彼女の慈愛
「…何よ、さっきのあの男。…本ッ当に気持ち悪いわ」
古代都市ヴィエーユに建つ、高級ホテルの1室にて。パタンという扉が閉まる音と共に、ベッドにダイブしながら、愚痴を漏らす女。
無言のままフードを外したユウは、静かに女のいるベッドに腰掛けると、手袋越をしたその手を流れるように彼女の頭に乗せた。
(…また、何かあったのですか?)
「はぁ…あんなに心と言動が一致しないヒト、初めて会ったわよ…」
(…それはつまり、先程の男が話していたことは全て嘘だった、ということですか)
「…残念だけど、ね」
心配するようなユウの声に、何処か落胆した様子でそう言う女。
彼女は、寝転がっていたその上体をそっと起こすと、ユウの腕を掴んでベッドへ引きずり込んだ。
(ちょ…いきなり何するんですか!?)
「何って…いつもどおり私の護衛に決まっているでしょう?」
(ただの護衛なら、わざわざ私を引きずり込む必要はないと思うんですけど…)
「…今日は、そういう気分なのよ」
段々と弱々しく聞こえる女の声。
ユウは、抵抗しようとしていた身体の力をそっと抜くと、諦めたように彼女の隣に横たわった。
(…明日は、各国の代表の集まるパーティーが予定されてます。今日以上に人が集まるはずなので、今のうちにしっかりと休んでおいてください)
鱗に覆われた手で頭を撫でながら、無言でそう伝える、あやすようなユウの声。
女は、そんなユウにしがみ付くと、安心した様子で意識を手放した。
ーーー
コウスケがアネモネと会話をかわした翌日。
昇り始めた日が窓から差し込む中、不意に目が覚めたミリン。
いつものように、彼女が二階にある自身の部屋の窓を開け放つと、冷たくなり始めた空気が、まるでぼやけた意識を覚醒させるように、そっと彼女の頬に襲いかかった。
「…コウスケ?」
窓の下を覗き込みながら、不意にそんな声を出すミリン。
その視線の先には、誰もいない宿屋の裏庭で、大量の汗を流しながら2本の剣を振り回すコウスケの姿があった。
「…なんで、こんな時間に…」
無意識に漏れた自分の声。
そして、不意に頭の中に過った、昨日のアネモネの言葉。
本能的に自身の部屋を飛び出したミリンは、突風のように下の階へと繋がる階段を降りると、そのままコウスケのいる裏庭へと飛び出した。
「コウスケ」
「!?…お、おはよう、ミリン」
「…おはよう」
勢いよく飛び出したものの、次の言葉を整理できていないミリン。
ほんの少しだけ流れた気まずい沈黙の後、不意にコウスケは振っていた剣を地面に突き刺した。
「…どうしたんだ?こんなはやくに起きてきて」
「あ、いや…わたしはただ、目が覚めただけよ…」
「もう目が覚めた…?いや、今までこんなことは…」
ミリンのその一言に、意味深な言葉と共に突然自身のスマホで時間を確認するコウスケ。
明らかに挙動不審なその姿を前に、ミリンはそっとコウスケに近付くと、何を思ったのか地面に刺さった銀色の竜剣を引き抜いた。
「ミリン…?」
無言のまま《アベンジャー》を構えるミリンに、疑問符を浮かべるコウスケ。
ミリンは静かに息を吐くと、体制を変えぬまま、コウスケを睨めつけるようにして口を開いた。
「ねぇコウスケ…少し、わたしと手合わせしてよ」
「俺が、ミリンと…?なんで、急にそんな…」
「いいからさっさと構えてッ!」
コウスケの言葉を遮るようにしながら、声を荒げるミリン。
何処か真剣な彼女のその瞳を前に、コウスケは地面に刺さった漆黒の竜剣を引き抜くと、言われるままにそっと構えた。
「いくよ…ッ!」
「ッ!」
ミリンのそんな声と共に、勢いよく振り下ろされた《アベンジャー》。
コウスケは反射的に、後方へと身を退けるも、その一撃によって放たれた真空の刃を避けきれなかったのか、額から一筋の血を流していた。
「手は抜かないでよ、コウスケ。…わたしも、貴女を殺すつもりで全力で行くから…!」
何処か声を震わせながら、覚悟を決めたようなミリンの声。
嘘偽りのない、真っ直ぐな彼女の姿を前に、コウスケは奥歯を噛みしめると、再び《ダークスレイヤー》を構え直した。
ーーー
