合成竜の誕生
「義兄上ッ」
飛び散る肢体と、地面に突き刺さる王の大剣。
瓦礫にまみれた戦場で、ガウラの声が木霊する。
「これが、人間だったものの所業かッ!?魔王ルイン──ッ!…こんな、外道に──」
「口説い」
「──ッ、ァ…」
化物の右腕をふるい、言葉途中のガウラを突き飛ばすルイン。
水面を跳ねる石のように、身体を地面に打ち付けられたガウラは、赤く染まる視界を拭って旧友だった男を睨みつける。
──かつて、4人組の冒険者として共に過ごした人族の男。いつしか、盲目的なまである女に焦がれ、魔の力に飲まれ堕ちた男。
自らが対峙した化物の片腕を持つ男は、そんな過去も、持っていた人情すらも、既に何処かへ捨てていた。
「堕ちるところまで堕ちた、か…ルイン…」
力無く呟いて、意識を手放すガウラ。
一筋の水滴が、彼の目元からこぼれ落ちる。
「ガウラ…」
ポツリ、と。倒れた男の名を呼んで、瓦礫から生成した大剣を持つ化物の右腕を、ゆっくりと振り上げるルイン。
その腕が振り下ろされる刹那、不意に飛んできた紅い飛翔体がその身体を突き飛ばすと、ガウラを、そして死に体な王を庇うようにして戦場へと舞い降りる。
「ハッ─待っていたぞ、カズヤ…いや、元竜王スカーレット・ドラゴン?」
瓦礫の山から這い上がり、挑発するように口元を歪めるルイン。
傷一つ無い魔王たるその姿を目に、対峙した紅き竜は、炎混じりに溜息を吐くと、睨み返すように姿勢を低くする。
『やはり戦う運命か…──悪いがルイン、これ以上の愚行は止めさせてもらうぞ。…子供たちの未来を、我々大人が邪魔をしないように、な』
ーーー
アール王国近郊に位置する、災いの森の一端。城壁越しの街を見渡せる高台にて、ボロボロのエプロンドレスを身に纏った男は、背中を預けるよう古びた塔の壁に寄りかかると、黒煙の上がる街並みをただ一人眺める。
「───ユウッ!」
不意に彼の鼓膜を震わせた、自身の名前を呼ぶ眼鏡の女。
疲れた表情で、ゆらりと立ち上がった男は、訝しげに首を傾げると、宝石でできた剣を、その右手に生成し掴む。
「…よくここがわかりましたね、スミレ。ここは少しだけ、時空そのものを切り離したはずなのですが」
「時空そのもの…?一体、なんの話を──」
そこまで言い掛けて、本能的にその場を飛び退き受け身を取るスミレ。
ふと視界を戻すと、地面から伸びた1本の炎柱が、彼女のいた場所を塵へと変えている。
「流石、気配に特化した魔人…と、言ったところですか。…今のは、流石に手足の1本程度は消し飛ばせたかと思ったのですが」
「ユウ…?なんの、話をして──」
「雷」
「──ッ」
ほんの一瞬、スミレの頬を掠める雷の魔法。
彼女の意識一瞬逸れたその瞬間、音も無く肉薄したユウの剣が、その首を捉えかけ、寸でのところで砕け散る。
「スミレッ!」
「──ッ…はッ…」
呼び掛けられた新たな声に、思考を無理矢理引き戻し、止まった呼吸をし直すスミレ。たらりと、首筋から流れる赤い体液が、彼女の死にかけた現実を痛感させる。
砕けた剣を投げ捨て、塔の上へと退いたユウ。虚ろな瞳で、ゆらりと見下ろした彼は、新たな乱入者へと視線を合わせる。
「ミリン、ですか…しかしまた、何故ここが…」
再び宝石の剣を生成し、ブツブツと呟くユウ。
黒い銃を片手に、スミレと合流したミリンは、流れるように首筋の傷へ治癒魔法をかけると、牽制するようにその銃口をユウへと向ける。
「スミレ、これはどういう状況?わたしには、ユウが貴女を殺しにがかるように見えたんだけど」
「…あぁ、概ねその通りで合ってるよ。僕の言葉を聞いてくれる様子も無かった」
「ユウが話を…?」
「うん…」
何処か様子がおかしい、と。2人の頭に浮かぶ、目の前の男の行動。
虚ろな瞳で、ひとり呟きながら周囲を伺うその姿を前に、2人は互いの顔を一瞥すると、各々の武器を構え直す。
「原因はわからない、けど…」
「ひとまずダウンさせて、一緒に連れて帰るよ」
同時にコクリと頷いて、戦場を駆け出した2人の乙女。
一方は魔力の弾丸で牽制しながら、恋人の形見を片手にヒットアンドアウェイを繰り返す前衛のミリン。
もう一方は杖を媒介とし、味方にバフをかける後衛のスミレ。
