虐殺の女神
「お茶がはいりました。こちらにおいておきますね」
「…わかった」
魔王城の一室、四天王のエボラとペストが話をしていると、不意に影から現れたユウは手に持った紅茶をテーブルの隅に置くと小さくお辞儀をした。
「ねぇ、君」
「はい。なんでしょうか」
「君、あの女の弟なんでしょ?なんであたしらと一緒にいるわけ〜?」
「姉、ですか?生憎ですが私には妹しかいませんよ」
ユウのその言葉にペストは一瞬固まると、その意味を理解したのかテーブルを叩きながら笑いだした。
「あははっ♪流石ルイン様、やることが容赦ないわね♪」
「…では、私はこれで。おかわりなどありましたら声をかけてください」
「おっけ〜!」
ペストの返事を聞いたユウは軽く頭を下げると、足元に蟠っている影の中へと沈んでいった。
「おいペスト、今のはどういうことだ?」
ユウの姿が無くなった瞬間、先程まで口を閉じていたエボラは不意に立ち上がると、ニコニコと笑っているペストの肩に手を置いた。
「どういうって…わかんないの?エボラ」
「わかっていたら聞くわけ無いだろう」
「…ま、そうだよね〜」
楽しそうに笑うペストを前に、エボラは思わず殴りそうになるその手を必死で抑えると、勢いよく元の席へと座ってみせた。
「えっ…ちょ、そんな顔しないでよエボラ〜」
「はぁ…頼むから早く言ってくれ…」
引き攣った表情のエボラを前に慌てて笑うのをやめたペストはエボラの向かいの席に座ると、紅茶の入ったカップにそっと口をつけると落ち着いたように口を開いた。
「あの娘、ここに来る前のこと一切覚えてないわよ」
「…どういうことだ?」
「…ルイン様があの娘の記憶を書き換えたのよ。きっと、妹であるローズ様が最優先されるようにね」
「ローズ様を最優先…?何を考えてるんだルイン様は…」
そう呟いたエボラはペストの言葉に頭を押さえると、テーブルの上にある湯気の消えた紅茶にそっと手を伸ばした。
「多分、術をかける際にあの娘はルイン様に従うというのを拒否してたんだと思うよ。それで術をかけられなかったルイン様は自分に従順なローズ様を最優先にするようにした…どう?これなら辻褄も合わない?」
「…たしかにな。理に適ってる」
「それに…」
「…それに?」
「あのチョーカーに付いてた紫色の石もあるしね。まぁローズ様に敵対するようなことさえしなければ問題なさそうだけど」
「…あくまでも竜人ってわけか」
エボラのそんな呟きにペストが小さく頷くと、2人は手に持ったカップにそっと口を付けた。
ーーー
スズナ、ライムと合流した翌日。
コウスケ達5人はガウラから渡された資料を片手に街外れの空き地へとやってきていた。
「──これによればこの方角に真っ直ぐ進めば半日で着きそうだね。…まぁ帰りまで時間は無いし手前で一度野宿をすることになりそうだけど」
「いや、ちょっと待ってスミレさん。この先災いの森だよ?どうやって行くのさ」
資料を見ながら森を指すスミレを前に、コウスケが思わずそんな声を漏らした。
スミレは顔をあげると、下がった眼鏡を指でかけ直してからコウスケの方へとその視線を向けた。
「問題ないよ。僕らはわざわざ森の中を通る必要はないからね」
「…どういうことだ?」
スミレの言葉に思わず聞き返すコウスケ。ミリン、スズナ、ライムの3人も同じように首を傾げていると、不意にスミレは杖を構えて口を開いた。
「〈ワイバーン〉」
スミレがそういった瞬間、足元に現れた魔法陣から3人は乗れるであろう巨大な身体を持ったワイバーンが出現した。
「姐さん…コイツは…」
「ダークスライムと同じ僕の召喚獣さ。中々呼ぶ機会も無かったんだけど、今回はこの子に乗って森の上を移動しようと思って」
そう言ってワイバーンに跨がるスミレ。
コウスケとミリンはその意図を理解すると、コウスケは機械仕掛けの銀色の翼を、ミリンは人化を解いて美しい白竜の翼と尻尾をその背中にひろげてみせた。
「ミリンお姉様…その御姿はまさか…」
「スズナ、ライム。貴女達2人はスミレと一緒にワイバーンに乗ってね。わたしとコウスケは自力で飛べるからさ」
ミリンがスミレに視線を向けると、スミレは静かにコクリと頷いた。
