世界の壁を越える者
「──宇宙や惑星とはまた別の、『異世界』と君達がそう呼ぶ理そのものから異なる世界。
言語や容姿だけでなく、世界の成り立ち、生息する者、存在意義、etc…
無数にあるそれは、基本的に干渉することなく、独立して存在している。
そして、貴方や私達はそんな独立した世界の壁を越えて、こうしてここに存在している。
…ここまでは、貴方もよく理解しているよね?」
「あぁ…」
囓られた林檎を手に持ちながら、椅子を下りて得意気にそう語るユイ。
口の中を飲み込んだコウスケは、そんな彼女に短くそう返すと、続きを待つように視線を向ける。
「貴方もわかっているとは思うけど、私達の世界は直に滅びる。…どうあがいても、ね」
その言葉と共に訪れる、しばらくの静寂。
窓越しに夜空を見上げる彼女は、徒に手に持った林檎を回して弄ると、その言葉を続ける。
「順を追って話すけど、発端は私達の母親…五十嵐結愛という女が、あの世界に転生したこと。
どうしてそんなことが起きたのか、それはわからないけど、事実として母…いえ、あの女は転生する際、彼女はこの世界の理を私達の世界にもたらしてしまった」
わかる?と視線を向けて、再びコウスケの椅子に座り込むユイ。
「…竜人と魔人、か」
「正解。そう、その2つは元々、あの世界に記録としてしか残っていない伝説上の存在。いえ、正確には元々存在自体はしていたけれど、それ以上増えないように制限されていた、というのが正しいのだけどね。
…話を戻しましょう。
私達の世界において、竜人と魔人の存在は、生物同士のパワーバランスを崩すジョーカーのようなもの。彼女は当時の竜王である父と結ばれ、私やユウ、ローズという新たな竜人を産み落とし、彼女と関わったある男は魔人となり、『魔王』として世界に君臨することになった。
魔王は彼女を欲し、その為に竜人の持つ力を我が物にしようとした。それが、あの世界を崩壊させる直接的な引き金になった。…ま、結局のところ、すべては母周りの痴情の縺れが原因ってこと。ただ、その個々があの世界にとって大きな影響力を持っていただけでね。
…まぁ、娘の私としては、あまりこういう話はしたくなかったのだけど」
何処か遠い目をしながら、そう言って机上のノートを広げるユイ。
苦笑するコウスケを他所に、彼女はペラペラとページをめくると、白紙のページを開いて、おいてあったペンで図のようなものを書き始める。
「…貴方があの世界に来た日から大体7年後に当たるあの日。どういうわけか生き残った私、ユウ、イヨの3人は悪魔と契約して、神の権能の一部である時間由来の力を使えるようになった。…後は大体、貴方が知っている通りよ」
「竜人…いや、ユウさん達が時間を巻き戻して、俺を向こうに召喚した、と」
「えぇ…」
キュッキュッとペンを走らせながら、コウスケの呟きを肯定するユイ。
パチリとキャップをはめ直した彼女は、落としていた視線をそっと持ち上げると、開いたままのノートをコウスケへ向かって差し出す。
「時間を巻き戻す、とそう言えば聞こえはいいのだけどね。正確には、現在であるAのという時間帯に、過去であるBの時間帯を復元して上書きしている状態…まぁとにかく、あの世界そのものは常に時間が進み続けていて、過去の事象を上書きすることによってなんとか延命してる状態ってことね」
ノートの図を叩きながら、ユイはそう言って林檎を口にする。
ただ無言のまま、ソレを覗き込むコウスケは、無理矢理脳内に知識としてねじ込むと、三度彼女へと視線を戻す。
