異国での出会い
「姫様、せめて私共が護衛を…」
「必要無いわ」
「ですが、もし姫様に何かあr…」
「私は必要無いと言ったのよ!そんなに出世が大事でお父様の顔色ばかり伺っている貴方達に付いてもらう必要はないわ!」
一人の護衛の言葉に、怒気を孕んだ声で叫ぶアネモネ。
他国との情報共有という名目で『ダイバーシティ』と呼ばれる巨大都市を訪れたアネモネは、数人の護衛達の心から聞こえる声を前に耳を抑えると、彼らを振り払うように足を早めた。
「お、お待ちください姫様!」
「…ッ!心からそうも思ってないくせに、私に近付いてこないで!」
「な…!?」
言動と心の声が一致しない護衛の男に対し、衝動的にそう言い返したアネモネ。
護衛の男は、そんなアネモネの言葉が気に障ったのか、大股でアネモネに近付くと、その髪を掴んで路地へと投げ飛ばした。
「ッ…!?」
地べたに這い蹲りながら、何が起きたのか理解できずにいるアネモネ。
駆けつけた残りの護衛達が口々に言うのを制し、護衛の男は下卑た笑みを浮かべると、アネモネ頭を掴んで地面に押さえつけた。
「貴方、何して──」
「いい加減ウザいんだよ、さとり姫。…王族だから我慢していたが、もう限界だね」
「…なんでこうも…王族のまわりには屑ばかりッ…!」
「ハッ…!お高くとまりやがって…!いちいち俺達の心を知ったふうに上からものを言いやがって…!ムカつくんだよ!」
過去一心の籠もった声で叫びながら、アネモネに馬乗りになる護衛の男。
勢いのままに、彼が腕を振り上げたその瞬間、その拳は彼の手首から切り離された。
「あっ…あぁっ!?」
鮮血を吹き出しながら、地面に落ちた手と手首を交互に見る護衛の男。
後ろにたまっていた護衛達が悲鳴を上げる中、アネモネはひとり困惑していると、不意に落ちていた彼の手を誰かが踏み付けた。
「…結局、人族も魔族も、同族同士で争うのは変わらないんですね」
路地に響き渡る、透き通るような高く美しい声。
声の主は、アネモネの上に乗る護衛の男を突き飛ばすと、ただ立ち尽くしていた護衛達の前へと出た。
「ぎゃ…虐殺の女神…だと…」
目の前に映る赤みがかった長い茶髪を三編みにした美しい『少女』に、反射的に声を漏らした護衛の1人。
周囲がざわめき始める中、少女は、壁際で呆気にとられている護衛の男に視線を合わせると、手に持った宝石のようなダガーで、一瞬にしてその首を切り落とした。
「それで…私が、なんですって?」
「あっ…いえ、人違いです…」
「た、確かに翼も尻尾も無いしな…」
「ただの美しいお嬢さんだしな…」
唐突な少女の言葉に、互いの顔を見ながら口々に言い合う護衛達。
騒がしい彼等を横目に、少女は呆然としているアネモネへと手を伸ばすと、落ち着いた表情で口を開いた。
「…さぁ、今のうちに退却しますよ」
「え…でも…」
「既に人が集まり始めてますから、早く!」
急かすような少女の声に、反射的にその手を取るアネモネ。
2人の動きに気付いた護衛達に、少女は転がっている男の頭を蹴飛ばすと、アネモネの手を引いて路地の奥へと走り出した。
ーーー
「あの、ペスト様…」
「んー?なに?」
「その…何故、主様は私を任務に同行させてきたのでしょうか…?」
ユウに言われるがままに、ペストと共に『ダイバーシティ』の街中を歩いていたヤナギ。
不意に口から出てきたヤナギの疑問に、ペストはその足を止めた。
「同行させた理由、ね…」
「はい…私には、主様がただペスト様をここへ運んでくる手段とは別に、何か別の意図があるように感じられていたのですが…」
「…そうね、もしかしたらあり得るかもしれないけど、案外ただの移動手段だったかもよ」
真剣な瞳のヤナギに、何処か茶化した様子でそう答えるペスト。
あからさまにヤナギが落ち込む中、2人は目的地であったダイバーシティのギルドへと到着すると、勢いよくその扉を開け放った。
「ぁ…?」
「…なんだ?あの嬢ちゃん達…」
「新人か…?」
「こんな物騒なときによくもまぁ…」
「おいバカやめとけ、聞こえるぞ」
唐突の客人を前に、ガヤガヤと騒ぎ立つギルド内。男性帯であるダイバーシティの冒険者にとって、いきなり入ってきた2人の美人はあっという間に注目の的となっていた。
一方、そんな彼らの心境など露知らず、2人は次々と聞こえてくる外野の声を無視しながら、真っ直ぐ受付へと向かうと、何故かオドオドしている受付嬢へと声を掛けた。
