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バットエンド・キャンセラー  作者: 赤槻春来
第6部.分岐する2人
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ハジメ・イガラシ

『12年後、私は姪を連れて貴方の元を訪れる。それで、貴方に姪を預かって欲しいの。私の弟と、早乙女幸助の為に』


 ぼんやりとした思考に木霊する、いつか見た夢の中での記憶。

 差し込む朝日に照らされて、ハジメは己の目元をこすると、両腕を伸ばし身体をほぐす。


「懐かしい夢…あれから12年、か…」


 ボソッそう呟いて、音を立てぬようノソノソと布団から抜け出すハジメ。

 未だに寝息を立てるカスミとハルを一瞥した彼は、はだけていた布団をそっと掛け直すと、ひとまず長い髪をまとめ上げ、脱ぎ捨てられていた自身の下着の上から上着を羽織って寝室を出る。


「あ、ハジメおはよう」


 ハジメがキッチンに立つと同時に、背後から聞こえてきた女の声。

 静かに振り返った彼は、そのままソファーに寝転ぶ女の姿を確認すると、取り出したフライパンを片手にそっと彼女へと近付く。


「おはようユラ。大分参ってるみたいだな」

「えぇほんと…自分の事しか考えてないお偉いさんと同じ場にいるのは息が詰まるわ…」


 ぐでっとソファーで仰向けになって、チラチラとハジメの顔を見るユラと呼ばれた女。

 そんな彼女の姿を前に、ハジメはやれやれといった様子で腰に手を当てると、そっと微笑み口を開ける。


「わかったわかった、今から朝食作るからちょっと待っててな?その後時間取っておくからさ」

「あ゛ぁ゙〜たすかるぅ〜」


 ヘニャヘニャと笑いながら、そんな声を漏らすユラ。

 そんな彼女を背に、ハジメは足早にキッチンへと向かうと、いつものように朝食を作り始める。


「──ねぇ五十嵐イガラシ

「…どした?急に懐かしい呼び方をして」


 しばしの沈黙の後、不意に書けられたその声に、ハジメは目前の料理を仕上げて反応する。

 いつの間にか台所まで来たユラは、調理器具を置いたハジメに後ろから抱きつくと、その肩の上に頭を乗せる。


「うぅん、なんでもない。…ちょっと、『ハジメ』が『五十嵐』(あの頃みたい)にみえただけ」

「ははっ…なんじゃそりゃ」


 出来立ての美味しい匂いが漂う中、再び流れる静寂の時間。

 しがみつくように、心做しか腕の力を強めたユラは、乗せた顔を浮かせでそっと口を開ける。


「私…うぅん、私達はさ…『五十嵐イガラシ』の穴をちゃんと埋められてる…?」


 微かに震える声で、すがりつくように放たれたその言葉。

 小さく息を吐いたハジメは、回された彼女の手に己の手をそっと重ねると、離さないようにそっと、そして強く握り締める。


「穴埋めなんかじゃない。ユラも、カスミも、それにハルやユキだって…みんなからはたくさん貰ってるよ。…それこそ、こぼさないようにするのが必死になるくらい」

「…ほんと?」

「あぁ、わざわざここで嘘を付く必要は無いだろ?」


 顔を向かい合わせて、はにかみながら言葉を紡ぐハジメ。

 そんな目の前の表情に、ユラは一瞬困ったように、そして釣られるようにその表情をほころばせる。


「──なら、よかった」

「………そうか」


 ハジメの返事を聞くと同時に、そっと身体を離すユラ。

 彼女は、盛り付けられた皿を並べる彼を一瞥すると、廊下に繋がる扉へと、その足を向かわせる。


「それじゃハジメ、私は子供たちを起こしてくるね」

「おう、任せた」

「ふふっ、任されました」


 彼女の返事と共に、ガチャリと閉まる廊下への扉。

 ハジメは、そんな彼女の背中を見送ると、そっと自身の胸に手を当てた。



ーーー



「この町も知らないうちに大分変わったな…」


 日課・・であるランニングの最中、周囲を見渡したコウスケは、そんな言葉を漏らす。

 いつもの(・・・・)ランニングコースは舗装されており、畑だった場所も住宅地が広がっている。


 ふと公園に差し掛かって、コウスケはその足を止める。

 早朝だからか、子供の姿は今はない。


「はぁ…なんだかな…」


 神隠し(・・・)にあったあの日から、気付けば13年が経っている。

 あの日、道路に自分が飛び出してからのこと。…有り得ないことが起きたはずなのに、何故か落ち着いている自分がいる。


