それぞれの苦悩
「さようなら…私達の心を乱す、異世界からやってきた害虫さん」
蔑むような視線を向けながら、吐き捨てるようにそう言うユウ。
ズルリ、とユウが引き抜いたペンデュラムは、コウスケの胸にぽっかりと大穴を開けると、大量の血を撒き散らしながら、光の粒子のように消滅した。
「ユウ…さ…ん…」
足元に広がる海水が血潮に染まる中、反射的に漏れたコウスケの掠れた声。
ぼやけた視界の中、コウスケは目の前に映る人影を見つめながら、沈み始めた自身の身体と共に、その意識をゆっくりと手放した。
ーーー
災いの森を駆けながら、手馴れた動作で次々とオーク共の首を跳ねるコウスケ。
振り回された2本の剣は、なめらかな切先を描きながら、霧に覆われた周囲を赤く染め上げていた。
「コウスケッ!そいつが最後の一匹よ!」
不意に上から聞こえた、叫ぶようなミリンの声。
地面を踏み込んだコウスケは、霧を裂きながら向かってくる影を視界に捉えると、飛んできた斧をかわしながら、その首を切り落とした。
「はぁ…はぁ…はぁ…なんとか、倒しきれた…」
2本の剣を地面に突き刺しながら、荒い息を整えるように赤い霧を吸うコウスケ。
赤い汗が滴る中、不意に木の上から様子を見ていたミリンが彼の横へと飛び降りた。
「お疲れ様、コウスケ。…どう?今回の感じは」
「…いや…本当に、経験値依存のステータスだけが何も変わってないって感じだな。…戦った得た感覚も、戦い方という経験もちゃんとあるのに、今まで感じてた身体的な成長が一切ない」
「それじゃあ、やっぱり…」
ミリンがそこまで言いかけて、右手でその口をふさぐコウスケ。
静かに首を振るその姿を前に、ミリンは開けかけていた口を閉じると、当てられたその手をそっと引き剥がした。
「…とりあえず、ゲートを頼む」
「うん…」
口数少なく、静かに展開された魔法陣の中へと入り込むコウスケ。
不意に晴れてきた霧の中、ミリンはだんだんと消えていくコウスケの背中を見届けると、自らの手に持った紫色の宝石へと視線を落とした。
「コウスケ…」
一時的な共闘を経て、ユウと共にコウスケの暴走を止めてから早1週間。
ミリンは知っていた。彼が、目覚めてからのこの5日間、毎朝一人で特訓していることを。
木々の隙間からこぼれた陽の光は、彼女の手のひらへと差し込むと、紫色の宝石をより強く輝かせた。
ーーー
「…どうした嬢ちゃん、なんかあったのか?」
突然かけられた声と共に、目の前に差し出された水の入ったカップ。
ダイバーシティから帰還し、アイテム屋KAZUへとやってきたスミレは、カウンター横に設置されている椅子にかれこれ1時間ほど座り込んでいた。
「店主さん…」
「落ち着いたら声を掛けな。話せば少しは楽になる」
優しい声でそう言いながら、カウンター前に腰掛けたカズヤ。
口を開きかけたスミレは、テーブルの上に乗ったカップにそっと手を伸ばすと、乾き始めた口の中に水を流し込んだ。
「あの…ユウは、どうして僕らにあんなことを…」
「…」
不意にスミレの口から漏れた、戸惑うようなそんな声。
しんとした空気が店内に流れる中、スミレはそっとカップを持った手をテーブルに置くと、中身のなくなったソレへと視線を落とした。
「…あの時、躊躇なく姫様を預けたユウは、僕に対する明確な敵対心は無かった。…それどころか、あそこに住まう一般市民を巻き込まないように避難までさせていた。…今の僕らは彼女の敵だというのに」
しばらくの間、スミレの横顔を眺めながら、彼女の言葉を聞いたカズヤ。
反応の無い彼の姿を横に、スミレはそっと顔を上げると、答えを求めるように視線を向けた。
