王女の奔走
「ただいまー…疲れたー…」
「おかえりなさい、コウスケ」
宿屋に帰るやいなや、糸の切れた人形のようにベッドにダイブするコウスケ。
そんな彼に返事をしながら、ミリンは行っていた作業を一旦中止すると、コウスケいるベッドへと腰掛けた。
「お疲れ様。どう?身体の調子は」
「あー…まだちょっと慣れないかな。…魔力切れがいつもより早い気がする」
ゆっくり上体を起こしながら、コウスケは確かめるように掌を動かす。
「もうちょっとしたら夕食の時間だからね」
「あーい、わかってるよ。…そういや、ミリンは何してたんだ?」
「これ?この前の戦いでコウスケの上着が解れてたから、ちょっと手直しをね…」
照れくさそうに笑いながら、その場で作業を再開するミリン。
徐々に元通りになっていく自身の服を横目に、コウスケは口元を緩めると、襲いかかる睡魔にそのまま身を委ねた。
ーーー
コウスケが眠りに落ちるのとほぼ同時刻。
ヴィエーユの街中を歩いていたアネモネは、とある建物を前にふと足を止めた。
「ここ…よね…」
雑音に消える、呟く彼女の声。
目の間に建つ豪華な装飾をされた建物は、まるで街の活気を象徴するかのように一際目立っている。
深く息を吐いたアネモネは、手袋の下にある刈安色の宝石の付いた指輪を握り締める。
「大丈夫、きっと…」
自分にそう言い聞かせて、扉前のベルを鳴らす。
『ここは公爵邸だぞ?平民風情がなんのようだ』
何処かから見られているのか、伝声管から響く馬鹿にするような男の声。
アネモネは、『平民風情』というその言葉に眉をピクリと動かすと、落ち着いた様子で伝声管に口を近付ける。
「突然すみません。わたくし、アネモネとお申します。マッド公爵をお願いできますか?」
『貴様、この期に及んで公爵様を──』
『アネモネだと!?そう名乗られたのか!?』
『公爵様!?何を突然──』
『えぇい黙れ黙れ!アネモネ様を平民風情呼ばわりとは…!貴様は今を持ってクビだクビだ!』
『そんな!?』
伝声管から響いたそんな会話を耳に、死んだ目のまま立ち尽くすアネモネ。
しばらくの沈黙の後、不意に扉が音を立てて開かれると、屋敷の中から一人のイケメンが満遍の笑みを浮かべながらその姿を現した。
「お久しぶりです、マッド公爵」
「おぉ…!これは我が愛しのアネモネ様!わざわざこの私に会いに来てくれるとは…!それに、町娘の格好もとてもお似合いですぞ!」
「そう、ありがとう」
褒め称える男─マッドの言葉に、流れ込む思考に対する吐き気を堪えながら無表情で返すアネモネ。
そんな彼女のことなど露知らず、マッドは下卑た笑みを浮かべると、強引に引きずり込もうと手を伸ばす。
「マッド公爵、その手を引いてください」
「な、なんのことですアネモネ様?私はまだ何も─」
「へぇ…まだ、ですか。そうですよね」
「──ッ…し、してアネモネ様、今回はどのようなご要件でわざわざここまで?…ハッ!遂に私との縁談の件を──」
「帰りますね」
「あぁ!?お待ち下さいアネモネ様ァ!」
呆れた様子で返されたその言葉に、必死に止めようとするマッド。
アネモネは、吐き気を抑えるように手袋越しに指輪を握りしめると、息を吐いて呼吸を整える。
「─今回、私がここに来た理由はですね…以前、貴方が言っていた例のコレクション、あれを少し見せていただこうと思いまして」
「私のコレクションを、ですか…!?」
「えぇ」
「おぉ…!遂に、アネモネ様が私に興味を──」
「いえ、興味があるのは貴方に対してではありません。…それで、見せていただけるかしら?」
もちろん、と言わんばかりに、勢いよく胸を張るマッド。
アネモネは、青くなった顔を必死に隠すと、案内されるまま屋敷の中へと足を踏み入れた。
ーーー
彼のローブを握りしめ、私は血濡れた廊下をゆっくり進む。
転がる死体を横目に見ても、未だに彼の姿は見当たらない。
断続的に聞こえる、何かが崩れるような音。…何が起きているかはわからないけど、私が知らないだけで良くないことが起きている。
"──フハハハハッ…!あの最強の種と言われた竜人も、こうも簡単に操り人形に成り下がるとはなァ…!"
角に差し掛かった瞬間、不意に流れ込んできた、気味の悪い男の声。
私は咄嗟に足を止めると、息を殺して覗き込む。
「どうだァエボラ?この俺が対竜人ように改良した薬の効果は?」
「チッ…貴様に感心するのは癪だが、良くできでいるな、クソが。…まぁいい、あとは目的の宝石さえ回収すれば、この任務は終わる」
あれは…魔人なの?
