バレンタインの贈り物
「ユウ。これは何?」
コウスケがこの世界にやってきてから早2ヶ月。ミリンはユウが作った茶色い物を指差すと首を傾げた。
「これは『ちょこれーと』という食べ物でコースケさんの世界ではよく食べられていたものだそうですよ」
「チョコ?」
「はい」
ミリンはチョコを一つ手に取ると口の中に放り込んだ。
「うぇぇぇぇぇ…苦い…コウスケはこんなもの食べてたの?」
「あ、それは砂糖入れてないから…って、もう遅かったですね」
「先に言ってよユウ…それで?なんでこの『チョコ』とやらを作ってるの?」
ミリンの問いかけにユウはしばらく考えたような仕草をすると調理器具を取り出しながら口を開いた。
「コースケさんの世界では2月14日に『ばれんたいんでー』という日があるそうなんです。本来なら男性が女性に花を渡すイベントらしいんですけど、女性が男性にこのちょこれーととやらを渡す習慣があるそうですよ」
「2月14日?明日じゃない!?」
「そうですよ」
「これって…わたしも作ったほうがいいのかな…」
ミリンが困ったような表情をすると、ユウは持っていたボウルを差し出した。
「一緒に作りませんか?コースケさんがこの世界に来てから今日で丁度2ヶ月みたいですし」
ミリンは無言で頷くとボウルを手に取った。
ーーー
「依頼完了っと」
「さすが先輩!我との息ピッタリだな!」
「おう」
災いの森でオーク討伐の依頼を終えたコウスケとカイトは、切り株に腰をかけると空を見上げた。
「先輩」
「ん?」
「明日、バレンタインっすね」
「どうした急に…珍しく普通に喋ったと思えばそんなことか…」
コウスケは興味無さそうにそう答えるとゆっくりと立ち上がった。
「バレンタインはな、男が女に花とか贈り物を渡すイベントなんだよ。な?だから花を渡す相手のいない俺には関係ないんだよ」
「なんすかその反応…ってかこの世界にはバレンタインなんてないんですよ」
カイトの一言にコウスケはピタリと動きを止めた。
「は?待て吉田、よく聞こえなかった。もう一回言ってくれ」
「だーかーら!バレンタインは愚かチョコなんて存在しないんですよ!この世界は!」
「…⁉︎ま、マジか…」
コウスケは力なく膝をつくと肩を落とした。
「今年こそはチョコをたくさん貰えると思ったのに…!なんてことだ…ッ!」
「いや、そんな大袈裟な…ってか先輩、毎年チョコ貰ってたじゃないっすか」
カイトの言葉にコウスケはゆっくりと振り返るとカイトを睨みつけた。
「…あれはハジメからだろ。後輩…ってか男だからノーカンノーカン」
「いや、俺貰ったことないんだけど⁉︎まだ貰えてる先輩のほうが100倍マシだと…」
「お前は毎年『今年はチョコたくさん貰うから我の分は作らなくても良いぞ!』なんて言ってるからだろ…」
「だっていっぱい貰えると思ってたから!」
「はぁ…その自意識過剰っぷりは相変わらずだなぁ…」
コウスケはスッと立ち上がるとカイトの肩に手をポンと置いた。
「なんだかんだでハジメって女子力高かったんだな」
「女子力というか…家庭的というか…姫様みたいっすね」
「「hahaha!」」
2人はひとしきり笑うとオークの肉を担ぎながらギルドへと足を運んだ。
ーーー
「あれ?固まんないし味薄くなっちゃった…」
ユウとともにチョコ作りを始めていたミリンは沸騰したお湯の入った鍋を見つめて首を傾げた。
「どうしたんですか?ミリン?」
「あ、ユウ。湯煎ってのをやったんだけど…どうやってこれを取り出すの?」
「これ?」
ユウが鍋を覗き込むと中では溶けたチョコレートがお湯の中にフヨフヨと浮いていた。
「…ミリン。これは湯煎じゃないですよ…お湯に直接ちょこれーとを入れないでください…湯煎ってのはこうやってやるんですよ」
