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BB.Front line  作者: 本の魚
第一部「I and airgun」 
11/11

MISSION 9 「日常に陽光差す」

―――― 3/24 12:16 東京都 「B.A.P.C BALLET ANT」――――



 「カミキ~。掃除はどんな感じ~?」


 トイレのドアから頭を出し、灰色のタンクトップを身につけた黒髪の女性。


 「はいクロイさん。五階の女性トイレとこの二階トイレは終わりました。」


 トオルコはピンクのゴム手袋を外し、バケツの中に落とした。クロイはトイレの床を一瞥し、


 「おお、キレイになってんじゃん。それじゃあラウンジにあがっといで~。飯食おうぜ。」


 分かりました。そう小さく答えたトオルコは、便器の横にあるロッカーにしまった。手早く手を洗い、クロイの後を追う。階段を駆け上がり、廊下を小走りで通り抜けた。


 ラウンジの扉を開けると、すでに見知った顔が四つ。キッチンに白髪の優男と黒髪の荒くれ女。ソファーに座ったアンドロイドと緑眼のお団子ヘアー。


 「あっトオルコちゃん! トイレ掃除ありがとね~!!」


 「カミちゃんありがとうね。」


 手を振り回し瞳を輝かせるキー。タブレットを手に持ったまま微笑を送るトキワ。


 「おいシロミネ! このチャーハン塩が効きすぎじゃねえか?」


 「ほんと~? まあたぶん大丈夫。胃に入れば一緒だよ。」


 「だからなんでそうやって雑なんだよお前は!?」


 喧々諤々。塩の瓶を指さし、怪訝な眼差しを男に向けるクロイ。それを傍目に鼻歌交じりに炒飯を炒めるシロミネ。米と炒り卵がはじける音と、ごま油の香ばしい匂いが食欲をそそる。

 

 「よ~し。みんなできたよ~。」


 「ほらほらみんな座れ座れ~!」


 お盆に乗せられた人数分の皿と、ガラスのボウルには色とりどりの野菜が入ったサラダ。料理がテーブルに乗せられると同時に人が集まる。


 「はいはいっと。シロミネ's炒飯と特製レタスサラダだよ~。」


 「まあ…シロミネにしては美味くできたんじゃないか?」


 「まあキーは味覚ないからなんでもいいよ~!」


 「はいこれ。キーちゃん専用の筐体冷却水ね。」


 がたがたと椅子に座ると、炒飯を載せた皿がいきわたった。それぞれが小皿にサラダを取り分けたことを確認したキーは両手を合わせて、


 「でわでわ皆々様!! お手を拝借!!」


 「「「「いただきます!」」」」


 


―――― 3/24 12:19 東京都 「B.A.P.C BALLET ANT」 ――――



 「そういえばキーちゃんってさもぐもぐ。なんでご飯食べれるの?もぐもぐ。」


 「あーもぐもぐ。キーの咀嚼についてね? んーとね。」


 「基本的にアンドロイドは、体内バッテリーの稼働だけで必要な電力は賄えるんだけどもぐもぐ。」


 スプーンで器用に炒飯を口に送るキーと、その様子を興味深く見つめるトオルコ。アンドロイドは何回か咀嚼すると、溜飲する動作をみせた。


 「……っと。アンドロイドの筐体にも一応、咀嚼機能を持った人工器官を取り付けれちゃうんだよね~。けど、ほとんどはオミットするんだよ。バッテリーの方が効率良いし。」


 「えっと…じゃあただ食事を飲み込んで溜めるだけの機能ってこと?」


 「それが普通なんだけど……キーに取り付けられたものはハイエンドモデルだったみたいでね。キーのAI稼働用補助バッテリーに繋がっててさ。ごくごく。」


 開いた口に、ストローの刺さった透明パウチのドリンクを飲むキー。メロンソーダを連想させる緑の液体に『android ONLY』と書かれたラベルが、ヒトの飲み物ではないことを静かに暗示していた。


 「ぷはっ。これが外せないんだよね~。といってもお腹は空かないし、普通に生活する分にはもぐもぐ。この補助バッテリー機能はオーバースペックなんだよね。」


 手慣れた手つきで一連の食事の動作を繰り返す、妙に人間臭いアンドロイド。


 「けどね、演算ってバッテリーかなり消費するからね! 大型の演算装置と同期できない現場も多いからけっこう重宝するよ!」


 服の上からぽんぽんとお腹を叩くキー。今度は妙にじじ臭い。トオルコは相槌を打ちながら炒飯を口に運び、すこし塩辛い炒飯を咀嚼した。


 「そ・れ・に! こうしてみんなとゴハン食べれるから! キーは有りよりの有りだと思う!」


 「今度はJKのSNSでも盗聴してきたのかしらねこの子は……」


 機械っぽさをほとんど感じさせない笑顔と、覚えたてのフレーズを最大限に活用するキー。そして、向かいに座ったトキワが、ふるふると力なく首を横に振った。この件も、ここの隊の風物詩であるということが最近分かった。