いつか空間竜によって水没した、巨大な海水溜りの中心部。『ティーフゼー』と呼ばれる、水面を突き抜けるように聳え立つ塔は、海中に広がる都市と地上を繋げる交易の場として、重要な役割を果たしていた。
「お疲れ様です、ユウ様。この度はわたし達の急な呼び出しに応答してくださり、ありがとうございます」
そんなティーフゼーの一角。建物の隙間から這い出るように、影から出現したユウは、海面から顔を出す人物の方へと視線を向けた。
「いえ、気にしないでください、モネフィラ。…私はただ、貴女とかわした約束を守っているだけですから」
落ち着いた声音でそう言いながら、優しく微笑むユウ。
海面からこちらを覗いていた、モネフィラと呼ばれた女は、魚のような下半身で海面を蹴り立てると、ユウの隣に寄り添うようにティーフゼーの上へとその身体を乗り上げた。
「…それで、今回はどのような用件ですか?」
打ち立てる波の音が響く中、静かに言葉を発したユウ。
それから一拍空けて、モネフィラは小さな声で何やら詠唱をすると、その手元に小さな魔法陣を出現させた。
「これは…」
「ユウ様に見ていただきたかったものです。海底にあるオリジナルとまではきませんが、この大きさならなんとか作成できたので…」
魔法陣から出現した、淡く輝く蒼色の宝石。
ユウは、モネフィラの手のひらに乗ったその宝石をそっと手に取ると、光に透かすようにそれを掲げてみせた。
「その、いかがでしょうか?…父上のものほど大きくはないのですが…」
「いえ、この大きさで十分です。この精度であれば、十分な効力を発揮してくれるはずです」
「…!では…!」
「えぇ…これであれば、多くの量を造らずとも貴女のお父上も文句はつけないと思いますよ」
キラキラと輝く宝石とを見ながら、感嘆の声を上げるようにそう言うユウ。
その反応が想像以上に嬉しかったのか、モネフィラはしばらく尾鰭をぴちぴちとはねさせていると、不意に何かを思い出したようにピタリと動きを止めた。
「あの…そういえば、どうしてユウ様はその石が欲しかったのですか…?確かにわたし達はそれをエネルギーとして還元していましたけど、地上ではもっと効率の良い資源があったはずでは?」
「…エネルギー資源、ですか…」
モネフィラの言葉に、呟くように声を漏らすユウ。
疑問符を浮かべる彼女を余所に、ユウは懐から2つの宝石を取り出すと、それらをモネフィラへ手渡した。
「これは…?」
「古代都市ヴィエーユで見つけた、不思議な力を持った石です。未だに用途は不明ですが、これらのようなロストテクノロジーの結晶には、私達の知り得ない、様々な能力が付与されています。…貴女の造ってくれた宝石も同様に、何か別の用途があるはずです」
「えっと…つまり、ユウ様はこれらを使って何かをしようとしている、と?」
「えぇ…まぁ、究極の目的としては、貴女達に説明したものとそう変わりありません。…ただ、その手段としては未だに不明瞭であるという一点を除いて、ですけどね」
嘘をついた様子のない、妙な説得力のあるユウのその言葉を前に、手に取った宝石へと視線を落とすモネフィラ。
その視界に映った、紅と翠に輝く2つの宝石は、まるでそれを肯定するようにキラリと光を反射した。
ーーー
「──もっと…ッ!もっと本気になってよコウスケッ!…なんでッ…手を抜いてるの…よッ!」
凄まじい速度で《アベンジャー》を振り抜きながら、潰れる勢いで叫ぶミリン。
情けなくびっこを引きながら、コウスケは辛うじてそれをかわすと、不意に首元に飛んできたその一撃を《ダークスレイヤー》で受け止めた。
「ミリン…なんだってこんな…」
「うるさいッ!いいからさっさと全力出してよ…ッ!」
コウスケの言葉を一蹴しながら、流れる動作で身体を捻るミリン。
ほんの一瞬、反応の遅れたコウスケは、飛んできたミリンの尻尾に大きく突き飛ばされると、いつの間にか背後に出現していた魔法陣の中へと投げ込まれた。
「…ァ…ッ…」
岩の砕ける音と共に、情けなく血反吐を吐くコウスケ。
何処か見たことのある森の景色が広がる中。その後に続くように、ミリンは魔法陣から飛び出すと、持っていた《アベンジャー》をコウスケの元へ投げつけた。
「弱い…弱いよ、コウスケ。…そんなのじゃ、ユウどころかわたしにも勝てないよ…」