本来魔法職である2人によってできた即席パーティは、まるで最初からそうであったかのように、息のあった連携をすると、男の装甲を、武器を、次々と落としていく。
「鬱陶しいですね」
「──っ…」
無造作に振られたように見える、身体を捻ったユウの一撃。
咄嗟に地面を蹴ったミリンは、己が残像の首を切り裂くソレを前にして、転がるようにスミレの元へと舞い戻る。
「ミリン、大丈夫かい?」
「えぇ…でも──」
スミレの言葉に頷いて、虚ろな男へと意識を戻すミリン。
釣られて視線を向けたスミレの前には、装甲こそボロボロなものの、傷一つ無く立つその姿が目に入る。
「弱らせる以前に、攻撃した感触が全く無いのよね」
確かに届いてはいる、が、あくまで一部に触れていた程度。バフ有りのミリンの攻撃でさえも見切られ、最小限の動きで見事なまでにいなされている現実。
最早対話も無く、気を抜けば首と胴が繋がっているかすら危うい状態が、2人の額に汗を垂らす。
「跪きなさい」
「──ッ!?」
「─!?」
ボソリと呟く、ユウの冷淡な一言。
竜の翼の他に、蟲や鳥類、蝙蝠のような形の異なる3対の翼を新たに広げたその姿を前に、2人は不意に気圧される感覚を覚えると、その場に膝から崩れ落ちる。
「ミリン、コレは…」
「えぇ…なんて、プレッシャー…」
2人の脳裏に過ぎる、翼蟲型魔物を相手にする際の、五感が狂わされた不快な感覚。ただ無造作に、一対の翼から投擲のように飛ばされた羽根を〈壁〉で凌いだ2人は、一歩も動かぬその男へ視線を向け直す。
「ユウ…?」
ただ無意識に、スミレの口から漏れた声。
その瞳に反射したのは、最早竜人でも無く、キメラのようなその姿。
体毛が、鱗が、甲羅が、無理矢理生えた異生物の形質が、整った華奢な身体を、犯すように侵食している。
「ふっ…フハハハハッ…流石は魔王様自ら連れ帰った竜人の力ッ!素晴らしいものだろう──なぁ、小娘達?」
ただ唐突に、2人の鼓膜を震わせた気色悪い男の声。
身の毛がよだつ感覚がしたその瞬間、不意に表れたその男は、自らの白衣をはためかせながら虚ろな男の口元へと手を這わす。
「エイズ、貴様ァァァ──ッ!」
咆哮のような、閉塞空間内に響くスミレの怒号。
片耳が、腹部の一部が結晶化した汚らしいその男の姿を目にしたその瞬間、彼女は自身の身体にかかるプレッシャーを無理矢理跳ね除けると、狼のような姿となりその爪を振り上げた。
ーーー
災いの森深部。救援の軍から外れ、光輝く翠色の宝石に導かれるようにして進むライムは、いつかの人工魔物と交戦した集落跡を前にして、その足を止める。
「…なんで戦場でなく、ここにアタシだけを呼んだんだ───ジフテリア」
ゴン、と地面に槍を突き刺す音と共に、周囲に響いたライムの声。
さして沈黙もなく、4本の脚が地面を踏み込む音が響くと、槍を持った名を呼ばれた女が、彼女の前へとその姿を現す。
「久しぶりですね、ライムさん。よもや私のことを覚えてくれていたとは」
風が吹き抜ける音が響く中、そう言って槍を地面に突き刺すジフテリア。
軽く舌打ちをしたライムの姿を目に、彼女は満足気に、己の口角を吊り上げる。
「何がおかしい」
「いえ…少し、予想通りの反応をされていたもので」
「あ…?バカにしてんのか?」
「いえいえ、褒め言葉と受け取ってもらって構いませんよ、ライムさん。…そもそも、今の私は争うつもりでここにきたわけではありませんから」
「……どういうことだ?」
訝しげに、自身の槍に手を伸ばしかけるライム。
そんな彼女を前に、ジフテリアはただ静かに己の両手を上げると、突き刺した槍から身体一つ分離れてみせる。
「チッ…」
再度舌打ちをして、ライムも一歩、己の槍から離れ経つ。
互いに、手を伸ばせばすぐに引き抜ける距離であることは承知のまま、対峙した2人は、風の止んだ集落跡で、相手の瞳をただ静かに見つめ直す。
「…で、なんだ?アタシに話があるんだろう?」
沈黙に耐え兼ねて、投げやりに口を開けるライム。
その言葉を待っていたとばかりに、再び微笑むジフテリアは、自身の胸元から2つの手紙のようなものを取り出すと、無造作にライムの足元へ向かってソレを投げ捨てる。
