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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
第5部.王家の末裔
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動き出す、世界の歯車

「…ん…ぅ…」


 頭の下に伝わる温もりと共に、飛びこんできた光を手で塞ぎながら、うっすらと瞼を開けるコウスケ。

 不意に通り抜けた風によって、逆光になっていたミリンの顔が視界に写り込んだ瞬間、コウスケは一瞬にしてその意識を覚醒させると、姿勢を変えぬまま、慌てて周囲を見まわした。


「ミリン…」

「おはよう、コウスケ」


 久々に(・・・)感じた(・・・)、優しい彼女の声。

 頬に伸ばされた彼女のその手が、いつの間にか流れていた涙をそっと拭う。

 全身をまわる疲労感と共に、コウスケは、膝枕をされていたその上体をゆっくりと起こしてみせた。


「ここは…」


 思わず口から漏れ出た、懐かしむような自分の声。

 ミリンは、そんなコウスケの地面についていた手をそっと握ると、彼に合わせるように視線を動かした。


「ねぇ…覚えてる?」

「あぁ…忘れるわけがない…」


 そんな声に合わせるように、2人の脳裏に過ぎった、ゴブリン共の残骸が転がっていた周囲の光景。

 立ち上がったコウスケは、ミリンから一歩離れると、何かを思い出すように息を吸い込んだ。


「『おい、大丈夫か?』」


 コウスケの口から出た、いつか聞いたことのあるその台詞。

 一瞬呆気に取られたミリンは、その意図を理解したのかニンマリと笑みを浮かべると、静かに立ち上がった。


「『あ、あの…助けてくれてありがとう…』」


 いつか聞いたときと同じ、消えてしまいそうな声。

 しばらくの静寂の後、2人は、どちらともなく笑い出すと、そっとその距離を縮めた。


「はははっ…」

「ふふっ…」

「懐かしいな、コレ」

「うん」

「…俺達が出逢ったときも、たしかここ(・・)だったはずだ」

「うん」

「…ありがとう、ミリン」

「うん…」


 不意にやってきたコウスケのその言葉に、涙をためながら力強く頷くミリン。

 そんな彼女を目に、ゆっくりと近付いたコウスケは、一瞬も躊躇うこともなく、優しくその身体を抱きしめた。


「あの時…ゴブリンを倒したのって、本当はユウだったんでしょ」

「…それは、たぶん…でも─」

「いいのよ、それが事実がどうかなんて」

「─ぇ?」

「あの時のわたし(・・・)を助けてくれたのはコウスケ…他の誰でもない、貴方であることに変わりはないから…」

「ミリン…」

「─わたしはずっと…ずっと貴方が好きだった。…最初は確かに怖かったけど、あの時からいつの間にか貴方のことを好きになってた。…きっと、わたしはこれから先も、一生貴方を好きで居続ける」

「…俺は──」


 真剣な彼女の瞳を前に、コウスケが言葉を紡ごうとした瞬間、震えた唇は、不意に彼女の唇によって塞がれた。


「口先だけの言葉なんて、そんなのいらない」


 離れた口から漏れた、彼女のそんな声。

 後ろに回された彼女のその手に応えるように、コウスケは彼女抱き締める力をそっと強めると、優しくその唇にキスをした。


「…遅いのよ、バカ…」

「ごめん…」

「わたし、ずっと待ってたんだからね」

「ごめん…」


 少しの余韻と共に発せられた、震えるような彼女の声。

 申し訳なく、その言葉を返すコウスケを前に、ミリンはそっと口元を緩めると、上目遣いをするように口を開けた。


「わたし達、ここまでずっと二人三脚で来たんだからね。…だから─」

「これからも二人三脚で、だろ」

「…!うん…!」


 今更気恥ずかしそうに、視線をそらしてそう言うコウスケ。

 顔を上げたミリンは、両目に涙をためながら、今日一番の笑顔で頷いた。



ーーー



『ダイバーシティより帰宅してから一週間後。


 本来の歴史なら、水没都市を調査しにいった貴女・・達は、そこに居合わせたユウという竜人と交戦することになるの。


 あの竜人のお姉さんも、人狼のお姉さん達も、みんなその竜人に殺されたわ。


 コウスケ、といったかしら…彼はその竜人との交戦で何度も殺され、その度にここ(・・)に戻ってる。

 …そうね、3桁超えたあたりから数えてないわ。


 今回は彼がいつもと違う動きをしてたから、貴女達に情報を共有しにきた…ただ、それだけよ』


 知っているように目をつぶるアネモネと対照的に、混乱した様子で少女─トイフェルを見返すスミレ。

 微かに口角を上げながら、一通り話を終えた少女トイフェルは、いつの間にか用意されていた椅子にそっと腰掛けると、疑問をどうぞとでも言うようにスミレの方を見た。


「あ、えっと…」


 唐突に話題を振られ、狼狽えたような声を出したスミレ。

 少しの沈黙を挟み、ようやくその事態が飲み込めたのか、彼女はそっと眼鏡を押し上げた。


「トイフェル、といったかい?…ミリンから彼の様子がおかしいとは聞いていたから、その内容自体は疑うつもりもないが…なんで、それを君が知っているんだ…?それも、まるでずっと見ていたかのように…」


