闇色の宝石
「どうだった?スミレさん達の様子は?」
「…大丈夫、一応怪我は全部治癒したし、今は3人共疲れて寝ちゃったみたい」
部屋に入るなりそう言うミリンに、そっと胸を撫で下ろすコウスケ。
ミリンの宿屋へと帰ってきたコウスケ達は、ミリンに傷を治療してもらうと、各々の部屋へと戻っていた。
「…いいのか?宿的には、魔人であるスミレさんをこのまま宿に泊めたりして」
「いいも何も…別に、スミレが魔人でも関係ないじゃん。ここに来る時にはいつもの姿に戻ってたし、誰か人を襲ったりしたわけじゃないからね」
「…それもそうか。…悪い、失言だったな」
暗い部屋で、そう言葉を交わす2人。
しばらく流れる沈黙の中、不意に部屋に差した月明かりが無くなると、コンコンとテラスに続く窓が叩かれた。
「…こんばんは、お二人さん。…ちょっといいかしら」
ーーー
「…それで、あたしをこんな倉庫見たな場所に連れてきた理由は何?」
埃の舞うような閉鎖された空間の中、コツコツと音を立てながら火の玉の後を追うマラリア。
彼女のその声は、誰も居ないその空間に酷くこだますると、不意に壁の前で火の玉がピタリと止まった。
『マラリア』
「…何?…もしかしてユア、まさかアンタこの先に何かあるとでも言いたいの?」
火の玉から聞こえた幻聴のような声に、そう言葉を返すマラリア。
周囲に反響する言葉呆れたように、火の玉から溜息のようなものがマラリアの頭に響くと、しばらく間を開けてから再び声が聞こえてきた。
『…貴女が私に探すように頼んだんでしょう?』
「あたしが頼んだ…?もしかして、もう見つけてきたってワケ?」
『それ以外の理由で私が貴女を呼び出すわけないじゃない』
何処か不機嫌そうな火の玉から聞こえるその声に、圧倒されたように頭を抱えるマラリア。
中に浮かんでいた火の玉は、そんなマラリアを前に役目を終えたのか、静かにその場で消滅した。
「結局、これ以上は自分でやれってことね…」
その場に一人残されたマラリアは、自分に言い聞かせるようにそう呟くと、溜息を吐きながら目の前にある壁にそっと手を触れた。
ーーー
「久しぶりね。コウスケと…貴女は一応、はじめましてかしら?」
そう言いながら、開けた窓から部屋の中へと入る影。
咄嗟に身構えるミリンを横に、コウスケはそれを制止するように前に出た。
「ちょっとコウスケ!?なんで止めるの!?魔人が来たんだよ!?」
「…大丈夫、この人は俺の協力者だ。襲ってきたりはしないよ」
コウスケのその台詞に、納得のいかない様子で力を抜くミリン。
影が、そんなミリンの反応にそっと溜息を吐くと、不意に差し込んた月明かりが、影のその姿を照らし出した。
「久しぶりだな、『魔人』…」
「えぇ…貴方と直接会うのは霊竜に会うとき以来ね」
「そう…だな…」
魔人から帰ってきた言葉に、記憶を思い返すように頷くコウスケ。
魔人は、未だに警戒するミリンを一瞥すると、静かに深呼吸をした。
「早乙女幸助…今日は、貴方に言いたいことがあって来たの」
「…?なんだ?急に改まったりして──」
「本当に、ごめんなさい…ッ!」
「…ぇ…?」
唐突な謝罪に、反射的に素っ頓狂な声を上げたコウスケ。
頭を下げた魔人は、自らの拳を握り締めると、震える声で言葉を続けた。
「歴史を変えるためとはいえ、私達が貴方を利用したのは事実。…貴方が苦しんでいるのを知りながら、何もしなかった私達を許せとは言わないわ。…でも──」
震える声でそう言う魔人を前に、ミリンはそんな2人を交互に見ると、混乱した様子で息を吸った。
「あ、あの…!一体どういうことなんですか…?なんでコウスケは貴女に謝られてるんですか…?」
魔人の言葉を遮りながら、言葉を絞り出したミリン。
そんな唐突な声に、魔人は自らの頭をゆっくりと上げると、話すよりも先にコウスケが口を開いた。
「ミリン…この人は、前に話したこのとある、この力をくれた─いや、『竜人』と共に、俺をこの世界に召喚した張本人だ」
疑うような視線を送るミリンを前に、静かに頷く魔人。
コウスケは、そんなの2人の反応を見ると、再び視線を魔人へと戻した。
「…そう、私達は『キャンセラー』。歴史を作り直す為に10年後の未来からこの時代にやってきたの」
