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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
第2部.再戦の萌
40/112

異世界初の海



 コウスケのエロ本事件から2日後。

 コウスケ達8人は今、馬車に揺られていた。


「姉さん、私水着とか持ってないんですけど…」

「大丈夫だよユウ。水着なら向こうにも売ってるだろうし、俺が一番似合うやつを見繕ってやる」


 ユイの言葉にユウはそっと胸を撫で下ろすと、窓の方へと視線を戻した。


「…にしても静かだね。観光地って聞いてたからもっと賑やかなんだと思ってたけど」

「まぁあたし達が行く理由自体観光じゃないしな…というかこの静けさの元凶をどうにかするためなんだし」


 そんなユリとサクラの話にユウとユイは苦笑すると、前方に広がる景色を見晴らした。




「なんで僕はこっちなんだい…」

「まぁまぁ…スミレがいないとこの男二人バカどもをなんとかできないから」


 ユウ達の前方を走るもう一台の馬車に乗っているスミレは、後方を走る馬車を見つめながらブツブツと言っていた。


「海なんていつぶりだろうか…我は最後に先輩、ハジメと一緒に行った以来で海に行った記憶がないんだが…」

「同感だ。まぁハジメは水着姿だと全身防御って感じで動きづらそうだったけどな」

「あー…言われてみればそうっすね」

「髪型のせいで余計に女っぽく見えてたけど」

「それは先輩のせいじゃないっすか」


 コウスケとカイトは馬車から顔を出すと、目の前に広がる海を眺めながら笑い合っていた。


「先輩」

「ん?」

姫様プリンセスってどんな水着着ると思います?」

「え?ユウさんの水着?」


 カイトのそんな一言にコウスケは固まった。

 それもそうだろう。カイトは未だに女だと思い込んでいるがユウは男なのだ。コウスケだってどんな姿になるのか想像できなかった。

 カイトはそんなコウスケの心情を理解できるはずもなく、何処かから取り出したかのか例の冊子を広げると何やら呟き始めた。


「どんな水着なんすかね…ビキニ?いや、胸がないしワンピースタイプとか?それとも…」

「お、おい吉田」

「ん?なんすか先輩?」

「後ろ後ろ」

「え?」


 コウスケに言われてカイトが振り向くと、そこではミリンが満遍の笑みを浮かべて2人をのぞいていた。


「えっと…み、ミリン殿?その含みのある笑顔は一体…」

「あの時はユウが言ってたから見逃してたけど、さすがにこれは許容できないかなぁ…?」

「ミリン、これは吉田が出したやつだから!俺じゃないから、な?」

「あ、先輩ヒドいっすよ!先輩だって一緒に見t…」

「だから何?2人共同罪だよ?」

「「ハイ。スミマセンデシタ」」


 2人はミリンの気迫に負けると、その冊子本渡して頭を下げた。



ーーー



 目的地に着いたコウスケ達が馬車を降りると、依頼主であろうやや後頭部が薄い優しそうなお爺さんが出迎えてくれた。


「これは冒険者様、今回はこのような依頼を受けてくださりありがとうございました」

「いえ、気にしないでください」

「うむ、無問題であるぞ!」


 お爺さんの言葉にコウスケとカイトが胸を張ってそう答えた。

 ユウと女性陣はそんな2人を見て、どこか呆れたように顔を見合わせた。


「では、今回の件について簡単に説明させていただきます。私はここで海水浴などを楽しむ人々を泊める民泊を営んでいるのですが、ここ最近妙な魔物モンスターが住み着いてしまったらしく客足がぴたりと止まってしまったのです。服を溶かすという能力を持っていることだけはわかるのですが、肝心のその姿を見た者が誰もいないのです…」


 そう話すお爺さんの真剣な表情に、コウスケ達は一度お互いの顔を見合わせるとコクリと頷いた。


「わかりました。俺達に任せてください!」

「我らの雄姿…とくと見るがいい!」

 


