椅子取りゲームをお楽しみください
「すいません!遅れました!」
「死んどけ。」
朝、ののかと別れ、その日の14時にゲーム内のアイテムショップで待ち合わせをした。
ののかは30分遅れできたがまぁ、まだ時間は余裕にある。
時間までアイテムを見てナイフを購入し、15時半にチームルームに向かった。
30分後にはチュートリアルを除けばゲームを始めてから初めての勝負が始まる。
「緊張してきた。」
「ののもです‥。てか頭が痛いです‥。」
「駄あほ。ビール飲み過ぎ。」
思った以上にリラックスできている。
変に気張るよりはいい。
それを考えると昨日飲みに行ったのはよかったかもしれない。
『時間になりました。中央に扉が出現しますのでそちらから勝負会場にお越しください。5分以内にこなければ不戦敗とみなします。』
チュートリアルと同じようなアナウンスが流れ、中央に大きな扉が出現した。
「行こ。言った通り、勝負が始まる前の5分間がすごい大事だから。頼むよ。」
「は‥ははははい!」
「いいよ。気張んな。失敗したらまた対策を練り直すだけだから。」
「‥はい!」
とは言ってもこれが上手くいかなければかなり追い込まれる。
まぁ、最悪は私のスキルがバレることだし、そうならなければいいだろう。
そんな気負われるよりは気楽にやってもらうくらいでいい。
扉をくぐり、闘技場に行くと真ん中に椅子が4つ置いてあり、その向こう側に2人の男と1人の女の姿が見えた。今回の対戦相手だろう。
リア充はすぐ男女でチームを組みたがる。
勝負までにののかにお願いしたことは2つ。
私の嘘のスキルである髪の毛を自在に操るというスキルを相手に伝えることと、相手のスキルの把握である。
『はじめまして!こんにちは!今日は正々堂々よろしくお願いしますー!』
誰も視界に入れないようにその場でうずくまり、その場にいる全員にテレパシーで話しかける。
『のののスキルはテレパシーで話すことです!制限事項で視界に入らない人に限りますが。
隣にいるのがにーなさんで髪の毛を変幻自在、自由自在に操るスキルです!』
ここで立ち上がり、相手を見てテレパシーではなく直接話しかける。
「みなさんのスキルはなんですか!?
正々堂々やりましょーよ!」
ののかが私の偽物スキルを宣言する。
私が宣言するより幾分か真実味は増す。
しかも勝手に教えるなと言わんばかりに私がののかを小突いてやればこの正々堂々とかいうおばかキャラも信頼度が増す。
古典的だが1番有効的な方法だろう。
現に髪の毛を操るスキルが使える感覚を感じる。どうやら信じてくれたようだ。
「ばかですか?それで勝負前にこっちの手を教えるほどお人好しじゃないです!無駄でしたね!情報ありがとうございます!」
もちろん相当の馬鹿でもない限り相手はスキルを教えてくれないだろう。
『にーなさん。私たちから見て右の人は、特定の1人を10秒間操るスキル、制限事項は1回使用すると10分間使用できなくなる。真ん中の人は、物質を液状化させるスキル、制限事項は視界に映る半径5メートル内に限る、地面はスキルの対象外。左の女の人は液体を刃に変えるスキル、制限事項は‥すいません、わかりませんでした。』
『いいよ、上出来。ありがと。』
ののかがいればわざわざ教えてもらう必要もない。自分のスキルについて問われれば一瞬だとしても脳裏に浮かぶはずだ。
それをののかのスキルで読んでやればいい。
視界に入っている相手の心を読み、視界に入っていない私にテレパシーでその情報を共有する。なんて便利なスキルなのだろう。
勝負は闘技場への扉が現れてから5分後に開始されるようだ。残り3分くらいか。
少しでも何か対策が練れればいいんだが。
相手を10秒間操るスキルか。制限事項がなければチートもいいとこだ。死ねばいいのに。
