アサシンズ・アプロア
「すまん。俺の正体をあの男に知られてしまった」
とある廃墟の一角。死神はそう言いながら傷付いた仮面を『魔人』へと差し出した。
「そう…バレてしまったのね」
魔人は頭を下げる死神にそう呟くと、その仮面の傷口をなぞるように指を這わせた。
傷口はまるで時間を戻されたかのように無くなると、元の頭蓋骨のような仮面に戻った。
「予定より早いけど…もう隠さなくて良さそうね」
「っ…それってどういう…」
魔人の一言に死神が反応すると、魔人は静かに微笑んだ。
「主人をよろしくね。義姉さん」
「──ッ!この時代じゃまだ結婚してないだろ!絶対渡さないからな!」
魔人のからかうような口振りに、死神は叫ぶようにそう言うと仮面をつけて影の中へと消えていった。
ーーー
「暇だ…」
「暇だね…」
死神との戦いの後、コウスケ達は春の嵐とも呼ばれる季節の暴力に振り回され、外に出られないでいた。
「コースケさんもミリンも、そんなこと言ってる暇があったら手伝ってくださいよ。ただでさえ洗濯物がたまってるんですから」
コウスケとミリンがグデっとソファーに横たわっていると、大量の洗濯物が入った籠を持ったユウが不満気にそう言った。
「いやだー!動きたくないよぉ…」
コウスケは子供のように駄々をこねると、ソファーに突っ伏した。
「はぁ…いい歳してその姿はさすがに見苦しいですよ、コースケさん」
「あぁ…ユウさんがハジメみたいなこと言う…助けてミリン」
「いや、さすがにその状態で言われても…わたしだって動きたくないし」
ユウは頑なに動こうとしない2人を見て、この2人はやはりお似合いだなぁと、ひとりそんなことを考えていた。
ーーー
「久々の狩りだー!」
「狩りだー!」
「2人共なんですかそれ…流行ってるんですか?」
数日間の嵐が止み、久々に『災いの森』にやってきたコウスケ達は、食料調達も兼ねたオーク討伐の依頼をやっていた。
「いいじゃんユウさん。こういうときくらいこんなテンションで」
「ユウもやってみたら?意外と楽しいよ?」
嵐のせいでおかしなテンションになっているコウスケとミリンを横目に、ユウは小さくため息をつくと、ふっと口元を緩めた。
「どうしたの?ユウさん?」
「いや、久々にこの3人で狩りに行くなぁと思いまして。もうあれから3カ月も経つんですよ」
「たしかにそうだね。なんか一瞬だったな…」
ミリンが思い出すようにうんうんと頷いていると、不意にユウが足を止めた。
「ミリン、コースケさん。仕事の時間ですよ」
「お、ようやくお出ましか…」
「おそらく3匹…と、ハイオークが1匹って感じだと思います」
「相変わらずすごいなぁ…ユウの索敵能力」
3人はそれぞれ2本の剣、銃、杖を構えると、コウスケはニッと口を歪めた。
「さぁ…殺りますか」
ーーー
オーク3匹、ハイオーク1匹を討伐したコウスケ達は、それらを影の中に放り込むとギルドへと向かっていた。
「そういえばなんで今日はこの3人なんだ?いつもはユリとサクラのどっちかが一緒じゃないか」
コウスケが不思議そうにそう言うと、ミリンは少し焦った様子で口を開いた。
「いや、ほら、最近雨の中狩りに出てたみたいだからさ、今日は休んでるんだよ。うん」
「…?たしかに今日は朝から見てませんね…朝食をとってる姿を見てないですし。きっと相当疲れてたんですね」
ユウが思い出すようにそう言うと、不意に背後からガサっという音が聞こえてきた。
「だ、誰!?」
3人は慌てて武器を構えると、そこにはボロボロの服を着た1人の少女が立っていた。
「エルフ…?どっかで見たことあるような…」
コウスケが見覚えのある顔を前に思い出そうとしていると、ユウが口を開いた。
「あなたはたしか…大会の時の…」