ーーー



 3日間に及ぶ依頼クエストの為、お爺さんの営む民宿に案内されたコウスケ達は、荷物を預けると観光を兼ねた下見という名目で各々行動を開始していた。


「あの、姉さん?たしかに私に水着を選んでくれると言ってくれましたけど…」

「ん?どした?何か不満か?」

「あ、いえ…何故私は女性用水着売り場に連れてこられたのでしょうか…?」


 ユイに腕を引かれたユウは、周囲を見ないように俯きながらそう言った。


「あー…ユウにはこっちのほうが似合うと思うから?」

「なんで疑問形なんですか…」


 ユイはジトっとしたユウの視線から逃げるように周囲を見渡すと、ボソッと呟いた。


「にしても意外だなぁ…客足が止まったとは聞いたけど結構客がいるじゃないか」

「姉さん、おそらくほとんどが冒険者ですよ。あのお爺さん色んな人に頼んだって言ってましたし」

「そうか…」


 ユイはそう言いながら1着の水着を手に取ると、それをユウの前にかざした。


「え、えと、姉さん?」

「よし、ユウ。試着室に行こう」

「いや、私そんなの着れませんよ!?それに私はおt…んむっ!?」


 ユウが抵抗しようと言葉を言い終える直前、ユイは何やら錠剤のような物を口に含むと口移しをするようにそれをユウに飲み込ませた。


「ん…ごく…ぷぁっ!ね、姉さん!?一体何を飲ませt…」

「性別変化剤」

「え…」

「性別変化剤」


 真顔でそう言うユイを前に、ユウは慌てて自身の胸と下半身をペタペタと触ると固まってしまった。


「おーい、ユウ?」

「…はっ!な、なんてもの飲ませてるんですか姉さん!?」

「いや、何も問題ないだろ。どうせユウは男湯入るつもりはないだろうし、だったら部屋の風呂に入るより俺らと一緒に女湯に入ったほうがいいかなと思って」

「それは…でも、私だって男なので女になったからといって女湯に入る訳には…」

「いつも一緒に入ってるし今更だろ」


 ユウは諦めたといった様子で溜息をつくと、どこか呆れ気味に再び口を開いた。


「…で、一体どこで性別変化剤こんなもの手に入れたんですか?」

「あー…なんか掃除をするときに使ってくださいと言わんばかりにコウスケの部屋に置いてあったからつい」

「つい、じゃ済まされませんよ!?でも、まぁ飲まされたのは3粒ですし、たしか1粒3時間なので…あと9時間といったところでしょうか」


 ユイは自身の胸元から手のひらサイズの小瓶を取り出すと、それに貼ってあったラベルを読んだ。


「いや、これ1粒1日って書いてあるぞ」


「嘘…」



ーーー



依頼クエスト絡みとはいえ…海か…」

「ん?どうしたんすか先輩?」


 下見も兼ねて砂浜を歩いていたコウスケは、すでに傾き始めた太陽を目にそう呟いた。


「俺には海ってあんまいい思い出なかったなぁ…と」

「欲望に負けてこの話に乗ってきたのは先輩っすよ」

「いや、たしかにそうなんだけどね?改めて実際の風景を見るとちょっと…」

「あー…そういえばポエムノートに書いてあったっすねそんなこと。アレってもしかしてそういうことだったんすか?」


 吉田のその一言に、コウスケはひとしきり頭を掻き毟ると何を思ったのかピタリと動きを止めた。


「結局俺はアイツの財布だったんだよ…うん。どうせ俺なんてそれくらいしか価値ないもんな…」

「せ、先輩!?何そんなネガティブになってるんすか!元カノってもう4年前の話っすy…」

「俺にとっては去年だよ!」

「」

「初彼女だったのに…所詮にとって彼氏の俺なんてアイツの財布でしかなかったんだ…俺一体何のために時間を浪費して…」

「先輩!落ち着いてくださいよ!?たしかにあの女は我から見ても酷かったっすけど、今はみんなそんなことしない仲間たちがいるじゃないっすか」


 吉田のその一言はコウスケの心に深く刺さった。

 コウスケは自身の両頰を叩くと、吉田の方へ向き直った。


「すまん吉田。なんか冷静じゃなかったみたいだ…」

「いいっすよ先輩。ささ、もう下見もしましたし我らも宿にもどりましょ?」

「ああ」



