな。アイツ俺たちがいそうなところ手あたり次第漁ってるな。時間の問題って感じだ。】


 「まずいですね…館内の見取り図を見る限り、外に続く出口はそこだけですし…。」


 通常装備での大型種討伐、バルーンの展開率が同系統四種類の中で最も高いC型、この状況を三人のハンターで御しきるのはあまりにも苦しい。回答を出しかねているとき、


 【アント1からバタフライ。キー、無線をとれるか?】


 隊長からキーの指名。助手席のキーと目を合わせる。すぐさま、キーの行っていたタスク画面をこちら側のモニターにミラーリングさせ、仕事を引き継ぐ。引継ぎの完了を確認した後、キーがヘッドホンの右耳にあるマイクボタンをONにスイッチした。


 「はい!キーですっ!隊長!!私初めて公的機関との無線共有やったんですよ!すごくないですか?!」


 【おお。まじか。キーもそこまでできるようになったかあ。これなら本部のAIにも勝てるかもなっ。】


 「ほんと!?やったー!!」


 任務中とは思えない無線。遠慮なく嬉しさをかみしめるキーと、小声でべた褒めする隊長。さっきまで毅然とした態度で、仕事をこなしていたのにすぐこれだ。隊長も隊長でキーに甘いのには困る。彼女のガッツポーズ横目にため息をつく。


 HQシステムでリンクした車内の管制室兼運転席では、私とキーの2人に無線の内容は共有される。つまり、隊長の甘すぎて胃もたれするようなキーへの誉め言葉も聞かされるのだ。

 

 作戦中における無線回線の個人独占。反省会の内容を考えながらトキワは手元のタブレットを操作し、すでに校庭に展開した一機のドローンの状態を確認していた。ドローンに搭載されたカメラから送られた映像には校庭の様子が写っている。


 10mほどの上空から見下ろす視点からは、校庭の中央に現れた3mほどの黒い水面。次々と灰色の怪物が湧き出るように現れている。さすがは展開率最大のC型といったところか。


 画面の端では二つの黒い点。クロエとシロミネだ。二人の前方には既に20体以上の結晶が横たわっていた。しかしそのペースでは消化しきれないほどの数が押し寄せてきている。


 トキワはふと、右腕につけたG-SHOCKを見た。液晶画面は10:07をさしている。支援隊が到着するまで13分。校庭にいる二人のマガジンはおそらくギリギリ持つであろうが、単純に人手が足りない。


 やはりこの状況は芳しくない。おそらく隊長もこの状況が苦しいことは、十分理解しているだろう。


 【じゃあ本題に移るかキー。そっちにグレポンがあったはずだ。それを『ドローンT』で体育館二階の窓まで輸送してくれ。できるか?】


 「えっと…。輸送はいつもやってるから、できるけど…あれ結構大きいから普通の窓なんかじゃ館内に入れないよ?」


 キーがタブレットの画面を切り替える。ドローンの管理画面が写り、『ドローンT』の管理タブを開く。画面を操作しながら会話を続けている。


 確かに輸送仕様の『ドローン transporter』は1mを超える大型ドローンだ。身近なもので言うと一人暮らし用こたつくらいか。回転翼はさらに一回り大きい。体育館の図面を確認した限り、あの窓の大きさでは館内に入ることはできない。


 【入れる必要はない。窓まで寄せてくれればいい。】


 「えっどうやって回収するんですか?窓までたどり着く前に隊長、バルーンのおやつにされちゃいますよ…?」


 【ふうむ。ぞっとする言い回しだな…。でも、ここに頼れる人手がいるじゃないか。】


 キーが首を傾げる。一通り、『ドローンT』の起動準備を終えたKEYは管理タブを閉じ、体育館の図面を画面に写した。


 【俺がジープ級を引き付けている間に、女子生徒に回収してもらう。どうよ、名案だろ?】




 3/9 AM10:08 宮城県軸丸高校 体育館内倉庫 


 無線がぶつりと切れた。通信相手が入れ替わり、間髪入れずに怒声が飛び込んできた。


 【何考えているんですか隊長?!要救助者を討伐に加担させるなんて!!】


 コウの耳元のスピーカーから怒声が聞こえる。コウはおもわず顔をしかめていた。私とコウは体育館右横にある倉庫の中、一番隅にある跳び箱の横に隠れていた。鉄製の壁に二人でもたれかかるように座っている。いかんせん倉庫は雑多として、広くはないので肩が付くほど近い距離に私たちはいる。