私だったらどのタイミングで誰にこのスキルを使うだろう。やっぱり勝負が始まったらすぐかな。使用後の10分間のインターバルを考えると早めに使っておきたいと思う。
操るとしたら私だろうか。髪の毛のスキルを使えば10秒間でののかも私自身も殺せるだろう。
私のお願い通りこちらを見ず、相手を見ているののかのほうを見る。予想通りの感覚が全身を巡る。なるほど。
『あーと‥相手を操るスキルの人って今なにか考えてる?』
『えっとですね‥スキルを使うタイミングのこと考えてますね。椅子取りゲームのルール通りなら椅子に座ろうとした瞬間ににーなさんを操ってののとにーなさんを殺すつもりみたいです。そうすれば次のゲームからも椅子に座るときに躊躇わすことができるとか‥って、こすいですねー!』
あーね。そういえば相手は制限事項についてもましてやスキルについてもバレていることを知らないんだった。
確かに椅子に座る瞬間、体の自由が効かなれば勝手にスキルを誇張して受け取り、次から座ることを躊躇うかもしれない。
相手の立場になって考えるのは苦手だ。だから頭良くないんだろうな。
『すごい。知りたかったやつだ。助かるよ。』
『はふ‥。すんすん!もっと褒めてくださいー。』
心を読むということは相手のスキルどころか、戦略も筒抜けでわかるということである。いくらだって裏をかけてしまう。
実は最強じゃないか、こいつ。
ここまでわかれば頭の悪い私でだって対策くらい練れる。
『ちょっとこっちチラ見して私の心読んで。』
相手をずっと見ていたののかが目線だけこちらを見て、すぐさま元の視線に戻す。
ののかのスキルを知っていれば非常に違和感ある行動だが、知らなければただの挙動不審だし相手からは100メートル以上離れている。
まぁ怪しまれないだろう。
『わかりました。ちょっと怖いけどやってみます。』
『なにからなにまで悪い。よろしく。』
『いえ‥まさかののがここまで役に立てるなんて思ってなかったので嬉しいです。』
『万が一に死ぬかもしれないのに?すんごく痛かったよ。』
『知らない人に殺されるくらいならにーなさんに殺されるほうがまだいいかなぁ‥なんて‥。ってなんで不安煽るんですか!?』
『くひ‥まぁ本当に死ぬわけじゃないから大丈夫大丈夫。文字通り死ぬほど痛いだけだよ。』
『にーなさんには優しさが足りないとののは思います。』
びびりな私が勝負直前でこんなたわいのない話ができるなんてすごいことだと思う。
本当にののかがいてくれてよかった。
『それでは時間になりましたのでチームのののとチームばぶりしゃすの勝負を始めます。
ルールは椅子取りゲームです。始まりましたら音楽が流れます。音楽が止まったら椅子に座ってください。座れた4人がそのゲームの勝者、座れなかった1人が敗者となり敗者は1回戦闘不能となります。誰か1人がゲームオーバーになった時点で勝負は終了とし、ゲームオーバーを出したチーム、もしくはギブアップをしたチームが負けです。音楽が流れている間は中央にある椅子の半径20メートル以内には入らないでください。椅子に座った時点でスキルは使えなくなります。座った方への攻撃行為も禁止です。ルールを破った時点でその方はゲームオーバーとなります。1ゲームにつき制限時間は10分となります。それまでに椅子に座れなかった方は1回戦闘不能になりますのでご注意ください。1ゲーム内でどちらかのチームが全滅した場合、もしくは椅子に座っている方以外の全ての方が戦闘不能になった場合は制限時間内でもそのゲームは終了となります。それ以外は特にルールはありません。』
なるほど。多少のルールの違いはあれど、ほぼ椅子取りゲームのルールと大差はないようだ。
ルールを破った時点でゲームオーバーっていうのもまた、悪くないルールだ。
あまり使いたくないがこのルールを使えば、案外楽勝に勝てるかもしれない。
私は頭は悪いが運はいいようだ。