ーーー



 夕方。部屋で夕食をとったコウスケ達は魔物討伐ついての作戦会議をしていた。


「…と、まぁ地形はこんな感じ。岩場まで上手く誘い込むことができれば袋叩きにできそう」

「だが、そのためにはヤツをここに呼び寄せねばならぬ」


 コウスケとカイトはそう言うとテーブルの上に広げた地図に印を付けた。


「ようは囮役が必要ってことでしょ?」

「無論その通りだ」

「ならわたし達が聞いた情報が使えるかも」

「あぁ、僕らはここの店員や周辺住人にちょっと聞き込みをしていたんだけど、ちょっと面白いことに気がついてね」

「面白いこと?」


 ミリンとスミレのその言葉にコウスケが聞き返すと、スミレはコクリと頷いた。


「どうやらみんな遊んでるときにだけ狙われたみたい。被害は女性だけではあるんだけど、飛んで来た液体を浴びるとそこだけ水着を溶かされるらしいよ」

「逆に男共は襲われないけど、みんなその女性達の方を見てるせいで誰1人その魔物の姿を見たことがないんだって」


 スミレは攻撃的な目をコウスケとカイトに向けながらそう話すと、何かを提案するように人差し指を立ててみせた。


「だから今回の作戦、男性陣は抜きで行うことにします」

「「えっ」」




「…で、私が寝てる間に一体何があったんですか…」


 部屋にある風呂に入ろうとしたところをユイによって女湯に連行されたユウは、髪を洗いながらそう言った。


「って聞いてます?姉さん?」

「あぁ、悪い悪い。いやぁ…こうやって公衆の面前でユウと一緒に風呂に入れるなんて夢みたいだと思って」

「だから私はおとk…いや、たしかに女ですけど…うぅ…」

「男湯に入るよりはマシでしょ?」

「…まぁ、そうなんですけど。そうなんですけど…あぁ!?」


 ユウはしばらく自棄になって頭を掻き毟ると、諦めたように溜息をついた。


「はぁ…わかりましたよ姉さん。この3日間は我慢しますよ…」

「さすがユウ、そうかなくっちゃ」


 ユイがそう言って小さくガッツポーズをとると、ボソリとユウは口を開けた。


「姉さん、髪…流してください」

「おう!俺に任せろ!」

「あの、声大きいですよ姉さん…」



「んー!ん!んー!」


 風呂を上がったユウ達が部屋に戻ると、何故か布団にぐるぐる巻きにされて口を縛られたカイトが浜に打ち上げられた魚のようにバタバタと跳ねていた。


「あ、ユウおかえりー」

「えっと…ミリン?これは一体どういう状況ですか?」

「あー…いや、男だし万が一のことがあるとは限らないからね。このまま押入れに入れとこうと思ってたんだけど」

「こ、このままですか…」

「うん。あ、そうそう!寝る場所の話なんだけど…」


 ミリンがそう言うと、ユウは分かっていたかのように口を開いた。


「言われなくてもコースケさんと同じ布団にしますよ。というかコースケさんはもう寝てますけど」

「あ、それは俺が睡眠薬飲ませといたからだ」

「何やってるんですか姉さん…」

「ありがとうユイさん。じゃあまた明日、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

「おやすみ」


 ミリンは2人と会話を終えると、ぐっすりと寝ているコウスケの布団に潜り込んでいった。


「じゃあ俺らも寝ようか」

「はい」

 2人はそう言うと、各々布団に入ろうとした。

「ん!んんー!」

「…」

「…」

「ん!んんん!んー!!」

「…おやすみなさい」

「ん!?んんん!んーん!んー!」


 カイトは何かを言おうと必死に跳ねるが、そのまま力尽きたのかピタリと動かなくなった。



ーーー



 翌朝。

 コウスケ達は朝食を済ますと、荷物を預けてエントランスに集まっていた。


「じゃあ改めて作戦を確認するよ」

「まず、魔物はわたし達が警戒してても出てこないみたいだから出現するまでは遊んで待機。出現したらわたし達が向こうの岩場まで誘導するから男性陣は岩陰に素早く移動して構えておくこと。あとはそこで魔物を袋叩きにするって感じで」


