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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
第3部.兄を超えたその先へ
52/112

運命を超えて



「ユウ!おい、返事をしろッ!」 

『…』


 思念伝達を使い、いきなり飛び出したユウに問いかけるユイ。しかし、その言葉を無視しているのかユウからの返事は何一つ返ってこなかった。


「クソッ!ユウのやつなんで反応してくれないんだ…ッ!」


 ユイは1人そう叫ぶと、その握りしめた拳で側に生えている木を力任せに叩きつけた。


「フゥ…フゥ…」


 怒りか焦りか…自分の中にある感情に整理のつかないユイは、自らの一撃で倒れていく木を眺めながら息を吐くと、その拳からゆっくりと力を抜いた。


「義姉さん」

「…どうしたサクラ」

「ユウの行った理由は知らないけど、ユウならきっと大丈夫ですよ。義姉さんに知られたくない理由の一つや二つあってもおかしくないですから」

「…そう、なのか?」

「えぇ…ですから私達は気長に待ちましょう?何か言う間もないことがあった、という可能性も否定できませんし」


 サクラの台詞にコクコクと頷くミリンとユリ。

 そんな3人を前に、ユイは小さく溜息をついた。



ーーー



『ユウ!おい、返事しろッ!』

「…」


 思念伝達によって脳内に響くユイの声。

 影移動を使ってダークエルフの街へと戻ってきたユウは、目の前の光景を目にすると、ユイの言葉に返事をしている余裕など無くなっていた。


「────────ッ!」

「──ッ!───ッ!」


 どこか苦しむような2つの鳴き声と共に、ソレはユウを隠していた建物を破壊すると、目の前に姿を現した。


「…兄さん」

「───ッ!」

「──ッ!─ッ!」


 ユウの前に現れた双頭竜ヘイトリッド・ジェラシーはその2つの頭でユウを捉えると、それぞれ違った特性を持った2つの竜の吐息(ブレス)をユウに放った。


「ッ!」


 ユウは反射的に地面を蹴ると、空中で回転しながら背後に建つ建物の上へと移動した。


『ようやく来たか我らが弟よ』

「…!?兄さんッ!どうしてこんなことを!?」


 不意にユウの頭に響く双頭竜の声。しかし、ユウの問いかけに答える間もなく双頭竜はその巨体を振り回し、ユウの立つ建物を破壊してきた。


「…ッ!」

『すまないユウよ』

『もはや我らは自分の身ひとつ制御ができなくなってしまったのだ』

「…!どういうことですかッ?」

『せめて…俺達が俺達でなくなる前に殺してくれ。この意識ももう…長くは持たない…』


 足場となる建物を次々と破壊され、建物から建物へと飛び移るユウ。頭に響く声とは裏腹に、双頭竜はその巨体を振り回すと、逃げ回るユウへと攻撃を続けていた。


「────ッ!」

「ッ!しまっ──」


 ユウが建物から足を離した瞬間、そのタイミングを待っていたとばかりに左の頭はその口にエネルギーを溜め込むと、赤黒く光る〈地獄竜の吐息(インフェルノ・ブレス)〉を放ってきた。