 というかこの人、さっきとんでもないことを言ったような…。


 扉の向こうからは時折、金属が踏みしめられる甲高く不愉快な音や、木材が割れるような音が断続的に聞こえていた。それと同時に、変わらないリズムで床を歩む、なにか大きなものの足音。それはつい数分前、私の頭をかみ砕こうとした灰色のトラが歩く音であることは考えるまでもなかった。

 

 【いくら隊長の権限でも、幹部に聞かれたら始末書じゃ済みませんよ?】


 「報告書には、あくまで俺が撃ったと書けばいい。どのみち奴を仕留めるにはグレポンが必要だ。」


 女性のため息が聞こえた。その様子から、いつも振り回し、振り回される間柄なのだということがわかった。女性の苦労がいたたまれる。


 「よし、ではアント1からバタフライ。10秒後に点呼を頼む。チャンネルは隊員間共有用の1番を使え。」


 【バタフライ了解です。いつも強引なんですから…。】

 

 呆れたと言いたげなその声と同時に、コウは首周りにまいたデバイスに手を当て、ダイヤルを回し、1のメモリに合わせた。


 【こちらバタフライ。アント1から3まで状況を報告せよ!】

 「アント1。スタンバイ。」

 【アント2。スタンバイだよ~。】

 【アント3。スタンバイ!ってか早くドローンだせよ!弾が尽きちまうよ!】

 【こちらバタフライ、全員の無線確認完了。では隊長。作戦内容を。】

 

 「よし、じゃあ作戦内容を通達する。アント2、3はそのままC型の殲滅を最優先。生憎ドローンは偵察型しか展開できない。支援部隊の到着まであと10分だ。何としても踏ん張れ。できるか?」 


 「とか言っちゃって、どうせやるしかないんでしょう?隊長さん?」

 

 初めて聞く男性の声だ。物腰が低そうな穏やかな声。そして通信中の彼と入れ替わるように、別の女性が無線をとった。


 「いわれなくてもやってやるよ!!牛タンは肉増しにしてもらうからな!!」


 「おお、さすがだな!あとは頼んだぞ。二人とも!」


 愚痴をいいながらも女性はやる気のようだ。口調が少し怖いけど。コウは二人の返答に満足したように頬を緩め、檄を飛ばした。


 「いよし!じゃあバタフライ。ドローンの座標を提示するぞ。体育館の見取り図を開いてくれ。」


 コウは、左腰のポーチに入れられた携帯デバイスを取り出す。光沢のないマットブラックを基調としており、文庫本ほどのサイズ。

  

 コウは慣れた手つきでスライド式のスイッチを押し込み、デバイスを開いた。開いた感覚はノートパソコンのそれだが、キーボードが無い。折り畳み式の全画面タブレットだ。


 画面には体育館の見取り図が表示されている。黒の背景に白線で縁取られた見取り図は、ひどく無機質だった。


 「二階の階段を上がった先、ステージ側から見て右側、二番目の窓の直上に『ドローンT』を展開し、高架させてくれ。」


 命令を下しながら、画面の見取り図に赤い線で丸を描く。


 「天気予報ではそれほど大きな風は吹かないとのことだったが、この季節だ。突風で煽られないよう注意してくれ。やれるな?キー。」

 