 ミリンの説明にみんなはコクリと頷くと、それぞれの顔を見た。


「んじゃ、それまでは自由に遊ぶぞー!」

『おー!』


 コウスケ掛け声に、みんなは声を上げると魔物の出るという浜辺へと向かった。




 浜辺に着くと、すでに来ていた冒険者であろう人々が水着姿で遊んでいた。


「いやぁ…意外と人いるもんなんだな」

「えぇ、若干、というか男性が多い気もしますけど…」


 コウスケとユウはパラソルを立てると、辺りを見渡しながらそう呟いた。


「なんだユウ、そのパーカー脱がないのか?」

「ね、姉さん!?」


 不意に背後から聞こえたユイの声に2人が振り返ると、そこにはフリルの付いた可愛らしいビキニを身に纏ったユイの姿があった。


「どした2人とも?なんで俺のほう見て固まって…」

「その、姉さんがいつも着てる服と雰囲気が違ったので」

「いや、全然そんなことないだろ。いつも似たような服の面積だし。これ、案外動きやすいし」

「いや、むしろ動きにくそうなんですがそれは…」

「そんなこと無いぞコースケよ。お前も着てみればわかる」

「え、遠慮しときます…」


 コウスケがその場を離れようとすると、支度が終わったのか残りの女性陣もパラソルのほうへとやってきた。


「ユウ!バレーしよ!」

「ボール持ってきたから一緒にやろ?」

「いきなりですねユリ、サクラ…でも、今は遠慮しときます」


 白いワンピース水着を着たユリと色違いの黒い水着を着たサクラはユウのそんな返しに頬を膨らませると不満気に声を漏らした。


「えー!なんでさ」

「私達の遊ぶのがそんなに嫌?」

「海で遊ぶとはいえ依頼クエストの一環なのでいつ、何が起きてもいいように準備運動はしっかりとやってください」

「とか言ってユウだって本当は遊びたいんだろ?」

「姉さん!」

「おっと悪い悪い」

「とにかく!今はしません。まぁ、後で参加するかもしれませんが」


 ユウがそう言うと、ユリとサクラらお互いの顔を見合わせて頷いた。


「じゃあ待ってるね」

「それまで2人でやってるから義姉さんと一緒でもいいよ」

「わかりました」


 浜辺を走り去る2人を横目にユウが作業に戻ろうとすると突然、その尻尾ガシッとを掴まれた。


「ひゃう!?」

「おー…相変わらずいい反応だ…」


 ユウが振り返ると、黒いビキニを身に纏ったスミレがよだれを垂らしながら執拗以上にユウの尻尾を弄くりまわしていた。


「す、スミレ?あの、私の尻尾なぞるのはやめ…」

「いいじゃないか。もうすでにお互いの隅々まで知ってる仲じゃないか」

「いや、あれはスミレが勝手に…ぃ!?」


 ユウはピクリと身体を震わすと、手を止めてグッタリとその場にへたれこんだ。


「ちょっとスミレ!?何やってんの!?」

「何って…ナニだよミリン。僕は自分の欲望に従っただけだよ。普段はスカートの下で見えない尻尾が目の前にあったら触りたくなってしまうじゃないか!」

「いや、何一つ理解できないからね!?」


 ミリンは思わずそう叫ぶと、ちょうど着替え終わったのかカイトがその場にやって来た。


「フハハハハハハッ!真打登場ッ…ってあれ?」


 カイトはしばらく何が起きたのかわからないと言った様子で辺りを見渡すと、コウスケのほうを見て口を開いた。


「先輩、コレ一体何が起きてるんすか?」

「俺にもわからん」

「え…」


 2人がそんな会話をしていると、何を思ったのかその手を止めたスミレはグッタリしているユウのパーカーに手をかけるとそれを脱がそうとした。


「す、スミレ!?あの、やめ…」

「こんなもの着てないで僕にその水着姿を見せてくれ!僕はもう我慢できない!」