「…た…すけ…」
少女は視界にユウをとらえると、呟きながら力尽きたのかその場にバタリと倒れこんだ。
「お、おい!大丈夫か!?」
コウスケが慌てて声を上げると、ユウは武器をしまって少女のほうへ駆け寄った。
「…大丈夫そうですよ。傷は酷いですけど見た感じ内臓には届いてないようですし、傷口を塞いで安静にしておけばすぐ治ると思います」
ユウはそう言いながら少女の傷口に手を当てると、回復魔法を使ってその傷口を塞いだ。
「とりあえずギルドに戻ろう。あとはこのエルフが目を覚ましてからどういう状況か聞けばいいしね」
ミリンの一言に2人はコクリと頷くと、ユウはエルフを背負って立ち上がった。
「ミリン、〈ゲート〉をお願いします。傷口を閉じただけなので影移動だと無駄な衝撃を与えかねないので」
「ん、任せて!〈ゲート〉!」
ミリンが魔方陣を作ると、コウスケ達はその中をくぐるように足を動かした。
ーーー
「ん…」
「あ、おはようございます。目が覚めましたか?」
ナズナは目を覚ますと、ユウの顔を見るなり勢いよく起き上がった。
「痛ッ…!」
「あーもう、安静にしてください。まだ一時的に傷口を塞いでるだけにすぎませんから」
ユウはそう言うと、ナズナを再びベッドに寝かせた。
「…あんた…たしか大会優勝者の…」
「ユウですよ。…ナズナさんでしたよね?」
ナズナはコクリと頷くと、ユウのほうを見た。
「え、あ、あぁ…それよりここは一体どこなんだ?」
ナズナは辺りを見回しながらそう言うと、ゆっくりと上半身を起こした。
「ここは『宿屋フラワー』ですよ。あ、飲み物いります?持ってきますよ」
「え、あぁ…ありがと」
ユウはそう言うと部屋の扉をガチャリと開けた。
「あ、ユウ。どう?あの人…大丈夫そう?」
「あー…少なくとも今は大丈夫そうです。私は水を持ってきますから、ミリンは何があったのか聞いておいてくれると助かります」
「任せて!」
ミリンは胸をポンと叩くと、ユウと入れ違うように部屋の中へ入っていった。
「…相方のほうがいないのもひっかかりますね…同じパーティじゃないんですかね?」
ユウはひとり呟くようにそう言うと、厨房へと足を運んだ。
ーーー
「ナズナさん、まだ起きませんね」
翌朝、朝食を食べ終えたコウスケ、ユウ、ミリンの3人はいまだに起きないナズナについて食堂で話し合っていた。
「昨日ナズナに何があったのか聞いたんだけどさ…依頼中に同じパーティのミツバに襲われたんだって」
「ミツバ…?どっかで聞いたことあるような…」
「コースケさん、大会のときナズナさんと組んでた人間の女性ですよ。あのコースケさんを慕ってるカ…カイ…貝柱さん?でしたっけ…その人に一瞬でやられた人です」
「うん、カイトな?もう知り合ってから結構経ってるから名前くらい覚えててあげようよユウさん…」
コウスケは少し呆れたような表情でユウにそう言うと、視線をミリンに戻した。
「じゃああのナズナって奴は裏切られたってことなのか?」
「理由はわかんないけど…多分、そう」
「なら、また襲ってくるとも限りませんししばらく私達と一緒に行動させましょう。私達がいれば多少は大丈夫だと思います」
コウスケとミリンはユウの発言に顔を見合わすとコクリと頷いた。
「そうだね。1人にするよりは安全かも…」
「問題はいつまでかってことだよな…」
コウスケがそう呟くと、ガチャリと食堂の扉が開いた。
「あんたら、何話してんの?」
「あ、ナズナさん。おはようございます」
ナズナは食堂を見渡すと、コウスケ達のいるテーブルへと歩いてきた。
「ナズナ、あなたの護衛も兼ねてしばらくわたし達と一緒に行動しない?ちょうどわたし達も人手が足りなかったし」
ミリンはそう言いながら右手をそっと差し出すと、ナズナその手をギュッと握り返した。