 トキワの横に座っているのはシロミネとクロイ。その二人は、なにやら口論をしているようだ。


 しかし、大抵ここの二人の喧騒の理由は『目玉焼きには醤油かソースか』、『焼き鳥は塩かタレか』、『ディズニーかUSJか』、『中古か新車か』エトセトラ‥‥。


 簡潔にまとめれば、答えが出ない類の論争である。とりとめもない会話から、クロイが噛みつき、それを面白がったシロミネがからかうといった件も、この隊の日常だとわかった。


 それに、大体の結論は『どっちも違ってどっちもイイ』という、ごく平和的な決着に見ることもワンセット。いつものパターンである。

 

 トオルコは麦茶の入ったコップに手を伸ばし、ゆっくりとそれを飲んだ。コップを口につけたまま、クロイとシロミネの会話に耳を傾ける。


 すると、『たけのこのクッキーが至高』とか『きのこの二層チョコは黄金比』といった会話が耳に入った。


 まさか。『きのこたけのこ論争』か。これは本当に終わりのない議題に手を付けたなと、トオルコは飲み終えたコップを置き、静かに瞑目した。


 各々が会話を楽しんでいた矢先、リビングの扉を開ける音。扉のある方に目を向けると、隊のジャケットを羽織り、ビジネスバッグを携えた青髪短髪の男性が立っていた。


 「ただいま。いや~午前から招集かかるのはもうこりごりだなぁ。」


 早朝から『支部』に出かけていたコウだった。バッグをソファーの横に置き、空いた椅子にジャケットをかけた。


 「コウ~!おかえり~!」


 主人の帰りを待ち望んでいた子犬のように喜ぶキー。尻尾があれば、ぶんぶん振り回していることだろう。


 「隊長、お疲れ様です。支部定例会はどうでしたか?」


 「ン…まあ。要約すると、今月からバルーンの発生件数が増えてきているから、そろそろ『シーズン』に入りそうなので各部隊即出撃できるようにっていう話と、予算の申請が終わってない『P.C』は来週末までに必要書類をだせってさ。」


 「そうですか…予算申請は先週のうちに出しておいて正解でしたね。」


 「まったくだ。サンキュー、トキワ。」


 「ふふ、今度の晩酌には付き合ってもらいますよ?」


 サムズアップをしてみせるコウ。それを満足して見届けたトキワは、食べ終わった食器を片付け始めた。ここの不思議な連帯感は何なんだろうなと、ぼんやり考えたトオルコは残った炒飯を胃に詰め込み、食器を重ねシンクに向かった。


 「あっコウ! ちょっと聞け! コイツ『きのこ』が美味いなんてほざくんだぜ?! なんか言ってやれよ!」


 「といっておりますが。コウはどっち派? もちろん『きのこ』だよね~? クッキーの質に魂を売った『たけのこ』に勝ち目はないってさ~。」


 まだ論争をしていたのかと、トオルコも呆れ顔をしてみせたところで、我らが隊長は絶対的かつ普遍的な天啓をここに示した。


 「それ、どっちも好きじゃダメなの?」




―――― 3/24 14:00 東京都 「B.A.P.C BALLET ANT」――――


 トオルコは、陽光がさす屋上のベンチでうたた寝を味わっていた。そして、温かい光を感じながら目を閉じる。


 ――この事務所に住み始めてから二週間が過ぎた。


 最初の一週間は生活必需品の買い出しや、事務所のルールなどの説明で瞬く間に過ぎた。生活必需品の買い出しはトキワに同行してもらい、事務所のルール等はシロミネにあらかた教えてもらった。


 その中で、いろいろと意外な隊員の一面が見えてきた。


 まず一つ、『DOXY』の内部を見た時から気になっていたことだが、几帳面な隊員の真相だ。おおかたトキワかシロミネのどちらかであろうというトオルコの予想は、大きく裏切られた。