 バサリ…と。ユウの抵抗も虚しく、着ていたパーカーはその身体から離れると宙に舞い上がった。


「おお…!コレがユウの水着姿…!僕が想像していたよりもずっといい…!」

「ユウさん…その水着って…」

「うぅ…見ないでくださぃ…」


 胸元に『ゆう』と平仮名で書かれた上下の分かれた紺の旧式スクール水着のユウは、顔を真っ赤に染め上げると恥ずかしそうにその身体を縮めた。


「どうだ?似合ってるだろ?」


 ユイはそんなユウを立たせると胸を張ってそう言った。


「さすが僕のユウだ」

姫様プリンセスのスク水姿…尊い」

「あぁ…最高だ」

「コースケさんまで!?スミレはその鼻血を止めて!?」


 コウスケ、カイト、スミレが口を揃えてそう言うと、ユウは顔を真っ赤にしてユイの後ろに隠れた。


「うぅ…姉さん、だからやめてほしかったんですよ…」

「なんだ?好評じゃないか?」

「こんなんじゃもう婿に行けません… 」

「安心しろユウ。今のお前は女だから婿じゃない」

「何一つ安心できませんね!?」


 ユイがユウを宥めていると、不意にスミレが口を開いた。


「ところでユウの胸に書いてあるアレはなんだ?」

「あー…そっかスミレさんは読めないのか」

「ふむ…我も完全に忘れていた」

「えっ?どういうこと?」

「スミレよ。アレは我らの世界の文字だ。ちなみに姫様プリンセスの名前が書いてある」

「俺らの世界ではよくあることだよ」

「あぁ、よくあることだ」


 スミレの疑問に2人がそう答えると、スミレはユウの胸元にある文字と睨めっこしてひとり納得していた。その間ユウとユイはそんな2人に冷たい視線を送っていたが。


「じゃあ僕はユウが支度をするのを手伝おうかな。早く終わらせて僕ともバレーをしよう」

「いいですよ。でもその時はミリンと姉さんも一緒に…」


 ユウはそう言いながら2人に目配せをすると、2人はその場で頷いた。


「決まりですね」

「あの、ユウさん?俺らは?」

「我らもできれば参加したいのだが…」

「いや、男が遊んでも魔物はやってこないらしいので、その時が来るまで体力を温存しておいてください」

「「えっ…」」

「あ、砂遊びくらいは大丈夫だと思いますよ?熱中症など気をつけていただければ」


 2人の質問にユウが淡々と答えると、2人はそのまましばらく固まっていた。




「ユウ、任せた!」

「わかりました!」


 ミリンの指示にユウは反応すると、その尻尾を使って飛んできたボールを上空に打ち上げた。


「姉さん!」

「おう!」


 ユイは翼を広げて舞い上がると、降ってきたボールをその右手で思い切り相手コートへ向かって叩きつけた。


「うわぁ!」

「危なぁ!?」


 ボールはとてつもない速さで地面に衝突すると、重い音と共に砂を巻き上げた。


「よし、これで俺らの勝ちだな!」


 ユイは満足気に着地すると、相手側のコートから砂に埋れていた3人がヒョコっと地面から顔を出した。


「何が勝ちですか義姉さん!あんな球打ち返せるわけないじゃないですか!」

「そうですよ義姉さん!あたし達死にかけましたよ!?ね?スミレ?」

「なんで僕に…まぁ少し離れた位置にいたのにこの状態って相当だとは思うけどね」


 ユリ、サクラ、スミレの3人は三者三様の反応をすると自力でそこから這い出そうと身動ぎした。


「ちょっと待ってくださいね。今掘り出しますから」

「わたしも手伝うよ」


 ユウとミリンはネットを潜ると埋まっている3人の周りをその手で掘り返し始めた。




「揺れてる…」

「だな」

「最高っすね」

