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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
第6部.早乙女幸助
105/110

停滞

 ハジメと再会(・・)してから早数ヶ月。

 13年経っても尚あの頃と変わらぬ彼と交流を再開した俺は、義妹とも呼べるべきメアリー達と結婚式場へとやってきていた。


「──どう?似合うかな、幸助兄さん」


 きらびやかな純白のドレスを身に纏い、にこやかにこちらへ視線を向けるメアリー。

 同室にいるスタッフを含めて、思わず思わず吸い寄せられるような美しさは、大人びた彼女の内なる強かさを表現しているようにも見える。


「あぁ、似合ってるよメアリー。でも、最初に見せるのが俺でよかったのか?…こういうのは、新郎となるリョウが一緒に選ぶもんだと思ってたが」


 そう、これはいよいよ再来週に迫る結婚式の衣装合わせなのだ。今頃は別室でリョウがタキシードに身を包んでいることだろう。

 俺自身、結婚式自体は初であるし、その辺の作法だとかそういうのはわからない。だからこそ、大切な義妹の門出に俺が関わるのが無粋なのではないかと、多少の不安が心の中で渦巻いている。


「ふふっ…大丈夫だよ、幸助兄さん。リョウとは当日までお楽しみってことにしてあるから」

「…そういうものなのか」

「そういうものなのよ。少なくとも私達は、ね?それに──」

「それに?」

「──いえ、なんでもないわ。幸助兄さん」


 それ以上の言葉は語らず、再び更衣室へと姿を消すメアリー。

 スタッフに追い出された俺は、促されるままに別室へと移動すると、既に元の服に戻っていたリョウと合流した。


「幸助兄、どうだった?」


 俺の顔を見るなり、ソファに座るよう促しながらそう問いかけてくるリョウ。

 メアリーとお揃いの婚約指輪を嵌めた彼は、テーブル越しに正面に座った俺を一瞥すると、その表情を微かに綻ばせる。


「へぇ…そんなによかったんだ」

「顔に出てたか」

「そりゃばっちり」


 親指を立て、白い歯を輝かせるリョウ。

 あの頃と変わらぬ彼の無邪気さに、俺も釣られてサムズアップをして返す。



 神隠し(・・・)から13年。

 戻ってきた(?)俺を取り巻く環境は、目まぐるしく変わっていた。


 方や俺が知っていた以上にSNSが普及した世の中で、今や名前を聞かないことは無い吉田夫妻(・・・・)

 方やメアリーの異母姉を含む複数の女性達と共に定食屋と孤児院を営んでいるハジメ達。

 目の前の2人(メアリーとリョウ)だけでなく、俺の知り合いは皆俺がいないうちに成長し、立派な大人、親としてこの地に足をつけている。


 ──なら、今の俺はどうなんだ?

 感覚的にはつい先日とはいえ、事実として13年の時が経っている以上、俺は何一つ変われていない。

 育ててくれた祖父母ももういないし、面倒をみてくれたメアリーの父親もこちらに長くいられる訳では無い。


 …ハジメ達より歳上の俺はもう、大人なのだ。自分で責任は負わないといけないし、誰かに寄生して生きていくことはできない。



「幸助兄?」


「──っ、すまん、ちょっと考え事をな」


 リョウに名前を呼ばれて、思考していた意識が現実へと引き戻される。

 俺の返答を耳にした彼は、屈託の無い笑みを一瞬浮かべると、日光の差す窓へと視線を向けると、その手に嵌った婚約指輪を逆の手で人撫でする。


「──幸助兄は、さ…僕達が結婚するって聞いてどう思ったの?」

「え…?」


 見惚れるようないい声で、絞り出すように言葉をひねり出したリョウ。突然のことに思わず声を上げると、彼はゆっくり言葉を付け足していく。


「メアリーも、僕も…それにハジメ達もみんな、幸助兄が心配だった──いや、心配だったはず(・・)なんだ。…ハジメからも聞いたんでしょ?この13年間、何故か僕らはそんな違和感にも気付かず、こうやって徒に歳を重ねてきた」


 徒に歳を重ねる。リョウの口から漏れたそんな言葉。立派に成長した彼を前に、そんなこと無いと言おうとして、俺は思わず口を噤んだ。…いや、噤まざるを得なかった。


「──でもね、忘れたわけじゃなかったんだ。メアリーだって式が決まった時、あのハジメよりも先に『幸助兄さんに見せたい』って僕に言ってきたんだから。…おかしな話だよね、本当に。結果的に言葉通りになったとはいえ、その時は幸助兄はいなかったのにさ」

「リョウ…」

「──僕も、それにハジメ達も。ずっと幸助兄のことが何処かにあって、こうやって今は一緒にいる。…へへ、何言ってんだろ…とにかく!僕達は幸助兄がこうやって門出に帰ってきてくれたのが嬉しいってこと!それに、これからは離れてたって、『家族』であることに変わりはないからね!」


 あー恥ずかし、と。リョウはそう言い残して席を立つ。

 1人残された俺は、廊下の向こうへ消えゆく彼をただ見送ることしかできなかった。



ーーー



 メアリーとリョウの衣装合わせの日から1週間。

 2人の式を来週に控える中、俺はいつものようにハジメの店へと足を運んでいた。


「早乙女先輩。先輩も一杯いかがです?」


 閉店した店内にて、日本酒瓶を片手にカウンターの隣席に座る店長(ハジメ)

 慣れた手付きで酒の注がれたお猪口を差し出して、彼は指輪の光る左手で頬杖を付く。


「…いただくよ」


 渡されたお猪口を受け取って、口の中に流し込む。


 神隠し後幾度目の、喉が焼けるようなこの感覚。精神年齢的に最初こそ抵抗はあったものの、戸籍上俺は30だし、慣れた今ではそれももう無い。…まぁ、だいぶ良い酒だからこの飲み方は勿体無いと思わなくはないが。


 流し目に右側を見て、相変わらず艶やかに呑むハジメの姿を視界に捉える。


「先輩」


 お猪口から口を離して、不意に俺のことを呼ぶハジメ。

 改めて向き直すと、色の違う双眸が吸い込むように俺の姿を映し出す。



「──なんでそんな、辛そうな顔してるんです?」



 まるで心臓を掴まれたような、息が詰まる感覚。

 隠すような前髪の間から覗く、懐かしい(・・・・)赤い瞳に映った俺は、固まった表情のまま涙を頬に伝らせている。


「あれ…おかしいな…俺、なんで…」


 震える自分の声が、俺の鼓膜を震わせる。

 机上に落ちる水滴が、意識し出すと止まらなくなっていく。


「先輩?」


 辛い。ハジメが発したその一言はまるでパズルピースのようにパチリと俺の中にはまり込む。


 成長した周りと、ただ置いていかれた俺。

 喜んでくれる周りと、純粋に喜びきれない俺。

 そして、もっと、大切な…


「っ…」


 それ以上考えようとして、得体の知れない何かに押しつぶされそうになる。


 …怖くて、苦しくて、切なくて。

 そして何より、ずっと辛くて。


 ずっと考えないようにしていた欠けた何かがある気がして、常に俺の心臓を鷲掴みにしている。


 酔いが回った俺は、名前を呼ぶハジメを前にして思考と意識を手放した。

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