「ここで一つ、貴方の疑問に答えるとするならそうね。この世界と貴方の記憶との間に13年の齟齬があることね。貴方が呼ばれたのが、あの世界そのものの経過時間からして丁度13年前。どういうわけか、その間こちらの世界と流れる速度が同じになっていたせいで、13年という齟齬がここに生まれたってとこかしら。…心当たりが無いわけではないでしょう?」
「っ…」
不意に脳裏に浮かんだ、泡となり消えたモネフィラの最期。
嗚咽混じりに速くなる動悸を前に、震える両手で口元を覆う。
「──貴方を向こうに呼び出したのは、ある意味単なる偶然。…憔悴仕切った2人が、あの世界への未確定要素として力を託せる何者かを呼び出そうとした、ただそれだけ。私達がここにいる理由はその時、貴方に代わる存在としてこちらへとやってきたから──まぁ、物々交換のようなものだと思ってくれればいいわ。…最も、私がここに来てやったこととしては記録を弄ったことくらいなのだけど」
淡々と話を続けて、パタリとノートを閉じるユイ。
固まるコウスケを前に、彼女はそっと立ち上がると、その頭へと手を乗せる。
「ユイ…さん…?」
子どものように撫でられて、コウスケは震える声でそう呟く。
自らの胸に頭を引き寄せたユイは、優しく彼を抱きとめると、落ち着かせるようにその背中を擦る。
「大丈夫、貴方が十分頑張ったのは知ってるわ。…別に、気に病むことじゃないから、ね」
「っ…ぅぁ…」
「辛かったでしょう。…苦しかったでしょう。…でも、そんなことも全部、貴方のせいじゃない。私はわかってるわ。だから…今は忘れなさい、ね…?」
目から溢れた水滴が、ユイのローブに染みては消える。
まるで赤子をあやすように、尚も頭を撫でるユイは、優しい声音でそう囁くと、紅い瞳を静かに光らせた。
ーーー
瞼越し差し込んでくる、朝を知らせる明る光。
眠たい瞼を持ち上げたコウスケは、いつものように自室の窓を開け放つ。
「…うん、今日もいい天気だ」
無意味にそう呟いて、着ていた寝巻きを脱ぎ捨てる。
ぼーっとした思考の中、掛けられていた制服に手を伸ばしかけた彼は、思い出したようにピタリとその手を止める。
「そうだ。学校、無いんだっけ。…全然実感わかないな」
コウスケは言い聞かせるように呟いて、ハンガーラックの私服を手に取る。
「…よし」
ガチャリという音を立てて、廊下へと繋がり空気が流れる。
部屋から主が消えると同時に、机上に置かれたパラパラとページが捲られるノートは、扉が閉まると同時に白紙を広げてその音を止めた。
ーーー
「アハ…アハハハハっ…アハハハハハハハハハハ───ッ!」
狂ったように洞窟内に鳴り響く、ユウの高らかな笑い声。
目元を抑えて笑う彼を前に、ミリンは黒い銃を手から落とすと、目を見開いて両膝を地面に付ける。
「コウスケ…?ねぇ…嘘、だよね…?ははっ…わかった、わたしを驚かそうとして隠れてるんでしょ?…ならほら、それは大成功だよ?だからさ、隠れてないで出てきてよ、ねぇ…!」
木霊する笑い声の中、虚構に手を伸ばして、震え声でそう叫ぶミリン。
一頻り笑い終えたユウは、不意に頭を掻き毟ると、虚ろな瞳でミリンに振り返る。
「あの男は消えました。…もう、この世界の何処にもいませんよ」
「──────ッ!!」
ユウの一言と同時に、息を詰まらせるミリン。
宙に舞い上がった水晶の破片と共に、地面を蹴り上げた彼女は、飛びかかるようにしてその距離を殺す。
「っ──」
ズドン、という何かが重たく叩きつけられたような音。
洞窟の壁がピシピシと音を立てる中、ユウにマウントをとったミリンは握り締めた拳を、何度もその顔へ向かって打ち付ける。
「どうしてッ!どうしてどうしてどうして──ッ!」
「……」