魔人の口にしたそのフレーズに、何処か聞いたことがあるような感覚を覚えるミリン。
そんなミリンの内心を知ってか知らずか、魔人は何事もないように懐から紫色の宝石を取り出すと、2人の前にある机にそれを置いた。
「…私達がコウスケをこの世界に召喚したのは、貴方というイレギュラーが存在することでこの世界の歴史が変わると考えたから。…そしてあの日、私達の目論見通り、この時代のあの人と貴方が出会ってから、確かにこの世界の歴史は変わりだした」
淡々と、何処か悲しげにそう語る魔人を前に、静かに固唾を呑み込む2人。
不意に言葉を切った魔人は、2人の側からそっと離れた。
「貴方に与えた力が貴方の身体にどう影響するのか、本当は最初から知っていたの」
「…ッ」
流れる静寂に響く、コウスケの詰まった声。
魔人は、途切れた言葉を繋ぐように息を吸い込むと、机に置いた宝石を静かに指差した。
「…その石は、私達がセイゲンセキと呼んでいるモノ。コレは本来、使用した相手の代わりに経験値を貯め、それ以上に強くならないように抑制するアイテム。…でも、コレを使えば、私達が貴方に与えた力をここに抑えることができるはず。…そうすれば、貴方はもう苦しまずに済むし、人のままでいられる。代わりにこれ以上経験値を貯めることはできないけど…幸い、レベル500を超えた貴方は、人族としては最強クラスに強いから、無茶なことさえしなければ普通に生活できる。この件についても、貴方がもう戦う必要がないように、他の方法でなんとかするわ。…もちろん、だからといってこんなにボロボロになるまで何も言わなかった私達を許せとは言わない。…でも、今日は、貴方にそれを謝る為にここに来たの。…別に、拒絶してもらっても、構わない。本当に、ごめんなさい」
そう言って、再び頭を下げる魔人の姿に、衝動的に拳を構えるミリン。
コウスケは、そんなミリンの拳をそっと抑えると、首を振ってからそっと口を開いた。
「…別に、俺はアンタ達を恨んだりとか、謝ってほしいとか、そんなことは全く思ってない」
「でも…」
「…俺だって最初から、何かあるのは薄々知ってた。アンタ達がくれた人並み外れたこの力に浮かれて、俺が下心有りで了承したのも事実」
そこまで言って、不意に目を瞑った魔人に視線を戻すコウスケ。
静かにミリンが見守る中、コウスケは一瞬その目を閉じると、「それに─」と話続けた。
「前に俺が暴走したとき、俺達に霊龍に会うように誘導したのはアンタだったはずだ。…だから、俺にはアンタ達がただ俺達を利用してるだけとは思えない」
「…」
「…今回だって、きっとそうなんだろう?なんだかんだ言って、こうやって解決策を提案してきてくれる…何か、理由があったとしても、俺を利用するだけなら、わざわざ謝ったりせず使い捨てにすればいいはずだ。…違うか?」
早口になりながら、勢いよくまくし立てるコウスケ。
魔人は、一通り話し終えたコウスケに首を振ると、閉じていた目をそっと開いた。
「…まさか、そこまでとはね。…確かに貴方の考え方は間違っていないわ。なら─」
「悪いが、俺はアンタ達の思うようには動かねえよ」
「…えっ…?」
先程とは打って変わって、素っ頓狂な声を出す魔人。
月明かりが彼らを照らす中、コウスケは握り締めた己の拳をそっと見つめると、覚悟を決めたように言葉を続けた。
「確かに、アンタ達が言うように、元の人間に戻って生活をしたほうが楽なのかもしれない。…でもな、もしそんなふうに諦めてしまったら、俺はもうユウさんに顔向けできねぇ。…この力を使って、ようやくユウさんとまともにやりあえそうだったんだ。ここで楽して逃げるなんて、端っから考えてねえよ」
「コウスケ…」
コウスケの言葉に、思わず声を漏らしたミリン。
魔人は、そんな2人を前に呆れたような、そして安心したように息を吐くと、静かにその2人に背を向けた。
「…幸助、そしてミリン。…その石は貴方達に預けておくわ」
「…!それって…」
「その石の使い道は、貴方達に任せるわ。…でも、もし本当にどうしょうもなくなった時には使いなさい」
そう言い残し、一瞬にして姿を消した魔人。
夜風が部屋に吹き込む中、紫色のその宝石は、月明かりを反射して美しく輝いていた。




