王女の恋慕
ヴィエーユ王都の一角。
とある屋敷から続けて聞こえた爆発音を耳に、そっと溜息を吐く『三つ編み少女』姿のユウ。
爆発の影響か、彼の周囲は屋敷へ向かう傭兵や冒険者を始めとした野次馬共でごった返していた。
「はぁ…あれ程派手にやるなと忠告したというのに…」
呆れたように呟きながら、彼は何か思いついたように口角を上げると、紛れるようにして人波へ飛び込んだ。
ーーー
ゆっくりとぼやけた視界に映る、見慣れた自室の天井。
目を覚ましたコウスケは、その上体を起こすと、月明りのさす窓の外へと視線を向ける。
「もう夜か…」
魔力が回復したのか、コウスケは軽くなった身体でベッドから降りると、身に付けている衣服に手をかけて不意にその動きを止める。
「…大丈夫、別に俺が俺じゃなくなったわけじゃない」
静かに呟いて、視界にはいった化物の手を元に戻す。
新しい衣服へを着替えた彼は、窓に映り込む自分を一瞥すると、踵を返して部屋の外へと出た。
「そう…姫様が…」
コウスケが食堂へ入ろうとした瞬間、不意に耳に入った、片隅で聞こえてくる納得したようなスミレの声。
その会話に疑問を浮かべながら、彼は出された料理をトレイに乗せると、ミリン達のいるテーブルへと向かった。
「あ、コウスケおはよ」
「あぁ…おはようミリン。ま、もう夜なんだけど…」
「ふふっ…それもそうね」
既に食事を始めていたミリンと言葉を交わしながら、そっと彼女の隣につく。
いただきます、とパンに手を付けた彼は、しばらくそれを頬張ると、思い出した様に向かいに座るスミレへと視線を向けた。
「そういえば、スミレ達はさっき何を話してたんだ?姫様がどうのとか言ってた気がするんだけど…」
コウスケがそれを口にした瞬間、彼女達はぴたりと動きを止めると、開けていた口を静かに閉じた。
ーーー
「どうした、防戦一方じゃないか?さっきまでの威勢は何処へいったのだッ!」
壊れたマッドの屋敷内にて、嬉々として大剣を振り回す鎧の男。
余波で建物が崩壊する中、マッドは装飾されていた剣を次々と手に持つと振られた大剣によって破壊されるを繰り返していた。
「ッ…さっきから私のコレクションを次から次へと…ッ!それに、我が愛しのアネモネ様の前で醜態を曝すような真似をさせやがって…!貴様ァッ!絶対に許さん!」
「…減らず口が」
マッドの叫びと同時に、鮮血を吹き出す彼の右腕。
鎧の男によって切り落とされた彼の腕は、弧を描くように風通しが良い部屋を舞うと、立ち尽くすアネモネの前で嫌な音を立てる。
「…ッ!?…ァ…ぇ…!?」
「ア゛ア゛ア゛ア゛アァァァァッ───!!」
足元にあるマッドの右腕が記憶と重なり、困惑の声を漏らすアネモネ。
そんな彼女の声を掻き消すように、マッドは自らの腕が切り落とされたことを自覚すると、左手で肩口を抑えながらのた打ち回って絶叫する。
「フッ…やはり所詮はこの程度か。…どうした?回復魔法は使わないのか?」
「ァァ…ッ!?は、〈ハイヒ──クソっ魔力が…〈ミドルヒール〉ッ!〈ヒール〉ッ!」
なんとか傷口を塞ぎ、止血によってなんとか一命を取り留めたマッド。
息を切らした彼は、白けたように大剣を担ごうとする鎧の男をキッと睨みつける。
「…なんだその目は?」
訝しげに、くぐもった声でそう言う鎧の男。
マッドは一瞬狂ったように口元を歪めると、よろめきながら立ち上がり、瓦礫の中へと手を突っ込んだ。
「アハ…アハハ…アハハハハハッ!」
「…何がおかしい」
「よくも─…!!よくもよくもよくも──ッ!この私に恥ばかりかかせやがって…ッ!─この際体裁なんてどうでもいいッ!コイツを使って、貴様をこの場d──」
──プチッ…と、マッドが言い終えるより早く響いた、文字通り小物が潰されるような音。
