古代都市の滅亡
『大変だ!ヴィエーユが滅んだ!』
スマホのスピーカー越しに響く、スミレの慌てたような声。
夕食を準備していたミリンは、素早く厨房を離れると、取り出したソレを耳へと当てる。
「ヴィエーユが滅んだ?何よ縁起でもない──」
『冗談じゃない!僕も今さっき知ったんだ!王都を中心に瓦礫の山になってたらしい』
「はぁ?」
数日前の記憶を手繰って、たちの悪い冗談だと受け取るミリン。
自分達竜が暴れたならともかく、魔物のスタンピードであれ数日で瓦礫の山となるレベルで一国を滅ぼせることなどあり得るはずがないのだ。…だからこそ、魔王ルインはあのような手を取るのだと、彼女は自分に言い聞かせる。
少しの沈黙の後、スピーカー越しのスミレは、説得するように言葉を選ぶ。
『…ミリンが疑うのも無理はない。僕らも正直半信半疑でね。…でも、姫様との連絡も途絶えているんだ』
「えっ…?」
『姫様を送ったミリンなら、〈ゲート〉を使って姫様とヴィエーユの様子を見てこれるだろう?今、王宮はこっちで姫様捜索の対応に追われてるんだ、可能であれば見てきていただけないだろうか?』
驚くミリンの声も虚しく、言うなりプツリと切られる通話。
──姫様が行方不明。
彼女の頭でそんな言葉が反響する。
手元にある翠色の宝石は、何一つ色を変えていない。
アール王国とはそれなりに距離の離れたヴィエーユ滅亡と違い、国民からの人気も知名度も高いアネモネだ。このことが事実であれば、王宮も血眼になって探していることだろう。
ミリンは頭を整理して、魔力を練ろうと息を吐く。
「ミリンおねぇちゃん!おにぃちゃんがいなくなった!」
彼女が〈ゲート〉を開こうとした瞬間、バタバタとした足音共に幼気な声がそんな思考を遮断する。
「ミリンおねぇちゃん!おにぃちゃんが…」
「わかった!わかったからストップよハルナちゃん!」
廊下を走る彼女を、ミリンは反射的に受け止める。
「どうしたの、ハルナちゃん?コウスケは部屋のベッドで寝てるはずじゃ──」
「いないの!はるが呼びに行ったら『ビビッ』って嫌な気配がして、扉を開けたら誰もいなかったの!」
慌ただしく全身を動かして、言葉を遮ってまで精一杯伝えようとするハルナ。
獣人特有の危機察知能力だろう。彼女の逆立つ毛並みを前に、ミリンは彼女を地面に下ろすと、客室の方面へ視線を向ける。
「…ごめんなさい、姫様」
静かにそう零した彼女は、顔面蒼白なハルナを再び担ぎ上げると、そのまま廊下を駆け出した。
ーーー
「───周辺の村々からは竜思われる影も目撃されており、状況的にも暴れまわったソレによって滅ぼされたかと。…以上がこれまでわかった情報になります」
「ふむ…」
王城の1室。『ヴィエーユの滅亡』について、部下の報告を聞いた王は、神妙な面持ちで静かにそう唸る。
娘が飛び出してから数日。彼女が古代都市ヴィエーユへ行ったことは、既に王の耳にも届いている。
それと時を同じくして舞い込んだ、ヴィエーユの滅亡。娘の行方は、ソレ以後わかっていない。
「…下がってよいぞ」
「──ッ!?…失礼します」
ビクリ肩を震わせて、速やかに退室する部下の男。
そんな彼を他所に、玉座に座る王は、静かに拳を握りしめる。
「アネモネ…」
ポツリとひとり呟いて、窓へと視線を移らせる。
「王様、ガウラです」
「─ッ…入れ」
コンコンというノックの後、そう言って中へ入るガウラ。
黄昏れる王を他所に、周囲を見渡した彼は、足早に玉座の前に移動すると覗き込むようにその膝を立てる。
「なんだガウラ…我の顔がそんなに滑稽か…?」
無言のガウラを前に、憔悴した表情を向ける王。
ガウラは静かにため息を吐くと、懐から一枚の紙をそっと彼に差し出す。
「これは…?」
無言で差し出されたソレを受け取り、題に目を通す。
『ダイバーシティの国際問題に関する追記事項』
報告書の1文は、1ヶ月ほど前のダイバーシティで起きた事件について書かれている。
…魔物のものと見られる街の破壊に、娘の護衛が殺された事件。結果を見れば『冒険者コウスケ一行』の機転によりダイバーシティの民に被害は無し、娘も無事だったものである。
こんな状況にも関わらず、今更こんなものを渡す義弟の行動に、王は思わず眉をひそめる。
「ガウラ、なんのつもりだ?こんなものより今はアネモネの──」
「あぁ、嬢ちゃんに関する資料だ。ちゃんと見てくれ」
「は──?」
王の言葉を遮って、淡々とそう告げるガウラ。
立ち上がろうとした王は、再び腰を沈めて資料に目を落とす。
