新たな一歩
「…主様?何故、私がこのような任務に…?」
高速で上空を飛行しながら、並走するユウにそう問いかけるヤナギ。
そんな彼女の足元には、ハーピィ特有のその巨大な爪に胴体を鷲掴みにされたペストの姿があった。
「それはあたしもすごく気になるんだけど…?ねぇ、なんであたしがこんな雑な扱いされなきゃいけないのよ!」
ジタバタと足を動かしながら、不服そうにユウを睨み付けるペスト。
献身的にペストを落とすまいと葛藤しているヤナギを横目に、ユウは呆れたように溜息を吐くと、ジトっとした視線をペストに送り返した。
「それは貴女が私に運ばれるのを拒んだからですよ。…そもそも、本来は私がエボラに同行する任務だったハズだというのに、飛べない貴女が参加しているからこうなっているのでしょう?」
「それは、確かにあたしはエボラみたいに飛べないけ──」
「あ、ヤナギ。限界になったらそのまま離してもらっても構いませんよ。どうせこの高さから落ちた程度でペストが負傷したりはしませんから」
「あ、主様!?」
ペストの言葉を遮ったユウのその言葉に、思わず声を上げたヤナギ。
ユウはどことなく抗議したげなペストからそっと目を逸らすと、目先に捉え始めた街へと向かって速度を上げた。
ーーー
互いに手を握ったまま、しばらく商店街をまわり、宿に戻ったコウスケとミリン。
2人がスミレ達といた部屋へと足を踏み込むと、そこには3人と机を囲むように、一人の男が座っていた。
「えっと…」
「ガウラさん…?なんでここに…」
疑問符を浮かべる2人の声に、そっと振り返るガウラ。
2人の視線に映ったスミレ達の様子を見るに、どうやら良い案件ではなさそうだった。
「すまないね。一昨日といい、こう押し掛けてしまって」
「あ、いえ…」
「…勘付いているとは思うが、今回も魔王軍関係の依頼だ」
2人が席に着くと同時に、机の上に広げられた資料を指さしてそう言うガウラ。
コウスケは、そんな資料を一瞥すると、無意識のうちに口を開いていた。
「…どうして、俺達なんですか」
「…コウスケ?」
不意なその言葉に、反射的に声を上げるミリン。
沈黙しているスミレ達を余所に、コウスケはガウラの方へと視線を向けると、今度は自分の意思で言葉を続けた。
「一昨日の任務はともかく、その前の任務といい、この任務といい…これらの任務は国際的なものが絡んでくるはずだ。…なんで、ただの一般市民である俺達に、直接こういう依頼が舞い込んでくるんだ?」
淡々と言い放つコウスケに、黙り込む一同。
スミレ以外の3人が「そういえば」と感じる中、ガウラは一瞬バツの悪い顔をすると、諦めたように息を吐いた。
「…流石は異世界人、といったところか。…確かに、君の言うとおり、これらの任務は本来なら国際問題に発展するものだ」
「それじゃあ…」
「だが、それはあくまで人族の国家同士でしか成立しない。…ディザスター帝国を名乗るあの国は魔族国家だ。目的すらわからず、ただ人族を虐殺する魔王軍相手に、人族の交渉など不可能に等しいからな。…各国家、表向きは各々が最も信頼のおける冒険者に、そういった依頼をしている、というわけだ」
「表向きは、ね…」
「あぁ…悪いが、今の俺が言えるのはそこまでだ」
静まる空気の中、いつになく真剣な表情でそう語るガウラ。
様々な憶測が頭の中を流れる中、コウスケは、机の上に広がる資料を手に取ると、ガウラの方へと向き直った。
「…概要はなんとなく理解した。とりあえず、この依頼は受ける…が、いつかその全容を教えてくれるよな、ガウラさん」
「…あぁ、それは約束しよう」
ーーー
「イタタ…不可抗力とはいえ、まさか本当に落としてくるとは…」
「す、すみませんペスト様…!私、普段は獲物くらいしか掴んだことが無かったもので…」
身体に付いた砂埃を叩くペストに、ペコペコと頭を下げるヤナギ。
茂みの影から街の様子を覗いていたユウは、視線をそっと2人に戻すと、静かに腕を組んだ。
「…それで、あたしは何をすればいいわけ?」
黙っているユウに対し、ジト目を作りながらそう尋ねるペスト。
ユウは、そんなペストの服装を一瞥すると、静かに閉じていた口を開いた。
「…貴女は、ヤナギと共に一般市民を装って街中を探索してください。…もちろん、勘付かれるわけにはいかないので、できるだけ無駄な殺傷は控えてください」
「はいはい…それくらいわかってるわ」
ユウの言葉に何処か不貞腐れたような口調でそう言うペスト。
そんな態度を前に、ユウは呆れたように視線を逸らすと、ヤナギの方へと歩み寄った。
「主様…?」
突然距離を詰めたユウの行動に、疑問符を浮かべるヤナギ。
ユウは、しばらくヤナギを見つめると、不意に影の中から取り出したペンダントをヤナギのその首にかけてみせた。
「主様、これは…」
「…擬態魔法が付与された魔道具です。…今回の任務、既に人と似通っているペストはともかく、ハーピィである貴女はその姿のまま行うわけには行きませんからね」
「擬態魔法…」
「えぇ…一応、簡易発信機も兼ねているので、何かあったらそこに魔力を流してください。…すぐに駆けつけますので」
ひと通り説明を終え、擬態魔法で尻尾と翼を消したユウ。
ヤナギは、ユウを真似するようにペンダントを使用すると、ハーピィのその姿から、一糸報わぬ状態の人族の女へと、姿を変えてみせた。
「…ヤナギ、別に汚したり破いたりしても構わないので、その姿でいる間はせめて服くらい着ていてくださいね」
「ぁ…す、すみません主様」
視線を逸しながら、影から取り出した自分の服一式を差し出すユウ。
ペストの助けを借りながら、服を着終えたヤナギは、自らの姿を見渡すと、再びユウへと向き直った。
「では、準備も整ったことですし、そろそろ始めます。ヤナギのことは任せましたよ、ペスト」
「はいはい…あたしだってそれくらいわかってるわ」
何処か疑いの視線を向けながら、いつの間にか張っていた結界を解除するユウ。
3人は森の中にある公道に踏み込むと、街へ向かって歩き出した。
ーーー
「──これが、もう一人の天使…」
とある施設の中、沢山の鎖や配線に埋もれた石像を前に、感嘆の声を上げたマラリア。
まるで突然人がいなくなったような、何処か生活感の抜けきらないその施設は、マラリアが歩くたびに大量の埃を舞い上げた。
「どう?これで間違え無いでしょう?マラリア」
音もなく、不意にマラリアの背後に現れたユア。
彼女は、被っていた狐の面を外すと、不敵に笑いながらそう言った。
「…アンタってホント、こういうの得意よね」
「それは褒め言葉として受け取っておくわ」
自身の態度に対するマラリアの嫌味に、笑顔を絶やさずにそう返したユア。
マラリアは、一瞬苦虫を噛み潰したような表情をすると、すぐさま視線を石像の方へと戻した。
「あたしにわざわざここを開けさせたってことは、ユアに何か不都合があったってことなんでしょう?」
「あら、珍しく察しがいいのね…」
「…それで、あたしは何をすればいいの?」
石像から目を離さずに、淡々と言葉を紡ぐマラリア。
ユアは、「そうね…」と考えるような動作を取ると、少し溜めてから口を開いた。
「──じゃあ、娘と一緒に、石像を蘇生して」