ーーー



「ここが俺達の故郷、竜の里だ。…10年前に襲撃を受けてから何一つ変わってない…か」


 結界を抜けたミリン達一行は一部瓦礫だらけになった道を抜けると、かつてユウ達が暮らしていた洞窟へと向かっていた。


「これが、ユウの実家…」

「中から何か…すごい気配…が…」


 流石に魔力濃度が高すぎたのか、先程まで耐えていたユリとサクラも、ユウ達の暮らしていた洞窟を前にその意識を失った。


「おっと…流石に耐えきれなかったか」

「…そんなに辛いモノなんですかね?魔力酔いって…」

「さぁ…?俺にはわからん」


 ドサッと倒れ込んだ2人を抱えたユイはそう言うと、流石にもう慣れたのかピンピンしているミリンと共にその洞窟の中へと入っていった。




『…む、懐かしい顔の客人だな』


 しばらく洞窟内を進んだ2人がリビングとも呼べる開けた空間に出ると、不意にその上空からそんな声が聞こえてきた。


「叔父上、お久しぶりです」

『おおっ…ユイか。10年、見ないうちに大きくなったな』


 ユイの言葉に、そう返答をするその声。2人がしばらくそこに立っていると、不意に上空から1匹の黒竜が2人の前に舞い降りた。


「えっと…はじめまして、ミリンと言います」

『ミリン…そうか、お前が。…我が名はインフェルノ・ドラゴン。人族には天界竜と呼ばれている者だ』


 ミリンが自己紹介をすると、黒竜はしばらくミリンのことを眺めた後、そう名乗った。


「叔父上、今日はミリン(コイツ)の母親に会いにきたんだ」

『母親…?どういうことだ』

「叔母上に会わせろってことだ。双頭竜(兄さん)が言っていたことが本当ならここにいるんだろう?」

双頭竜アイツが、ねぇ…』


 ユイの言葉に、黒竜は考え込むようにしばらく間を開けると、真剣に見つめる2人を前に小さく溜息をついた。


『…わかった。ついてこい』


 黒竜はそう言うと、縦に繋がる洞窟の上層へと飛んでいった。


「ミリン、俺達も行くぞ」

「えっ?本気で言ってるんですかユイさん!?」

叔母上(お前の母親)の部屋は上だ。行かないことには何も始まらない」


 ユイはそう言うと、その両腕に気絶したユリとサクラを抱えたまま翼を広げて上層へと飛びたった。


「あぁ、もう!ちょっと待ってくださいよユイさんっ!」


 色々と考えていたことを放棄したミリンは、ユイと同様にその白い翼を広げると、2人の後を追うようにその場を飛びたった。



ーーー



「…ッ!なんで…こんなことに…ッ!」


 反転重力アンチ・グラビティを使い、重力の向きを変えながら建物の壁を縦横無尽に駆け巡るユウは、双頭竜の攻撃を避けながら取り残された人がいないかを確認して回っていた。


「───ッ!」


 ユウが別の建物の移ろうとした瞬間、双頭竜の片方がそのタイミングを待っていたとばかりにその口を開けて竜の吐息(ブレス)を放ってきた。


「!しまっ…」


 ユウが反応した頃には既に遅く、白く光る〈天界竜の吐息(ヘブンズ・ブレス)〉は射程をずらすことなく、一直線にユウへと飛んできていた。



『…双頭竜(兄さん)を救いたいか?』



 竜の吐息(ブレス)が当たる寸前、不意にユウの頭に響くいつか聞いたことのある声と共に黒い魔法陣が出現すると、それはまるでその攻撃を吸収しているかのように竜の吐息(ブレス)をかき消した。


「今のは一体…」

『俺がやったんだよ』

「…!だ、誰ですか!?」


 無傷のまま別の建物へと移ったユウは物陰に隠れると、頭に響く声に対してそう返した。


『俺はお前だ。…ま、存在する時間が違うけどな』

「嘘だ…ッ!そんなことあるわけ…」

『嘘じゃないさ。事実、お前が魔法を使わずに何故あの魔法陣が出現するんだ?」

「ッ!…それは…」

『答えは簡単。俺がお前の中からアレを打った、それだけだ。今日だけじゃない、大会の時も、コウスケ(アイツ)が暴走した時も、な』

「…」


 どこか笑ったようにそう言う声。ユウは思い当たる節があるのかその言葉に反論できなくなっていた。


「─────ッ!──ッ!」

「─ッ!───ッ!」


 ユウが黙り込んでいると、双頭竜はユウの姿を捉えたのか咆哮をあげると、その尻尾を振ってユウの隠れている建物を破壊してきた。


「──ッ!」


 ユウを踏み潰す勢いでこちらに向かってくる双頭竜の攻撃を前に、ユウは咄嗟に地面を蹴るも、間一髪その攻撃を逃れたもののその衝撃で背後にある建物の外壁へと跳ね飛ばされた。


