理と3度目の力
焼けるような感覚と共に変貌した、黒く禍々しい化物の腕。力の侵食が進んでいるのか、右腕だけでなく右首辺りまでもが黒く染まる中、コウスケはその右手を一瞥すると、歩みを止めたユウを前に、そっと腰を落とした。
「…その姿…貴方…」
何処か驚いた様子で声を漏らすユウ。
コウスケはだらりと両腕をぶら下げると、スタートを切る様に地面を蹴り込んだ。
「…ッ!」
大きく振りかぶり、勢いよくユウに拳を向けたコウスケ。
一瞬にして距離を殺したその姿を前に、ユウは一拍遅れて反応すると、腕をクロスさせ、その衝撃を押し殺した。
「ユウさんッ!なんで…魔物の味方なんてするんだッ!どうして…ッ!関係の無い人達を殺したりするんだッ!」
一撃、二撃、三撃と、叫びながら、目にも留まらぬ速さで次々と拳を突き出すコウスケ。
ユウは、そんなコウスケの攻撃を的確に受け流すと、不意に飛んできたその拳を左手で受け止めた。
「…!」
「何故、ですか…別に、貴方達が人族を守るのと、同じ理由ですよ…ッ!」
掴んでいた拳を捻り、空いた脇腹に蹴りを入れるユウ。
態勢の崩れたコウスケは、咄嗟に銀色の翼をはためかせると、その勢いを殺しながら後方へと飛び退いた。
「俺達と、同じ…?」
「えぇ、貴方達は人族が魔物に襲われていたら、その魔物を殺すでしょう?私達は同族が人族に襲われているから守る。…別に可笑しいことではありませんよね?」
不気味なくらいに良い笑顔で、歩み寄りながらそう言うユウ。
コウスケは、口の中に溜まった血を吐き捨てると、火の粉の散らしながらユウの方を見た。
「…もちろん、本能のみで生きている者は放置しますけどね。理性も無く動物に近い彼等の生態を邪魔するのはお門違いですからね」
足元に転がっている骨を蹴りながら、つまらなそうにそう語るユウ。
コウスケは、一瞬流されそうになる考えを振り払うように首を振ると、再び拳を握り締めた。
「だからって、なんで…そんな簡単に人が殺せるのかよ…ッ」
「…そんなもの、貴方達に言われる筋合いはありません、ね…ッ!」
飛びかかるコウスケに対し、ステップを踏むようにカウンターで蹴りをかますユウ。
コウスケは肩をかすめながらそれをかわすと、その右腕を大きく振り上げた。
「…チッ」
舌打ちをしながら、片手でそれをいなしたユウ。
そんなユウの行動を前に、コウスケが次の一撃を放とうと踏み込んだ瞬間、不意にコウスケのその全身に激痛が走ると、コウスケの身体は振り回されたユウの尻尾によって後方へと飛ばさせれいた。
「…ッ…なんで、急に…ッ!」
謎の激痛と共に、立ち上がれなくなったコウスケ。
その身体には、明らかにユウとの交戦で出来た外傷ではない、まるで内側から破裂したような得体の知れない傷痕が、左半身を中心に無数に広がっていた。
「…なんだよ…これ…」
段々とその視界が紅く染まる中、ゆっくりと歩み寄るユウの姿。
心の感じられないユウのその瞳を前に、コウスケは動かない自身の身体を激しく呪った。
(どうして…こんなところで…やっと、ユウさんとまともに戦えたのに…ッ)
そんな思いにコウスケが奥歯を食いしばった瞬間、不意にユウはその足を止めると、コウスケから視線をそらした。
「兄様!!」
そんな声と共に、何処からともなくユウに抱き着いてきたローズ。
ユウは反射的にそれを受け止めると、流れるような手付きで頭を撫でまわした。
「ローズ」
「…」
ユウのその言葉に、無言のまま静かに首を振るローズ。
そんな反応に、ユウは予想していたようにその視線をコウスケへ向けると、何処か不愉快そうに口を開いた。
「…運が良かったですね、貴方」
そう吐き捨て、ローズと共に空気に溶けていったユウ。
去っていくその後ろ姿を前に、コウスケはいつの間にか元に戻っていた傷だらけの右手を握り締めると、灰だらけになった大地の中でひとり、言葉にならない叫び声を上げた。
ーーー
『…やはり、限界があるのね』
周囲に響き渡る叫び声を余所に、茂みの中からコウスケ達の様子を観察していた少女。
ポツリと呟いたその声は一瞬にして周囲の音に溶けていくと、まるでそれと入れ替わるように、その背後からイヨが姿を現した。
「…どう?…これが今、私達の時代で起きている現状。…この光景を見て、貴女はどう思うのかしら?」
真っ黒なローブに付いた大量の血を垂らしながらそう言うイヨ。
少女はそんなイヨを一瞥すると、何を思ったのか再び視線をコウスケ達の方へと戻した。
『…少なくとも、この世界は私の知っていた頃から随分と変わってしまったということは、嫌でも理解したわ』
「そう…」
何処か落胆した様子でそう言うイヨ。
そんな反応を前に、少女はそんな目の前の光景からそっと目を逸らすと、何か思いついたようにその口を開いた。
『…なんで、貴女はさっき私を逃したの?』
少女の言葉に腕を組みながら考えるような仕草をするイヨ。
暫くの間を開けて、少女がその視線をイヨの方へと向けると、イヨはゆっくりと口を開いた。
「逃した、ね。…別にそんなのは結果論でしかないわ」
『結果論…?』
「えぇ…単純な話、私は貴女にユウ達が戦っているこの光景見てもらうのが元々の目的だからね。…ま、私はローズにも用があったし、それで逃したみたいな流れになってるだけよ」
