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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
第6部.分岐する2人
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神隠し



「───ただいま…」



 見覚えのある建物に合鍵を刺し、そんな声と共に玄関へ入るコウスケ。ほとんど変わらぬ景色に驚きながらも、履いていた靴を脱いでハンガーラックに上着をかける。


「はは…誰もいない、か?」


 自虐的にそう呟いて、生活感のある家中を眺める。


 自分の体感からしても、10年以上ぶりの我が家(・・・)。17歳の誕生日を迎えたあの日ぶりに、コウスケは家内へ一歩を踏み入れる。


「あーーーーっ!」

「ッ!?」


 床に上がったその瞬間、不意に響いた女の声。

 一瞬ビクリと身震いしたコウスケは、慌てて吹き抜けの上へと視線をあげる。


「め、メアリー…?」


 2階からコウスケを見下ろす、金髪の美女。

 ただその場から、観察するように見つめた彼女は、一度周囲を見渡すと、廊下の向こうへと走って消えていく。


「はは…ま、仕方ないか…」


 13年経っているのだから、と。見知っていたはずの少女を思い出して、小さく息を吐くコウスケ。

 実家とはいえ、自分の居場所はもうないのかもしれない、と。そんな考えが彼の脳裏に過っては消えていく。


「はぁ…」


 ため息に共鳴するような、しばらくの沈黙。

 そんな空気を破るように、不意に扉の開く音が響くと、ドタドタと階段を降りる影が現れる。


「幸助(にぃ)ッ!」


 階段から飛び降りるなり、コウスケの胸へと飛び込む1人の青年。

 反射的に抱き止めたコウスケは、幼顔の少年を思い出して、ゆっくりと彼の身体を引き剥がす。


「リョウ、なのか…?」

「はい!お久しぶりです!」


 童顔でにこやかに笑いながら、元気よく言葉を返す青年─リョウ。

 彼に続いて降りてきた女は、そんな2人をしばらく見つめると、困惑半分喜び半分といった表情を浮かべ笑った。



ーーー



 リョウと女─メアリーとの再開を果たし、懐かしの自室へとやってきたコウスケ。

 傍らにいる2人を他所に、綺麗にそのままの状態で残っている部屋を見渡して、持っている鞄を床へと落とす。


「驚きましたか?」

「あぁ…まさか──」

「そうです。お兄さん(・・・・)がこまめに掃除しに来てますから」


 まるでコウスケの思考を見透かすように、そう言ってクスリと笑うメアリー。

 彼女に釣られて、顔を見合わせた男二人は、どちらともなく笑みを零す。


「ハジメか…なら、納得だな」


 頭に浮かぶユウに似た人物を思い出して、納得したように頷くコウスケ。

 リョウとメアリーは、どちらもなく目配せをすると、不意にコウスケの前へと踏み出し振り返る。


「それでは…」

「ちょっと遅くなったけど改めて…」


『おかえりなさい、幸助兄(幸助兄さん)!』



ーーー



 とある山沿いの定食屋にて、昼のピークが終わり、人々がはけた頃。

 一時休憩と言わんばかりに席についたハジメは、三角巾を脱いで汗を拭う。


「お疲れ様、ハジメ」


 余り物で作った定食を出しながら、そう言って向かいの席に腰掛けるカスミ。

 前程までとは違った静寂が流れる中、2人は静かに箸をとると、そのご飯を口に運ぶ。


「…にしても、珍しいこともあるのね」

「え?」

「いやほら、今日のアレ。ハジメは仕事中に考え事なんてめったにしないからさ」

「…あぁ、言われてみればそうかもな」


 2人の食事が終わりに近づく頃、不意に机に両肘をついたカスミは、手に顎を乗せてそう言う。

 視線をそらして返答したハジメは、口に含んだ料理を胃袋に流し込むと、考え込むように腕を組む。


「いや、ホントに言葉通りの意味なんだよ。特に理由は無いんだけど、本能というかこう…そんな感じでさ」

「ふぅーん…」

「あっ、カスミお前っ…それは疑ってる時の反応だろ!?」

「えー…?だってハジメ、優柔不断だしなー」

「なっ…そんなことは無いだろ!?それに今回はそういう話じゃないんだよ!もっとこう、今から何か起きそうな──」


 言霊、という言葉があるだろう。ハジメがそこまで言いかけた刹那、そんな言葉を体現するかのように、勢いよく裏口の扉開かれる。


「いっちゃん大変!リョウちゃん達から電話で先輩が帰ってきたって!」


 そんな大声と共に現れた、黒髪のスレンダーな女。

 住居スペースから持ち出したのか、電話の子機を握りしめた彼女は、固まっているカスミの横を通り過ぎると、ハジメの前でテーブルに手を付ける。


「先輩…?なぁハル、ユキなら今頃産婦人科に行ってるはずだし、わざわざリョウ達が電話を──」