「…がッ…はッ…ぁ…ッ…」


 壁に衝突し、重力に従って落下するユウは咄嗟に再び反転重力アンチ・グラビティを使って重力の向きを変えて壁に突き落とされた。


『ボロボロじゃないか』

「…うる…さい…ですよ…ッ!」


 頭に響く声に反論しながら立ち上がろうとするユウ。しかし、先程のダメージのせいかその身体は既に起き上がることすら難しい状態だった。


「────ッ!」


 再び咆哮を上げる双頭竜。圧倒的優位な状況にも関わらずその姿はどこか痛々しく、苦しんでいるようにも見えた。


『もう一度聞く。お前は…双頭竜(兄さん)を救いたいか?』

「…ッ!私、は…」


 頭に響く声。

 壁に倒れ込むユウは、双頭竜の姿を前に唇を噛むとその拳を力強く握りしめた。


「…私はッ!兄さんを救いたいッ!あんなに苦しむ姿は見たくないッ!」


 悔しさが原因か、はたまた別の原因があるのか、ユウのその赤く光る瞳から流れた大粒の涙は、世界のことわりを歪めるように重力を無視してユウの手の上へと落ちた。


「────ッ!──ッ!」

「──ッ!」


 狂ったように咆哮を上げる双頭竜は動けなくなったユウをさの視界に捉えると、再びその口を開けて異なる2つの竜の吐息(ブレス)を放った。



『──お前のその願い、たしかに受け取った』



 先程のユウの声に応えるようにその声は響くと、不意にユウの足元となっている壁に時計の盤面のような魔法陣が出現した。


双頭竜(兄さん)と言うことはつまり、お前の…いや、俺自身の手で双頭竜ヤツを殺すということ。少し──いや、かなりくるものはあると思うが耐えてもらうぞ』

「えぇ…もう、後悔なんてしませんッ!」


 ユウがそう言った瞬間、魔法陣から伸びた闇にその身体が包まれると、双頭竜の放った2つの竜の吐息(ブレス)がそれに直撃した。



ーーー



「叔母上…」


 黒竜の後を追うように最上階の一室に入ったユイは、その部屋の中央に立つ美しい白竜を前にそう呟いた。


『姉上、ユイが帰ってきたぞ』


 ユイの隣に着地した黒竜がそう言うと、後ろを向いていた白竜はゆっくりとその凍てつくような瞳を2人に向けた。


『…ユイ、久しぶりね』

「叔母上からすればつい先日のことだろう」

『ふふっ…それも、もうかもね』


 白竜は静かにそう笑うと、ゆっくりとその頭をユイの顔の高さまで下ろした。


『…こんなに大きくなって…義姉さんや兄上がいれば喜ぶでしょうに…』

「父さんはともかく母さんはそうは思わないだろうな。…この10年、母さんがいなきゃ今の俺はない」

『ふふっ…それもそうね。その口ぶりなら義姉さんも無事ということだろうし』

「母さん『も』…?」

『いえ、こちらの話よ』


 白竜がそう言うと、ようやく2人に追いついたミリンが部屋の中へとやってきた。


「ユイさん、早いですよ…わたしまだ飛ぶの完全に慣れたわけじゃないんですから…」

「悪い悪い…」


 笑って誤魔化すユイ。白竜はそんな2人のやり取りを前にその頬を緩めた。


『ミリン…貴女も大きくなって…』

「…!だ、誰!?なんでわたしのこと知って…」

『ふふっ…忘れられても文句はない、か…兄上の言う通りになってしまったわ』


 突然のことに混乱し、警戒しているミリン。白竜は嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに笑うと、