「その手紙の片方は、帝国の現状と今後の方針について。今回の王都襲撃、並びに複数の街に対する同時スタンピード…これらは全て魔王様の指揮で行われています。…ですが、それはあくまで魔王様の独断。王城──正確には王都にいる元竜王さえ殺せば進軍自体は止まるかと」
「──は?…ジフテリア、あんたソレをアタシに話して、一体何のつもり──」
「いえ、これはあくまで前提の話、です。貴女を呼んだのは、これに便乗して利用されているローズ様の兄上を、どうか助け出していただくためです」
お願いします、と。固まるライムを他所に、頭を深く下げるジフテリア。
音一つ無い、しばらくの沈黙が、周囲の空気を包み込む。
「──は?」
何故?どうして?と、ライムの思考に追い付く疑問の数々。
確かにライム達──否、彼女が姉貴分と慕うスミレやミリン、そして行方不明となったコウスケという男の3人は、虐殺の女神と呼ばれるその人物を取り返そうと躍起になっている、が。だとしても、敵対している目の前の女が、虐殺の女神を、「助け出してほしい」と自身に頼むという行為が、彼女には結びつかなかった。
「…どういう風の吹き回しだ」
思考を正常に戻そうとして、疑念を口から吐き出すライム。
その言葉を耳に、ゆっくりと顔を上げたジフテリアは、睨む彼女の視線を受け、ポツリと語り出していく。
「私達は利用されているのです。…魔王様の中にいる、得体の知れない何かに」
「得体の知れない…?」
「えぇ…そして、ローズ様も、その兄上──ユウ様も、あくまでその何かのコマに済みません。…無論、この私自身ですらも。──幸い、イヨ様のお陰でローズ様はその枠から外れました、が──」
───ピシッ、と。
ジフテリアがそこまで言い掛けて、不意に何かが砕ける音が、2人の鼓膜を震わせる。
突然のことに、警戒を強めるライムと対照的に、ジフテリアは唇を噛み締めると、突き刺した自身の槍へとその手を伸ばす。
「すみません、ライムさん。どうやら時間切れのようです」
「──ッ!?時間切れっ!?どういう、ことだッ…!」
突然振り回された槍を躱し、自らの槍を引き抜き構えるライム。
2本の槍が交差する中、2人に拮抗するようにその距離を縮めると、バチバチとその間に火花を散らす。
「言ったでしょう、私も駒だと。これ以上悠長に話してる暇はないと言うことです」
「──ッ…意味わかんねぇ、よッ!」
怒声と共に振り切って、ジフテリアを後方に弾き飛ばすライム。
何処か満足気に、確かに後ずさったジフテリアは、痺れる両手で槍を握り直すと、よろけた4脚を強く踏み締める。
「私達は立場上これ以上動けません。ですのでどうか、その手紙をもう一人の鍵に届けてください。──ローズ様と、この世界の為にも」
「は?この世界って何の──」
「では、貴女との手合わせはいずれ、また」
「──あ、おいッ!」
一方的にそう告げて、解けるようにその場から消えるジフテリア。
ガラガラと、いつの間にか展開されていた結界が崩れ落ちる中、一人残されたライムは、2つの手紙を拾い上げた。
ーーー
張り巡らされた鋼糸を焼き払い、飛んできた得物を躱し、時には毒手引き千切りながら、かろうじて人型を保つユウを相手に、その命を繋ぐ2人の乙女。
人族から離れた身体能力を持つ2人だが、次第に動きが鈍くなり、遂には塔の壁際まで追い込まれていた。
「フハハハハッ──!極限まで感情を無くし、理性と知力で的確に得物を仕留める圧倒的なまでのこの強さ──ッ!嗚呼…嗚呼…ッ!最高だッ!俺の実験は正しかったッ!」
息絶え絶えの2人を前にして、声高らかに自己肯定を続ける気色悪い白衣の男。
拘束された、と言っても過言では無い彼女らを一瞥した彼は、人形のように立ち尽くす虚ろな男へ手を這わせると、思い付いたようにその口角を吊り上げる。
「…いい絵を見せてもらった礼だ。小娘達には特別に、コイツがどうして産まれたかを教えてやろう」
「──ッ」
「エイズ、貴様という男は──ッ」
人工魔物と呼ばれるキメラを生み出す命の冒涜者、その作成過程を想像して、奥歯を噛み締めるミリンとライム。
そんな2人の表情すら愉しむように、死体は虚ろな男の肢体を撫で回す。
「ふっ…フハハハハッ──!どうだ小僧?貴様が求めた助けを自分自身で痛めつける感覚は?…ま、そんなことを考えることもできないか!なんてったってこの俺が直々に思考できないよう弄りまくったからなァ!──自身の罪を思い出し、助けを求めた貴様の姿は滑稽だったぞ」