遠巻きに見ていたアネモネは、鎧の男と対峙する地面から這い出た巨体をそっと見上げると、本能的に後退しようとその場で尻餅をつく。
『──────────────────ッ!』
「超古代の遺物、機械仕掛けの竜モドキか…面白い」
アネモネとは対称に、鎧の男は仮面の下で口角を歪めると、咆哮のような音を上げる巨体──模倣機竜を前にその大剣を構えてみせた。
ーーー
「なんだアレは!?何か現れたぞ!?」
「おい馬鹿よせ!それ以上不用意に近づ─うわぁぁ──」
「ひっ…お、お前そこどけよ!俺は何も知らねえ!今すぐアレから逃げるんだよォ!」
屋敷周辺に飛び交う、野次馬達の罵声や悲鳴。
謎の影と共に目の前の屋敷が原型を留めなくなった瞬間、ユウの周りに立つ野次馬共は慌てて踵を返すと、これまでの流れに逆らって屋敷から距離を取り始める。
「アレは…模倣機竜ですか。まさか、このタイミングで起動するとは…」
人々が流れる中、その場に立ち止まり、そう呟いて腕を組むユウ。
屋敷から姿を現した模倣機竜は、周囲を破壊しながら無造作に一回転をすると、一瞬の溜めを挟んで全身から熱線を放つ。
『──────────────────ッ!』
咆哮のような音と共に、熱線を浴びて次々と崩れ燃えゆくヴィエーユの町並み。
断末魔が響き渡る中、展開した障壁により1人熱線を防いだユウは、呆れたように周囲を見渡すと、熱線から逃れた屋敷跡へと目を向ける。
模倣機竜の熱線が止み、少しの隙ができたその瞬間。彼の視線の先、屋敷の瓦礫の中から不意に鎧の男が飛び出すと、振り抜いた大剣が模倣機竜の巨体をわずかに掠め取る。
「何故…いや、はぁ…」
模倣機竜と対峙する鎧の男を遠巻きに眺めながら、その起動を助長したとあながち間違いでもない推測しため息を吐くユウ。
周囲の被害も横目に、彼は不意に反応した翠色の宝石を懐から取り出すと、わずかに原型を留めている屋敷の一角へ向かって間髪入れずに駆け出した。
ーーー
「たしか…この辺りに…」
王都が火の海に見舞われる中、運良く残された屋敷の一角で、ひとり瓦礫の中を漁るアネモネ。
周囲に飛び散ったマッドの血を避けながら、しばらく瓦礫を掘り返す彼女は、不意に視界に入った物を前に、その作業をぴたりと止める。
──記憶の中と合致した、橙色の宝石。
彼女は、傷だらけになった両手でその宝石を拾い上げると、安堵したようにへたり込む。
「全く…こんな状況で何をやっているんですか貴女は…」
突然背後から聞こえた、透き通るような高く美しい声。
聞き覚えのあるその声に、アネモネは驚き半分喜び半分で振り返ると、視界に映ったユウの姿を前に橙色の宝石を握りしめた。
「よかった、やっぱり来てくれた…」
「…約束はしましたからね。…まぁ、近くにいたのは偶然ですが」
呆れたような声音でそう言ったユウは、座り込むアネモネへそっとてを差し伸べる。
今更恥ずかしくなったのか、彼女は俯きがちにその手を取って立ち上がると、自らの薬指に嵌めた刈安色の宝石の付いた指輪をそっと撫でる。
「…あの、ユウ…実は──」
『──────────────────ッ!』
「──!?アネモネッ───」
アネモネが口を明けた瞬間、それを遮るように響いた模倣機竜の咆哮のような音。続けて響いた地響きに、ユウは咄嗟に彼女を押し倒すと、2人は衝撃で雪崩た瓦礫の中へと巻き込まれた。
ーーー
辺り一面に広がる、火の海となったヴィエーユの王都。
視界に映ったその光景に、私はただ、立ち尽くすしかできないでいる。
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
…どうして、こうなったのだろうか?