一瞬にしてその姿を美しい人間の女性へと変えてみせた。


「…!お、お母さん…?」

「久しぶり、ミリン。さすがにこの姿ならわかるのね…複雑だわ…」


 12年ぶりの再会に、ミリンの心情はこれが現実なのか夢なのか、もはや区別することもできない状態になっていた。

 無理もないことだろう。何せミリンが3つの時、突如行方不明になり死んだと聞かされていた母親があの時の姿のまま目の前にあるのだから。


「本当にお母さんなの…?」

「えぇ…」

「…ミリン、安心しろ。この人はお前の実の母親だ。俺が保証する」


 疑心暗鬼になるミリンにユイがそう言うと、白竜──女性はゆっくりとミリンのその身体を抱きしめた。


「…お、母さん…」

「…ごめんねミリン。幼い貴女を残して居なくなってしまって…」


 母親に包まれたことにより、その懐かしい温もりに安心したのか、ミリンがポロポロと涙を流すと女性はその身体より強く抱きしめた。



ーーー



「…ここは?」


 真っ暗な空間の中、周囲を見渡したユウは目の前に立つ黒い布を身に纏い、首元に傷痕のある女顔の男に問いかけた。


「ここは俺達の精神世界…一時的だが、ここなら俺とお前、兄さん達を会話可能な状態にできる」

「兄さん達って…では、あの苦しんでる兄さんは一体どうなって──」

「安心しろ。現実世界のほうは俺がなんとかする。お前は最期まで兄さんの心に寄り添ってやれ」


 男はそう言うと、周囲の闇に飲まれるように消えていった。


「兄さんの最期…」


 ユウは揺らぎそうな決意を抑えるように呟くと、その拳を強く握りしめた。




「───ッ!─────ッ!」

「──ッ!」


 しばらくの間竜の吐息(ブレス)を放った双頭竜は、その標的が動く気配が無いのを感じ取ったのか、それをやめて再び咆哮をあげた。


「…理性が無いからなのか、この程度で止めてしまうとは…この時代の兄さんは落ちぶれたものだな」


 竜の吐息(ブレス)の中から現れた黒い球体のようなソレはそんな声と共に砕け散ると、中から黒い翼と尻尾を持った1人の男が姿を表した。



「俺は竜人ユウ…『キャンセラー』の1人にして時を遡り歴史を作り替える者」



 赤い瞳をゆっくりと開き、双頭竜を見ながらそう言う竜人。

 双頭竜はその姿を視界に捉えると、反射的とでも呼べるような速さで竜人に対して竜の吐息(ブレス)を放った。


「──ッ!」


「兄さん…すぐに解放してやるからな」


 双頭竜の放ったソレは竜人の出した右手に触れた瞬間、まるで空気に帰ったかのように消滅していった。


「───ッ!───ッ!」

「─ッ!───ッ!」


 再び苦しむように咆哮する双頭竜。

 その姿を見た竜人が足場にしていた倒壊寸前の建物を蹴って飛び跳ねると、かろうじて原型を残していた建物は音を立てて崩れ去った。


「〈毒竜の吐息(ポイズン・ブレス)〉──ッ!」


 翼を広げ、宙を舞う竜人はそう叫ぶと、咆哮をあげる双頭竜に向かっていかにも毒々しい色の竜の吐息(ブレス)を吐いた。



ーーー



「ユイ、まずは貴女の肩に担いでるその達を寝させて上げなさい。看病はインフェルノに任せるから」

『えっ…』

「…何?できないの?」

『い、いえ!全身全霊でやらせていただきます姉上!』


 ミリンを抱きながら言う女性の言葉に、黒竜は焦ってようにそう言うと、ユイが担いでいたユリとサクラを奥にある寝室のような部屋へと運んでいった。


「…それで、今日はどうしてここに来たの?こんな秘境、よっぽどの理由が無ければ普通来ないでしょう?」


 女性はミリンの身体をそっと離すと、2人の顔を交互に見ながらそう言った。


「よっぽどのこと…ね。たしかにミリンにとっては最重要事項だな」

 ユイの言葉に頷くミリン。

 女性はそんなミリンを前に口を閉じると、真剣な眼差しで次の言葉を待った。


「…あのね、お母さん。わたし───」



ーーー



「───ッ!」

「─ッ!───ッ!」


 竜人の放った〈毒竜の吐息(ポイズン・ブレス)〉によって全身の機動力を奪われた双頭竜は苦しむような咆哮をあげると、周囲に広がる毒霧を払うように暴れ回っていた。


「──兄さん、悪く思わないでくれ」


 上空を飛翔する竜人はボソッとそう呟くと、こちらを睨み付ける双頭竜に対してそっと右手をあげた。


「───ッ!─ッ!」


 竜人が動いた瞬間、双頭竜の周囲にある影から無数のペンデュラムが出現すると、まるで鎖のように双頭竜に纏わり付いてその動きを静止させた。

 竜人は先程の毒霧によって双頭竜が動かなくなるのを確認すると、その2つの頭を掴むような状態で双頭竜の上に飛び降りた。


「さて、仕上げの時間だ」



ーーー



「──そう。そんなことが…」


 ミリンの話を聞いた女性はそう言うと、そっと右手を伸ばしてミリンの白い翼へと触れた。


「ミリン、この翼は貴女が大切な人を守ろうとして現れたもの…私には人として産まれた貴女がこの力を顕現できるようになるなんて思わなかったわ」

「…?どういうことだ叔母上。ミリンが人として産まれた?ミリンは俺達と同族だぞ?」


 女性の言葉に突っかかるユイ。女性は小さく息を吐くと、そっと口を開いた。


「えぇ…たしかにミリンは竜人よ。正真正銘私とあの人との一人娘。でもね、人族と同じように人間化した私のお腹から産まれたミリンはユイやユウのようにドラゴンの形質を持っていなかったの」

