彼女達の意思
「─今から5年ほど前。魔王軍でも落ちこぼれだった僕は、エボラ様の命令で『スミレ』としてこの国にやってきた。
もちろん、この落ちこぼれというのも『魔人の中では』というもので、人族を基準にしたら優秀なほうだった為、バレる心配がない。…ただ、それだけの理由だった。
学園に入学した頃の僕はもう、本当に有頂天だったよ。
何をしたって僕が学年で1番。学園の誰もが僕を天才と呼び敬う…あの魔王軍で虐げられてた記憶がまるで嘘のようだったからね。
…それから2年。僕が学園で最後の年に2人と出逢ったんだ。
魔法の天才と槍の天才。僕は学園に来て初めて、人族に負けた。
人族ごとき、とか人族のクセに、だとか…今だから言えるけど、僕は本気で2人を妬んでたんだ。
…でも、2人は違った。スズナもライムも天才なんかじゃなかった。
今でもあの日は覚えてる。…2人が、放課後に自主練に励んでいたのを見かけたあの日は。
2人共、僕を見つけるなり聞いてきたんだ。
『どうしてあんなになんでもこなせてしまうのか』ってね。
…僕はその時、本当に恥ずかしかったよ。魔人だから人族なんかよりなんでもこなせるのは当たり前。だから努力なんてしてこなかった。…でも、僕に勝ったスズナとライムは、努力をしてさらなる高みを目指そうとしている。…もうね、完全に負けたと思ったよ。
…でも、2人はそんな僕を本物の姉のように慕ってくれた。だから、いつしかスパイである自分なんて忘れて、2人と一緒にいることが多くなってた。
─それから1年。僕が学園を卒業したのと同時に、エボラ様から招集がかかったんだ。
内心ハッとしたよ。あの1年間、僕は本来の活動を疎かにしていたからね。
それくらい充実していたんだ。僕にとって、2人と一緒にいる時間が。
…3年ぶりに戻った帝国は、お世話にも居心地が良いとは言えなかった。
直属であるエボラ様は、相変わらず女性を毛嫌いしているし、唯一僕と仲良くしてくれていたジフテリアは、ローズ様直属の幹部になっていて、まともに話をしたりする時間すら取れなかった。
もうね、心が折れそうだったよ。
誰も、僕を見てくれないし、僕のことなんて必要としていない。…僕は何のために魔王軍に入ったんだろう、ってね。
…それから半年くらい経った頃かな。ある時、狐の面を被った女が僕にこう言ったんだ。
『そんなに嫌ならさっさと抜けなさい。私のように事情がないのなら、自分のやりたいことを全力でやりなさい』と。
彼女は、僕に異世界人の居場所と、エボラ様の計画の一部を話してくれたんだ。…どうせなら今1番の嫌がらせをプレゼントしてやれ、ってね。
救われた気がしたよ。…誰も、僕を見てくれてないと思っていたから。
だから僕は、カイトを連れ出して王国に戻ってきたんだ。…魔王軍のスパイとしてではなく、一人のヒトとして。
…その後のことは、みんなが知っている通り。僕はスミレとして、カイトやみんなと冒険者をやっていたよ」
日は高く上り、客足がはけた昼過ぎ頃。
コウスケ達が見守る中、長々とひとり語りを終えたスミレは、膝の上に置いた自身の眼鏡を握り締めた。
「姐さん…」
「お姉様…」
静かに重なる2人の声。
周りの視線に耐え兼ねたのか、スミレはそっと顔を逸した。
「僕が皆を騙していたことは変わりようのない事実だ。…だから──」
そこまで言いかけて、言葉を詰まらせるスミレ。
その瞳から垂れ落ちたその涙を前に、不意にミリンが一歩踏み込むと、その肩にそっと手を置いた。
「別に、スミレが謝る必要は無いじゃない」
「…ミリン」
「…貴女がここで謝ったとして、わたし達と貴女が一緒にいた時間は変わらない…でしょ?」
腰を落としながら、まるで周りに問いかけるように、言葉を紡いでいくミリン。
スミレが顔をあげると、その言葉を肯定するように3人は首を縦に振った。
「…人狼に戻った貴女が倒れたとき、応急手当をしながら助けを呼んだスズナも、限界だというのに貴女の身を1番に心配していたライムも…もちろん、わたしやコウスケだって例外じゃない。貴女は、貴女が思っている以上にみんなから慕われているのよ」
「…ッ…でも…」
「もし、貴女が今までのことを後ろめたいと思っていたなら…そんなの気にならなくなるくらい、これからを真っ当に生きればいいの。…例え周りの目がどうであろうと、少なくとも、今ここにいるわたし達は貴女の味方であることに変わりはないんだから」
「ミリン…」
真っ直ぐなミリンの瞳を見つめながら、まるで自分に言い聞かせるようにその名前を呟くスミレ。
立ち上がったミリンは、話のバトンを渡すようにスズナとライムを一瞥すると、ただ沈黙を貫いていたコウスケの方へと歩み寄った。
「…コウスケ、行くよ」
「ぇ…?行くって、どうして…」
「…これ以上、わたし達がここにいるのは野暮ってことよ。わたしだって色々言いたいことはあるけど…この後は、2人がちゃんと心の内を明かす番、でしょ?」
コウスケの手を取りながら、何処か晴れやかな表情でそう言い切るミリン。
改まった様子でスミレと向き合う2人の背中を横目に、コウスケは納得したように頷くと、そっと廊下に繋がる扉に手をかけた。