『それでは第1ゲームを始めます。』
アナウンスと共に蛍の光が流れる。
さすがくそ運営。音楽のチョイスは最悪だな。
音楽が流れている間の戦闘行為は特に禁止されていない。
この間に相手を1人殺してしまえば楽に椅子に座れるだろう。
攻撃をしかけようかと思った瞬間音楽が止まる。
時間にして5秒程度。いくらなんでも早すぎるだろ。
すぐさま40メートルほど距離のある中央の椅子に向かってののかと走る。
相手に動く気配はない。
恐らく、相手を操るスキルで私とののかを殺し、ゆっくり椅子に座るつもりなのだろう。
10分経って座ればまた操るスキルが使えるからな。
余裕ぶっこきまくりか。腹ただしいわ。
駄あほ。知ってるわ。
それは十中八九上手くいかない。
ののかは私のスキルを把握しているのだ。
私のスキルは嘘と認識された時点で発動されない。
つまり、ののかに対して髪の毛を操るスキルは発動しない。私自身に対してもそうだろう。
つまりつまり、相手に私が操られたとしても私はおろかののかさえ殺せない。
後は自由のきかない体をののかに突き飛ばしてもらい椅子に座れれば2人仲良く第1ゲームクリアだ。相手チーム3人のうち誰が椅子に座らないで戦闘不能になるのかを眺めていればいい。
その絶望を考えただけで笑えてくる。
ののかには心を読むスキルでこのことは伝えてある。
強いて危惧する点は、あっちの誰が死のうが操るスキルのインターバル分稼いでから座ってくるだろうことくらいだ。
大丈夫。1回失敗すれば相手も慎重になるだろう。
第2ゲームからは戦闘不能になったやつを集中攻撃すればすぐ勝負はつく。
初戦は大したことない相手で助かった。
そんな考えをしていると椅子から5メートルあたりのところで体の自由がきかなくなった。
相手を操るスキルを使ったのだろう。問題ない。
このままののかに後ろから突き飛ばしてもらえば椅子に突進できる。
「あぎ!!」
断末魔のような気味の悪い声が後ろからした。
ポニーテールの髪の毛の束が槍のように固まり、何かに突き刺さる感触が全身を駆け巡る。
温かい液体が背中にかかるのを感じた。
そのまま後ろからいくつかの物体に力弱く突き飛ばされて私は椅子に突進した。
しばらく動けなかったが数秒後、体に自由が戻り振り返ると原型を留めていない赤い物体がいくつも散らばっている。
何が起きたのか理解が追いつかない。
「あーあ。椅子に座っちゃったじゃないですか。ここで2人とも戦闘不能にするつもりだったのに。」
「しゃーなしでしょ。もう少し早くスキル使えばよかったかな。」
相手チームの声が近づいて来るのが聞こえる。
背中についている何本かの指を見てようやく理解した。
「‥‥あ‥‥あ‥。」
「ふふ、まぁ、でも心を折るには十分だったみたいね。」
私がののかを殺したのだ。
「あああああああぁ!!うぁああ!!‥っ‥ああ‥‥。」
私を信頼してくれたののかを突き刺した、切り刻んだ感覚がまだ残っている。
生温かったののかの血は私の背中で固まってどす黒く、冷たくなっている。
なにが大丈夫だ。
私がののかを殺してるじゃないか。
なにが嬉しいだよ。死んだら意味ないだろ。
私がばかなばっかりに。私に出会ってしまったばっかりに。
私のせいで、私がののかにお願いしたせいで、私が生きているせいで。
私が‥。
「にーなさん!!」
今にも泣きそうな声で我に帰る。
「‥‥の‥のか‥?」
『ののかさんの意識が戻ったので30秒後に勝負を再開致します。』
「しっかりしてください!もうすぐ次のゲームが始まります!」
「ののか‥大丈夫‥?痛かったよね‥辛かったよね‥ごめん‥ごめんなさい‥‥‥ごめんなさい‥‥。」
「にーなさん!!」
私の肩を掴み、ののかが叫ぶ。
「ののはまだ生きてます!!でもののは弱いです!頭も悪いです!1人だと秒で死にます!