「だな」


 パラソルの下にいるコウスケとカイトは、バレーを再開した女性陣(特にユイ)を眺めながらそんなことを呟いた。


「なんだかんだでこの依頼クエスト受けてよかった気がする」

「我も同意見だ」

「いきなり厨二病になるなよ」

「いいじゃないっすか、我と先輩の仲だし」

「それでも違和感が凄くて未だに慣れない」

「…そういうもんっすかね」

「うん」


 2人がそんな下らない会話をしていると、その視線の先にいたユウが不意にその動きを止めた。


「ん?どうしたのだ姫様プリンセスは…?」

「えっ?…あぁ、確かにどうしたんだろ?いや、ユイさんも止まったしやっぱ何か気付いたみたいだ」

「えぇ!?」


 カイトが露骨に驚くと、一旦バレーを中止したのかユウが駆け足でこちらへとやってきた。


「コースケさん、それと…中二。魔物のような巨大な何かがこちらに近づいてきてます。一応、いつでも戦えるように準備をs…」


 ユウがそう言い終わる直前、少し離れた場所から「キャー!」という女性の叫び声が聞こえてきた。

 3人は慌てた様子で声のした方向を向くと、先程まで水着で遊んでいたであろう女性達がそれを手で隠すように蹲っているのが見えた。


「おぉ…!これがよくアニメであるポロリというy…」

「いい加減にしてください中二。それよりももうこちらに向かってるみたいですし早く定位置に着いてください」

「了解、ユウさん」

「う…む、誘導は任せたぞ!」

「はいはい、任されましたよ」


 そんな会話をすると、コウスケとカイトは例の入江へ、ユウは女性陣のほうへと向かって走り出した。



ーーー



「ユウ、ここから見えるか?」

「えぇ…結構離れてますけどそれらしい影が見えます」


 女性陣と合流したユウは波打ち際まで駆け寄ると、迫りくる気配のほうへと目を凝らしていた。


「あれは…何か管のようなものが海面から顔を出しています。それも何本とかではなく大量に」

「管…?触手か何かか?」

「いえ、ここからではまだわかりません」


 ユウがそう言うと、不意にその管が先端をこちらに向けるとそこから何やら液体のようなものを飛ばしてきた。


「…!姉さん!避けて!」


 ユウは咄嗟に身体を捻ると、その尻尾で飛んできた液体を弾き返す。

 飛び散った液体がユウの水着に付着すると、その部分だけ生地が溶けてなくなってしまった。

 ユウは自分の皮膚に付着したその液体を見るとポツリと呟いた。


「この液体…皮膚には害が無いのに服の繊維だけきれいに溶かしますね…この感じって確か…」

「ユウ!大丈夫か!?」


 ユイの声にユウは一瞬ビクッと反応すると、周囲を見回してからすぐにユイのほうへと目を向けた。


「姉さん、一旦ここから離れますよ!あの触手から飛ばされたこの液体に触れると衣服が溶かされます!」


 ユウは間髪言わせずにユイの手を引くと、後方にいるミリン達のほうへと駆け出した。


「ユウ、どうしたの!?」

「ミリン、一旦隠れましょう。状況はそこで説明します」


 ユウの言葉にミリンは頷くと、スッと右手を地面に当てた。


「〈ウォール〉!」


 地面に描かれた魔方陣を中心に砂がかき集まるとさながら大きな壁のように固まった。

 6人はその裏に隠れると、海の様子を伺いながら話を進めた。


「で、状況は?」

「えぇ…奴は特殊な液体を飛ばして水着を溶かしているみたいですね。実際にくらいましたがほら、触れた部分だけきれいに溶けてなくなってしまいました。ただ、私達の人体に直接の被害がないことを考えるとローションスライムの体液と似たような成分を含んでいると思われます」