ーーー
「ねぇエボラ〜」
「…なんだ」
「なんで昨日からずっと機嫌悪いの?…やっぱり、あの死体がなんかやってたの?…あ!それともあの娘と何かあった感じ?」
魔王城の一角。
あからさまに不機嫌といった様子でソファーに腰掛けるエボラに対し、能天気にそう言いながら、鬱陶しいくらいにくっつくペスト。
エボラは、不意に放たれたその言葉に、途中までペストを引き剥がそうとしていたその手を止めると、諦めたように額に手を当てた。
「…ぉ?ついにあたしにかまってくれる気になっ─」
「なっていない。というかいい加減に離れろ。…いくらお前とはいえ、女に引っ付かれるのは不快だ」
「ちぇ〜…いつまであのことを根に持ってるのさぁ…?」
「…ッ」
ペストの発言に、より一層不快感を強めるエボラ。
そんなエボラの心中など気にも止めず、ペストはつまらなそうにソファーに寝転がると、エボラの膝の上へとその頭を乗せた。
「…それで、なんでそんなに不機嫌なのよ。あたしでいいなら話聞くわよ?」
「…その体制で言われても説得力は無いぞ」
「別にいいじゃない…どうせ今更なんだし」
ペストのそんな言葉を余所に、深く背中を預けるエボラ。
話してくれるまで待つとでも言っているようなペストのその目に、エボラは根負けしたように顔を手で隠すと、静かに口を開いた。
「…俺達が着いた時には既に、あの死体には逃げられていた。…それも御親切に施設ごと全部破壊して、な」
「…それじゃあ、収穫は無かったってこと?」
「いや、それも確かに腹立たしいが…問題はそこではない」
どういうこと、とでも言うように、エボラへと視線を向けるペスト。
エボラは、覆い隠していた自身の手を退かすと、考えることを諦めたように明後日の方向へと視線を逸した。
「…あの日、俺の計画をぶち壊しやがった…あの小娘に会った」
エボラのその言葉に、全てを察したように起き上がったペスト。
自らの発言によってより一層気分を害したエボラは、勢いよくソファーから立ち上がると、そのまま壁を殴りつけた。
「そう…奴さえ…奴さえいなければ…!わざわざあの御方の手を煩わせる必要など無かったというのに…!」
「…あの御方、ね」
エボラの発言を復唱するように、ポツリと呟いたペスト。
再び流れ出した気まずい沈黙の中、不意に部屋の扉が開かれると、一人の青年が慌てた様子で飛び出してきた。
「お取り込み中失礼します…!あの、エボラ様…!ルイン様より任務が──」
そこまで言いかけて、不意に言葉を止めた青年。
悟られることなく、青年の首元に当てられたペストのナイフは、静かに彼の首から一筋の血を垂れ流した。
「悪いけど、今のエボラを出すわけにはいかないの」
光のない瞳で、先程までと打って変わって冷たく言い放つペスト。
垂れた血が服を赤く染め始める中、青年は蛇に睨まれた蛙のように固まると、震える唇から言葉を絞り出した。
「…し、しかし…それでは任務が…」
「…それもそうね」
割と呆気なく、ナイフを首から離したペスト。
すわっていたその瞳は、エボラと青年を交互に見比べると、静かに光を取り戻した。
「…ルイン様の部下である君を、ここで殺す訳にはいかないしね。…その任務、エボラの代わりにあたしが行くわ。いいわよね?」
周囲の有無を聞かず、不敵な笑みを浮かべるペスト。
呆れた様子のエボラを余所に、青年は怯えたように敬礼をすると、切れた首元を抑えながら部屋を飛び出していった。
「…よかったのか?引き受けて」
何処か不思議そうにペストに問いかけるエボラ。
普段、頑なに任務に出ようとしないペストを知っているエボラは、反射的にそんな言葉を出していた。
「…まぁ、今回はトクベツ。あたしが帰ってくるまでに、機嫌直しておいてよね!」
先刻までの表情と違い、そう言って退屈の無い笑みを浮かべるペストを目に、エボラは何処か懐かしいような、悲しいような感覚に襲われるのだった。
ーーー
部屋にスミレ達を残し、宿の外へとやってきたコウスケとミリン。
何をするでもなく、そのまましばらくアール商店街を歩いていると、コウスケが思い出したように口を開いた。
「…そういえば、ミリン」
「ん…?何?」
「スミレさんに言ってたあの台詞…よくあんなに言葉が出てきたな」
コウスケの一言に、不意にピタリと足を止めるミリン。
周囲の人々が流れていく中、コウスケは繋がっていた手に引っ張られるように動きを止めると、ミリンの元へと視線を向けた。
「ミリン…?」
「…いや、ちょっとね、考えごと」
「…」
「…もしかしたらアレは、昨日のコウスケと魔人とのやり取りを見てたから…なんてね。…ただ、どうしてかわからないけど、わたしがやらなきゃいけない…そう、思っただけよ」
何処か他人事のように、雑音にかき消されるかギリギリの声でそう言うミリン。
かえってハッキリと耳に聞こえたその言葉に、コウスケは無意識のうちに繋がれた手を引くと、何を思ったのかポツリと呟いた。
「…謝られてばっかだな、俺達」
コウスケのその台詞に、ミリンは一瞬驚いたような表情を作ると、「それもそうね」と、コウスケの手を握り返した。