お願いです!いつもみたいにクールに一緒に戦って!!ののを守ってくださいよ!」
ののかはまだ生きている。
そう。生きている。
死ぬほどの苦痛を与えてしまったけどまだ生きている。それでいてまだ尚、私を信頼してくれている。
私はののかを助けたい。
「‥ごめん‥言ったように私ってすぐテンパっちゃうから。助かった。」
「あはは、ののはそれくらいしか役に立てませんから。」
「‥ほんとにごめん。」
『そういうの全部後にしましょう。』
テレパシーでののかが話し始める。
生きているとはいえ、死ぬ痛みを味わったばかりのはずなのに。ののかは弱くない。
私より全然強い。
『死んでたからののにはあっという間でしたが、どうやらさっきのゲームで制限時間ぎりぎりまで椅子に座らなかったみたいです。
もうすぐ、また人を操るスキルが使えるようになるみたいです。また、椅子に近づいたときに使うつもりです。』
私が放心状態の間にそんなに時間が経っていたのか。
このままだと私はまた操られてののかを殺してしまうかもしれない。
そもそもなんで私は髪の毛のスキルが使えたのだ。
ののか相手には発動しないはずなのに。
「‥あ‥。」
頭に衝撃が走る。
なんでこんな簡単なことに気づけなかったのだろう。
ののかを視界からはずし、相手のチームの方に目を向ける。
やっぱり。髪の毛のスキルが使える感覚がある。このまま、ののかのほうに攻撃すればそのままののかを殺せそうだ。
私のスキルの制限事項にある相手とはスキルを使う相手というわけではなく、視界に入っている人物のことを指すのかもしれない。
そうであるならば対応のしようもあるかもしれない。
でも保障がない。
こんなの私の想像の域を超えない。
こんな不確かなことにまたののかを巻き込むのか、私は。
もっと別の。ののかが死なないもっと確証を持てる何かを考えなくては。
もっと死ぬ気で考えなきゃ。散々シミュレーションしてきただろ私。なにをやってるんだ。もう時間がないのに。
私はなんてぐずなのだろう。
「大丈夫ですよ。にーなさん。あと1回死んでも死にませんから。」
なんの迷いもない晴れやかな顔で私を見ている。
「‥‥すごいよ。あんた。」
あの痛みが怖くないわけがない。
なんでそこまで他人を信頼できるのだろうか。
「私、頭弱いから他の方法見つかんないや。
ごめん‥もう1回だけ私を信じてもらってもいい?」
「にーなさん!何回言えばわかるんですか!?すんすん!」
『30秒経ちましたので第2ゲームを始めます。』
「ののなんてにーなさんがいなきゃ、コンマ秒で死んでますよ。」
BGMにかき消されそうな声で、それでも力強くののかは断言する。
「‥くひ‥なんでさっきより早く死んでんだよ。」
「‥え?え?」
「いや、いーよ。あーと‥‥いこっか。」
15秒ほどで音楽が止まる。
今回もまた相手は動く気はないようだ。
ののかが走っている後ろについていく。
大丈夫。さっきと違ってスキルが使える感じはしない。
ののかが椅子から10メートルほど離れた地点に到達したところでまた体の自由がきかなくなった。また操りスキルを使われたのだろう。
ののかが肉塊になる映像がフラッシュバックする。大丈夫なはずだ。髪の毛のスキルを使える感覚はなかった。
もしまたののかが死ぬようなことがあればゲームオーバーにリーチがかかる。
その場合はギブアップをしよう。
ゲームオーバーに近づいてしまうが無理をしてののかが死んでしまうよりはマシだ。
「にーなさん!椅子!椅子に座れました!」
「‥‥あーね。見ればわかる。」
私の心配は稀有に終わり、ののかは無事、椅子に座ることができた。
よかった。‥ほんとに。
「ちょ、え?なにやってるんですか?ボブヘアさん椅子に座っちゃいましたよ!?」
「っれぇ?っかしいなぁ。あのポニテさっきみたいにスキル使えなかったんだよ。」
幸いなことに私を操れる10秒間何もしてこなかった。やろうと思えば地面に頭を叩きつけさせて私だけでも殺すことはできただろうに。
いや、無理だろう。
少なくとも私なら想定外の出来事から10秒程度で立て直し、次の行動に移すことはできない。
私と同じような駄あほで助かった。