ユウは持っていたボウルにチョコとバターを入れると、それを鍋の中に入れた。
「湯煎はこうやってボウルにお湯が入らないようにやるんですよ。やり過ぎるとちょこれーとがドロドロになっちゃいますけど」
「へぇー…」
感心したように声を上げるミリンを横にユウはヘラを使ってチョコ混ぜていた。
「コースケさんは前にミリンと同じことをしてましたよ」
「…え?あ、そうかユウってコウスケの記憶を持ってるんだっけ…なんか変な感じ…」
「あはは…逆にコースケさんも私の記憶を持ってるはずですけどね。まぁ手っ取り早く知識を詰め込んだ際の副産物に過ぎませんけど」
「それもそうか…自分以外の記憶があるってなんか不思議な感じ」
ユウは溶けたチョコの入ったボウルを鍋から取り出すとボウルの底についた水を拭きとった。
ーーー
コウスケとカイトはギルドに依頼達成の報告を済ませると特に目的もなくアール商店街を歩いていた。
「あ、先輩!これ見てください!」
「ん?これは…なんかの薬?」
カイトは店頭に置いてある怪しい薬の瓶を一つ手に取るとラベルと睨めっこしていた。
「『惚れ薬』…これで姫様を…いや、でも結構するな…」
「…吉田。何かと思えばそういうことかよ…」
コウスケがため息混じりにそう言うとその様子を見ていた店主が口を挟んだ。
「お客さん。その薬、同姓にしか効きませんぜぃ。そんなものに頼ってまで自分のものにしたい相手でもいるんですかぃ」
「…えっ…同姓…?」
カイトは店主の言葉にしばらく固まったあと、ゆっくりと瓶を元の位置に戻した。
「…店主!我、自分の魅力で落としてみせます!」
「おゔ!その息だぜぃ!微力ながら俺も応援させてもらうぜぃ」
カイトと店主はそう言うとガシッと固い握手をした。
コウスケが2人のやり取りに若干引いていると、ふと、その視界に不思議なものが映り込んだ。
「あれは…ユウさん?あんなところで何してんだろ…」
「先輩。何見てんすか?」
カイトが顔を覗き込むようにしながらそう聞くとコウスケは一旦視線をそらして先程まで見ていたところを指を刺した。
「いや、あの人混みの中に黒い服を着て髪を下ろしたユウさんが…」
「姫様が?何もいないっすよ?」
「え?」
カイトの一言にコウスケが視線を戻すと、指差した先には何もいなかった。
「先輩…いくら姫様が好きでもあの人混みの中から見間違えるって相当重症っすね…」
「おかしいな…やっぱ見間違えか?…ってオイ、そんな目で俺を見るな。見るんじゃねぇ!ってかお前も同じようなもんだろが!」
ーーー
「これでよし…!」
「では、あとは焼き上がるまで待つだけですね」
型に生地を入れたミリンとユウはカズヤに作ってもらったオーブン(のような魔道具)にそれを入れると、一息ついていた。
「これで生地が焼けるって不思議…コウスケの世界には魔法何のによくこんなのあったよね」
「確か…科学とやらが発展した世界ですね。コースケさんにとって魔法なんてものは空想の中のものらしいですから」
ユウはいつのまにか淹れていた紅茶をミリンに渡すと厨房前の椅子に腰掛けた。
「そういえばさ、ユウの料理の知識ってコウスケのが多いんだよね?なんで同じ知識を持つコウスケとこんなに差があるの?」
「それは…多分コースケさんが不器用なだけだと思いますよ…一応元の世界ではハジメって人がそういうの作ってたので」
「…コウスケのこと聞いたはずなのにユウがやってきた体験を聞いてるみたいでなんか不思議…まぁユウがコウスケの記憶を持ってるせいだと思うけど」
「あはは…たしかにそうですね」
「…で、ハジメって誰?コウスケの彼女?」
「後輩…しかも男です」
「…よかった」
時間が経つのはあっという間で2人がそんなことを話していると、生地が焼き上がったのかオーブン(のような魔道具)はいつのまにか止まっていた。