「え、ちょっと待って。ローションスライムって何?あたし初めて聞いたんだけど…」

「触れた衣服を溶かす緑色のスライムです。まぁ災いの森ではほとんど見かけませんがあれはあれで甘くて意外と美味しいんですよ」

「あ、うん。なんとなくわかったからいいや…」


 ユリがそう言うと、ユウは本題に戻るように再び口を開いた。


「それでですね、向こうから飛ばされた液体がこちらにとどくまでしばらく時間差があるので同じ場所に長居さえしなければ当たることはなさそうです」


 ユウがそう言った瞬間、何かがものすごい勢いで当たったのか6人を隠していた『壁』が破壊された。


「それってつまり…僕らが全力で走って入江まで誘導すれば良いってことだよ…ねっ!」

「えぇ、その通りで…すよッ!」


 6人は一瞬お互いの目を見合わせると、少し間隔を空けながらコウスケ達の待っている入江に向かって走り出した。


「ねぇ!そんなことよりわたしの作った〈ウォール〉が破壊されたんだけど!?何が起きてるの!?」

「外部からの攻撃以外ありえないだろう。俺の見立てが正しければ奴はユウの言った攻撃以外にも物理的な遠距離攻撃方法を持ってることになる。もしそうなら…非常に厄介だ」

「ユイさん、そんなこと冷静に言ってる場合じゃないですよ!?」


 ミリンがそう叫んだ次の瞬間、ユウが不意に足を止めるとそのすぐ前方に液体が飛んできた。


「…ッ!まさかこんなに早く照準を合わせてくるなんて…予想外ですね」

「ユウ!何止まってるの!早く向こうに向かわないと!」


 背後から聞こえたサクラの声を聞いたユウは、再び沖に目を向けると、警戒しながら影から銃を取り出した。


「サクラは姉さんとみんなと一緒に先に合流しててください。誘導は私が続けます」

「えっ…でも…」


 サクラがそう言いかけた瞬間、ユウはその身体を捻って尻尾を振り回すとサクラに飛んできた液体を弾き飛ばした。


「早く!」

「わ、わかった!」


 2人のやり取りを見ていたユイ達は顔を合わせると、再び走り出したサクラの後を追って行った。


「…さて、これからどうしましょうか」


 ユウ1人になると、次々に飛んでくる液体をその銃で撃ち落としながらそう呟いた。


「いくら溶けても問題ない、これがスク水の利点ですね…今回ばかりは感謝しないと」


 ユウはボロボロになった自身の水着を見て静かに溜息をついた。




「ミリン、ユウさんは?」

「わたし達に先に行けって。今1人で誘導を続けてる」

「1人で?大丈夫なのかそれ」

「わかんない。けど大丈夫でしょ、ユウだし」


 コウスケ、カイトと合流したミリン達はそれぞれ武器を手に持つと作戦通りに魔物を待っていた。


「まぁ俺達はここで魔力を練って奴を一撃で仕留めろってことだろ。なんとなくユウさんだけでも倒せそうな気もするけど」

「そこは…わたしも同意かも」




 ミリン達を先に行かせたユウは、歩きながら入江の方へと向かっていた。


「しかし…この水着を溶かすという行動は本能?でもこんな正確に照準を修正してくる点においてはとても理性的で、知能を持っている可能性は充分高い。しかし仮に後者だとしたらなぜこんなにも私が移動するのに合わせて移動してくる理由が…」


 ユウがブツブツと呟いていると、不意に沖のほうから液体とは違う別の何かが飛んできた。

 ユウは咄嗟に持っていた銃でそれを撃つとそれは上空で小さく爆発を起こした。


「…ッ!いきなり攻撃してきた!?」


 ユウは再び沖を見つめると、そっと走り出した。


「これは…『壁』を破壊した攻撃でしょうか…でも、攻撃を仕掛けてきたということはやはり…」


 ユウは飛んできた『何か』を踊るようにかわすと、その両手を地面につけた。


「危険な賭けですが…これでスムーズに動けるはず…!水素爆発ハイドロジェン・エクスプロージョンッ!」


 その叫び声と共に、沖のほうで大きな爆発が起こった。



ーーー



「みなさん!お待たせしました!」


 コウスケ達が入江で待っていると、ユウが若干息を切らしながら走ってきた。


「ユウ、さっき向こうで爆発があったが…大丈夫か?こんなに水着もボロボロになって…」

「大丈夫ですよ姉さん。これは跳ねた液体が付着しただけです。それに、あの爆発は私が起こしたものですから」

「そうなのか」

「はい。でも、そんなことより…来ますよ」


 ユウのその声にみんなが振り返ると、巨大な影が入江に向かって突っ込んできた。


『ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』


 その影は悲鳴のような鳴き声を上げながらその巨体を水面から飛び出した。

 まるでサンゴ礁が身体に引っ付いているような全身に触手の生えた不気味なフォルム。光の当たり加減によって色の変わるその姿は、この世のものでないくらいにただただ不気味だった。

 その触手の中、何とも似ていない口のついた頭のような部分はまるで周囲を見回すかのように動き回ると、女性陣が目に入ったのか興奮したようにその口を開いた。


「えっ…ナニコイツ…めちゃ気持ち悪いんだけど…」

「ミリン…これが今私達が倒そうとしている相手ですよ。アレをくらって普通に耐えてるくらい規格外の相手です」


 ユウはミリンにそう言うと、静かに影から銀色の竜剣|〈アベンジャー〉を取り出した。


「コースケさん」

「あぁ…」


「さぁ…りますか…!」


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