写真の中の千尋さん
僕には写真の中に入る能力がある。
高校生になり、もらった初めてのスマホで写真をいっぱい撮ってた。
寝る前に、今日撮った写真を偶然指で強く押したら・・・。
一瞬目が回り、気がつくと景色が変わっていた。
そこは昼間の公園。
パジャマ姿の僕は危ない人を見る目で見られてトイレに逃げ込んだ。
それからはちゃんとした格好でしか写真を押さない。
いろいろと試したが、この能力はきっかり30分だけ有効なようだ。
その際に僕の身の回りのものも同時に転送される。
スマホ以外の全ては・・・だけど。
写真の中で写真を撮ったらどうなるのか試してみたかったが、それはできなかった。
自分が撮ったスマホの写真だけに入ることができる。
インスタの写真に入れるかと押してみたが何も起きなかった。
印刷した写真もダメ、僕のスマホで僕が撮った写真だけが僕の入れる世界だ。
そもそも身体ごと転送されているわけじゃないみたいだ。
写真の中はまったく現実と同じように見える。
でも現実とはつながっていない。
写真の中で何かを壊したりしても現実では壊れていない。
写真の中で怪我をしても、戻れば怪我は残っていない。
おそらく、僕の意識だけが写真の中に入っているんだろう。
写真の中から何かを持ち帰ることはできない。
記憶以外は・・・だ。
写真の中の光景は動画を再生しているのと同じ。
僕だけが自由意志で動きストーリーは変わるがそれも30分だけのこと。
30分経てば僕は現実に戻っていく。
そのうち、この奇妙な現象にも慣れてきた。
現実と寸分違わなくても、異なる世界だ。
誰に迷惑をかけるわけでもない。
これは異世界だ。
僕は異世界暮らしを楽しんできた。
夏の熱い日には冬の街の写真で涼み、冬の寒い日には夏の海辺で日光浴をする。
良さそうな風景があれば、手当たり次第に写真を撮っておく。
そのうち奇妙なことに気づいた。
ある頃から、特定の場所で僕が撮った写真。
いつも同じ少女が写っているのだ。
時には画面の隅の方に小さく、時には前を横切って大写しでぶれているが、いつも同じポニーテールの少女だ。
こんな子いたっけ?
それから僕は写真を撮る時にその子の姿を探したが、見つけられなかった。
それでも、写真をよく探すとどこかに写っている。
急いで辺りを見回しても彼女はいない。
そんなことを繰り返すうちに僕は単純なことに気づいた。
そうだ。写真の中で話しかければいいんだ。
僕は彼女がアップで写っている写真を見つけ、指で強く押す・・・・。
気がつくと僕は駅前の交差点にいた。
「あの・・・・すいません。」
僕が声をかけると、ポニーテールの少女は振り返る。
大きな美しい瞳が僕を覗き込み、勇気が消えそうになる。
大丈夫・・・これは写真の中だから。ちゃんと言える・・・。
「急に話しかけてすいません。いつもすれ違うので、気になって・・・・。えと、怪しいものではないです。」
それ、ムッチャ怪しいよなあ。夢の中でも僕はヘタレだ。
女の子は数秒の無表情の後、ニコッと笑った。
やばい、ムッチャ可愛い。
「私も気づいてましたよ。あなたはいつも写真撮ってるから、ストーカーかなと思ってました。」
僕は真っ赤になり俯き否定する。
「と、とんでもない。あ・・、ごめんなさい。最近まで気づいてなくって。不愉快でしたよね。」
女の子は笑顔のまま後ろ手を組み、前屈みになって僕の顔をしたから覗き込む。
「大丈夫ですよ。あなたはそんなことをする人に見えないですから。それに私もあなたに興味を持ってましたし。」
ひょっとして・・・、彼女も好意をもってくれてた?
