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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
第5部.王家の末裔
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束の間の休息

「こんばんは」

「あ、姫様…」


 カズヤが店の奥へ入ってから早数時間。

 あれから一人、自分の考えを整理するように席に座っていたスミレは、唐突にやってきたアネモネを確認すると、驚いたようにそんな声を上げていた。


「スミレさん、5日ぶりね」

「あぁ…そう、ですね…」

「ふふっ…そんなに警戒しなくてもいいよ。…別に、貴女がスパイだったということは元々知ってたから」


 特に驚いたりしたような様子もなく、微笑みながら言葉を漏らすアネモネ。

 流れるように向かいの席に座る彼女を前に、スミレは一瞬バツが悪いように顔をそらした。


「…ねぇスミレさん。…貴女の知っている虐殺の女神──いえ、ユウのことについて、少し教えてくれないかしら?」

「ユウのこと…?」

「えぇ」


 オウム返しをするスミレに、コクリと頷き返したアネモネ。

 何処か疑うようにしながら、アネモネの顔を見たスミレは、その真剣な瞳を前にそっと息を吐いた。


「僕にそれを聞いて、貴女は一体何をする気ですか」

「何って…そうね、なんでか知らないけど、あの人と私は、随分長い間一緒にいた…そんな気がするから、かな」


 大真面目な様子で、曖昧ながらもそう言い切るアネモネ。

 妙な説得力のあるその言葉に、スミレは思考することをそっと止めると、不意に店の奥から出てきた少女・・を一瞥しながら視線を戻した。



ーーー



 ティーフゼーの下に広がる、巨大な海中の都市。太古より深海に沈んでいたここは、魚人族を始めとした、多くの海に住まう魔物によって発展を遂げていた。


「…相変わらず、不思議な空間ですねここは」


 ティーフゼーの下から伸びる、蜘蛛の巣状に海底を横断するように造られた、街を繋ぐ通路のような半透明な建物の一角。

 海水で満たされながらも、その抵抗を一切感じないその空間を歩いていたユウは、周囲を泳ぐ魚や魚人族を見ながら、そんな声を漏らしていた。


「やはり、こういう空間は地上ではあまり見られないものなのでしょうか…?」


 ユウの隣を泳ぎながら、そう呟くようにそう言うモネフィラ。

 不意に歩みを止めたユウは、水中光芒によって照らされる周囲を一瞥すると、静かに口を開いた。


「そうですね…理論上、水陸どちらでも生きていけるような、魚人族や一部(ドラゴン)とは違って、地上にいるほとんどの生物は水中では息できませんからね。逆の立場だったとしても、わざわざこのような空間は造らずにすんでるって感じです。…最も、こうやって私達が地上同様に活動できるこの空間が異質なだけですが」


 再び歩きだしながら、そう言葉を置いていくユウと、彼の後を追うように、再び泳ぎだすモネフィラ。


「…今のところ、特に異常はないようですし、とりあえずティーフゼーへ戻りましょう。…貴女のお父上も、そろそろお目覚めでしょうし」

「えぇ…そうですね」


 そんな言葉をかわした2人は、静かにその視線をティーフゼーへと向けると、その進行方法をそちらへと変えた。




「おぉ…お久しぶりです竜人殿。この度は娘が突然呼び出したようで、誠に申し訳ない」


 海底にあるティーフゼーの一角。真珠で装飾された、綺羅びやかな玉座に座りながら、深く頭を下げる魚人の男。

 慌てふためくモネフィラを余所に、ユウはとんでもないといった様子で立ち上がると、男に頭を上げるように促した。


「…何か勘違いされているようですが、こちらへ来たのは私の独断です。偶々、モネフィラが帝国へ連絡したタイミングと被っただけなので、急に呼び出されて飛んできた、なんてことはありませんよ」