 「なんだよ!? そんなに意外かよ!」


 今にも噛みついてきそうな剣幕をみせる黒髪短髪の女性。食洗器から取り出した食器をいたわるように食器棚に重ねていく。暴言を吐きながら丁寧に慎重に食器を収めるその姿は、なんともシュールだった。


 住み始めて三日後、夕飯後に食器を懇切丁寧に整理する彼女を初めて見た時は唖然としたものだ。


 「いや……几帳面な人がいるとは思っていましたが……まさかクロイさんだったなんて……」


 「悪かったなあ全く! 特に男二人は雑だからな! 適当にやられたしわ寄せを俺がやってんの!」


 口調は悪魔のそれだが、乱雑に置かれた白磁の食器類は彼女の手によって、あるべき場所に収められていく。


 さらに、彼女は整理整頓だけでなく家事全般が天才的だった。彼女が掃除担当の日は、廊下はスリッパが写りこむほどに磨かれ、トイレは新品同然の光沢を放っていた。


 他にも、トオルコが部屋着で使っていたジャージにしみを作ってしまった時には、どこからか取り出した中性洗剤とガーゼを駆使して、即座に染み抜きをやって見せた。


 しかし、特筆すべきは彼女の料理スキルだった。


 「お……美味しい!」


 初めてクロイの手料理をごちそうになったとき、思わず声が出てしまった。肉じゃがは、ほろほろと溶ける赤身肉と、ほくほくとしたじゃがいもの絶妙なハーモニー。トオルコは思わず舌鼓を打った。


 「おおマジか! それは嬉しいぜ!」


 真っ黒いマイエプロンに身を包んだ漆黒の料理人、クロイがにかっと微笑んだ。


 その後も、手が空いた時は夜食を作ってくれたり、お手製のプリンの味見をさせてもらえたりと、料理面に関しては至れり尽くせりだった。


 トオルコが家事をし始めた時に分かったのだが、事務所の家事全般を管理運営しているのはクロイだと知った。


 さらに、献立の組み立てもクロイの仕事だった。道理で毎日バランスの取れた食事が並ぶわけだ。


 掃除、調理、洗濯、裁縫。良妻賢母とは、彼女のことをいうのだろう。攻撃的な口調と慈愛にあふれる家事技術。それを見て、隊員たちは口々に言う。


 「性格さえ丸ければ、クロイは当の昔に寿退社している。」と。


 それを聞いたトオルコは大きく頷いた。確かに、性格さえ目をつむれば他にクロイを減点する要素がない。

 

 外見も素晴らしいときた。すらりと伸びたモデルじみた足と腕。緩やかにくびれた腹部と、ささやかに鍛え上げられた腹筋が美しい。


 短く刈り上げられたベリーショートの髪は、伸ばせばさぞ美しいロングヘア―になるだろう。そして悔しいが……はちきれんばかりの爆乳に、食いつくオトコは腐るほどいることだろう。