私の視線の先、苛立ちながらも言葉を交わした2人の男は、無造作に壁を破壊すると、その奥へと消えていく。
あそこの部屋は確か、美術品が展示されていた1室だったような…
少しだけ進んで、壁に身体を近付ける。
"これで──ルイン様の──に──フハハハハッ──"
"───で、ルイン様が──して、──だろう─あの御方さえ──すれば───なんて──"
途切れながらも、私の頭に流れ込むそんな声。
ルイン…?それって確か、先日から各国に届いた「手紙」の差出人の──
私がそこまで思考した瞬間、不意に背後で爆発音が鳴り響く。
「おい、操り人形だったんじゃないのか」
「チッ…まさか、このタイミングで暴走するとは」
頭に流れ込む困惑と苛立つような男達の言葉。
私は混乱した頭を整理するように、たまらず部屋を覗き込む。…そう、いま起きてる状況を知るために。
破壊された部屋の中、男達と向かい合うように、1つの影が立っている。
舞っていた土埃が晴れ、対峙する影が現したその姿を前に、私の思考は一瞬停止した。
───ユウ…なの…?
ーーー
マッドに案内されるまま、屋敷の応接間へと通されたアネモネ。
町娘のような姿のせいか、使用人達の警戒するような視線を他所に、彼女は出された紅茶を口にする。
「それでアネモネ様?コレクションを見たいということは、私との婚約も──」
「マッド公爵、縁談の件は明確にお断りしたはずです。私は貴方を夫として迎える気など毛頭ありません」
「…チッ」
アネモネの言葉に対し、顔を逸し舌打ちをするマッド。
そんな彼の声を聞いたアネモネは、思い立ったように持っていたカップを皿の上へと戻す。
「そ、そうだ!いくらアネモネ様といえど、流石に無償でコレクション見せるわけにh──」
「婚姻を条件に付けようとするなら結構です。そもそも私は、既に婚約者がおりますので」
「こ、婚約者だと!?そんな情報まだ──ハッ!こ、婚約者ですと…?な、何ご冗談を…そもそもそんな証拠だって──」
寝耳に水の内容を前に、今までの余裕が嘘のように焦るマッド。
そんな彼を横目に、アネモネは左手の手袋をそっと外すと、見せつけるように手の甲を前に出す。
「その装飾は紛れもない婚約指輪、だと…?この私が知らないうちに…!?馬鹿な…一体いつ──」
「先日、とても良い殿方と巡り会う機会がありましてね。私から婚約を取り付けさせていただきました」
「アネモネ様から!?」
「えぇ、私から、ね。…それと、繰り返し言いますが、私は貴方のコレクション─正確には、橙色の宝石を見せていただきたいだけですね。それ以外に用はありません」
狼狽える姿に追い討ちをかけるよう、淡々とそう語るアネモネ。
彼女の主張を耳に、ひと通り悶えたマッドは、持ち前の謎の自信で自身を納得させると、引き攣った顔の彼女を前に満遍の笑みを浮かべた。
「マッド公爵、私は──」
「わかっておりますよ、アネモネ様」
「いえ、何もわかってなど──」
「まさか、私の嫉妬心を煽って気持ちを確かめようとするなど…そんな考え、流石に思いつきませんでしたよ」
「だから違うと──」
「ですが安心してください、私マッド、そのような言葉で惑わされるほど浅い男ではありません!」
言葉を遮りながら、だた一方的に汚い笑みを浮かべ語るマッド。
そんな彼の言葉と声の差異を前に、アネモネは再び吐き気を抑えようと口へ手を当てる。
彼女のストレスいよいよ限界を迎えようとしたその瞬間、不意に左手の指輪がキラリと光を放つと、屋敷に大きな衝撃が走った。
「なんだ!?何が起きて──」
『マッド様!只今、屋敷の保管庫で爆発が──』
「保管庫で爆発だと!?──チッ…こんなときにッ!」
部屋へと舞い込んできた伝声管越しの声に、苦虫を噛み潰したような顔で、周囲の使用人達を張り倒しながら部屋を飛び出したマッド。
彼の声を聞いたアネモネは、一瞬光った指輪を一瞥すると、彼を追うようにその場を後にした。
ーーー
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
口から血を吐き出しながら、悲鳴のように咆哮を上げる彼。
脳裏に焼き付くその光景を前に、私はただ、立ち尽くしている。
──おかしい。
彼の声が聞こえてこない。
こんなにも、目の前で苦しんでいるのに。
こんなにも、私の近くにいるのに。
何も理解できず、動くことすら躊躇ってしまう。
「これが竜人の力…ッ!是非とも俺の──」
白衣を着た魔人の男が声を発した瞬間、それを遮るようにその左腕が千切れ飛んだ。