『…』
腕を組みながら、淡々とそう話すイヨ。
少女は、一瞬何かを考えるように黙り込むと、何処か躊躇うように口を開いた。
『…私が彼等を見て、何が起きるというの?』
「それは…まだ私にはわからないわ。…でも、これから何が起きるかは、あの男と貴女の行動次第、かな」
真剣な目で話す少女を前に、茶化すような口調でそう言うイヨ。
少女はそんなイヨの考えを理解しかねると、再びその視線をコウスケ達の方へと戻した。
ーーー
『かつて、この世界を創造した神がいた。
神は、自らの身体を千切り、この世界のありとあらゆる動植物を創り上げると、2人の新しい神を生み出し、その息を引き取った。
時が流れ、この世界では、神とよく似た容態を持つ人族が繁栄していた。
新たに生まれた2人の神は、世界を支配しつつある人族に対し、何処とない危機感を覚えると、それぞれ自らの身体を千切り、新たな生物を創り上げた。
1人の神は、増え過ぎた人族を減らす為、自然界から無限に湧き出す魔物を、もう1人の神は、世界のバランスを保つ為、秩序を管理する存在として竜を、それぞれこの世界に解き放った。
魔物はその特性と引き換えに理性や自我を失い、竜はその膨大な知識や魔力と引き換えに魔法の行使できなくなった。
それから再び時は経ち、ある時、魔物の中に人族と同じ身体の一部を持った、知能のある者が現れた。
魔人と呼ばれたその異質な魔物は、他の魔物と異なり、人族と同じ方法でしか個体数を増やせないにもかかわらず、徐々にその数を増やすと、やがて人族と同じように文明を持つようになった。
人族と魔物との対立が深まる中、魔人達の中に、彼等を率いる絶対的な存在─魔王が誕生した。
強大な力を持つ魔王は、自らの知識を使い、召喚魔法を完成させると、2人の異世界人をこの世に召喚した。
1人は、この世界に西暦と言語を、もう1人は、天文や科学を、それぞれ世界を駆け回りながら広めていった。
そして、1人の異世界人が竜と結ばれ、この世界に唯一の竜人が誕生した。
竜人は竜の特性である膨大な知識や魔力、生命力を持ち、そして尚、魔法も行使することができるという、互いの欠点を補った規格外の存在だった。
2人の神は、たった1人で世界を滅ぼしかねない、そんな竜人を警戒した。
魔物を生み出した〈魔神〉は、亡き神の一部から2人の悪魔を、竜を生み出した〈竜神〉は、その残りから2人の天使を、それぞれ作り出し、神の使者としてこの世界へ送り込んだ。
──そして、私達は魔王、竜人とそれぞれ接触した』
そこで息を切り、何処か思い返すように夜空を見上げる少女。
テラスの手すりに寄りかかっていた魔人は、組んでいたその腕を解くと、タイミングを見計らうように口を開いた。
「…それで、一体何が起きていたと言うの?…少なくとも、今の貴女の話は、私の知っている神話とは随分と違っている。…きっと、そうなる要因がこの後起きた、ということなのでしょう?」
魔人の言葉を聞き、何処か驚いた様子で目を見開く少女。
しばらくの無言の末、少女はその瞳をそっと魔人から逸らすと、静かに言葉を続けた。
『…そうね。確かに貴女の言うとおり、今この世界に存在する神話とはだいぶ違っているわ』
「…それじゃあ」
『私達は、確かに竜人と魔王に会った。…主に報告する為に、ね。…でも、あの男だけは違った。…天使である彼は、もう1人の悪魔と共に魔王に取り入り、竜人の力を使ってこの世界を掌握しようとした』
そこまで言って、不意に口を止める少女。
悲しむような笑みを浮かべる少女に、魔人はただ何を言うでもなく口を閉じると、静かにその隣に寄りかかった。
『…もちろん私ともうもう1人の天使はそれを止めようと奮闘したわ。…でも、駄目だった。操られた竜人はもう、誰の手にも負えなくて、私は空間の狭間に、もう1人の天使は何処かに幽閉された。…それから先のことは、私もよくわからない。…でも、これがこの世界の歴史における、大きな転換点であることは間違いないはずよ』
「…そうね。…もう少し調べてみる必要があるかしら」
『もう1人の天使…いえ、エンゲルなら、何か知ってるはず。…私が勘が正しければ、あの子はまだ、この世界の何処かで生きてるはずだから』
そう言って、音もなく振り返った少女。
その視界には、開け放った窓しか映っておらず、魔人の姿は無くなっていた。
『…変な魔人もいるものね』
自分に言い聞かせるように、少女はポツリとそう呟くと、静かにコウスケ達の寝ている部屋へと戻っていった。
スミレの正体、まさかの…
皆さんこんにちは赤槻春来です。
23章、いかがでしたか?
受験などもあり、2ヶ月以上かけてようやく書き上がりました。
元々はスミレ、ただの情報通ってキャラだったんだけどな…どうしてこうなった。
さて、次回は24章!!3回目の『力』を使ったコウスケ。もう次からは制御できなくなる中、敵はどんどん強くなって…
感想や意見、アドバイスなどありましたら感想欄やツイッターのほうに書き込んでくれると幸いです。
またのんびりと更新していく予定なので気長に待っていただければ幸いです。
それでは皆さん、またどこかであいましょう。
バイバイ!