そういうことができる化物はきっとこのゲームにうじゃうじゃいるだろうから。
「ちょっと休んでて。」
「え?あれ?にーなさん!?」
椅子に座っているののかを横切り相手チームの3人のほうへ駆ける。
ここで私が座ればこいつらが誰を犠牲にするにしても制限時間ぎりぎりまで時間を使うだろう。
それじゃだめだ。
10分経てばまた糞ったらしいスキルで私の自由を奪ってくるだろう。
3人まとめて殺してやる。
幸いなことにこの髪の毛のスキルは多人数への戦闘に向いている。
髪の毛を束ね槍のようにすれば威力は上がるが、1本1本を針のようにし四方八方への攻撃も可能だ。
それに加えて自分の周りに髪の毛を広げればどこからの攻撃にも対応できる盾にだってなる。
まずは手っ取り早く無能状態になっている操り野郎から殺す。
標的の男を串刺しにするべくポニーテールの片方を数百の針に変え、正面から攻撃をする。
「あらあら、そんな簡単に殺らせないわよ。」
同時に女が自分の血でできた刃を私に向けて振りかざす。
早い。でも大丈夫。
それに備えて片方のポニーテールを残しておいた。残しておいた片方のポニーテールを扇型に広げ、女の攻撃を防ぐ。
私の攻撃は無能男の前にもう1人の男が立ちはだかり、髪の毛の針を液体に変えられた。
物質を液体に変えるスキルか。
今ので決めときたかったがまだいくらでも立て直せる。
髪の毛の一部を液体化させられたがいくらでも伸縮できるから問題ない。
「っべーよ。俺殺しに来てるって。」
「殺されないために僕らがいるんじゃないですか!」
「攻守を同時にこなすなんで強いわね。私のスキルだって初めて見せるから防がれるとは思わなかったわ。
なんでか知らないけど私たちのスキル、バレてるって考えた方がいいわ。
私は攻めるから貴方はぽんちょさんを守りなさい。」
「まかされま‥がはっ‥‥!」
「あらあら。油断したわぁ。」
視界に映る半径5メートル以内の物質を液体化させるスキル。なら死角から攻撃してやればいい。
攻撃に使っている方のポニーテールの一部を更に枝分かれさせ、地面を這いづらせて背後から男2人を突き刺した。
そのまま、言葉を発する暇を与える間も無くののかを殺した時のように内臓さえ判別できないくらいに切り刻んでやった。
どれがどちらの肉塊かもわからないほど細かい破片が辺りに飛び散る。
「あら、意外と感情的なのね。」
「見た目通りだろ。それに比べてあんたは仲間が殺されてもクールだな。」
これでポニーテール両方分をこの女に使うことができる。問題なく勝てるはずだ。
ポニーテールでこんなに利便性があがるならトリプルテールでもクアドラテールでもしとけばよかった。
「んー、そう言われてもね。昨日会ったばかりの即席チームだもの。怒りの感情も湧いてこないわ。むしろ、こんな簡単に死なれるなんて失望感しか湧いてこないわよ。」
「あーね。まぁどうでもいいけどね!」
言葉を言い終える前に先ほどまで男どもに使っていた方のポニーテールを槍状に変え、女に攻撃する。
「だからって負ける気はないわよ。」
女が血の刃を軽く振ると髪の槍がサイコロステーキの様に細切れにされた。
何でだ。さっきは簡単に防げたのに。
「不思議かしら?知りたいかしら?
私のスキルは液体を固めて刃を作ることができるの。今は自分の血を固めて刃にしてるわ。
この刃ね。固めてから時間が経てば経つほど硬く、鋭く、軽くなるのよ。
このお喋りの時間でさえも私には無駄な
時間ではないってわけ。」
一度防げたからこいつのことを甘く見ていた。
つまり時間が経てば経つほど私の勝率は下がるということか。
現に先ほどの斬撃はほぼ見えなかった。
ちょっと勝つ自信がない。
「あらあら、怖いかしら?恐ろしいかしら?私は楽しいわよ。ゲーム内なのに濡れているのがわかるわ。どんどん熱くなってるのがわかる。貴女ともっとやりあいたいわ。お願いだから簡単に壊れないで頂戴ね。」
言い終わる前に、私の体は椅子のある場所に瞬間移動した。
「あら、髪の毛を伸ばして椅子に触れたのね。
体の一部が触れればその時点でゲームクリアってわけ。油断したわ。」
憶測通り、椅子に触れるだけでいいルールでよかった。