「ミリン、これ見てください!生地焼けましたよ!」
「お〜…!おいしそう」
ユウが焼き上がったガトーショコラを取り出すとガチャリと厨房の扉が開かれた。
「いい匂いがすると思ったら…ユウちゃん、これが最近作ってた新作?」
「あ、チーフ。ちょうどよかったです。これ、コースケさんの世界にある『ちょこれーと』というお菓子です」
「この茶色いのかい?」
「はい!」
ユウにチーフと呼ばれた60代くらいの男性は、皿の上に置いてあったチョコを一つ摘むと口の中に放り込んだ。
「…おぉ!これは美味い!最近薬に使われる豆を大量に買ってきてると思えばこれを作るためだったのか!」
「お口にあってよかったです…これ、今日の夕食後に出しても大丈夫でしょうか?」
「夕食後ってことはデザートかい?まぁ市販では売ってないモンだし試食会のようなもんになるけどいいか?」
「はい。大丈夫です」
チーフはユウの返事を聞くとチョコをもう一つ口に放り込んだ。
「ユウちゃん。あとでこのレシピ教えてくんね?この宿の看板料理…いや、看板スイーツにすれば客足も増えそうだ」
「私は別に構いませんけど…ミリンはどうです?一応店主の娘ですし」
「えっ…わたし⁉︎わたしは別にいいと思うけど…っていうかそれで客足が増えるならお父さんも反対しないと思うよ」
「…決まりだな」
チーフはそう言いながらユウの頭へ手を伸ばすと、ワシャワシャと撫でた。
「よくやってくれたぞユウちゃん!新作でこんなにワクワクするのは久しぶりだ!」
「ちょっ…チーフ!お触りはメッですよ」
ユウはチーフの手を退けると人差し指を自分の口に当てながらそう言った。
「はっはっは!悪ィ悪ィ!…んじゃ!俺はそろそろ夕食の支度でもしますかね」
「そうしてください。私も片付けが終わったら手伝いますから。あ、ミリン。そのガトーショコラは荒熱をとってから切り分けますから『くれぐれも』食べないようにしてくださいね。コースケさんにあげる分が無くなっても知りませんよ」
「り、了解」
ユウはミリンに釘を刺すとせっせと片付けを始めた。
ーーー
「ただいま〜っと」
宿屋へ帰ってきたコウスケはひとり、誰もいない自分の部屋にそう言うとそのままベッドに倒れ込んだ。
「…あれは見間違えなのか…?はっきり映ってた気がするんだが…」
コウスケがそう呟きながら寝返りをうつと、先程の依頼で手に入れたオークの肉(冷凍済み)の入った袋が目に入った。
「あ!やべぇ!はやくユウさん達に渡さないと!」
コウスケはバッと起き上がると袋を持って部屋を飛び出した。
「ユウさん!お肉調達しました…ってん…?なんかいい匂い」
コウスケが勢いよく厨房に入ると、そこは微かに甘い匂いが漂っていた。
「あ、コースケさん。ありがとうございます。また夕食の時に呼びに行きますからしばらくゆっくりしててください」
「えっ…ちょっ!ユウさん押さないで…」
コウスケは半ば強引に厨房から追い出されるとひとり部屋へと戻っていった。
ーーー
「コースケさん、夕食の時間ですよ。みなさん集まってますからはやく来てください」
コウスケが仮眠をとっているとコンコンと部屋の扉が叩かれた。
「…ん?ユウさん?…わかった。今行く」
コウスケは眠たい目を擦りながらベッドから降りると部屋を後にした。
「そういえばユウ。今日は依頼に行かなかったけど何してたの?」
食事中、ユリの一言にユウは一瞬スプーンを動かす手を止めた。
「えっと…少し新しい料理の研究…ですかね?」
「なんで疑問形なの…まぁいいや!その料理が完成したらあたしにも食べさせて!」
ユウの反応に若干疑問に思ったユリだったが、すぐに元のテンションに戻ると残り少しになったスープに口をつけた。
「ユウ、どんな料理なの?」
「はるも気になる!」
