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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
第4部.彼らの後を追いかけて
69/112

狼女

「…ッ!貴女、いい腕してますね…ッ!」

「アンタこそ…ッ!その腕、只者じゃねぇ…ナッ!」


 2本の槍を交えながら、交戦を繰り返すジフテリアとライム。

 エボラやスミレ達と離れた2人は、お互いの槍さばきを前に、何処か楽しそうに口を歪めると、その槍に弾かれるように一度距離を取った。


「…私はジフテリア。ローズ様直属、ケンタウロスのジフテリア」

「…アタシはライム。これでも学生だ」


 対峙しながら、お互いを認めたように名乗りを上げる2人。

 しばらくの沈黙の中、2人は再び槍を構えると、幕を切りおとされたように、地面を蹴飛ばした。




「流石ジフテリア…仕事が早い」


 ライムを連れ、その場を立ち去ったジフテリアの行動に、何処か感心するようにそう呟くエボラ。

 その場に取り残されたスミレとスズナが睨み付ける中、エボラはその視線をスミレへと戻すと、ニヤリと口元を歪めてみせた。


「それにしても…まさか裏切り者(・・・・)の貴様がわざわざ俺の前に姿を現してくるとは…なぁ?スキルス(・・・・)

「…ッ!黙れッ!その名前で僕を呼ぶな…ッ!」


 エボラのその言葉に、咄嗟に叫び返したスミレ。

 背後から見ていたスズナは、そんなスミレの過剰な反応を前に、驚いたような表情を見せると、その視線をスミレへと向けた。


「お姉様、今のは…」

「…ッ!」

「その反応…ハハハッ…!そうか…なんだ貴様、まさか言っていなかったのか!」


 スズナの反応に、何処か狂ったように笑い出すエボラ。

 ただただ疑問符を浮かべるスズナを余所に、スミレが何故か言葉を詰まらせていると、一通り笑い終えたエボラはその言葉を続けるように口を開いた。


「いいかよく聞け!貴様がお姉様とか言って慕ってるこの女はなァ」

「…!?ヤメロッ!それ以上i──」



スミレ(・・・)なんて名前じゃない。貴様らの国でスパイをしていた、スキルス(・・・・)って名前の魔人なんだよ!」



ーーー



「…ァ…ッ…!」

「コウスケッ!」


 ペンデュラムによって剣を弾かれ、炭だらけの地面へと叩きつけられるコウスケ。

 空中で交戦していたミリンは、反射的に身体を翻すと、一直線に炭に埋もれたコウスケの元へと降り立った。


「コウスケ、大丈夫!?」

「…あぁ…なんとか…」


 服に付いた焦げ跡や全身の火傷が増える中、コウスケはヨロヨロと立ち上がると、再び2本の剣を構え直した。


「…いい加減、諦めたらどうです?そんな身体で、まだ戦うと言うのですか?」


 突き放すように言いながら、炭まみれの地面へと降りてくるユウ。

 ミリンの回復魔法により、火傷の治まったコウスケは、そんな蔑むような視線を向けるユウを前に、不意に左手に持っていた銀色の竜剣《アベンジャー》を地面に突き刺すと、そっと口元を歪めた。