あいつと対面で戦うくらいならまだ制限時間ぎりぎりまで使われて操り野郎のスキルが使える様になる方がまだマシだ。
まともに正面からやりあって勝てる気がしない。
「いいの。いいのよ。貴女は生き延びることだけ考えていればいいの。そんな死に怯える初心者ちゃんたちを絶望に追い込むのが楽しいんだから。」
今の言葉ではっきりした。
この女はゲームを始めたばかりの初心者じゃない。むしろこのゲームを長くやっているに違いない。
仲間にでも所持金を預け、初心者のふりをして初心者を狩る。弱いものいじめして快楽を得るために。
反吐がでるくそ女だな。
そのまま、1分と待たずにくそ女が椅子に座る。
「いいのか?あの男、まだスキル使えないだろ?」
「あら、やっぱり知ってたのね。
私は早く貴女と遊びたいの。待つ理由がないわ。」
イカれてる。ありがたい。これで次のゲームの前半くらいはあの男はスキルを使えない。
『生存者が全員、椅子に座るのを確認しました。第2ゲームを終了します。』
アナウンスが流れ、気がついたら自分のチーム側に移動していた。
『ぽんちょさん、やまさんの意識が戻ったので30秒後に勝負を再開致します。』
「おい、ののか!私の後ろにいて!片方のポニーテールで守るから髪の毛離さないでよ!?」
「‥‥あ‥は、はい!」
もうすでにくそ女が血で刃を作っている。
第3ゲームが始まる頃には先ほどと同じように私には防ぎきれない攻撃を仕掛けてくるだろう。あんなの相手になんかしてられるか。
『30秒経ちましたので第3ゲームを始めます。』
蛍の光が流れると同時に相手チームがいる地面から髪の毛を出し、操り男を縛る。
ののかを守るという名目で片方のポニーテールをののかに持ってもらって私の後ろに隠れてもらった。
聞こえるように大きな声で言った。
ののかが戦闘不能になったときの私の動揺っぷりを見てるんだ。
私はののかを大切にしていて死んでほしくない、だから守る。疑う余地なく信用してくれただろう。
ののかに持ってもらっている髪の毛を地面に突き刺し、そのまま相手チームの、操り男の下まで移動させた。私を視界に入れたときに私の心を読んだであろうののかに死角を作ってもらいバレないように。
くそ女がやる気になった今、スキルが使えない操り男をここで切り刻んでも全くこちらが有利になるとは思えない。
髪の毛で縛った操り男を宙に持ち上げ、そのまま椅子のある方へ引き寄せる。
「は?!え?!ちょっ!?っべーよ!死ぬ死ぬ死ぬ!!」
まだ蛍の光は流れている。
このまま椅子に近づいて椅子から半径20メートル範囲に放り投げれば操り男はゲームオーバーになり、くそ女と戦わなくてもこの勝負は私らの勝ちで終わる。
死にたくなければギブアップしろ。そのほうが手っ取り早い。
「いやいやいや!!無理だわこれ!ギブアー
勝った。操り男がギブアップを宣言した。
と思った。絶対勝ったと思った。
宣言を言い終わる前に、操り男が半径20メートル範囲に入る前に、くそ女によって操り男の首がはねられた。
「駄目じゃない。
そんな終わり方されたら不完全燃焼で欲求不満になって死ぬわ、私。」
返り血を浴び、不気味に微笑む。
「ちょっ!なんでぽんちょさんを殺すんですか!?仲間じゃないですか!?」
「あら、おかしいかしら?わからないかしら?
私だって最初は絡まってるあの子の髪をどうにかして切り刻んで助けるつもりだったわよ。
でもギブアップしようとするんだもの。
助けなかったらゲームオーバーになってぽんちょさんは死ぬし、私たちの負けになる。
殺すしかないじゃない。ぽんちょさんをゲームオーバーにしないでチームも負けにならない最善の策だと思わない?」
「でも‥だからって‥。」
言いたいことはわかる。
だからって仲間を眉ひとつ動かさず殺していいものだろうか。
ましてやこの水男は、先ほど死ぬ苦痛を味わったばかりなのだ。
それがどれほどの恐怖か理解している分、受け入れがたい。
「‥‥わかってないようね。やまさんも私に救われたのよ?」
「‥‥え?」
「貴方とぽんちょさんの手持ちは今900万。
もしこの勝負に負ければ450万。明日になれば350万。3人合わせても1050万。
そんな勝っても美味しくもない私たちの相手なんて誰もしてくれないわよ?