「アタシから頼もうと思ってたくらいだ。まぁ…その、よろしく頼む…」
ーーー
「計画は順調に進んでいます。エイズ様」
ディザスター帝国王宮の一角、人間の少女は水晶を睨みながらそう呟いた。
「そうか。これで竜人の力を解放すればルイン様もお喜びになるだろう。頃合いを見て向かってくれ、ミツバ…いや、『サルモネラ』」
「えぇ。エイズ様のおうせのままに」
少女─サルモネラは立ち上がると、空気に溶けるように消えていった。
「父様の水晶を持ち出して何をしているかと思えば…あなたも大概ですね。エイズ」
「ロ、ローズ様!?何故ここに!?」
エイズが振り返ると、ローズは相変わらず無表情のまま扉の横に立っていた。
「父様にエイズが何をしているのか監視しろと言われたので。まぁ父様の命で仕方なく汚物を回収する私の身にもなってください」
エイズはローズへ視線を向けると、スッと膝立をした。
「ローズ様、今回の計画はルイン様の役に立つはずです。ここは目を瞑っていただけないでしょうか」
「…具体的にどんな内容ですか?内容によっては父様に報告させていただきます」
ローズがそう言うと、エイズは水晶を前にかざした。
「あの男を暗殺し、影竜を暴走させた薬を竜人に使うことで失われた竜の闘争本能を呼び覚まし、強制的に反転進化させるのです。今の力でも充分強力な竜人ですが、より強いほうがルイン様もお喜びになるh…」
エイズが言い終わる直前、ローズが目を瞑ると同時にエイズの首と胴体が切り離された。
「…兄様にあの薬は効かないと思いますけど。衝動的に殺してしまいましたがどうせ復活しますしこのままでいいでしょう」
ローズは表情を変えないままエイズの頭踏み潰すと、水晶を持って部屋を出ていった。
ーーー
昼過ぎ。コウスケ、ユウ、ミリン、ナズナの4人はゴブリン討伐の依頼を終えるとのんびりと街中を歩いていた。
「もうゴブリン程度じゃ弱すぎてつまんねぇ…」
「コウスケも今じゃ魔物を殺すのに抵抗無くなったよね。最初は1匹倒すのも一苦労だったのに」
「いや、たしかにユウさんが来るまでの2日間はそうだったけどさ…こう、ユウさんは野生っぽいところがあって躊躇なく殺してたからそういう感覚が薄れてったってことじゃないか?」
「ふふっ…そうかもね!」
コウスケとミリンが楽しそうに話していると、2人の後ろをついていたユウが不意に足を止めた。
「ミリン、コースケさん。ナズナはどこへ?」
「「え?」」
2人が振り返ると、先程まで一緒に行動していたナズナの姿が見当たらなかった。
「やばい…見失った…」
コウスケがそう呟くと、ユウが慌てた様子で口を開いた。
「早く見つけて合流しましょう!ナズナさんの命が危ないかもしれません!」
「わかった!じゃあわたしこっち探すから2人も手分けして探して!見つけ次第連絡して!」
3人はその場で別れると、各々アール商店街を駆けまわった。
ーーー
「はぁ…はぁ…」
コウスケがアール商店街を走っていると、不意に路地に入る人影が視界に入った。
「まさか…路地裏か?」
コウスケは呼吸を整えると、人影の入った路地へと足を踏み入れた。
「なんだ…ここ…」
建物と建物に挟まれた路地は、まるで太陽の光を遮断しているかのように暗く、ユートピアの路地とは違ってとても気味が悪かった。
コウスケが奥へと足を運んでいると、暗闇の中に2つの人影が見えた。
「オイ!誰だそこにいるのは!」
コウスケが叫ぶと、片方の影はこちらに顔を向けた。
「へぇ…あんた見つけるの意外と早かったじゃない。何?もしかしてアタシのこと好きなの?」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!ナズナなんだろ!?お前なんで勝手にいなくなっだりすんだよ!仮にも一回襲われたんだろ!?」