「はは…流石ユウさんだ…」

「コウスケ…?」

「…貴方、何を笑っているのですか」


 傷だらけの状態で、不意に笑い出したコウスケを前に、怪訝な顔をするユウとミリン。

 パチパチと熱気が立ち込める中、コウスケは再びユウを見つめ直すと、その左手を強く握りしめた。


「…わからないのか、ユウさん?…俺が今、こうやって生きてる理由が。…こんな圧倒的に不利な状況にも関わらず、俺が一度も致命傷は受けていないこの理由が」

「…それは…ッ!」


 その先を言おうとして、言葉に詰まったユウ。

 そんなユウの反応を前に、コウスケは自分の中で立てた仮説に光が差したような感覚を覚えると、無言のまま銀色の翼を展開させた。


「コウスケ…」

「あぁ…わかってる。…ユウさん、痛くても文句は言わないでくれよ」

「貴方達…さっきから一体何の話を…ッ!」


 ミリンの声に触発されるようにして、言い聞かせるようにそう言ったコウスケ。

 その言葉の意味を測りかねたユウを余所に、コウスケは突き刺した《アベンジャー》を再び引き抜いた。



「さぁ…止め(やり)ますか…ッ!」



ーーー



「お姉様が…魔人…?」


 エボラの言葉に、疑うような視線を向けるスズナ。

 2人に板挟みにされたスミレは、そんなスズナの視線に耐えかねるように頭を掻き毟ると膝から崩れ落ちた。


「ぁ…ぁ…」

「お姉様…?」


 スミレの突然の行動に、慌てて近付こうとしたスズナ。

 スミレは、そんなスズナから伸ばされた手をはたき落とすと、恐ろしいものを見るような目でスズナへ視線を向けた。


「…スズナ、そんな顔で僕を見ないでくれ…」

「お姉様!どうしてそんなことを…!」


 何処か怯えるように、スズナから距離を取るスミレ。

 明確な拒絶の反応に、スズナはただ唖然とその場に立ち尽くしていると、しばらく黙って様子を見ていたエボラが不意に再び笑い出した。


「ははッ!滑稽だな!…なぁ、スキルス?」

「…ッ!黙れ!その名前で僕を呼ぶなと…!」

「ハッ…呼んだらどうだと言うんだこの裏切り者が。そもそもの原因は貴様自身だろう?何故俺が貴様の言う事を聞くと思ってるんだ?」

「…それは…ッ」


 煽るようなエボラの言葉に奥歯を噛み締めるスミレ。

 困惑した様子でそれを見るスズナを余所に、エボラは一歩、また一歩とスミレに近付くと、その髪を掴んで顔を上げさせた。


「どうした?最初の威勢は何処に行ったんだ?ん?」

「…っ…」

「人族の生活はさぞ楽しかっただろうなぁ?…貴様のような落ちこぼれでも、奴等ヤツラにとってはエリートだもんな?チヤホヤされて浮かれてたんだろ?」

「…ッ!そんな、ことは…!」

「ハッ…どうだか」


 口答えするスミレを突き飛ばし、パンパンと手をはたくエボラ。

 そんな目の前に映る光景に、スズナは足元に転がってきたスミレの眼鏡を拾う余裕も無く、ただただ固まっていると、不意に口元を歪めたエボラと目が合ってしまった。


「…そうだな、貴様らにはコイツ(・・・)の相手をしてもらうとするか。本当ならもっと貴様を痛ぶりたいところだが、生憎今の俺には時間がなくてな。…それに、コイツ(・・・)のほうが貴様の心を壊すには丁度いい相手だろうよ」


 そんなエボラの台詞に、悲痛な顔で視線を上げるスミレ。

 グラグラと揺れる視界の中、立ち去るエボラの後ろ姿と共に、大剣を持った漆黒の鎧を身に纏った男が、まるで2人の進路を塞ぐように現れた。




「姐さんが魔人?何ふざけたことを…ッ!」

「本当ですよライムさん…!だって彼女ッ、私の同期、ですから…ねッ!」


 お互いの槍をいなしながら、守っては攻撃を繰り返すジフテリアとライム。

 ライムのその言葉に、声を上げながら振り下ろされたジフテリアの槍。ライムは寸でのところでそれを受け止めると、ジリジリとお互いの距離を縮めてから、その攻撃を弾き返した。


「…ッ!…」

「はぁ…はぁ…姐さんが、アンタの同期…?」

「…えぇ…私と同じ時期に魔王軍に入った、魔人の1人ですから」


 切らした息を整えながら、言葉をかわす2人。

 ジフテリアの言葉を堺に、しばらくの間2人は構えられた槍を下ろすことなく見つめ合っていると、不意にその沈黙を破るようにライムが口を開けた。


「…仮に」

「…はい?」

「…仮にだ。…アンタの話が本当だったとして、姐さんは一体いつからアタシ達を騙してたって言うんだよ」


 微かに震えるその手で、槍を構えながらそう言うライム。

 そんな姿を前に、ジフテリアは構えていた槍を一度地面に突き刺すと、何処か呆れたようにそっと息を吐いた。


「…そんなもの、最初からに決まっているでしょう?ライムさん、貴女がいつから彼女と知り合っていたのかは知らないけど…少なくともここ5年間、貴女が『スミレ』として慕っていた彼女は自分の名前すら隠しているような魔人オンナだった、ということよ」


 ジフテリアのその言葉に、構えた槍を握り締めるライム。

 頭の中にぐるぐると回る『騙されていた』というその事実を前に、ライムは気の狂うような感覚に襲われると、まるで八つ当たりをするように、叫びながらジフテリアに向かってその槍を振り下ろした。


「それじゃあッ!…姐さんはずっと、アタシ達を利用してたってことかよ…ッ!」


 寸でのところで槍を抜き、その一撃を防いだジフテリア。

 交じり合った2本の槍は、ライムのその心を表すようにキリキリと音を立てていた。



ーーー



「こんにちは、悪魔さん」


 コウスケとユウが交戦している中、彼らから離れ、呼びかけるように声を出すローズ。

 しばらくの間を開けて、〈火炎竜の吐息(ファイア・ブレス)〉を逃れた木々の陰から少女・・がその姿を表すと、ローズを睨み付けた。


『…なんか用?』

「えぇ、そうですね。…貴女を回収しに来ました」

『…回収、ね』


 声音を変えないローズのその台詞に、言い聞かせるようにそう呟く少女。

 ローズは無表情のまま、しばらく少女の様子を観察していると、不意に少女が睨んでいたその目を逸らした。


『…ついて行かない、と言ったら?』

「力ずくで連れて帰るだけです」

『力ずく、ね…確かに今の私は復活したばかりだし、力は完全に戻ってはいないからね。わざわざそこを狙ってきたって訳か』


 ローズの言葉に、妙に納得したように頷く少女。

 顔色一つ変えずにそんな少女を見つめていたローズは、交渉決裂と判断したのかそっとその足を前に動かそうとした瞬間、そんな2人の間に割り込むように突風が吹くと、大きめのローブを羽織った1人の()が姿を現した。