「コウスケはッ!貴方を助けようとした、だけなのにッ!」
びちゃり、びちゃり、と、地面に飛び散る赤い液。
木霊する絶叫と共に、虚ろなユウを殴り続けるミリン。彼女の拳に纒った白い鱗は、既に紅く、どす黒く染まっている。
「返してッ!返して返して──返せッ!」
「っ」
バシャっと液体を叩く音がして、周囲の地面が紅く染まる。
ただ息を荒げて、地面に突き刺さった拳を引き抜いたミリンは、血走った瞳で周囲を睨みつける。
「…帰ってなんてきませんよ」
「ゥ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ──!」
聞こえた声のする方へ向かって、ノータイムで飛びかかるミリン。
いつの間にか背後にに立っていたユウは、そんな彼女を軽くいなすと、その襟首を掴んで壁へ向かって投げ飛ばす。
「アハ…アハハっ…私を殺せばなんとかなるとでも?何を、勘違いしてるんですか…ねッ!」
「──ぅ…ぁ゙…」
狂ったように笑ってゆっくりとミリンに近づくユウ。
彼は睨みつける彼女の髪を鷲掴みにすると、お返しとばかりにその顔面に膝蹴りをかます。
「腐っても竜人、やはり耐えますか」
心底うんざりといった様子で、吐き捨てられたそんな声。
無意識に放った力で、無理矢理自身の怪我を修復したミリンは、鼻血を拭ってヨロヨロと立ち上がる。
「よくも…よくもコウスケをッ!わたしのッ愛する人を──ッ!」
「愛する人、ですか…」
絶叫をあげるミリンと対照的に、前髪に隠れた表情のまま、ユウはポツリとそうこぼす。
猪突猛進、とでもいうのだろう。
感情のまま飛び込んだミリンの拳は、スライムのように液状となったユウをすり抜けると、虚構に向かって振り抜かれる。
「ふ…ははっ…」
「っ!ユウ…ッ!貴方だけは───ッ!」
こぼれたユウの笑いに、振り返って拳を握るミリン。
血走った瞳でユウを捉えたその瞬間、踏み込もうとした彼女の激痛が走ると、そのまま地面に崩れ伏せる。
「えぇえぇ、そうですよ。私はあの男を消した、消しましたとも。時空の狭間に投げ捨てて、ね。…そう、もういないんですよ、あの忌々しい、貴女が愛したというあの男はねッ!」
「ぅあ゛───」
「…だから、なんだというのです?」
ただ冷たく、洞窟内に響いたそんな言葉。
「ッ──!」
あらぬ方向に曲がった脚のまま、ミリンはその両目を見開くと、表情の見えぬユウに向かって、腕を伸ばす。
「愛する人を失った悲しみ?怒り?…そんなもの、当たり前ですよ。…貴女が感じてるその憎しみ?えぇ、正当な権利ですからね、好きにすればいいじゃないですか」
「なにを、言って──」
「──だから、私はあの男を始末した。…私の愛する人を殺したあの男を、ね。何もおかしな話じゃありません。…そもそも、私と貴女達は敵同士なんですから、今更こんなことを語る必要すらありませんけど」
ただ淡々と語られた言葉と共に、ゆっくりと影に沈んでいくその姿。
一瞬だけ見えた、真っ黒な彼のその瞳を前に、ミリンはだらりと垂れ落ちた腕と共に、その唇を強く噛み締めた。
竜人達の時間操作に関して、分かりづらいかもしれませんけど、作業中最新のファイルに対して、同一ファイルの古いデータを重ねて上書き保存したような状態です。古いデータ地点からの作業によってその後の完成ファイルが変わるので、完成ファイルが良いものとなるように何度も古いデータをの状態に戻して上書きし直してるってイメージです。ファイルの中にいる人達と違い、コウスケや神は編集してるユーザー視点なので、戻ったということを含めて観測・時間経過してる感じです。