「スズナ、ライム、僕の後ろに乗って。ちゃんと捕まってないと2人に置いていかれるからね」
「…!はい!お姉様!」
「姐さんがそう言うなら」
スミレの言葉に、スズナとライムは返事をすると、スミレの乗るワイバーンに跨がった。
ーーー
「こちらです。ローズ様」
「情報提供ありがとうございます。では」
災いの森の一角。
アラクネ達によって案内されたローズは廃墟となった村だったものを一瞥すると、静かに踵を鳴らした。
「…兄様」
ローズがそう呟いた瞬間、その足元から伸びた影から飛び出るようにユウが出現すると、一匹のアラクネの首を掴んで押し倒すように地面に叩きつけた。
「…な…にを…」
「妹に嘘をつくとはいい度胸ですね、貴女達」
一瞬のことに反応できなかった他のアラクネ達が固まっていると、彼女達が気付いた頃には既に、ユウの左手から伸びたペンデュラムが彼女達の首元を這うように周囲に張り巡らされていた。
「同族を見捨てるような魔物は必要ありません。早く置いていった娘達の居場所を言いなさい。…それとも、このまま死にたいですか?」
そう言って掴んた手に力を入れるユウ。
アラクネ達はそんな光景を目の当たりにすると、慌てた様子で首を左右に振った。
「む、村の地下にある研究所です!エイズ様の研k…」
アラクネ達が言い終える直前、ユウは掴んでいたアラクネの首を締め上げと、左手を引いて残るアラクネ達の首を跳ね飛ばした。
「兄様…」
「えぇ…どうやら時間は無さそうですね」
大量の返り血を浴びた2人は転がるアラクネの死体を放置すると、足早に廃墟となった村の中へと向かっていった。
ーーー
「『虐殺の女神』…か。我が息子ながらとんでもない呼称を付けられたものだな」
アイテム屋KAZUの店内にて、道具を買った冒険者達を見送ったカズヤはひとりそう呟いた。
「あれは息子だったのか…?俺はてっきりカズヤ兄さんの娘だと思ってたぞ…」
「ガウラ、お前いつの間に…まぁ、たしかにユウはそう見えるかもな。本人はあれでも男だと言い張っているが」
店の奥から顔を出したガウラを前に、カズヤは何処か呆れたようにそう言うと、レジ前の椅子にそっと腰掛けた。
「10年間、アイツは家族と離れて暮らしてきたからな…服は全部妻や姉からのお古だったし、知らぬ間に女の影響を受けてたんだろうよ。ま、姉のユイは下手したら俺以上に男勝りかもしれんが」
「不思議なもんだなぁ…」
「…どういうことだ?」
「子供達の性格もそうだけど、カズヤ兄さんに子供がいるって感覚が。最後に会ったときは子供なんてできるわけないと思ってたからな」
「…まぁ、そうかもしれんな。30年もあれば色々変わるものさ」
カズヤのその言葉に、ガウラは「竜にとっては一瞬のくせに」と、出そうになった言葉をぐっと飲み込むと、近くにあった椅子を取り出してそれに腰掛けた。
「…で、お前がいるってことは何かあったんだな?」
「さすがカズヤ兄さん。…ま、カズヤ兄さんにとってはいい話なのかはわからないけどな」
そう言って魔法陣から資料を取り出すガウラ。
カズヤはそれを受け取ると、その内容を見て大きくため息を吐いた。
「…よし、周辺国を滅ぼすとするか。幸い、2割程度だが本来の力も戻ってきたしな」
「ちょ、やめてよカズヤ兄さん!?」
「冗談だ、冗談。…だが、俺には息子達がなんの考えもなしに行動しているとは思えないんでね。この報告には何かきっと裏があると見てるさ」
「…父親の勘、ってこと?」
「さぁ…?今の俺にはわかりかねる。…裏にはルインもいるらしいしな」
資料を置いたカズヤはそっと立ち上がると、腕を上げてその身体を伸ばした。
「散っていった兵士達には悪いが…今回の件、俺は手出しをするつもりはない」
「カズヤ兄さん…」
「別に俺は誰がお前達と敵対したって構わないが…まぁ今のユウを止められるとしたらきっと、コウスケのあんちゃんとアネモネの嬢ちゃんと…あとはイヨくらいしかいないだろうな」
「…それって」
「俺から言えるのはそれくらいだ。…後は、若い者たちに任せるべきだしな」
カズヤはそれだけ言うと、手を振りながら振り返らずに店の奥へと入っていった。
「若い者たち、か…」
ガウラはひとりそう呟くと、机の上に置かれた資料を手に、そっと立ち上がった。