「──!?!?!?なんだッ!?この俺に何を…!」
唐突の出来事に対応できなかったのか、狼狽えた様子で彼を睨む白衣の男。私には見えなかったけど、どうやら、彼が男の腕を引き千切ったらしい。
返り血を浴びたのか、全身が真っ赤に濡れた彼は、低く唸り声を上げながら、威嚇するかのように赤黒い竜の翼を広げてみせる。
「チッ…理性を失っているか…まぁどうでもいい、コレさえ回収できればここには用はない」
彼と対峙する白衣の男の隣で、何処か他人事のように、手に持った橙色の宝石を眺めてそう言い捨てる大男。
白衣の男は、そんな大男の言葉に察したのか、あからさまに嫌そうな表情を浮かべる。
「この偉大なる俺様が、そんな役目─」
「貴様の落ち度だ。その自慢の再生力とやらで時間くらい稼げるだろう?この死体風情が」
「貴様ァ…!いい加減に──」
叫び終えるよりも早く、白衣の男の頭が、胴体から離れて地面に落ちる。
足元から聞こえた、ドサリと落ちる鈍い音に、私は身体を震わせる。
ゆっくりと視線を落とすと、私は転がった生首と視線が合った。
「──っ!」
漏れそうになった声を、咄嗟に両手で押し殺す。
─そう、目の前にいた男は、一瞬にして彼に首を跳ねられたのだ。
「女…?どうして─いや、問題無いか」
私の存在に気付いたのか、落ち着いた思考のまま、ぼそりとそんな声を漏らす大男。
それとは反対に、臨戦態勢に入った彼は、攻撃すべき対象が沈黙したのを前に、大男へと焦点を合わせる。
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「──チッ」
咆哮を上げた彼は、一瞬にして大男との距離を殺した。
ーーー
「そこの貴様!我が公爵邸で何をしている!?」
マッドを追った先の部屋にて、不意に聞こえてきたそんな声。
何故か見覚えのある通路を抜けたアネモネは、開け放たれた扉の前へとたどり着くと、その視界に映ったマッドと対峙する人物を前に、その目を見開いた。
「あれは…確か、報告にあった…」
漆黒の鎧を纏った男、とアネモネは心の中そう呟く。
風通しの良くなった部屋の中、そんな彼女を視界に捉えた鎧の男は、片手に持った大剣を軽く振り回すと、周囲の美術品を破壊しながら、その肩へ担いでみせた。
「我が名は──いや、死に行く貴様らに名乗る名など無い」
何処か聞いたことのあるような、くぐもった声でそう言いながら、左手で鉄仮面を抑える鎧の男。
そんな彼の態度が気に入らなかったのか、屋敷の主であるマッドはその顔を真っ赤に染め上げると、腰に帯刀していた装飾の凝った剣を静かに引き抜いた。
「不法侵入の上に名も名乗らぬとは…貴様ァ!騎士としての誇りは無いのか!」
「フッ…知らんな、そんなもの」
「この…!得体の知れない似非騎士めッ!〈パワーブースト〉ッ!」
絶叫を上げながら、鎧の男へ向かって剣を振り抜くマッド。そんなマッドの声を聞いたアネモネは咄嗟に扉の裏へとその身体を退かせる。
攻撃強化の魔法である〈パワーブースト〉の乗ったその一撃は、真っ直ぐに鎧の男の首を抑えて飛んでくる。
鎧の男は、仮面の下でその口元をニヤリと歪めると、さも余裕といった様子で大剣を床へ突き刺した。
「…〈防御〉」
「なっ───ッ!」
鎧の男がそう呟いた瞬間、首部にの鎧に触れ、根本からポキリと折れるマッドの剣。バフをかけたにも関わらず、まるで乾燥したパスタのように折れたその光景を前に、マッドは反射的にそんな声を上げる。
「どうした、この程度か?」
「──ッ!見くびるなよ貴様ッ!〈風刃〉」
咄嗟に退いたマッドを横目に、すかさず言葉を紡ぐ鎧の男。
そんな煽る言葉に乗るように、マッドは声を荒げると、剣を振るいながら風の刃を放つ。
「引っかかったな似非騎士め!何も私の攻撃手段は剣撃だけじゃないのだよ!─それに、この剣は魔法石が埋め込まれた特注品でな、これで強化された魔法は竜の鱗だって──」
「ふむ、それなりに美味なり」
「──ッ!?!?!?!?!?馬鹿な!?私の魔法を喰っている…だと!?」
晴れた煙から現れたその姿を前に、現実逃避するような声を出すマッド。
大剣を突き出した鎧の男は、〈風刃〉をその大剣に吸収させ終えると、満足といった様子でその両腕を広げた。
「さぁさぁさぁ!──ここで会ったが吉日、我が魔剣ヘルシャフトの養分になることを光栄に思い給え!」
いつの間にか90話
一応補足(?)ですが、
〈防御〉は自身の防御力強化魔法
〈壁〉は文字通り壁を発生させる魔法
って感じで書いてます。(唐突)