 まるで一輪の花に舞いよる蛾のように。その花が茨であるとも知らずに。彼女に近づいて八つ裂きになった男性の数は想像するに難くない。



 ホント……羨ましい……うらやま……し……「おいっ!カミキ!!寝てるのか?!カミキ!!」



 「ふわあっ!! クロイさん!! トイレと事務所の掃除は終わりましたぁっ!!」


 「なーに寝ぼけてんだよ!?」


 うたた寝に落ちようとしたところ現実に引き戻され、ベンチからずり落ちたトオルコは、慌てて家事を終えたことを伝える。それを見たクロイは嘆息を漏らす。


 「それより緊急出動だ! 『DOXY』に直行するぞ!!」




 ―――― 3/24 14:24 東京都 「B.A.P.C BALLET ANT」――――



 「すいません! 遅れました!!」


 黒く塗りあげられた車両に乗り込んだトオルコ。全身を紺色の戦闘服で身を包み、その手にはエアガンの入った、長方形のガンケースが握られていた。


 後部車両に座る二人の男、紺色と白。助手席と運転席に座った二つの茶色が、窓からトオルコを覗いていた。


 「よし、全員乗ったな? トキワ! 出してくれ!」


 「了解! 行きます!」


 車両が発進する。見慣れた坂を下る黒い戦闘車両、その車内に乗った六人の隊員達はそれぞれ愛銃の立ち上げを行っていた。


 「銃口にカバーがあることを確認する。セレクターがセーフティを指していることを確認し、バッテリーを差し込む。端子があっているかを確認して…。」


 「どうだ? できたか?」


 「はい……確認お願いします。」


 一通りセッティングを終えた備品のエアガンをコウに手渡す。コウはエアガンのあちこちを触り、確認を終えた。


 「うん、問題ない。上出来だ。」


 「あ…ありがとうございます。」


 「着付けも問題なさそうだな……サイズはどうだ?」


 「上半身がやや余りますが……問題ありません。」


 トオルコは自身の隊服を眺め、余り気味の二の腕をつまんで見せた。揺れる車内で各々が愛銃の整備をしていた。

 例によって、クロイとシロミネは何か口論しているようだったが、見ないことにする。


 「ふむ……やっぱりオーダーメイドだな。近いうちに専用の装備をそろえよう。」


 「ありがとう……ございます。」


 トキワが使っていない戦闘服を貸してもらったトオルコ。ボトムスは丁度だったが、トップスのサイズ感が気になる。


 「トオルコちゃん!! 今日が初出動だね!! 緊張してない? 緊張してるときは掌に『人』の字を書いて舐めるといいらしいよ! ヒトの反復行動による意識の変化に効果あるらしくて……!」


 「こ・お・ら! そうやって捲し立てないの! 余計緊張するでしょうが!!」


 こちらも例によって、いつも通りのスタイルだ。どこかで拾ってきた知識を曲解して披露する危なげな好奇心の権化と、それにヒトとしての道を叩きこむ指導者。というより母のような立ち位置のオペレーター。


 とはいっても……緊張はある。なんせ初の出動だ。


 トオルコは、何となく窓の外に救いを求めてみた。等間隔に整列した街灯が窓を通過していく。街灯の根元に目を下ろすと、町ゆく人々が歩道をただ歩いていた。ベビーカーを押す親子、ハイヒールで地面を割るように歩くスーツ姿の女性。レジ袋を両手に持った老婆は、揺れるレジ袋の脇から青ネギを生やしていた。


 何でもない街の風景。この数キロ先でバルーンがヒトを喰らっているとは知らないのだろう。この街を歩いている人々も、当たり前のように明日が来ると思っているのだろう。


 それでも、私は知ってしまった。日常の薄弱さを、常に存在する死の存在を。


 ……こ……オル……コ


 「……トオルコ。大丈夫か?」


 「あっ……はい。大丈夫です。」


 思考するよりも早く、口が反射で答えを述べていた。コウは向かいに座った席から、トオルコの灰の瞳を見つめていた。 

 

 「そうか……新宿支局からの情報がまとまったからブリーフィングをやるぞ。」


 「わかりました。お願いします。」


 その返答に胡乱な顔をみせるコウ。その蒼い瞳が僅かばかり鋭さを増したと、トオルコは本能的に知覚した。


 「キー、状況報告を。確か現場は浅沼川だったな。」


 「はいさい!! 丁度、渓流釣りの解禁日が明けましてヤマメがお目見えし始めた浅沼川です!!」


 助手席から後部車両に体を向けて、タブレットの画面を堂々と見せつけるキー。黒いマフラーが開いた窓から流れる風にふわりと舞う。


 どうも任務中でもこのテンションは変わらないらしい。と黙考していたところ、運転席から冷ややかな目線。トキワの眼だった。


 暗い緑の眼はキーの黄眼を捉え、それを見たキーは小さくため息を吐き、助手席の車窓を閉めた。


 風に靡いていた黒いマフラーが、すとんと彼女の肩に落ちる。


 「通報があったのは1419時。川で釣りを楽しんでいた男性が第一発見者です。話によると、突然岩場から5、6体の緑の眼をした怪物が現れたとのことです。」


 突然、理知的な口調に差し変わるキー。まるで、何かのスイッチを入れたかのように錯覚させるほどの変化にトオルコは目を丸くした。


 トオルコの懐疑的な視線をものともせずに、報告を続けるアンドロイド。


 「警察は通報受理と同時に、東京支部にハンターの出動を要請。それを受け、1420時に新宿支局が緊急出動しました。しかし……」


 「それで、C型の展開力に手を焼いた結果、登録済みの『B.A.P.C』に緊急招集。それを受理したうちが今こうして向かってる……ってとこか。」


 「さすがは隊長、聡明です。新宿支局の報告によれば、推定C型と思われる個体群で現在も増殖中。先ほどの連絡では、30体前後のヒトガタが確認されています。現時点でジープ級以上の大型は、確認されていません。」


