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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
第4部.裏切りの連鎖
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従属の契約

「…ッ!……スケッ!……コウスケッ!」


 ぼやけた意識の中、コウスケの頭に響く名前を呼ぶ声。

 コウスケは、暗転していた意識を取り戻すように、ゆっくりと瞳を開けると、その視界にはこちらを覗き込む人影が映り込んだ。


「…ミリン…?」

「コウスケ!?そうだよ…!わたしだよ…!」

「…治癒、してくれたのか…?」

「うん、うん…!よかった…もう目を覚まさないんじゃないかと思った…」


 鼻声になりながら、コウスケに抱き着くミリン。

 コウスケは、赤くなった視界を戻すように右手で目元を拭うと、傷口の塞がった自らの左半身を一瞥した。


「ありがとう…ミリン」

「そんな…生きててくれてよかった…」


 灰まみれなミリンを抱き寄せながら、そっと上体を起こすコウスケ。

 2人は、しばらくの間抱き合っていると、不意に恥ずかしくなったのか、どちらともなくその身体を引き剥がした。


「こ、コウスケ…その、さっきのは…」

「い、いや…別に、俺も嫌じゃ無かったっていうか…」


 周囲の状況よは裏腹に、2人の間に流れる初々しいカップルのような雰囲気。

 2人がチラチラとお互いの視線を気にしている中、まるでそんな甘い雰囲気をぶち壊すかのように、ミリンの持っていたスマホ(・・・)が振動した。



ーーー



「…アタシは…何して…」


 藻掻くように身体を動かしながら、そっと目を覚ましたライム。

 軋むような激痛と共に、しばらくの間その場にひれ伏していた彼女は、不意に何かを思い出したように飛び起きると、おぼつかない脚で立ち上がった。


『エボラ様から貴女達を庇おうとした彼女の姿…あの行動はきっと、嘘ではないと思いますよ』


「…ッ!そうだ、姐さん…ッ!」


 言い聞かせるようにそう言いながら、ライムは自分の槍を拾うと、痛みを忘れてもと来た方へと駆け出した。




「…それで、この魔人(人狼)がスミレの本当の姿って訳ね…?」


 スズナからの連絡を受け、2人のもとに駆けつけたコウスケとミリン。

 事の顛末をスズナから聞いたミリンは、それを復唱するように確認すると、スズナと抜け殻のように地面にヘタれこんでいる人狼スミレを交互に一瞥した。


「とりあえず、スミレの詳しい話は宿に戻ってから聞きましょ」

「あぁ…見た感じもうここには何も無さそうだしな。…一度戻って体制を立て直そう」


 ミリンの言葉に、自らの右手を見つめながらそう言うコウスケ。

 2人の台詞にスズナが頷いた瞬間、不意に足元の砂利を蹴るような音が聞こえると、ボロボロのライムがびっこを引きながら4人の元へ向かって走ってきた。


「スズナ!ミリンの姐さん!」

「ライム!?」

「よかった、ライムも無事だったみたいね…」


 いつものようにコウスケを無視しながら大声で名前を呼ぶライムの姿に、2人が安堵の笑みを浮かべたのも束の間、ライムは左腕から血を流す人狼スミレを目にすると、血相を変えて2人とスミレの間に割って入った。


「2人共…ッ!姐さんを、傷付けないでくれ…ッ!…姐さんは…確かにアタシ達を騙してたかも知れないけど…ッ!…それでも…ッ!」


 スミレを庇うように叫ぶライムを目に、コウスケ達はお互いの視線を合わせると、ライムの言葉の意図を悟ったのか、静かに笑いだした。


「…ッ!スズナもミリンの姐さんも、何で笑って…ッ!」

「あはは…いや、ライムの反応が面白かったからつい」

「…安心してくださいライム。別に、わたくし達はお姉様を傷付けようとか、そんなことは最初から考えてませんよ」


 2人の反応を確認するように、コウスケへ嫌々目を向けるライム。

 それに気付いたコウスケが、2人に便乗するようにコクリと頷くと、ライムは安心したのか膝から崩れ落ちた。


「ちょ、ライム!?」

「大丈夫ですか!?」

「アハハ…大丈夫大丈夫…ちょっと力が抜けちゃってさ…」


 心配する2人を他所に、弱々しい声でそう言うライム。

 ミリンは、傷だらけのライムの身体を一瞥すると、何を思ったのかコウスケの方へと視線を向けた。


「コウスケ」

「あぁ…二人共酷い怪我だし、一旦宿に戻ったほうが良いかもな。ここで魔物に囲まれたりでもしたら手もつけられん」

「うん…スズナも、いいよね?」

「…えぇ、不本意ですが、今回はこの男の意見に同意します」


 頷くコウスケとスズナの反応に、ミリンは静かに息を吸い込むと、目を瞑って右手を上に突き出した。


「…ゲートッ!」



ーーー



「…ねぇ、ユウ」

(…なんでしょうか?)