「店主さん…貴方は、彼女の父親なんだろう?…なんで、彼女がそんな利益にもならないことをしたのか、貴方ならわかるんじゃないのか?…それに、彼女も人助けなんてしてないで、他の魔人同様に、虐殺すr──」
「嬢ちゃん」
「──ッ」
「それ以上はいけない…だろ?」
なだめるようなその声に、ハッとした様子で口を閉じるスミレ。
立ちあがったカズヤは、手に持ったポットでスミレのカップに水を注ぎ足すと、それを置いて彼女に飲むよう促した。
「アイツがそんなことをするような性格ではない。…それくらい、嬢ちゃんだってわかってるはずだろ?…なんだってそんな、大量虐殺なんて物騒な言葉が出てくるんだ」
「…それは、僕が魔王軍にいたときは、ルイン様にそう言われてきたから…」
「…そういうことか」
スミレのその言葉に、何かを察したようにポツリと呟くカズヤ。
自らを落ち着かせるように、スミレは再び水を流し込むと、そっとそのカップを握りしめた。
「嬢ちゃん、そんな考えはもう捨てておけ」
「でも…」
「深く考えすぎだ嬢ちゃん。…アンタが魔王軍でどう教育されていたにせよ、今回ユウは関係のない一般市民を誰も殺さなかった。…それでいいだろう?」
事実確認をするような、淡々としたカズヤの声。
彼のその言葉は、凝り固まっていたスミレの頭にスッと入り込んでいった。
「…ははっ…確かに、そうですね」
自分の中で答えが出たのか、納得したように顔を上げたスミレ。
カズヤは、空になったカップをそっと引き上げると、再びカウンター前に腰掛けた。
「どこにいたってユウはユウだ。魔王軍になっても、彼女の本質的な性格が変わったわけじゃない。最初から、魔王軍だった頃の自分と重ねる必要も無かったってことね…」
まるで自分に言い聞かせるように、天井を見上げながらそう言うスミレ。
スッキリとした表情の彼女を横に、カズヤはそっとその口元を緩めると、店の奥へと消えていった。
ーーー
「ミリン、これは一体…?」
日が完全に沈み、辺りが暗くなり始めた頃。
全身からポタポタと血を垂らしながら、宿屋へと戻ってきたコウスケは、リビングに座っている客人を前にそんな声を漏らしていた。
「いやいや、その台詞はわたしが言うべきだと思うんだけど!?どうしたのその格好!?」
「これ?ただの返り血だけど。…いや、それよりも、なんでもう姫様がここにいるんだ?」
ツッコむように声を上げるミリンに対し、流れるように言葉を返したコウスケ。
その視線の先に座っていた客人─アネモネは、そっと席から立ち上がると、ミリンを落ち着かせるようにその肩をポンと叩いた。
「ミリンさん。彼が心配なのはわかりますけど、それが原因の痴話喧嘩なら後にしてもらえますか」
「ぁ…すみません、姫様…」
アネモネの言葉に、我に返ったように口を閉じるミリン。
顔に付いた血を拭い去ったコウスケは、妙に落ち着いた様子のアネモネと対峙するようにその足を動かした。
「5日前はありがとうございました。コウスケさん。貴方方のおかげで、変な外交問題まで発展せずに済みました」
「いや、その説はユウさん─いや、虐殺の女神が全ての基盤を作ったからだ。俺達は一般市民を安全に誘導するのに手を貸しただけ…ユウさんの敷いたレールの上を走っただけに過ぎないさ」
「…貴方、意外に謙虚なんですね」
「…俺は、事実を言っただけだ」
互いに目を逸らさず、何処か暗い雰囲気の中言葉をかわす2人。
しばらくの沈黙の後、不意にピチャリと血の雫が音をたてると、その静寂を破るようにコウスケが口を開いた。
「それで…なんだって姫様がここに?」