「久しぶり、ローズ。…でも、貴女との話は後よ」

「姉様…!?」


 何処か感情の籠もった声で、忌々しそうにそう言うローズ。

 女はそっとフードを外すと、ローズにクロスボウを向けながら少女の方へと視線を向けた。


「悪魔さん、私達に構っている暇は無いのではなくて?」

『…なんの真似?』

「真似も何も、貴女には彼等の行く末を見届けてもらわないといけないからね。ほら、ローズ(いもうと)は私がどうにかするから、早く行く」

『…わかった』


 女─イヨの言葉に、腑に落ちないといった様子をしつつもその場を離れる少女。

 そんな2人のやり取りを前に、ローズはもはや苛立ちを隠せないといった様子でイヨを睨み付けると、その拳を握り締めた。


「何度も何度も…姉様はまた、私の邪魔ばかり…ッ!」

「へぇ…ついにそこまで感情を表せるようになったのね。…支配力が弱まったせい?それとも…いや、そうしたらやっぱりユウと接触したせいかな」

「…さっきから訳のわからない事をつらつらと…ッ!」


 ローズのその声に、宙返りをしながら後方に退いたイヨ。

 威嚇するようなローズのその姿を前に、イヨは呆れたように溜息を吐くと、構えていたクロスボウをそっと下ろした。


「ねぇローズ、貴女は私がどうしてここまで来たかわかるかしら?」

「…そんなもの、わかるわけ無いじゃないですか…ッ!」


 何処か煽るようなイヨの言い回しに、声を荒らげるローズ。

 イヨは咄嗟に飛んできたローズの拳をスルリとかわすと、地面を蹴って木の上へと飛び乗った。


「…やっぱり、言葉は通じないという訳ね。力が弱まったとはいえ、自分で思考をするのはまだ難しそう、か」


 木の上から、分析するように一人呟くイヨ。

 そんなイヨを振り落とすように、木を張り倒していくローズを前に、イヨは次から次へと別の木に移り変わると、ローズの背後に着地した。


「…さようなら、私の妹(ローズ)


 ローズ振り返ろうとした瞬間、イヨのそんな声と共に、ローズの胸元はイヨの右腕によって貫かれた。



ーーー



「ッ…なんで…君が…」

「…」


 鎧を纏った男を前に、震える声で呟くスミレ。

 男は、そんなスミレの心境などお構いなしといった様子で禍々しい大剣を引きずると、へたり込むスミレの元へと歩き出した。


「…ッ!お姉様には、手出しさせません…!」


 咄嗟に足を動かし、2人の間に飛び込んだスズナは、自らを奮い立たせるようにそう叫ぶと、男の進路を止めるように両腕を広げた。


「…」


 鎧の中からギロリとスズナを見る瞳。

 しばらくの沈黙の後、男はその標的をスズナに変えたのか、ゆっくりと大剣を持ち上げると、その先端をスズナに向けた。


「…ッ!」


 顔中に汗を浮かべながらも、必死にスミレを守ろうとするスズナ。

 未だにへたり込んでいるスミレを余所に、男はそっと大剣を掲げると、スズナに向かって振り下ろし──



「──ッ!彼女を、傷付けるなァッ!」



 パキンというスミレの眼鏡の割れる音。

 スズナは咄嗟に閉じた瞳をそっと開けると、目に映るその光景を前に、その口を開け放った。


「…ぇ?」


 スズナに刃が当たる寸前に、叫びながら男に飛びかかったスミレ。

 状況に理解が追いつかず、素っ頓狂な声を上げたスズナは、徐々にその光景の意味を理解すると、驚いた様子でそっと広げていた腕を下ろした。


「…お姉…様…?」

「…ッ!」


 全身が体毛で覆われた、狼のような姿。

 スズナを庇ったスミレは、そんな醜い姿に成り果てると、ポタポタと血の垂れる左腕を抑えながらスズナから視線をそらした。


「…見ないで…見ないでくれ…僕のこの醜い姿を…」

「お姉様…なの…?」

「…ッ!」


 何処か疑うようなスズナの視線に耐えかねるように、身体を縮めるスミレ。

 スズナがそんなスミレに声をかけようと言葉を選ぼうとした瞬間、不意に倒れていた男が起き上がると、大剣に付いた血を振り払うようにそれを振り回した。


「…」


 鎧越しに見える、2人を射るような鋭い視線を前に、2人は固まっていた身体をピクリと動かすと、警戒するように身構えた。

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