 ……私の前にいる人は誰なんだろう。ついさっきまでのおどけた調子が、まるで嘘のように鳴りを潜め、正確な情報を提供するアンドロイド。


 普段では極端ともいえるほどの表情の変化をみせるキーだが、今は僅かに微笑を浮かべているだけだった。


 口から発せられる機械音声と、暗い車内で淡い光を放つカメラアイが、私達とカノジョとでは明確に成り立ちが違うことを強調していた。


 霧がかった山のような、ささやかな不気味さを放つキー。トオルコはキーの瞳の奥、針で穴を開けたかのような小ささで、ほんのり淡く光る緑の瞳孔を見ていた。


 「よーし、さっさと終わらせてキーと新しい筐体冷却水でも買いに行こ―かなー。」


 「ほんと!? ちょうど気になる新色があったの!!! 行こ行こ絶対に行こ!!!」


 途端におちゃらけた口調で話すコウ。それに反応して通常のテンションに切り替わるキー。まるで人格をそっくり入れ替えたかのような、はっきりとした変貌を遂げていた。


 「隊長!折角本気モードに入っていたのに!!!」


 それを運転席で見ていたトキワが青髪の男に食って掛かる。頭の動きに合わせて、車内の天井を彼女のお団子ヘアーが突いていた。


 それを見たコウは小さく笑う。目尻を鋭く切り詰め、後部車両の三人と目を合わせる。


 キーからタブレットを受け取り、画面を操作するコウ。画面の光に蒼い瞳が照らされている。


 いつの間にか口論を終えていたクロイとシロミネが、コウにアイコンタクトを送る。合わせるようにトオルコも体の向きを変えた。


 「C型特有の大規模バルーン・ハザードだ。総力戦まではいかないと思うが、キツイ戦闘が予想される。多弾倉のマガジンを多めに持っておけ。基本的にはツーマンセルで行動。俺はシロミネと、クロイはカミキとペアを組んでくれ。」


 「了解っと。」


 「了解! よろしくなカミキ!」


 「クロイさん。よろしくお願いします。」


 そっけなく答えるシロミネと、掌を差し出すクロイ。それに応えるように、トオルコは拳をこつんと合わせる。


 女性にしては堅い拳と、年相応に小さな拳を互いにぶつける。


 「コウ・シロミネペアは、最前線でタールから出たやつを狙う。クロイ・カミキペアは前線のバックアップを。片方が戦闘不能になったら即離脱しろ。ぼさっとしていたら退路までふさがれるからな。」


 画面の光を落とし、タブレットをキーに返すコウ。


 「それとキー。現地でHQシステムを立ち上げたら、『リベレ』を準備をしてくれ。二機でいい。」


 「えっ!! 戦闘用ドローン!? 使っていいの!!!」


 もはや先ほどまでの凛乎とした彼女はそこにはなく、いつも通り子どものような振る舞いをみせるアンドロイド。


 「ああ、タールの直上から掃射してくれ。風に煽られんなよ? 川沿いは特に要注意だ。強風による飛行継続の可否は任せるが無理はするな。」


 「まっかせて! もう墜落なんてさせないんだから!!!」


 紺色のツナギをまくり、細い腕に力こぶを作る動作をみせるキー。腕の人工骨格がきしきしと小さな音を立てる。


 「現場と住宅地が近い。射線上に人が入らないことと、自分が入らないよう考慮すること。それ以外はいつも通りだ。気ィ引き締めていくぞ!」


 「「「「了解!!」」」」


 「り……了解です!!!」


 隊員のはつらつとした返答を聞き、不敵な笑顔を浮かべるコウ。


 そして、コウはグローブに覆われた拳を前に突き出す。後部車両の四人が互いに拳を合わせ、歪な円陣を組んだ。


 「現着次第、即戦闘だ。わりいなお二人さん、円陣組めなくて。」


 運転席と助手席の二人に声を投げかけるコウ。すると、助手席からひょっこりと茶髪頭が飛び出た。


 「気にしないで〜! 『リベレ』の準備もあるしさ~!」


 「体は席に、心は現場に。これ話してくれたのも隊長でしたよね?」


 片手に持ったタブレットを振り回すキー。道路に視線を向けたまま、穏やかに表情を崩すトキワ。


 「よしよし、オペレーター隊は今日も元気だな。」

 

 そんな二人を見届けたコウは、再び組まれた円陣の中央に視線を戻す。そして深く息を吸い、自身の隊の生還と、任務達成を祈願するルーティンを完遂させる。


 「バレット・アント隊! 行くぞ!!」


 「「「「「応!」」」」」


 車内に響く隊員たちの声。車窓には、今日の戦場となる浅沼川の上流域が写っていた。


 

 

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