 古代都市ヴィエーユの首都を通る大通りの一角。

 全身を黒いローブで覆い、顔以外を隠したユウは、隣を歩く女の声に振り返ると、その足を止めた。


「…ちょっとだけ、休憩してもいいかな…?」

(…構いませんよ。薄々、貴女がそろそろそう言いだす頃だと思っていましたし)


 顔色の悪い女を前に、その手を取りながら口を軽く開けるユウ。

 口から漏れる空気の音と共に、2人は大通りから外れると、人気のない広場にあるベンチにそっと腰掛けた。


(また、いつものですか)

「…うん。…よくわかったね」

(…私だって、5年も貴女の側にいたんですよ。…流石にそれくらいはわかります)

「あはは…確かに…それも、そうね…」


 何処か乾いた笑い声を上げながら、一人でそう呟く女。

 そんな彼女を横目に、ユウは静かに息を飲むと、手袋に隠れた鱗だらけの右手をそっと自身の首元に当ててみせた。


「…皮肉な話ね」

(…皮肉、ですか…?)

「えぇ…生まれつき、人の心が聞こえる私のこの力。…少し気を抜けば聞きたくもない他人の本音が頭に入り込んできて…もう、何度この力を捨てようと思ったか、憎んだかも覚えてない」

(…)

「…人が私をさとり姫(・・・・)と言って不気味がっているのも…お父様や叔父様が、そのせいで苦労をかけているのも…私は、知ってる」


 目尻に涙を浮かべながら、震える声で心の内を吐露する女。

 ユウは、膝の上で握り締めている彼女の手に、そっと自身の手を乗せてみせると、その視線を彼女の瞳へと向き直した。


(…でも、その力があったからこそ…私は今、こうして貴女の隣りにいる)

「…そう、ね…本当に…」


 音のない、ユウの()を聞きながら、女は静かに空を見上げると、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。



ーーー



「…また、あの夢…」


 ぼやけた視界で天井を見つめる中、部屋に反響する自分(ユウ)の声。

 ベッドから這い出たユウは、寝間着から着替えると、ボサボサになった自身の髪を結い直した。


「兄様、入ってもいいですか」

「…ローズ?別に、構いませんよ」


 扉越しに聞こえたローズの声に、何処か不思議そうな声音でそう言ったユウ。

 そんなユウの返事に、ガチャリという音と共に扉が開かれると、何処か他人行儀なローズとヤナギが部屋の中へと入ってきた。


「主様…」

「…ヤナギ、一昨日ぶりですね」


 ローズの隣に立つヤナギを一瞥しながら、落ち着いた声でそう言うユウ。

 2人は、流れるように用意された椅子に腰掛けると、お茶を淹れようとするユウを呼び止めるように声を上げた。


「あ、あの…主様…」

「…?なんですか?」

「一つ、聞いてもよろしいでしょうか…?」


 何処か遠慮しがちにそう言うヤナギに、ユウは、持ってたカップをそっとテーブルに置くと、2人にお茶を出しながら口を開いた。


「…別に、そんな改まって聞かなくてもいいですよ」


 ユウのその台詞に、静かに胸を撫で下ろすヤナギ。

 ユウは、自分のカップにお茶を淹れると、2人に対面するようにテーブルの前に腰掛けた。


「…それで、何が聞きたいんですか?」


 しばらくの沈黙の後、カップを置いてそう言うユウ。

 ヤナギは、差し出されたお茶を静かに飲み干すと、息を整えてから口を開いた。


「…主様は、何故あの時にわたくし達を逃したのですか?…わたくしとて、主様に忠誠を誓った身…戦力にはなれずとも、せめて主様を守る肉壁くらいにh─」


 それ以上言おうとして、不意にヤナギのその唇に指を当てたユウ。

 ヤナギは、興奮していた頭を冷やすようにそっと口を閉じると、静かに椅子に座り直した。


「…私は別に、貴女達にそんなことをしてもらうつもりは毛頭ありませんよ」

「ですが─」

ほか(・・)ほか(・・)ここ(・・)ここ(・・)、です。…そもそも、私は元々貴女達を配下にする予定はありませんでしたし、貴女達をあの場から遠ざけるにはアレが一番手っ取り早いと思っただけです。従属の契約もしていませんし、後は私に縛られず自由にしてもらって構いませんよ」


 ヤナギの声を静止しながら淡々と語るユウ。

 ローズは、そんなユウとヤナギの顔を交互に見ると、手に持ったカップをことりと置いた。


「…要するに、兄様は貴女達を巻き込みたくなかっただけってことですよ」

「ちょ、ローズ!?」


 唐突なローズの言葉に、反射的に声を上げるユウ。

 ローズは、そんなユウの反応などお構いなしといった様子でヤナギに向き直ると、微笑みながら口を開けた。


「ですから、貴女が本当に付いてくると言うのなら、私達はそれを受け入れます。…ですよね、兄様?」


 そんな台詞と共に、横目でこちらを見るローズから目をそらしたユウ。

 背中を押すようなローズの行動に、ヤナギは一瞬頭を下げると、椅子から降りてユウの前へと跪いた。


「改めまして、主様…わたくしヤナギ、どうか、これから一生貴方様の側に置いていただけないでしょうか…!」


 懇願するようにそう言うヤナギ前に、無言のままローズを一瞥したユウ。

 ただニコニコと笑顔を向けるローズを目に、ユウは聞こえない程の溜息を吐くと、その視線をヤナギへと戻した。


「貴女が、本気でそこまで言うのなら…私は歓迎しましょう」

「…!それって…!」

「これから貴女は正真正銘、私のモノ(・・)です。…もう、後戻りはできませんよ」


 そう言いながら、自らの手首を切り、その血をヤナギへと飲ませるユウ。

 

 ──この瞬間、ヤナギの従属の契約(・・・・・)が成立した。

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