壊れかけの歯車
ドスッ…という鈍い音。久しく思い出した、骨肉を引き裂く嫌な感触。
「だ…め、だよ…ユウ…」
ふと、頬に触れる生暖かい感覚に、私の意識は引き戻される。
「ぁ…ァ…」
絞り出した声は、言葉にならずに消えて行く。
視線の先に映った、怯える子供達を見つけて。
──嗚呼、彼女が助けてくれたのか。
彼女の体温を感じて、根拠もなく理解する。
きっと、彼女は私の為だと言うだろう。この子達を殺したら、私が二度と戻れなくなる、と。
思考をかき消すように、彼女は弱々しく抱きしめた腕に力を込めてみせる。
「もう大丈夫…大丈夫、だから…」
「ぁ…ァァ…」
「これ以上…苦しま、ないで…ね…?私が、ずっと…ずっとつい、てる…から…───」
途切れ途切れに繋がれた言葉。
──どうして、貴女が泣くの…?
背中越しに見える真っ赤な私の右手も。肋や内蔵を貫いた嫌なこの感触も。
明らかに致命傷なのに。私がもたらしたものなのに。貴女は…どうして私の為に泣いてくれるの?
「ァ…ネ…モネ…」
不意に喉からでた、低く汚い自分の声。
いつも彼女に話す声ではなく、この5年間、出すことのできなかった自分自身の声。
目の前の彼女を失いたくなくて、無意識的に彼女を呼ぶ。
…彼女は、聞こえているだろうか?
私の言いたい言葉の続きを。
「■■■■■」
不意に私の鼓膜を震わせる、音もわからぬ掠れた言葉。
満足気に微笑む彼女が、貫通していた腕からずり落ちる。
いたづらに傷口を塞いでも、彼女はもう動かない。
「…ッ──ゲホッ…ゴホッ…──ッ…ぁ…」
無理矢理声を出そうとして、吐いた鮮血が地面を染める。
──せめて、伝えたかった。
貴女は否定するかもしれない。…でも、貴女を失ったとしても、結局私は、以前のようには笑えないと。
この5年が無駄になるような気がして。動かぬ彼女を抱き上げる。
「ごめん…なさい、アネモネ…ありが、とう…」
ぐちゃぐちゃになった思考で、無意識に漏れたそんな言葉。
瞳に溜まった水滴が、彼女の頬へとポツリと垂れる。
失ってから気付くのは遅いけど、言わないといけない気がして。
まだ暖かい彼女を抱いて、ゆっくりと口を開ける。
「私は…いや、俺も愛しているよ」
ーーー
「じゃあ、姫様はその橙色の宝石とやらを探しに1人で出てったってことか…?いったい何を考えて…」
ミリンとスミレの話を聞き、食べる手を止め頭を抱えるコウスケ。
先日の護衛ですら、途中で別れた後の事についてはまだ何も聞かされていない。
話の節々から垣間見えるミリン達との交流故に、コウスケは彼女の意図を理解できずにいた。
「…まぁ、一言でいえば『ユウの為』、かな」
ポツリと呟かれた、ミリンの声。
その言葉を聞いた瞬間、コウスケは一瞬目を見開くと、突然思い出したように頭を抑える。
『■■■■■』
自らの頭を過った知らない記憶。
もはや言葉かもわからぬソレは、根拠もなくミリンの言葉を肯定させる。
「…コウスケ?」
「いや…なんでもない」
顔を覗くミリンに、精一杯の平静を装って返す。
「…ま、少なくとも今の僕らじゃ何もできやしないさ。彼女の心当たりってのも、僕らが全部知っているわけじゃないからね」
平らげた食器を重ね、口元を拭いてそう言うスミレ。
目を逸らしたミリンを他所に、彼女は静かに席を立った。
ーーー
「フッ…竜モドキもこの程度か。…嗚呼、流石我だ!今更ながら我の持つこの才能が妬ましい…!」
赤々と燃える瓦礫の中、自画自賛しながら鉄屑となった模倣機竜に跨がる鎧の男。
一夜にして焼け野原となったヴィエーユは、もはや人の影すら見当たらない。
「ふむ…予定ではあの女も来ているはずなのだが…妙だな?微かに魔力は感じたというのに…」