「………」
無反応の男と、悔しむような2人の空気が漏れる音。
まるで虚ろな男を煽るように、物言わぬ彼に向かって嘲笑を浮かべるエイズは、動けぬ2人を一瞥すると、懐から何やら液体の入った試験管を取り出し見せびらかす。
「──ッ!それ、は…ッ!」
不意にミリンの鼻腔を刺激する、いつか嗅いだことのある不快を煮詰めたような匂い。
そんな一瞬、顔を歪めた彼女の反応を前に、エイズはこれでもかというほど口角を吊り上げると、嬉々として語りだす。
「やはり竜である貴様も勘づいたか!──そう、これこそ我が最大の発明ッ!試作型でも、十分な効力を発揮していただろう?」
「ッ…!?それの、せいで──ッ!」
ふとミリンの脳裏に過った、力に振り回され苦しんだ愛する人の姿。
声を荒げる彼女を他所に、目の前のソレを「危険な物だ」と判断したスミレは、妨害しようと小声で詠唱をはじめた刹那、周囲の糸に絡め取られ、塔の外壁へと張り付けにされる。
「スミレッ!──っ」
反射的に身体を動かそうとして、周囲の糸を前に咄嗟に理性を働かせるミリン。もはや指の一本さえも致命傷になりかねない状況下にて、敢えて生かされていることすら察した彼女は、人形のようにこの場を支配する虚ろな男の力を前に一筋の汗をこぼす。
「ユウ…」
先程まではあった反応すらもなく、ただただ虚ろな目を向けて、ただ無意識にその男の名前を呟く。
「ふっ…フハハハハッ──!そうだ、貴様には特別に我が至高なる発明を目の前で拝ませてやろうッ!──そしてその絶対的な強者である竜人が悔しがるその顔を!恐怖に震えるその顔を!もっと俺に見せてくれッ!我が発明がッ──この世で最強たる存在を超えるところをな──!」
声高らかに、血走った目をギラつかせながら、ユウの口内に試験管の液体を流し込んだ白衣の死体。
──ドクン、と。隔離された空間を揺らす鼓動が、己の作り出した周囲を支配する無数の糸を、罠を、塵も残さず消滅させる。
「ヴッ───ァ…ッ!ァ゙ァ゙ァ゙──」
2人の目前でもがき始める、かつての仲間で、竜人だったはずの男。
その体内から吹き出す、夥しい量の血肉と、無限にも思える強大な魔力と、そして全てを屈服させる圧倒的な威圧感と共に、美しかったその姿は、すべての生物が醜く混ざり合った竜のような化物へと変貌を遂げていく。
「おぉ…おぉぉ──なんて、美しいッ!」
まるで我が子の誕生を見るように、感嘆の声を上げ天を仰ぐエイズ。
神に等しくも思える、その異型の化物を前にして、2人の乙女は逃げるも、怯えることも出来ずただその場に膝をつく。
「我が発明による合成竜の生誕の瞬間──嗚呼、魔王様!この力をどうか貴方の為に──っ!」
隔絶したこの空間の壁すら破壊し、畏怖すらも感じさせる竜のような化物。
狂ったように笑い狂う死体は、その神々しくも思える巨体を背に、跪く2人の乙女へと下卑た笑みで指差しをする。
「喜べ過去の最強種…ッ!貴様らをホルマリン漬けにするつもりだったが気が変わったッ!さぁ合成竜よッ!目の前の全てを蹂躙し、その最強たる力をこの俺に見せてくれ───ッ!」
狂気に満ちた、自身に溢れた死体の声。
背後に佇む合成竜は、藻掻いていたその頭を大きく天へと振り回すと、その周囲に無数の白い剣を、人型の魔物を出現させる。
「おぉ…無限に有を創り出せるこの力、これが神の領いk───」
『───────────────────ッ!』
感嘆の声を聞き終える間も無く、不意に悲鳴にも似た咆哮を上げる合成竜。
──その刹那、宙を揺蕩っていた無数の剣が、大振りな死体の身体を蜂の巣の如く串刺しにする。
「──何、故…」
白い剣──否、塩の剣に貫かれ、驚愕にも似た表情を浮かべながら、塩の柱へと変えられたエイズ。
動き出した合成竜は、踏み付けるようにソレを塵も残さず消し飛ばすと、まるで自身の動きを確かめるように、その脚を踏みしめ、腕を握り絞め、翼を広げて天を仰ぐ。
『───────────────────ッ!』
世界そのものが軋むような、全てを振り払う合成竜の咆哮。
2人の乙女に対峙した化物は、その脚で、大地そのものを踏み締めると、ズレた空間を無理矢理縫合し直した。