何処か悲しい瞳をしながら、静かにそう言うミリン。
自らの身体からそっとペンデュラムを引き抜く彼女を前に、コウスケは《アベンジャー》へと手をのばすと、軋む身体を起き上がらせた。
「だからさ…もう、わたしを殺すつもりでかかってきてよ…!」
「…ツ!」
震え声を上げながら、出鱈目に振るわれたミリンのペンデュラム。
まるで意志を持っているかように、的確に急所を狙うその攻撃を前に、コウスケはすんでのところでそれをかわすと、2本の剣でミリンを斬りにかかった。
「遅い…ツ」
「な──」
ミリンの声より一拍遅く、戻ってきたペンデュラムによって弾き返されたコウスケ。
咄嗟に反転重力を展開し、なんとかその勢いを殺した彼は、剣をブレーキのように突き刺しながら着地した。
「ミリン…本気じゃねぇか…」
気迫を纏いながら、無駄のない動きでこちらへ走ってくる彼女を目に、静かに漏れた自分の声。
コウスケは、再び2本の剣を引き抜くと、流れるように飛んできたミリンのペンデュラムを正直から受け止めた。
「───ッ」
ビリビリと全身に伝わる、ミリンのその一撃。
コウスケは、感覚の無くなりそうなその手で、必死に剣を握り締めると、火花を散らしながらジリジリとその距離を詰めていった。
「コウスケ…なんで、そんなに抱え込んでるのよ…!」
「抱え…込むだって…!?…何を、わけのわからないことを言って──」
「嘘言わないでよッ!」
「ッ…」
互いの武器を交えながら、言葉を交わす2人。
彼女は、この期に及んでしらを切ろうとする彼を怒鳴りつけると、ペンデュラムを握った手に力を込めた。
「姫様から全部聞いたよ…ッ!何回も、何回も何回も…タイムリープしてるんだって…ッ!様子がおかしかったのも、何処か焦った様子が続いていたのもッ…全部、それが原因だったんでしょ…ッ!なんで…なんでわたし達に相談してくれなかったのよ…ッ!」
「──ッ」
瞳に涙を浮かべながら、怒号と共に2本の剣を弾き飛ばすミリン。そしてその次の瞬間──
バシッ──
森に木霊する、乾いた音。
体制を崩したコウスケを前に、ペンデュラムを投げ捨てたミリンは、一瞬にしてその懐へと肉薄すると、とてつもない勢いで彼の頬に平手打ちをかましていた。
「──…」
ビリビリと痛む頬を抑えながら、ゆっくりとその視線を彼女へ向けるコウスケ。
その視界に映った彼女は、振り抜いた手をそっとコウスケの胸元へと当てると、ボロボロと涙を流しながら、ゆっくりと口を開けた。
「ねぇ、コウスケ…わたし達は、そんなに頼り無かったのかな…」
「…それは─」
「貴方が一人で全部背負わなきゃいけないくらい、わたし達は──わたしは、貴方に心を開かれていなかったの…?」
震え声で語る彼女を前に、反射的に出かけた言葉を、そっと飲み込むコウスケ。
先程までとは打って変わり、胸元を握り締める彼女のその姿は、とても弱々しく見えた。
「──もちろん、無理に全部話せなんて、そんなの難しいのは頭では理解してる。…でもさ、わたし達、もう半年以上も一緒にいるんだよ…せめて、何か一言くらい、かけてくれたってよかったじゃない…」
縋るように服を掴みながら、途切れ途切れに発せられたミリンのその言葉。
それは先程までの攻防が些細なことに感じるくらい、まるで極限まで磨き上げられたナイフのように、コウスケの胸へと深く突き刺さった。
この世界に来てから、最も自分と付き合いのある人物。
何があっても味方でいてくれた、辛くも楽しかった、彼女との思い出。そして──
──何度もフラッシュバックする、脳裏に焼き付いた彼女の死に様。
今まで、自分は何を一人で抱えようとしていたのか。
何故、何度も大切だと思った彼女が、自分の前で涙を流しているのか。
震えながらも、優しく─そして力強く抱きついてきた彼女を前に、コウスケは張り詰めていたその緊張感が決壊したのか、全身から力が抜けたように彼女へともたれかかった。
「ミ…リン…俺…」
「大丈夫…今は、安心してわたしに身体を預けて」
絞り出すようなコウスケの声に対し、まるで子をあやすように囁くミリン。
抱きとめる彼女の心地良い体温を感じながら、コウスケはそっと、その意識を手放した。