 ひとまず自販機でスポーツドリンクを購入したコウスケは、ため息と共にその中身を胃袋に流し込む。


「…ま、考えたって仕方ないか」


 ボトルを腰にマウントして、そう呟いて頬を叩く。

 よし、と気合をいれた彼は、額に垂れる汗を拭うと、再び足を動かした。



ーーー



「ごちそうさま、また来るよ」

「はい、ありがとうございましたー」


 昼過ぎの定食屋にて、トレイを下げた客の言葉に、笑顔でそう返すハジメ。

 普段通り客足が捌ける中、彼が次の食材を掴もうとしたその瞬間、不意に裏口の扉が勢いよく開け放たれる。


「ハジメ!代わるわ!」

「はぁ?」


 突然入ってきたカスミの言葉に、思わず手を止めて素っ頓狂な声を漏らすハジメ。

 そんな反応も気にせず、マスクを装着したカスミは押しのけるようにして調理器具を取ると、固まる彼へと笑みを向ける。


「大丈夫、ここは私に任せて、ね?」

「いや、任せるのは別に構わないけど、急にどうして…」


 困惑するその言葉を耳に、そっと手を止めるカスミ。

 一旦調理器具を置いた彼女は、やれやれといった様子で腰に手を当てると、マスク越しににんまりと笑って口を開ける。


「ちょっとハジメにお客様が、ね?」

「俺に客?店じゃなくて?」

「うん。待たせちゃってるから、早く行ってあげなさいな」

「お、おぅ…」


 彼女の言葉に促され、納得いかない様子のまま厨房を後にするハジメ。

 彼の姿が消えた後、カスミが料理を再開しようとすると、不意にカウンターに並ぶ客と共に厨房を覗き込むハルとその視線がかちあった。


「…えっと、いつから?」

「んー…『ハジメ!代わるわ!』っていっちゃんを呼んで入ってきたあたりから」


 ニヤニヤと笑うハルの言葉に、思わず俯くカスミ。

 一瞬手の止まった彼女は、ハッとした様子で店内を見渡すと、ハルを一瞥してカウンターの客へ頭を下げる。


「ごめんなさい、今すぐご用意いたしますね」


 真っ赤な顔のまま手短にそう言って、再び調理にかかろうとするカスミ。

 しばらくの沈黙と共に料理が出来上がると、厨房へ入ったハルが次々と食器に盛り付け並べていく。


「大変お待たせしました、こちら日替わり定食です。遅くなってしまい、申し訳ございません」


 手際よく配膳を終え、再び頭を下げるカスミ。

 彼女の金髪が垂れるのと共に、しばし静寂が店内に響くと、ふと一人の客が啖呵を切ったように息を漏らす。


「ふふっ…ほら、顔を上げてくださいカスミさん」

「ぇ…?」


 女性客のその言葉に、気の抜けたような声を零すカスミ。

 客達は一瞬互いの顔を見合わせると、そんな彼女の姿を前に笑い声を響かせる。


「そんなに気にする必要はないですよ姐さん!」

「そそ、俺らはここの雰囲気が好きでここに来てるんだからな。旦那達の美味い飯と元気な顔が見れりゃ文句つける気なんて起きねぇよ」

「その代わり、姐ちゃん達と旦那の仲睦まじ〜いイチャつきを拝ませてもらうからな!」

「ははっ、そりゃ違いねぇ!」


 口々に笑い、楽しそうに叫ぶ老若男女様々な常連客達。

 放心するカスミに歩み寄ったハルは、ちょんちょんと小突くように肘をぶつけると、顔をほころばせながら口を開けた。


「いっちゃんが描いた通り、いい所になったよね」

「えぇ…ホントに、ね…」



ーーー



 厨房裏から飛び出して、居住スペースへ戻ってきたハジメ。

 調理帽とエプロンを脱ぎ放った彼は、その両足を早く動かすと一直線に玄関へと向かう。


「すみません、お待たせしまし…た…」


 扉を開けるなりそう言って、目の前の人物に言葉を失う。


「よ、ハジメ。…久しぶり、と言ったほうがいいのか?」

「っ…早乙女、先輩…」


 13年ぶりの、コウスケ(慕っていた男)との再会。

 思わず抱き着きそうになる衝動を抑えて、ハジメは握り締めた拳をそっと彼の胸に当てる。


「ハジメ…?」


 心配、不安、恐怖、安堵etc(エトセトラ)

 13年間、何故か(・・・)感じて(・・・)いなかった(・・・・・)感情・・が溢れ出して、ぐちゃぐちゃになった頭で、ハジメは彼の胸をトントンと叩く。


「はぁ~っ…先輩、何も変わってませんね」


 必死に言葉を絞り出して、俯きながら彼の服を掴む。


「あぁ…ハジメは、大人になったな。…俺について回ってたこのまe──あのとき(・・・・)が嘘みたいだ」


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