「ユキ先輩じゃないよ!いっちゃんが前から言ってた…えっと、オトメ先輩?って人だよ!」

「オト──早乙女先輩!?」


 ハルと呼ばれた女の言葉を復唱して、勢い良く立ち上がるハジメ。

 生娘のような驚愕と喜びが隠しきれないその表情を前に、カスミとハルは互いに目を合わせると、どちらともなく笑みをこぼした。



ーーー



「まるで神隠し、ですね…」


 早乙女邸のリビングにて、静かに響き渡るメアリーのそんな声。

 ひと通り自分語りを終えたコウスケは、「なるほど確かに」と頷いては、自分の顎に手を触れる。


 神隠し──人がある日忽然行方不明となる現象の呼称。彼ら(・・)が神だとするのならば、コウスケは文字通り『神隠し』に遭ったと言えよう。


 窓に映った13年の齟齬が生じる自分の姿を目に、無意識に天井を仰ぎ見る。


「ま、まあとにかく!せっかく幸助兄さんが帰って来たんです!その話の真偽はともかく、いまはこうやって再開できたんですから、その事実を喜びましょ!」

「はは…そう、だな。…よし、じゃ久々に俺も料理を作っ──」


「あ、それは絶対やめてくださいお願いします」


「お、おう…」


 コウスケの返事にニコリと微笑んで、キッチンの奥へと消えていくメアリー。

 そんな彼女と入れ替わるように、通話を終えたのだろう、電話の子機を手に持ったリョウは、それを元の場所へ戻すと流れるように向かいのソファに腰掛ける。


「メアリー、大きくなったな」

「…まぁ、あれから13年も経ってるからね。僕もメアリーももう大人だから」

「はは…それもそうか」


 立派に成長した妹分達と、あの日と変わらぬ自身の肉体。

 自分よりも大きくなった彼の言葉に、コウスケは乾いた笑いを吐き出す。


「…それで、電話はどうだったんだ?代わってくれても良かったんだが──」

「いや、義姉(おねえ)さんが途中で切っちゃったからね…多分、あのまま幸助兄が出ても相手にされなかったんじゃないかな?」

「お姉さん?」

「うん。あっ…えー、っと…」


 聞き返したコウスケの言葉に流れでそう言って、バツが悪そうに頬を掻くリョウ。

 美味しい匂いが立ち始める中、彼はしばらく視線を泳がすと、身体を取り出して耳打ちするように口を開ける。


「その、あんまり大きな声では言えないんだけど…ハジメの奥さんみたいな人」

「みたいな人…?」

「うん…」


 相変わらず疑問符を浮かべるコウスケを他所に、リョウは再びソファに腰掛ける。


「直接ハジメに会えばわかると思うよ。幸助兄も、多分僕から聞いてもわからないだろうし…」

「百聞は一見にしかず、ね…わかった。どうせ会うつもりだし、その時まで疑問は取っておくことにするよ」

「うん、そうしてくれるとありがたいな…」



ーーー



 リョウとメアリーによって振る舞われた夕食をとり、2人の13年間の話で盛り上がったコウスケ達。

 日が完全に落ちきった後、自室(・・)に戻ったコウスケは、懐かしの寝間着に身を包むと、きれいなベッドへとへたり込む。


「2人が結婚、か…こりゃめでたいな」


 2人の左手薬指に着けた指輪を思い出し、天井を見上げてそう呟く。


 13年という、コウスケにとって空白の月日。

 窓越しに見える自分の容姿を目に入れて、上げかけた腕でその視界を覆い隠す。



「そんなに浮かない顔して、自分だけ取り残されたとでも思っているの?」



「──ッ!?」


 突然部屋に響いたそんな声に、思わず息をつまらせ飛び上がるコウスケ。一瞬眩んだ視界を戻すように目を細めると、部屋を見渡す。


「ユイさんっ!」


 コウスケの視界にハッキリと映った、部屋の椅子に腰掛けるローブ纏ったユイの姿。

 名前を呼ばれた彼女は、手に持っていた色褪せたノートをそっと閉じると、紅い瞳をこちらに向ける。


「ごめんなさい、記録を弄って(・・・・・・)いた(・・)ら少し遅くなってしまったわ」


 淡々とそう語って、何処から取り出したのか林檎をそのままひと齧りするユイ。

 自然すぎるその一連の流れを前に、呆けていたコウスケは思い出したように首を振ると、ベッドから勢いよく立ち上がる。


「ん…?林檎コレ食べる?」

「なんで林檎…いや、違う!なんでここにいるんだユイさん!?俺はちゃんと鍵をかけて──」

「はいはい、その辺はこれから話すから。今はちょっと落ち着きなさいな。…あ、とりあえずこれあげるわね」


 新しい林檎を取り出して、ヒョイっとそれを投げるユイ。

 反射的に受け取ったコウスケは、ユイと交互に見比べると、怪訝な表情のまま林檎に口をつける。


「さて…あの娘から話は少し聞いてるみたいだし、何処から話そうかしら」


 コウスケが落ち着いたのを見届けて、静かに席を立つユイ。

 彼女の纏う雰囲気が一瞬変わったのを感じて、コウスケはゴクリと林檎を呑み込んだ。

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