2人の会話を聞いていたサクラとハルナは上半身をずいっと乗り出すとユウに視線を向けた。
「それはすぐにわかりますよ。この後ここにいる全員に試食会という形で食べてもらおう、思ってますから」
「ここにいる全員…?ってことは今日の宿泊客にもあげるってこと?」
「そうですよ」
サクラは驚いたように目を丸くしながらそう言うとユウは笑いながら首肯した。
「ねぇミリン?さっきからめっちゃ汗かいてるけど大丈夫?」
「こ、コウスケ!?い、いや、なんでもない!」
ミリンはブンブンと首を振っていると厨房からチーフが出てきた。
「えー…宿泊客のみなさんこんばんは。私はここの料理長をやっている者です。イレギュラーではありますが今日は新作の試食会という名目でもう一品、料理を食べていただきたいです。あ、お代はいりませんので感想などあれば教えていただきたいです」
チーフはそう言うとユウのほうをチラッと見た。ユウは静かに席を立つと厨房の奥へと向かっていった。
「ミリン?ねぇ本当に大丈夫?さっきからどんどん汗ひどくなってるけど…」
「えっと…それは…その…」
ミリンが俯くと少し引き立った笑顔を浮かべたユウが両手に切り分けられたガトーショコラの乗った皿を持って出てきた。
「ミリン、あんなに食べないでって釘を刺しておいたのに…足りないのでコースケさんとミリンの分は無しですからね」
「ちょっとユウ!?なんでコウスケの分まで無しなの!?わたしだけでいいじゃない!」
「私達の分は試食会をする前に食べたじゃないですか…それにもし食べたらコースケさんの分が無くなるって私ちゃんと言いましたからね?」
「…そういえばそうだったかも…」
ユウはそう言い終えると残りの宿泊客のテーブルへガトーショコラをよそいにいった。
「あれ?俺の分はないってこと?ってかチョコあるじゃんこの世界…」
コウスケは落ち込んでるミリンを横目に呟くとひとり肩を落とした。
ーーー
「コースケさん。おはようございます。朝ですよ」
翌日、コウスケはいつものようにユウに起こされると両腕を伸ばして身体をパキパキと鳴らした。
「…おはようユウさん」
「…コースケさん、今日はいつも以上に目つき悪いですね」
「…マジか…」
コウスケの顔を見たユウの一言にコウスケはそう呟くとベッドから這い出した。
「コースケさん。今日ってなんの日だかわかります?」
「ん?えっと…2月14日?あ!バレンタインか!」
「そうですよコースケさん。あ、これどうぞ。朝食前なのであまり食べすぎないでくださいね?」
コウスケはユウに差し出された袋を受け取ると不思議そうな顔で中を覗いた。
「これは…チョコ?」
「そうですよ。昨日ミリンが作ったやつですけど」
「え?ミリンが?」
「はい!本人は結局『やっぱ恥ずかしいからコウスケに渡しといて!』って言いながらそれを私に渡してきましたから」
ニコニコと笑うユウと袋の間にコウスケが視線を行ったり来たりさせていると、ふと昨日のことを思い出した。
「えっと…これはありがたく貰うけど…その、唐突だけどさ」
「?なんでしょう?」
「ユウさん昨日アール商店街に来てた?」
「…人違いでは?私はずっと厨房に居ましたから」
「…ありがとう。やっぱ俺の気のせいだったわ」
「えぇ。では、私はこれから朝食を作るので。くれぐれも食べすぎないようにしてくださいね」
ユウは笑顔でそう言うと早足気味に部屋を出ていった。
「食べすぎないようにって…一体…」
コウスケが袋を開けると中には掌サイズの歪なハート型をした黒いチョコレートがこれでもかというくらい大量に入っていた。
「ミリンが俺に…ねぇ…まさかね…」
コウスケはその中からひとつを取り出すと、それを口に放り込んだ。
「…苦ッ!苦すぎるだろこれ…」
味とは反対ににやけ顔を隠しきれないコウスケだった。