ドラゴンの形質…?」

「俺達にあるような尻尾のことだ。神話の竜人も俺もユウも…竜人は生まれつき尻尾が生えていると言い伝えられていたからな」


 ミリンの疑問にユイがそう返すと、女性は静かに首肯した。


「叔母上、ミリンとミリンほ父さんを残して消えたのはもしかして…」

「えぇ…ミリンには人として、私達(ドラゴン)とは無縁な生活を行なって欲しかった。それだけよ」



ーーー



「ここは…」

「我らは一体…」


 不意にユウの目の前に出現したガタイのいい2人の男達は、真っ暗な周囲を見回しながらそう呟いた。


「おぉ!なんだこの姿は…!」

「そうか…ここは精神世界ということか…」


 2人の男は闇の中、ユウのことを視界に捉えるといどこか嬉しそうに微笑んだ。


「えっと…どちら様で…?」

「ははっ…面白いことを言うな我らが弟よ」

「俺達は双頭竜、ヘイトリッド」

「ジェラシー」

「まぁこの空間では精神体しか存在できないみたいだし」

「この姿は我らの精神が身体を手に入れた状態、ということだな」


 男達──ヘイトリッドとジェラシーはそう言うと、頭にハテナを浮かべているユウに近づき、その頭をポンと叩いた。


「ユウよ。そんなに難しく考える必要はない」

「俺達の身体はもはや制御することはできないからな。こうやって精神だけでもお前と話せてよかった」


 2人のその言葉聞いたユウはゆっくりとこの状況がどういうものかを理解すると、様々な感情とともに一粒の涙を流した。


「兄、さん…私、兄さんのこと…ッ!」

「あぁ…気にするなユウ」

「アレは仕方がないことだ。お前が気に病むことではない」


 泣き出したユウの頭を撫で続ける2人。

 ユウはその裾で涙を拭うと、顔を上げて2人の顔を見た。



ーーー



 女性はミリンの生まれた経緯やミリン自身がどのような立場なのかを一通り話すと、しばらく間を開けて再び口を開いた。


「…本来なら一生顕現できないはずのその力…貴女がその力を使えるようになったということは…きっと本当に失いたくないものを見つけたということ。違う?」

「…うん」


 女性の言葉に恥ずかしそうに頷くミリン。

 女性はそんな娘の姿が嬉しいのかそっと口元を緩めた。


「…だが叔母上、一生顕現できないとはどういうことだ?ユウは生えてないが、現に俺には翼が生えてるぞ」

「それは…ミリンの綺麗な翼は絶望してできたソレとは全く別物だからよ。尻尾の云々は2人共生まれつきだったらしいし、本来なら形質はそれ以上変わるはずはないのよ。…そう、何か大きな絶滅や狂いそうになるくらいのとびきりの愛がない限りはね」


 ユイの言葉にそう返す女性に、ユイは少し思い返すように腕を組むと、どこか心当たりのあったかようにその顔を上げた。


「…そういうことか。どおりでユウが進化しない訳だ」


 女性の言葉を聞いたユイはどこか納得したようにそう呟いた。



ーーー



「ユウ…俺達はお前に感謝してるんだ」

「…え?」


 ヘイトリッドの言葉にユウが首を傾げると、それに続くようにジェラシーが口を開いた。


「母上が死んで数百年…気付けばあの遺跡に縛り付けられ、父に会うことすらできず、この強大な力故に近づく者すらほとんどいない。そんな我らに会いに来てくれた。それだけでも満足というのに実の弟妹ではないか」

