バック・トゥ───
久しぶりの更新となります。
この作品も残すところあと2部(4章)の予定ですので、のんびりと見守っていただければ幸いです。
暑苦しい感覚と共に、不意に目が覚める。
おそらく掛け布団だろう、ぼんやりとした視界のまま、ギシギシと痛む上半身を起こす。
…右腕を締め付けるこの感覚、包帯だろうか。意識がはっきりすると同時に、身体中にガーゼや絆創膏のようなものが貼られている感覚がわかる。
「あ、起きたのね。体のほうは大丈夫そう?」
不意に鼓膜を震わせた、聞いたことのない女の声。
俺は飛び上がるように布団から抜け出すと、反射的に魔力を練ろうと左手を隠す。
「…っ!?」
「──ま、警戒されるのも無理はない、よね…ごめんなさい、無神経だったわ」
はっきりした視界に映った、両手を上げたズボラな格好の女。
だが今はそんな彼女のことよりも、その背後にかけられた俺の制服を目に、貯めた魔力を霧散させる。
「ここは…どこだ…?」
ーーー
女に差し出された水を飲み、落ち着かせるよう息を吐く。
「落ち着いた…?」
「…はい」
心配そうに見つめる彼女を前に、言葉短くそう頷く。
空になったコップを受け取った彼女は、安堵したように頬を緩めると、壁にかけられた制服を一瞥する。
「まずは、ごめんなさい。勝手に貴方を連れ込んでしまって…」
「連れ込んだ…?」
「えぇ、公園脇の花壇で倒れてるのを見かけたからつい…」
「公園…倒れて…?」
何処か申し訳無さそうに、そう言って縮こまる女。
話が長かったので要約するが、曰く彼女が仕事終わりに公園脇で倒れた俺を発見、心配で家に連れ帰ったそうだ。制服がかけてあるのは一度洗浄したからだと。どうやらこの怪我の応急処置的なものも彼女がやってくれたらしい。
まずは情報を整理する。
・俺はあの時、ユウさんに裂け目のような場所へ投げ込まれて意識を手放した。
・この部屋にあるものは異世界には無かった馴染み深い電子機器や日本語で書かれたモノや本。
・そして目の前の女から聞いた話。
この3つから推測するに、どうやら俺は現実世界に戻ってきた、或いは元の世界とよく似たまた別の異世界に迷い込んだということになる。
…何故、俺が制服を着ていたかだけは謎なままだが。
俺は彼女に向き合って、ふと頭に浮かんだ言葉を口にする。
「…なんで、俺を連れ帰ったりなんかしたんです?未成年を連れ帰ったらそれこそ犯罪者ですよ?」
ただ純粋な疑問。
色々聞きたいことはあるが、まずはここだ。仮に元の世界…乃至俺の住んでいた日本なのだとしたら未成年を保護者の断りなく保護するのは誘拐に当たったはずだ。20歳でない俺はまだ成人ではないし、彼女がわざわざそこまでリスクを負う必要性は全く無い。…まぁ、そもそも俺の両親はとっくにあの世だったし、現時点で俺自身訴える気など更々無いが。
しばらくの沈黙と共に、難しい表情をする女。
不意に躊躇いがちに立ち上がった彼女は、かかっていた俺の制服のポケットへ手を突っ込むと、ゴソゴソと何かを取り出す。
…俺の学生証か?
「虐待されてるかもしれない人を見て、わざわざ原因かもしれない親を呼べるほど私も馬鹿じゃないわ。…それにこれ、きっと貴方のお父さんのものなんでしょう?踏み込んだ話だし、言うつもりはなかったんだけど…」
若いのに苦労したのね、と付け足して、学生証を俺に手渡す女。
彼女の口ぶりからして、公園で倒れてたこともあり、この怪我もあって虐待を疑われた、といった感じか。
少なくとも、彼女は悪い人ではないんだろう。別に身ぐるみ剥がされたわけでもないし、俺の直感もそう言っている。
…それはそれとして、だ。何故父親の話が出たのだろう?この学生証は正真正銘俺のものだし、制服もあるし間違えるとは思えないんだが。
ーーー
元の世界に戻ってから早5日─いや、正確には一週間が経過した。俺がどの時間帯で戻って来たのかは定かでは無いが、目覚めるまでかかった期間を合わせれば7日は経っているだろう。
肝心の俺は「せめて傷が治るまで」という女(レナという名前らしい)の好意に甘え、彼女の住むアパートに軟禁のような養生生活を送っていた。
「おはようございます、レナさん」
「うんおはよう。…どうだい、怪我の様子は?」
「えぇ…なんとか…」
布団から上半身を起こし、相変わらずズボラな服の彼女に言葉を返す。
ちなみに、俺の右腕は未だに使えない。というか、まともに身体を動かすことすらままならない。きっとあの時動けたのは興奮していただけなのだろう。今じゃただの要介護者だが。
回復魔法で治そうとも考えたが、ここは異世界ではないのでそう簡単に使うわけにはいかないという事情もある。…それに、俺は保険証を持ってないからな。これ以上レナさんに負担をかけるわけにもいかないだろう。…まぁ、結果的に俺の介助という迷惑はかけているんだが。
そんなことを考えて、彼女から貰った朝食を口にする。
…微妙な味だ。
「あ、そうだ。これ渡しとくから朝食を食べ終わったら連絡入れてね。私はちょっと仕事をしてくるから」
食べ終わるより早く、そう言って部屋を出たレナさん。
食事を中断した俺は、置いていかれた腕時計のようなモノへと手を伸ばすと、液晶のような部分へと視線を移す。
「これは…」
ただ無意識的に、そんな声か口から漏れる。
俺がソレを傾けると同時に表示された、日付けと思しき数字の羅列。
見間違いだと決めつけて、再びそこへと視線を戻す。
「どうなってんだ…?」
ソレをそっと床に置いて、自分の頬を強く抓る。
痛い。
自分の痛覚を信用して、もう一度ソレに目を落とす。
…数字の羅列は変わっていない。
「それならこれは…」
並行世界か、或いは単に時間がズレているのか。
映し出された数字は、俺の誕生日から13年後を表している。
「そう──ここは13年経った、正真正銘あなたが産まれ落ちた世界」
「ッ!?」
不意に聞こえた耳に覚えのある声に、反射的に首を回す。
一体、いつから入っていたのだろうか?
俺の視界に映ったローブ姿の彼女は、紅い瞳を細めると、静かにこちらへ歩み寄る。
「はじめまして─いや…お久しぶり、かな?コウスケさん」
「──ユイ、さん?」