 にやりと笑うコウ。無線の先からこの状況に不釣り合いな明るい返答が聞こえる。


 【んーちょ~っとしんどそうだけどやってみるね!】


 「よしよし。今度また新しい義眼探しに行ってやるから待ってな。」


 無線から小さく、彼女の歓声が聞こえた。


 「よし。作戦を開始する。トキワ。また状況が変化したら無線をくれ。」


 【はいはい。私にも何かお願いしますね。】


 「今度良い酒を買おう。晩酌が楽しみだな。」


 【なら、絶対に帰ってきてくださいね。】


 「ゲッシュに誓ってな。アント1オーバー。」


 無線はそれで終了した。タブレットをぱたりと閉じ、丁寧にポーチに収納する。コウは、私の方に体を向ける。お互いに座りながら向かい合った状態だ。


 「よし…大体無線は聞いていたね。」


 コウは、まっすぐにこちらを見る。ゴーグルに覆われた青とも黒とも違う、深い紺色の瞳が私を見つめている。それに気圧されるように、こくりと、うなずいた。しかし、不思議と悪い気はしなかった。それはたぶん、彼は私を信頼しきっているからだと思う。

 

 「君を狩猟行為にほう助させることになってしまったことをまず詫びる。本当に済まない。」


 紺色の視線が床に落ちる。コウは、ヘルメットで覆われた頭を小さく下げた。その時に見せた姿が、それまでに見せていたものより、少しだけ小さく見えた。


 数秒の沈黙。換気口から漏れた光が、埃の粒子をまだらに煌めかせる。時間がゆっくり流れる。そして、ヘルメットが持ち上がり、彼の瞳が私を捉える。


 「それでも…力を貸してほしい。」


 小さく願いを伝える声。それでも、その声には力強い思いが込められていた。彼は、グローブで覆われた手を固く握り、私の前に拳を突き出した。


 まっすぐに私を見つめる、濃紺の双眸。

 

 埃臭い倉庫に静寂が訪れる。相変わらず扉の向こうでは、金属がひしゃげる音や、木材が軋む音が聞こえている。怪物が獲物を探して虱つぶしをしているようだ。

 

 「もちろん君には拒否する権利がある。そうなったら支援部隊が来るまで、何としても君を保護して…」


 「わかりました。やります。」


 コウはあっけにとられた表情で私を見た。


 「どのみち…やらないといけないんですよね?あれを倒さないといけないんですよね?」


 「まあ確かにそうだが…本当にいいのか?」


 コウは初めて不安の表情を見せた。優しい顔つきには似合わない傾けた眉毛と、歪めた目じり。見ているこちらが逆に不安になる。


 「ならやります。やらせてください。」

 

 正直、無線を聞き終えたところで、もう心は決めていた。この人が私を必要としてくれている。この願いを聞き入れる理由は、そんなことで十分だった。

 

 私はふと、自分の両の手のひらを見た。右手は、転んだ時にできた擦り傷と、倉庫にもぐりこんだ時に付いた埃で手は、まだらに汚れていた。


 左手には、ついさっき渡されたハンドガンがある。手の中にある小さな金属と樹脂フレームの集合体。グロックと呼ばれた銃は私の手の内で黒く鈍い光沢を放っていた。この手でまだ誰かを助けられるのなら。私は進みたい。進まなきゃいけない。


 強迫観念にも似た助力への歪な覚悟。掌にある殺人の道具を模したそれが、歪な覚悟をより歪曲させ、歪な形のまま、より強固に硬化させる。


 「やりましょう、コウ。さん。」


 まだ慣れない呼び捨てにとって付けた『さん』付け。ぽつりと差し出されたままになっていた彼の拳に、私の小さな拳を突き合わせた。


 拳を合わせて気がつく、自分の手の小ささに、彼の手の大きさに。


 この差が、私の覚悟に極小の闇をさした。その闇を知覚した私は、心の中で『それでも』と小さくつぶやいた。


 そう、『それでも』やると決めたから。これがきっと、私が『やりたいこと』なのだと言い聞かせるように、グリップを強く握りしめた。

 

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