「…野暮なことを聞くんですね。…私がここにいる意味、貴方はわかっているんでしょう?」
まるで全て知っているかのように、落ち着いた声音でそう言うアネモネ。
さとり姫と呼ばれる彼女を前に、コウスケは諦めたようにその瞳を閉じると、不本意といった様子で息を吐いた。
「明後日の昼過ぎ、ギルドの応接間で待っていてください。移動時間なんていりません。一瞬で送って差し上げますよ」
「…わかりました」
コウスケのその台詞に、一拍あけて言葉を返すアネモネ。
状況を理解できていないミリンを前に、アネモネは何か耳打ちをすると、用が済んだようにリビングを出ていった。
「コウスケ…これって…」
「姫様の護衛、だな…姫様も、俺達のことを信頼してくれているってことか」
「いや…」
「大丈夫だ、ミリン。…別に奴等のように何かをするわけでもないし、何も問題ない。…それじゃ、俺はちょっと休むから、夕食になったら呼んでくれ」
「あ、待っ──」
ミリンが言葉を続ける暇もなく、足早にその場を後にしたコウスケ。
明らかに異常なその行動に、取り残されたミリンはただそこに立ち尽くしていると、その拳を握りしめた。
ーーー
「ヤナギ、兄様が何処か知りませんか?」
魔王城の一角。
ユウの部屋の中を見渡しながら、椅子に座るヤナギに声をかけたローズ。
自身の翼の手入れしていたヤナギは、ついばんでいたその口をそっと止めると、羽根を吐き捨てながら顔を上げた。
「主様なら、今は下町を見て回っていると思いますよ。…それと、先程鎧の男も主様を訪ねていたので、おそらく彼も一緒にいると思いますが…」
「兄様が下町に…?なんでまた、そんなことを…」
「さぁ…?他国の風に当てられたんですかね…?」
自身の翼を確認するように翻しながら、何処か上の空といった様子でローズへ返すヤナギ。
しばらくの沈黙の後、一向に止める気配のない彼女のその行動を前に、ローズ小さく溜息を吐くと、考えるのを諦めたようにユウのベッドへと腰掛けた。
「…それで、先程から気になっていたのですが、貴女は一体何を…?」
不意に口から漏れて出た、ローズのそんな声。
ヤナギは、羽づくろいをしていた身体をピタリ止めると、慌てて古い羽根を隠すようにしながら振り返った。
「えっと…これはですね…」
「何か、恥ずかしいことなのですか?」
「あ、いえ…別にそんなことは…」
唐突のローズの台詞に、言葉と裏腹に恥ずかしそうに口ごもるヤナギ。
そんな彼女の反応を前に、その行動の意味をなんとなく察したローズ。
先程とは違った、気まずい沈黙の中、ヤナギはその翼で顔を隠すようにすると、呆れ顔をするローズの方をちらりと見た。
「はぁ…同じ女として、身だしなみに気を使うのはわかりますけど…それが兄様に対するアピールだとするなら、わざわざ私に隠す必要はないじゃないですか。何をそんなに恥ずかしがってるんですか…」
何処か尖った口調のまま、淡々とそう言い放つローズ。
その言葉に動揺するように、ヤナギが慌てて翼を広げると、巻き起こされた風に乗って大量の羽根がひらひらと宙に舞い上がった。
「な、ななな何故そこで…あ、主様が出てくるのです…?」
「違うのですか?」
「い、いえ…別に違うとは一言も…」
「やっぱり兄様じゃないですか」
「ぅ…」
バッサリと切り捨てられたローズの言葉に、恥ずかしさのあまりその場にへたり込むヤナギ。
立ち上がったローズは、ひらひらと舞い落ちる、美しい羽根を一つつまみ上げると、顔を真っ赤に染めたヤナギへとそっと歩み寄った。
「…とりあえず、これを片付けましょう…?私も、手伝いますから」
「…はい…」