 スミレのその言葉に、一瞬無表情になる少女トイフェル

 こちらを見つめながら、ただひたすらに沈黙するアネモネを前に、少女トイフェルは小さく息を吐くと、スミレへと向き直った。


『この場合、見ていたかのように、ではなく実際に見てきた、というのが正しいわ。…最初にアネモネ(そのお姉さん)が言っていた通り、私は神の身体から造られた『悪魔』。…『天使』とは違って、悪魔(私達)はこの世界の()()()()()()()()のよ』

「時間に…干渉…」

『そう。…まぁ、私もコウスケ(あの男)がどういう理屈で記憶を()()してるかは知らないけどね』


 呟くスミレに対し、ただ淡々と言葉を並べる少女トイフェル

 しばらく無言を貫いていたアネモネは、一瞬視線を少女トイフェルへと向けると、補足するように口を開いた。


「…彼女の正体がどうであれ、少なくとも今の彼女は私達の協力者です。…彼女の話が嘘ではないということも、私が保証もしましょう」

「…そう、か…姫様がそう言うなら、きっとそうなんだろうな」


 アネモネの言葉を理解したのか、言い聞かせるように呟くスミレ。

 そんな2人の光景を目に、少女トイフェルは再び微かな笑を浮かべると、

囁くように口を開けた。


『では、御二人の意見もまとまったことですし、話の続きと行きましょう───』



ーーー



「──と、そんな感じだ。魔王の娘(ローズ)の情報が嘘偽りのないものなら、明日の昼過ぎに、全てが始まることになる。…これ以上のことは、俺もまだ知らない」


 切株に腰掛けながら、そう言葉を締めるコウスケ。

 寄り添うようにして隣に座っていたミリンは、何を思ったのかそっと彼から身体を離すと、背を向けながら立ち上がった。


「わたしは、さ…」

「ん…?」

「…個人的に、コウスケがわたしのために怒ってくれたのは、すごく嬉しい。…でもさ」

「でも…?」

「コウスケが言ったわたし達が殺されたときの動機ってさ…それって全部、ユウの八つ当たりの延長線上だったってことでしょ?…わたし的には、すごく、そっちも気になる」

「…八つ当たり、ね…」


 ミリンの言葉を共感するように、そんな声を漏らすコウスケ。

 魔法陣から黒い銃を取り出したミリンは、不意にコウスケの死角から飛び掛かってきたゴブリンを無駄のない動作で撃ち抜くと、静かに銃へと視線を落とした。


「…それに、なんだかんだで毎回わたし達を見逃してくれたあのユウが、そんな単純な理由でわたし達を殺すとは思えない。…だから、その殺されたっていう()()()()()っていうのはきっと、ユウが怒るのに値するくらいの、何かしらの絡みがあったってことだよね」

「あぁ…確かに、一理あるな」


 彼女の台詞に、今まで見えていなかったものが見えつつあるコウスケ。

 そんな彼を背にしながら、ミリンはそっと空を仰ぎ見ると、ポツリと呟くように言葉を続けた。


「そんな状況でわたしが約束なんて破った日には、それはブチギレもするか…」

「ぇ?」

「うぅん…なんでもない」


 コウスケの声に慌てて誤魔化すミリン。

 ようやく戻ってきたいつもの調子の彼を横目に、ミリンは再び銃へと視線を落とすと覚悟を決めたように握り締めた。



ーーー



「いいのか?ここまで彼女らを巻き込んで」


 アネモネとスミレが帰った後、そんな声と共に店の奥から出てきたカズヤ。

 角のテーブルに腰掛けていた少女トイフェルは、見送っていた視線をそっと動かすと、睨みつけるようにカズヤを見た。


『…どうせ理由なんて、大体察した上で言っているのでしょう?…それに、あの人達は私が巻き込むまでもなく、当事者の一人だから』

「当事者、ね…」


 彼女のその言葉に、反射的に復唱したカズヤ。

 少女トイフェルは、差し出されたお茶をそっと口に含むと、一拍空けて言葉を続けた。


『私は神の使いとして──いえ、元は創造神だった一部として、自らが創り上げたこの世界を見ているだけ。…今回の一件はただ、止まりかけた歯車を動かす手伝いをしているだけよ』

「…にしては、あんちゃんに随分肩入れしてるみたいだが?」

『…』


 カズヤの言葉に、しばらく黙り込む少女トイフェル

 いつの間にか空になったカップを前に、彼女は小さく息を吐くと、その縁を指でなぞりながら静かに口を開いた。


『…彼の存在は、これからの行方を決める重要な分岐点。…きっと()()()が言っていた、未来への鍵の一つだから』



ーーー



 コウスケとミリンが話を終えた昼過ぎ。

 ギルドの応接室へ集まったアネモネを含む6人は、改めて任務の内容を確認すると、息を合わせるように目配せをした。


「…では姫様、準備はいいですか」


 覚悟ができたように、コウスケの声に頷くアネモネ。

 5人が見守る中、《ダークスレイヤー》を左手に持ったコウスケは、空いている右手を前へと突き出した。



「───ゲート」

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