僕は少し元気付けられた。
「あの、僕、貴志って言います。よかったら名前を教えてくれませんか?」
「私は千尋。よろしくね、貴志くん。」
それから僕たちは近所のスタバに入り、お互いのことを話した。
彼女は隣の駅の女子校の1年生で、同学年だそうだ。
名前は近藤千尋さん。
参考書を買いに、電車でこの街に来たらしい。
「近所の本屋さんって良いのがないのよね。ネットで買うより中身見てから買いたい派だし。」
そう言って明るく笑う千尋さんに僕は間違いなく恋をした。
でも僕に残された時間はあと、5分・・・・・。
シンデレラってこんな気持ちだったんだろうか。
「あ、そうだ。今日は待ち合わせしてたんだ。もう行かなきゃ。」
そう言うと、彼女は少し残念そうな顔をして言った。
「また、会えるかな。」
「会えるさ、きっと・・・。」
でも、その時の君は僕のことを忘れているだろうけど・・・・。
これは永遠の繰り返し。
それから何度となく僕は千尋さんと初めての出会いを繰り返した。
彼女はスマホを持っていないらしい。
「うちは親が厳しくって・・・、大学生になってからだって。おかげで友達と連絡取れなくって困っちゃう。」
「持ってたら貴志くんといつも連絡できるのにね。」
そう言って千尋さんは笑った。
そうすると彼女のアドレスを聞き出すことはできない。
家に電話するなんてハードルが高すぎる。
「また会いたいんだ。学校帰りにでも逢えないかな。」
千尋さんはすこし頬を赤く染めて、顎に人差し指をあてた。
「うーん、いいよ。でも、待ち合わせの連絡のとりようがないし・・・・。」
「2週間後の水曜日の放課後なんかどうだろう。学校の校門のそばで待っている。」
「え〜〜、それって恥ずかしいかも。じゃあ、近所に真島公園ってあるしそこで待ち合わせようよ。」
「わかった。何時くらいになら来れるかな。」
「たぶん、4時くらいになら行けると思う。」
僕はさりげなく確認する。
「いつもそれくらいに学校から帰るの。」
「部活がある日は5時くらいだよ。水曜日と金曜日は部活ないからだいたい4時くらいかな。」
そこで時間切れだ。
僕がこの写真を撮ったのは2週間前のこと。金曜日は明日。
もちろん現実の彼女は僕のことを知らないけど・・・、大丈夫。何度も繰り返した。
それをもう一度繰り返すだけ。
これでやっと、現実の彼女と会える・・・・。
金曜日、僕は学校が終わると急いで飛び出して電車に飛び乗り彼女の学校に向かう。
真島公園に到着したのが3時40分。間に合った。
公園かのベンチは斜め前方の校門が見える位置で、下校する生徒の姿が捉えられる。
僕はそこで千尋さんが現れるのを待つ。
やがて時刻は5時を過ぎ、冬の日は沈み、公園の街灯が点灯する頃になっても千尋さんは現れなかった。
それから1週間、僕は4時から6時までずっと公園で彼女を待った。
これだけ繰り返せば一度くらい会えても良いはずなのに・・・・。
そしてさらに翌週、僕は校門の前にたち、1年生の学年章をつけた2人連れの子に話しかけた。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・・。」
「千尋?千尋と知り合いなんですか?」
彼女たちは顔を見合わせて困惑の表情を浮かべた。
不審者じゃないとは信じてもらえたようだけど、何か困ったような表情を浮かべている。
「聞いてないんですか・・・・千尋は1ヶ月前に交差点で交通事故にあって・・・・。」
なぜだろう、目の前で話している彼女たちの声が遠くに聞こえる。
1ヶ月前・・・その頃から僕の写真に彼女は写るようになった。
つまり彼女は・・・・、心霊写真のようなものなのか。
恐怖心はなかった。たとえ幽霊でも彼女に会いたい。
彼女はいなくなった・・・・・。
家に帰りスマホの写真をみると、そこにはごく普通の風景ばかりが写っていた。
そしてそこに確かに存在したはずの千尋さんの姿は消えていた。
僕は必死になって全ての写真を検索したが、彼女の姿はどこにもなかった。
そう、僕は千尋さんを永遠に失ってしまったのだ。
数週間後、僕は交差点の前にたたずんでいた。
右手には数本の薔薇の花束。
こんなことをしても意味がないことはわかっているが、どうしてもそうしたかった。
そうしないといつまでたっても気持ちの整理がつかない。
僕はまだ、喪失感に囚われたままだったのだ。
本当に・・・、本当に好きだったよ。千尋さん。
現実には会うことがなかったけど、それでも僕は君と過ごした写真の中の時間を忘れない。
交差点の片隅にそっと薔薇を供えた。
そのままうずくまってしまい起き上がれない。
涙が流れ落ちて止まらないんだ。
信号待ちをしている人たちが怪訝そうな表情で僕を見るが、僕はどうしてもこの感情を抑えられず、彼女の名前を連呼する。
「千尋さん・・・、千尋さん、千尋さん、千尋さん・・・・・・・・。」
「あのお・・・・。」
誰かが僕の肩に手を置いて話しかけてきた。
「どうして・・・、私の名前を呼ぶんですか?」
驚いて振り返ると、そこにはポニーテールの女の子の姿があった。
「えっと、私、あなたとどこかであってますよね・・・・・??」
その後、僕たちは彼氏と彼女になった。
千尋さんが交通事故で死んだとおもったのは、僕の早とちりだったようだ。
それでも重体だったのは間違いなくって意識不明の状態がずっと続いていて、やっと意識が戻ったのが数週間前。
夢の中で彼女は僕とずっとデートしていたらしい。
昨日退院して、どうしても僕に会いたくなって交差点まで来たところ、うずくまっている僕を発見して・・・。
現実とつながった・・・・・・・・・。
オスカーワイルドの「ドリアングレイの肖像」と映画化された「美女ドリアングレイの秘密、」、それにサクラダリセットからヒントを得た短編です。
何か駄文を書こうとする時、その時折の気分に左右されますし、ハッピーエンドを書いたということは、少しは気分が上向いているのでしょう。