「ねぇ君」
「は、はい!?なんでしょうか!?」
「死神って…知ってる?」
ペストの発したその台詞に、不意にしんとなるギルド内。
しばらくの沈黙の後、何処か違和感を感じたヤナギは、受付嬢に問い詰めようとするペストの肩を叩くと、そっと耳打ちをした。
「あの、ペスト様…周囲のこの反応、明らかにおかしいですよ」
「…」
「何か、死神の話をしてはいけない理由でも…」
そこまで言いかけて、不意に言葉を止めたヤナギ。
しかしその次の瞬間、再び勢いよく扉が開け放たれると、息を切らした青年が駆け込んできた。
「みんな大変だッ!王国からの使者の一人が殺された…ッ!」
ーーー
「はぁ…これでは私も、人のこと言えませんね…」
人が慌ただしく徘徊する路地を屋根上から除きながら、自分に呆れたようにそう呟いたユウ。
しばらくの間、ユウが自身の動悸を落ち着かせていると、隣でずっとユウを眺めていた少女が不意にその口を開いた。
「貴女は、一体…」
「ん…?何か言いましたか?」
「い、いえ…」
反応したユウの声に、再び口を閉じる少女。
彼女のそんな返しを前に、何を思ったのか立ち上がったユウは、自分と少女の服を一瞥すると、ホッしたように胸を撫で下ろした。
「よかった…返り血は付いてないみたいですね。貴女は、えっと…立てますか?」
「い、一応は…」
少女のその言葉に、安心したように手を伸ばすユウ。
日差しが2人を照らす中、ユウは彼女がその場で立ち上がったのを確認すると、そっと彼女から手を離した。
「えっと…先程は助けていただいてありがとうございました」
「あ、いえ…別に、私が勝手にしたことなので、頭を下げないでください」
「ですが…」
「それよりも、問題はこの後どうするか、です。…私が殺したせいではあるんですけど、あの男を殺したせいで、貴女の立場もややこしくなってしまったみたいですし」
「別に、そんなことは…」
心配するユウのその台詞を、何処か突き放すように言葉を濁した少女。
ユウは、そんな彼女の態度に一瞬疑問符を浮かべると、何か思い立ったように彼女から一歩離れた。
「すみません、知らない人には何も言えませんよね。…申し遅れました、私はユウといいます。以後、お見知り置きを」
丈の長いスカートをつまみながら、丁寧に片足を引いて曲げて見せるユウ。
唐突のその行動に、少女は一瞬驚いたような表情を見せると、すぐさま真似をするようにして口を開いた。
「私は、アネモネと申します。…その、今回は本当に助かりました」
「いえいえ…先程も言いましたが、私が勝手にしたことです。偶々通りかかったら見てしまったもので、つい手が出てしまっただけです」
愛想笑いまじりに、何処か誤魔化すようにそう言うユウ。
少女─アネモネは、一瞬疑うように視線を向けるも、すぐさまその表情を元に戻した。
ーーー
「ガウラ様ッ!伝令が…!」
再びワイバーンを借りるべく、ガウラと共にアイテム屋KAZUへと向かっていたコウスケ達。
6人が目的地を司会に捉えた瞬間、不意に警備兵と思われる鎧を纏った一人の男が、血相を変えてこちらへと向かってきた。
「一体、何の騒ぎだというのだ。ここは街中だぞ」
「し、しかし…」
取り乱す男に対し、落ち着いた様子で言葉を放ったガウラ。
しきりに周囲を気にするような男のその態度に、スミレは何か思いついたように前に出ると、2人を交互に見ながら口を開けた。
「あの…店ももうそこなので、とりあえず中で話をしませんか…?」
無言のまま、互いの顔を見合わせるガウラと男。
少しの沈黙の後、2人は小さく頷くと、コウスケ達へと視線を向けた。
「すまん、今回の依頼の件…君達のほうから先に、カズヤ兄さんに話をつけておいてくれないか」
「えっ…あ、はい」
コウスケが返事をするや否や、男と共に人気のない店内へと駆け込むガウラ。
店の角で話をする2人を横目に、コウスケ達はカウンターにいるカズヤの元へと足を運ぶと、何処か難しい顔をしている彼に声をかけた。
「おっちゃん!」
「叔父さん!」
「…ようやく来たか、あんちゃん達」
まるでコウスケ達を待っていたかのように、そう言いながら立ち上がるカズヤ。
コウスケ達がその姿を追うように視線を動かすと、不意に店の奥から少女が顔をのぞかせた。
『…ワイバーン、乗るんでしょう?…彼女も待機はできてるよ』