「…これは、どういうことだ?」
一通り目を通し、眉をひそめて顔を上げる王。
立ち上がったガウラは静かにため息を吐くと、頭を掻きながら口を開ける。
「書いてある通り、あの時なにが起きたかの追加報告だ。…ダイバーシティに行った嬢ちゃんはとある人物と会っていた、ってな。現地の目撃証言もあるし、信憑性は保証する」
「いや、それはわかる。わかるが…」
「どうして今渡したか、ってか?」
「あぁ…」
それは、と呟いて、再び息を吐くガウラ。
確かに、王視点からでは何の関係もないように見える情報。
アネモネの会っていた人物は傍から見れば女だ。報告書にだってそう書いてある。…だが、今回の情報と先の水没都市の件、直近のアネモネの様子や自ら動いた件を踏まえて、ガウラはその考えを修正した。
「俺はここ最近の嬢ちゃんはいつもその人物─いや、その男に会いに行ってたんじゃないか、って思ってな。こっちは信憑性に欠けるが、今回の件に関しても逃げ延びた人の中にはソイツを見かけたって証言するやつもチラホラいる。…ま、あくまで俺の憶測だがな」
ガウラの言葉をそこまで聞いて、王は静かに頭を抱える。
一人の父親として、王とて薄々勘づいていたのだ。見たことのない綺麗な指輪を指に嵌め、優しく微笑む彼女の恋心が。
今回の件に関して、仮に男に会いに行っていたとして、未だに行方不明なのは何故なのか?滅亡に巻き込まれたのか、はたまたただの駆け落ちなのか。王はそこまで考えて、動けぬ自分に息を吐いた。
ーーー
「兄様が死んだ?何馬鹿なこと言っているのです?」
「フッ…いくら竜人とはいえ所詮ただの生物。途切れた魔力反応と状況証拠から推測するに、あの女は圧死で間違いないだろう」
魔王城の1室にて、ローズの言葉に対して淡々とそう語る鎧の男。
バラバラになった模倣機竜を持ち帰った彼は、つまらなそうにソレを放り捨てると血塗れの宝石を取り出してみせる。
「さて、魔王ルインへコレを届けなければ。…ではな、小娘」
仮面の下で口元を歪めながら、鎧の男は踵を返して部屋を出る。
言葉も出せぬまま、そんな彼を見送ったローズは、ひとり静かに息を吐く。
「模倣機竜を倒すほどの力を手に入れる代わりに知能が著しく低下する…今のところ問題はないとはいえ、残念な魔剣ですね」
呟くようにそう言って、部屋を一瞥するローズ。
兄のベッドに転がるヤナギを確認した彼女は、進化途中のその姿を目に、兄の生存を確信していた。
ーーー
「ん…ぁ…」
心地の良い冷たさを感じて、不意に瞼を開ける。
…何処か、洞窟の中だろうか?
石肌のような見知らぬ天井が、ぼやけた視界に映り込む。
「すみません、起こすつもりは無かったのですが…」
鼓膜を震わせる、透き通るような高く美しい声。
脳に直接流れ込む、私を心配する温かな感情。
そっと視線を動かすと、ぼやけた視界にその輪郭が浮き上がる。
「ユウ…」
愛しい名前を呟いて、ゆっくりと自分の腕を伸ばす。
思いが伝わったのだろうか。握られた彼の手はたくましく、私をそっと包み込む。
──先のはただの夢か、はたまた私の妄想か。
朧げだった記憶が、私の中で鮮明に蘇る。
嗚呼…何故忘れていたのだろう。私が、この竜人に恋い焦がれた本当の理由も。この竜人が、私と過ごしたあの5年間のことも。
──全部、思い出した。
愛しい気持ちが決壊して、私の頭はぐちゃぐちゃになる。
「アネモネ…」
ふと私の名前を呟いて、彼は優しく私の頬に手を添える。
…どうやら、私は泣いていたらしい。
『何度やり直しても、私達は彼と惹かれ合う』
不意に思い出した、魔人の言っていたその言葉。
あのときはわかっていなかったけど、ようやくわかった気がする。
何故、彼が私を気にかけたのか。
何故、私が彼にどうしょうもなく惹かれたのか。
理屈もなくそう感じて、嵌めた指輪に視線を落とす。
今回は偶々、この指輪が発端だったのかもしれない。
夢として見たことだって、影響していたかもしれない。
理由はどうであれ、私の行動動機はいつだって彼だった。
…もし、初めて出会ったあの日、身を案じた彼が私の懐に指輪を忍ばせていなかったら?指輪の存在に私が気付かなかったら?…そもそも彼と、あそこで出会っていなかったら?
それでもきっと、私は彼と出会って、その度に惹かれていくのだろう。
──今までだってずっと、そうなってきたのだから。
直感的に理解して、考えるより早く私は彼を抱き締める。
──今度こそ、絶対手放さないように。