「俺達には意識が二つあるとはいえ、数百年の間感じた孤独感は生半可なものじゃない。だからこそ、最期にお前達に会えたことは俺達にとってとても幸運なことだったんだ」

「兄さん…」

「そんな顔をするでないユウよ」

「俺達はいずれ静かに朽ち果てる運命だった。経緯はともかく、こうして弟や妹達(・・)に会えて──」

「──そしてどれほどの実力か知ることもできるのだ。一生感じることのなかったはずの『兄』としての自分の存在──」

「──そしてこんな不甲斐ない俺達を止めてくれる弟を前にして兄としてこれほど嬉しいと思う事はないさ」


 2人はそう言うと、再びユウの肩にそれぞれの手を乗せた。


「だからユウ。お前は俺達を殺すことを躊躇ったりするんじゃない」

「この先、お前には色々問題が降りかかるだろう。だが、それはお前を強くする一歩となるのだ」

「どんなに絶望してもいい。どんなに辛くてもいい。自分を信じられなくなったっていい」

「そんな自分が本当に失いたくないものを見つけたとき、お前は人として…ドラゴンとして…そして1人の男として、何にも負けない強い存在となるのだ」


 交互にそう言うヘイトリッドとジェラシー。

 ユウは今にも泣き出しそうになる表情を堪えると、覚悟を決めたように2人の目を見た。


「…覚悟は決まったようだな」


 ジェラシーの言葉にコクリと頷くユウ。

 2人は顔を見合わせて微笑むと、乗せていた手をユウの肩からそっと離した。


「それじゃ、お別れたユウ」

「今話したことは忘れるかもしれない。ただ、お前はこの後、より強く成長するだろう」

「だってお前は──」



『俺達(我ら)の、誇れる弟なのだからな!』



 声を合わせてそう言う2人。

 ユウはその言葉を噛み締めると、大きく返事をするように頷いた。


「お前ならできるさ」

「少なくともここに一匹(ひとり)、お前に救われた者がいるのだからな」


 2人は再びポンポンとユウの肩を叩くと、嬉しそうに笑いながら静かにその虚空へと消えていった。




「…終わった、か」


 竜人はひとりそう呟くと、未だに暴れている双頭竜の頭から掴んでいた手を離した。


「さぁ…抜け殻は退場の時間だ」


 再び上空に翼ばたいた竜人は双頭竜の拘束を解くと、怒りに任せるように向かってくる双頭竜へ向けてその右手を構えた。



「────さようなら…兄さん…────」



 竜人がそう呟くと、双頭竜の身体が一瞬にして光の粒子に分解され、竜人のその手の中へと吸い込まれた。



ーーー



「…叔母上、ひとつ気になっていたことがあるのだが」

「ん?何かしらユイ?」


 当初の目的であるミリンの正体について明かされた2人。しばらく近況など雑談をしていら中、不意にユイが口を開いた。


「叔母上はそうやって人の姿に変わることができるのは何故だ?話を聞く限り身体能力の限界が小さかったりミリンを身篭ったりと色々と人族のソレと相違ないと思うんだが…」

「そうね…この姿なら私はそこらへんの人族とほとんど変わらないわ。相変わらず魔法を構築したりすることはできないけど」

固有能力スキルの代わりに使えないってことか…」

「まぁ平たく言えばそうね。私達は人族とは比べ物にならないほどの強力な力を持っているし。竜の吐息(ブレス)を使えないから〈イメージの具現化〉だけは使い道がないけど」


 女性はそう言うと、一歩下がってから元の白竜へと姿を戻した。


『ミリン、竜人がどんな姿になるかはわからないけど、貴女も完全に進化をしたら私みたいにドラゴンになったり人の姿になったりできるようになるかもね。魔法なんかに頼らなくても、ね』

「でも進化ってどうやって…」

『さっきも言ったじゃない。好きな人、いるんでしょう?その人を愛して愛し抜くのよ。誰にも負けないくらい、ね?』


 ユイはそんな女性─白竜の言葉に合わせるように、自分の影の中へと手を入れて未だに気絶しているコウスケを影の中から取り出した。


「コウスケ!?ちょっとユイさん何やってんの!?」

「いや、ユリとサクラを寝かせたのにコイツ寝かせてなかったなと思って」

「だからって両足を掴んで持ち上げる必要ないよね!?逆さまになってるから!頭沈んだままだから!」

『あら…』


 必死になってコウスケを引き上げ、とこに寝かせるミリン。

 白竜はそんなミリンの様子を前にクスクスと笑い出した。


「お母さん、えっと…これは…その…」

『いえ、問題無いわ。貴女、本当にその子が好きなのね』

「ぅ…」

『いいのよ。娘婿を見れて私は嬉しいわ』

「む、婿って…わたし達はまだそんなんじゃ…」

「…まだ何も進んでなかったのか。あんだけ俺達がお膳立てしといたのに…」

「やっぱりユイさん達の仕業だったのね!?」


 流れるようにツッコミを入れるミリンのその姿に、ユイと白竜は思わず頰を緩ませた。

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