「えっ…?」
「待機?」
口を開いた少女の言葉に、反射的に声を漏らしたミリン。
2人の反応に困惑するスミレ達を余所に、カズヤは静かに頷くと、そっと店の奥を指さした。
「急いでいるんだろう?ワイバーンには目的地を既に伝えてある。ガウラからの連絡はスマホで追って連絡するから、心配するな」
「叔父さん…」
「おっちゃん、ありがとう…!」
カズヤの言葉そう返しながら、少女に続くように奥へと駆け込むコウスケとミリン。
その後を追うように駆け出したスズナとライムは、何故かひとり立ち尽しているスミレを視界に捉えると、動き出していたその足をそっと止めた。
「お姉様…?」
「姐さん…?」
重なり合った、2人の声。
少しの沈黙と共に注がれる2人のその視線に、スミレは一拍遅れて我に返ると、2人の方へと視線を向けた。
「すまないが、ちょっと先に行っていてくれないか?…僕も、ちょっとだけ用事を思い出したんだ。大丈夫、すぐに追いつくから」
真剣な瞳で、淡々とした声で言葉を紡ぐスミレ。
スズナとライムは顔を見合わせると、スミレが言うなら仕方がないといった様子で頷くと、特に言葉を交わすでもなく店の奥へと駆け出した。
「…店主さん─いや、元竜王、影竜。…貴方に折り入って、頼みたいことがある」
静かになった店内に響く、スミレの声。
外から聞こえるワイバーンの羽ばたく音。
カズヤがその視線をスミレに向けると、ゆっくりとその口を開いた。
ーーー
ダイバーシティという異国の街にて。
民衆がざわめく中、元護衛達から逃げるように屋根を伝っていたアネモネは、自身を先導しているユウと名乗った美しい少女を前に、今まで経験したことが無いような不思議な感覚に襲われていた。
「あの、ユウ」
「…?なんでしょう?」
アネモネの声掛けに、ピタリとその足を止めたユウ。
急な彼女のその動きに、走っていたアネモネは勢いを殺せずにバランスを崩すも、まるで想定していたかのようにその身体を抱き止められた。
「あ、ごめんなさい…」
「いえ、気にしないでください。…私が急に止まったのが悪いので」
彼女の台詞とは裏腹に、アネモネの頭に流れ込んでくる困惑の感情。
普段、人の心の声が聞こえるアネモネにとって、まるで靄がかかったように声の聞こえない彼女は、今までに出会ったどの人物とも異なっていた。
「…それで、どうかしたのですか?」
アネモネが預けていた身体を離すや否や、不思議そうに口を開くユウ。
アネモネは、一瞬感じた名残惜しい感覚を頭の中から振り払うと、咳払いをしてから口を開けた。
「いや、その…貴女は、一体何を考えているのですか…?」
「私が、考える…?」
ユウのその返答に、ハッとした様子で我に返るアネモネ。
疑問に思っていたとはいえ、初対面の相手に聞く質問ではなかった。
「あ、いえ…今のは忘れ─」
「そうですね、身体が勝手に動いた…というのが正しいでしょうか。…貴女達の気配を感じたとき、貴女を助けることは当たり前のことだ、と。…本能的に動いた感じがします」
羞恥の感情と共に、頭に反響する彼女の言葉。
裏があると思っていただけに、飾らない彼女の行動が理解できなくなったアネモネは、少しの間、身体を硬直させながら目をぱちくりさせた。
ーーー
「これは…」
「まぁ綺麗に首を切断したもんだね…」
騒ぎに乗じるように、冒険者達と共に青年の言う事件の現場へとやってきたペストとヤナギ。
人混みの中心に転がった死体は右手と頭を綺麗に跳ねられており、手と生首と思われる散乱物は、まるで乱暴に踏みつけられたかのように、もはや原型すら留めていなかった。
「ペスト様、これ…」
「…ん?宝石…?」
何かに気付いたように、人混み紛れるように足元に散らばった宝石を指差したヤナギ。
ペストが不思議そうに首をかしげると、拾った宝石とにらめっこしていたヤナギがそっとその口を開いた。
「やはり、主様の魔力を感じます…」
「…へぇ…あたしに忠告してきたあの娘が、ね…」
ペストのその一言に、得体の知れない悪寒を覚えるヤナギ。
2人がしばらく立ち尽くしていると、不意にその肩にポンポンと手を置かれた。
「あの…」
「んー…?」
「御二人は、死神について聞きたかったんですよね…?」
何処か震えるような声で聞こえる、そんな台詞。
2人がそっと振り返ると、そこには先程訪れていたギルドの受付嬢が立っていた。