コウスケはナズナに近づくと、ナズナともう一つの影と対角線になるように足を止めた。
「…ふふっ…まさかこんな簡単に引っかかるとは…」
「お前が誰だか知らねぇが…この女は殺させねぇ!」
影の不敵な笑い声に、コウスケは右腕を伸ばしてナズナ庇うような体制になると、影から死角になるようにスマホでユウ達に連絡をした。
「私が誰か…ですか。申し遅れました。私はミツバ…いえ、魔王直属暗殺部隊所属、サルモネラ。貴方の命を刈り取りにきました」
サルモネラはそう言いながらカーテシーをすると、コウスケに視線を戻した。
「へぇ…暗殺者がわざわざ俺に殺害予告をするとは…悪いがそう簡単には殺されねぇぞ」
コウスケが伸ばした右手の先に《ダークスレイヤー》を顕現させると同時に、連絡を受け取ったユウとミリンがパタパタと足を鳴らしながら路地へとやってきた。
「コースケさん!」
「コウスケ!」
2人はナズナを庇うコウスケを視界に入れると、その場に駆け寄ろうと足を早めた。
「〈風刃〉」
グチャッという音とともに、コウスケの右肩から左腰までを風の刃が切り裂いた。
「「なっ…!」」
ユウとミリンが反射的に声を上げると、サルモネラは不敵に顔を歪めた。
「ふふっ…誰も私が殺すなんて言ってないのに…馬鹿な人」
「あははッ!馬鹿だね!滑稽だね!アタシを守るなんて言っときながらアタシに殺されるなんて!あははッ」
コウスケがその場にに崩れ落ちると、ナズナは先程までとは別人のように笑い狂った。
「ナズナ…!あなたって人は…!」
ミリンはナズナをキッと睨み付けると、ナズナは怖い怖いと冗談を言うように身体をくねらせた。
「また…また守れなかった…仲間を…コースケさんを…」
「ユ、ユウ?ど、どうしたの…?」
ユウはその場に膝を落とすと、虚な瞳のまま呪いのように呟きだす。
「ちょっとサルモネラ…アレ、なんかおかしくない?」
「あれは…どうやら薬を使わなくても反転進化できそうですね。嬉しい打算です」
ナズナの言葉にサルモネラがそう返すと、ユウの足元に突然、時計の盤面のような魔方陣が出現した。
『お前…やり直したくはないか?』
ユウの頭の中にいつか聞いたことのあるそんな声が響いてきた。
(…また…この声…)
『ああ…お前は前に過去を変えた。俺の力を使ってな。どうだ?あの男を救いたいと思わないか?』
まるで悪魔のような囁き。ユウはその虚な目を動かすと、赤く染まり、無残に切り裂かれたコウスケを見た。
(私は…)
『あの男はもう死んだ。この時間ではな。だが、まだやり直せるぞ?』
(…私は…救いたい…仲間を…コースケさんを…!)
『フッ…そうか…なら、後は俺に任せろ』
その声を聞き終えると、ユウの意識はゆっくりと闇の中に沈んでいった。
「は?何アレ?」
「一体…何がどうなって…」
目の前の光景を目にしたナズナとサルモネラの困惑する声を背中に、ミリンは妙な既視感に襲われていた。
「これは…どこかで…」
ユウの身体はその魔方陣から出た闇に包まれると中から黒い布を纏い、黒い竜ドラゴンのような翼や尻尾が生えていて女のような顔立ちをした男が現れた。
「はぁ…1ヶ月ぶりの登場を楽しんでる場合じゃなさそうだな」
その男は首をコキコキと鳴らすと、ナズナとサルモネラの顔を見るなりつまらなそうに呟く。
「あんた…誰だ?」
ナズナが男にガンつけながらそう言うと、男はバッと両手を広げた。
「俺達は『キャンセラー』。歴史を…作り替える者」
男は口元を歪めるとその赤黒い竜の鱗がついた右手を前に突き出した。
「また姉さんの力を借りなきゃな…」
男が呟くようにそう言うと、ミリン達の視界が暗転した。