瓦礫を見渡して、一人呟く鎧の男。
大剣を掲げた彼は、集中するように瞳を閉じると、不意に口元を歪める。
「ふむ…こっちか」
大剣を肩に担いで、火の粉の舞う瓦礫の上へと飛び降りる。
周囲の瓦礫を砕きながら、一直線に進む鎧の男。
しばらく進んだ先、屋敷のあった場所で足を止めた彼は、赤い血溜まりを一瞥すると、再び瓦礫を見渡す。
「…魔力の痕跡が途切れている、か。…あれほどの女であろうと所詮は生物、ということか」
呟くようにそう言って、血溜まりの中へ手を伸ばす鎧の男。
血に濡れた宝石を取り出した彼は、興味を失ったように背を向けると、空気に溶けるように消えていった。
ーーー
コウスケがスミレと言葉を交わしてから数日。あれ以降、スミレ、ライム、スズナと同一パーティとして任務を組むことはなかった。
「なぁ、ミリン」
「ん…?」
漆黒の竜剣に付いた魔物の血を飛ばし、呟くようにそう言うコウスケ。
解体する手を止めたミリンは、そっと顔を上げるとその視線を彼へ向ける。
「俺は…これからどうしたらいいんだ?」
ギチギチと鳴らす、血を伝う彼の剣。
怒りか、焦りか、それとも別の何かだろうか。赤く滲むほど握り締める彼は、木漏れ日の下で静かに唇を噛み締める。
「俺は…ユウさんの為に何ができてる?今回だって俺の知らないところで姫様も、スミレ達も、みんな自分の役割を見つけて動いてる。俺は今何をしてる?力を手に入れて、それを我が物にしようとしてるだけ?なんで、こんな…」
「コウスケッ!」
ブツブツと呟いた後、突然電池が切れたように崩れるコウスケ。
ミリンは反射的に立ち上がると、血濡れた手で彼の身体を受け止める。
「ミ…リン…俺…」
「大丈夫。焦ることは無いから、ね?…おやすみ、コウスケ」
促されるように、コウスケは腕の中で瞳を閉じると、静かに寝息を立てはじめる。
『──やっぱり、まだ安定してないみたいだね』
不意に彼女の耳に届く、スピーカー越しのスミレのそんな声。
頭を撫でる手を止めた彼女は、懐からスマホ取り出すと、自身の耳元へと当てる。
「いつもよりこの姿で活動できる時間自体は伸びてるみたいなんだけどね…コウスケ自身もこの副作用には気付いてないみたいだし」
『そう、か…できれば、早く復帰してほしいところではあるんだけど…』
「…」
しばらくの沈黙の中。
ミリンは、胸に眠るコウスケの頭を撫でると、魘される彼を強く抱きしめる。
「大丈夫…コウスケなら、きっと…」
『ま、君がそう言うなら、僕はとやかく言わないさ』
「ありがと、スミレ」
『あぁ…気にしないで。それと、こっちも今夜には戻るよ』
「うん、わかった」
電話越しの声と共に、木漏れ日が2人の周囲を照らし出す。
ミリンはそっと通話を切ると、コウスケを抱えて魔法陣を開いた。
ーーー
コンコン、という何かを叩く音。
朧気な意識の中、暗闇で目覚めたコウスケは、ゆっくりとその上体を起こす。
「…?」
何の変哲もない、いつもの自分の部屋。真っ暗闇の中、コンコンという音が響き渡る。
状況を理解しようと途切れた記憶を辿りつつ、コウスケは音のなる方へと向かう。
廊下とは反対側の、テラスに続く大窓。
フラフラと吸い寄せられた彼は、閉められたカーテンを勢いよく開け放つ。
「鶴…?なんでここに…」
視界に映りこんだ、テラス側から大窓を叩く1羽の真っ赤な鶴。
彼が瞬きをした瞬間、不意に音がピタリと止むと、ソレは視界から忽然と消える。
「幻覚…?いや、でもなんで…」
寝ぼけた頭で、不審に思いながら大窓を開ける。
冷たい風が吹き込む中、彼はあくまで無意識的に、足元へ転がってきた折り鶴をそっと拾い上げた。