何も聞こえず、ただ悲鳴のような咆哮を上げる彼を目にしても、私はその現実を受け入れられないでいる。
「っ…やめろ!このッ──」
「おい!うわぁぁ──」
次々と肉塊へ変えられていく、立ち向かうヴィエーユの人々。
目の前の障害を惨殺していく彼は、ただ苦しそうに、衝動のままに周囲の全てを壊していく。
「ユウ…やめて…やめてよ…なんでこんな…」
周囲に燃え盛る炎の音に、周囲に響く彼等の断末魔。
一言で言えは…地獄。
彼の前にあるありとあらゆるモノが、成すすべなく破壊されていく。
「あ゛ァ…ア゛……ぁぁ………あ゛あ゛あ゛ァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ───ッ!」
誰かを、何かを壊す度に、ただ苦しそうに藻掻く彼のその姿は…そう、5年前に出会った時のお父様に殺されかけたあの姿と重なって写る。
『あの最強の種と言われた竜人も、こうも簡単に操り人形に成り下がるとはなァ…!』
──ふと、脳裏に過ったユウに殺された魔人の発した言葉。
…2人の魔人は彼が操り人形だと言っていた。でも、それは何処か不完全な状態であるとも。
なら、何かに悶え苦しんでいる今の彼は…?
「ひっ…」
「こ、こっちくるな!こないで…」
私の思考を中断するように、不意に耳に入ったまだ幼い子供達の声。
嗚呼…この子達ただ、親に会いたがっていただけなのに。悲痛な彼等の声が、私の頭に響いてくる。
「い、嫌だ…死になくないッ!」
「お父さん…お母さん…助けて…」
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
ドスッ…という鈍い音。私の胸を貫いている、突き出された彼の右腕。
彼の叫び声を聞いた瞬間、私は考えるよりも早く、彼等の間に飛び出していた。
「だ…め、だよ…ユウ…」
口から漏れる血を吐き捨てて、彼の頬に手を伸ばす。
「ぁ…ァ…」
微かに漏れる擦り切れた声と、ゆっくり光の灯していく彼の紅い瞳。
流れる涙を拭って、そのまま彼を抱きしめる。
──私は知っている。貴方が誰よりも優しいことを。
私の後ろで泣くこの子達を殺させたら、もうあの頃のように笑ってくれない気がして。
だから…力の入らぬこの両手で、力いっぱい抱きしめる。
「もう大丈夫…大丈夫、だから…」
「ぁ…ァァ…」
「これ以上…苦しま、ないで…ね…?私が、ずっと…ずっと、つい…てる、から…───」
意識が朦朧として、うまく口が回らない。
…どのみち、私はもう助からないと本能的にわかっているけど。
それでも、彼から離れることがないように。私は彼にしがみつく。
「ァ…ネ…モネ…」
ふと、私の鼓膜を震わせた、低く汚い彼の声。
いつも聞く声とは違った、彼自身が絞り出した、本心からの声。
出会ってから5年間、一言も発せられなかったはずの、彼の声。
こんな状況だけど、私を呼んでくれたことが嬉しくて。私は彼に溺れていく。
私は今、身体を重ねた時以上に幸福を感じている。5年間の恋慕が、実ったかのように。
せめて、私も伝えよう。
「■■■■■」
声にならない声を出して、解放されたように思わず頬が緩む。
すすり泣く声が聞こえる中、私は全身で彼の体温を感じながら、つなぎつなぎだった意識を静かに手放した。
3ヶ月近く開けてしまい、申し訳ありませんでした…
こんな愚作ですが、いつも見ていただいている皆様、ありがとうございます…