 淡々と話すユウの言葉を確認するように、視線をモネフィラへと向ける男。

 肯定するように頷く彼女を前に、男はそっと胸を撫で下ろすと、再びユウへと向き直った。


「うむ…竜人殿に迷惑をかけていた訳でないなら、それで良いのだが…しかし、そうだとすれば何故なにゆえ、竜人殿はここへ…?」


 新たにうまれた疑問を前に、首を傾げる男。

 しばらくの沈黙の後、ユウはモネフィラへと視線を送ると、ゆっくりとその口を開いた。


「私はただ、彼女との約束を守っただけですよ」

「約束、だと…?」

「えぇ…私は以前、ここに訪れた時に約束していたのです。『父上に認めてもらうために、協力してほしい』、と」


 ユウのその言葉に、驚いた様子で目を見開く男。

 言葉のバトンを渡すように、ユウは隣に留まっていたモネフィラの背中にそっと手を回すと、自分と男の間に移動させるように、そっと押し出した。


「…本当なのか、モネフィラ?」


 半信半疑に声を出す男に、そっと頷くモネフィラ。

 一歩下がったユウは、その場を見守るように腕を組むと、彼女の後ろ姿を一瞥した。


「ユウ様の話は本当、です。…わたしは、以前から何度か、ユウ様に直接、力の使い方を教えていただいてました」


 何処か事実なさげに、おずおずと声を出すモネフィラ。

 何を言うでもなく、ただ黙って見つめる男を前に、彼女は自分を落ち着かせるように、深呼吸する要領で海水を吸い込むと、堂々とした様子で声を出した。


「──」


 ユウですら聞き取れない、奇声とも呼べるような詠唱。

 彼女の前に出現した魔法陣は、微かに光り輝くと、ただゆっくりと、3人の目の前にバスケットボールほどの大きさの淡く輝く()()()()()を生成した。


「おぉ…これは…」


 魔法陣が消え失せ、脱力感と共に倒れそうになるモネフィラ。

 感嘆の声を上げる男を余所に、ユウはすかさず彼女へ駆け寄ると、その身体を支えるように抱きとめた。


「…この大きさとはいえ、それを補って余りあるこの精密さ…よくもまあ、短期間でここまで上達させたものだ」


 宝石を手に取りながら、独り言のように声を漏らす男。

 彼は、目の前で支え合うような、そんな2人へ視線を向き直すと、何処か納得したように息を吐いた。


「モネフィラ」

「…はい」


 男のその声に、ゆっくりと顔を上げるモネフィラ。

 ユウに抱えられながらも、起き上がろうとする彼女の姿を前に、男は満足気に口元を歪めると、言葉を続けるように口を開けた。


「…儂はまだ、お前に王位を譲るつもりはない」

「──!?」


 笑顔に期待したモネフィラの内心とは裏腹に、断言するようにそう述べた男。

 そんな彼女の反応を代弁するように、彼女を抱えたまま勢いよく立ち上がるユウ。

 男は、そんな2人の反応に対し、よりニンマリとした表情へと変えると、予想通りといった様子で言葉を続けた。


「まぁまぁ、落ち着いてくだされ竜人殿。…何も儂はモネフィラのことを認めていないとは言っていない」

「それって…」

「あぁ、儂はとっくにお前のことを認めているよ、モネフィラ」


 彼女向かって放たれた、男の厳しくも優しい声。

 黙り込んでいたユウは、明るい表情に変わったモネフィラを一瞥すると、不意に頭をよぎった疑問を口から漏らした。


「…この場にいておいて、今更部外者の私が言うのも失礼ですが…貴方は何故、そこまで頑なに彼女に王位を譲らないのですか?…彼女の能力は既に貴方を超えているということは私が保証しますが…何か、別の理由があるのですか?」


 ユウの言葉に若干表情を曇らせた男。

 ひとり状況を把握できていないモネフィラは、慌てた様子2人の顔を交互に見返した。


「理由、か…わざわざ儂に言わせなくとも、どうせ竜人殿は勘づいておるのだろ?──それに、娘も竜人殿のことは好いておるようだし問題無かろう?」

「…!?ち、父上!?」

「儂としても、竜人殿が婿として迎えることはやぶさかではない」

「…はぁ…やはり、そういうことですか」


 呆れたように溜息をつくユウを余所に、男の言葉を理解したのか顔を赤らめながら声を上げるモネフィラ。

 そんな2人の反応を前に、男は満足気に腕を組むと、一拍空けて言葉を続けた。


「まぁ兎に角、儂は今すぐにモネフィラに王位を譲る気はない。…少なくとも、この後ここを訪れる客人と話をつけるまでは、な」


 2人が黙り込む中、男は何処か知っているような口調で、宣言するようにそう言い放った。



ーーー



「…悪魔…」


 目の前に立つ少女を見ながら、反射的に声を漏らすアネモネ。

 一歩、また一歩と近づいてくる少女を目に、座っていたスミレはそっと立ち上がると、アネモネへと視線を戻した。


「姫様、今この娘のことを悪魔って…」

「えぇ、この娘は正真正銘の悪魔。…そして、私にここに呼び出した張本人よ」


 スミレの言葉に対し、落ち着いた声音でそう言うアネモネ。

 黙っていた少女は、アネモネ疑いの視線を向けるスミレにそっと近づくと、呟くように口を開けた。


『────』

 不意にスミレの鼓膜を震わせた、聞き取れないような少女の声。

 唐突のその現象に、勢いよく椅子に足をぶつけたスミレは、アネモネと少女を交互に一瞥した。


『あ、あー…どう?これで理解できる?人狼のお姉さん』


 いつかミリンへ言ったように、確認するような言葉を並べる少女。

 幻聴のようなその声に、スミレはそっと頭を抱えると、再び視線をアネモネへと戻した。


「姫様、これは一体…」

「幻聴を疑ってるみたいだけど、全て起きた通り。…彼女の名前はトイフェル。…これから起きる一連の出来事を全て知っている、正真正銘の悪魔よ」


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