してくれたとしても同じような低所持金のチームくらいかしら。勝っても500万とか。3人で分ければ1人160万くらいかしら。2日ももたないわね。
つまり、この勝負に負けたらほぼゲームオーバー確実なのよ。私の靴を舐めるくらい感謝しても足りないわよ?」
「‥‥っ‥‥!」
悔しそうな顔をして下を向き黙っている。
たしかにくそ女の言うことは間違っていないと思う。
でも間違っていないだけだ。
人の心はそんな正論で納得できるほど簡単なものじゃないと思う。これがもとに仲間割れでもしてくれないかな。
「そろそろ音楽も止まるかしら。勝手に椅子に座ってていいわよ。いても足手まといだから。」
できればくそ女とは戦いたくない。
水男を音楽が流れている内に椅子から半径20メートル範囲に引きずり込めれればいいのだが、私の髪の毛を簡単に液体化されられたし、かなり時間が経った今ではくそ女に簡単に切り刻まれる。無理だ。
くそ女が迂回してこちらに近づいてくる。
距離を取るため、椅子を中心に反対側に逃げる準備をする。距離を縮められたらまず勝ち目はないだろう。
縮められる前になんとかしてののかを椅子に座らせる。私1人であれば先ほどのように髪の毛のスキルを使って椅子に触るのも難しくないだろう。
「あらあら、可愛いわね。焦らしちゃって。
逃がさないわよ。こんな楽しいこと滅多にないー
言い終える前に血の刃が腕ごと液体に変わる。
「‥‥なんの冗談かしら?」
水男がくそ女に向かってスキルを使ったのだ。人さえも液体に変えれるのか。
おそらく全身全てを液体に変えるつもりだったのだろうが寸前のところて気づかれてしまったらしい。それでも避けきれず腕1本液体化させた。
「確かにあなたは間違っていないかもしれません!でも理解できません!笑いながら仲間を殺すなんて理解できません!あなたなんか仲間じゃない!」
「‥そう。」
無くなった腕からは血飛沫は上がらず掌で押さえている肩は既に血が止まっている。
残った腕の掌を噛みちぎり新しい血の刃を作り、水男を真っ二つにした。
内容物を飛び散らせながらその場に崩れる。
「してもらう気もないし、仲間と思ったこともないわ。」
なんていい人なのだろう。
初めて男の人を素敵だと思った。よくやってくれた。
私の願い通り仲間割れをしてくれて、更に時間が経って私の髪の毛でも防げなかったであろう血の刃を液体に戻してくれた。
今できたばかりの血の刃なら私の髪の毛のスキルでも防げるはずだ。
防ぎつつののかを椅子まで誘導してやればいい。無論、1番の理想はあのくそ女を細切れにすることだが。
次のゲームに持っていき、他の2人のどちらかがギブアップしてくれることを願おう。
そのためにもののかは殺させない。
ここでののかがゲームオーバーにリーチがかかるようであればギブアップする。
『にーなさん。あの人、音楽が止まった瞬間突っ込んでくる気ですよ。
あと制限事項もわかりました。掌で触れたものにしかスキルを発動できないようです。』
なるほど。ここにきて嬉しい情報だ。
つまり、あと片方の腕を切り落とせれば簡単に勝てる。
相手は片腕しかないのだ。できなくはない。と思いたい。
「私の後ろから離れないで。絶対椅子まで連れて行くから。」
「はい‥うう‥役立たずですいません‥‥。」
「くひ‥今更何言ってんの?」
音楽が止まる。
止まると同時に椅子に向かって走る。
くそ女もこちらに向かって走り出す。
そう思った時には椅子に目もくれることなく横切っていた。
「は?わ‥はやっ!」
椅子に10メートルも近づく前にくそ女が目の前まできた。
なんつー身体能力だ。いくらののかにスピードを合わせてたからってこんなに早く間を詰められるなんて。
先ほどとは比べものにならない速さで乱れつきしてくる。
例えとかでなく血の刃が10本くらいに見える。
椅子に全然近づけない。
髪の毛で防げている分、まだ全開ではないのだろう。
これからもっと強くもっと早く防ぎようのない攻撃が待っていると思うと震えが止まらない。
「痛いわぁ。貴女を突くたびに無くなった腕が熱くじんじん痛むわ。痛くてイッてしまいそうよ。
でも貴女を殺すまでは我慢ね。ふるふる震えちゃって。いい子ね。でももう少し待ってね。
簡単に殺しちゃったらつまらないでしょ?」
「‥‥え‥‥?」
「これでお揃いね。」
血の刃で髪の毛を切り刻まれ、視界に自分の左腕が宙を舞うのが見えた。
腕から血が勢いよく吹き出す。
それを見てやっと髪の毛だけでなく左腕も切断されたことに気づいた。
「うぐっ!!うぎ!」
「あら、泣かないのね。偉い偉い。」
痛い。でも叫んでる場合じゃない。
間髪いれずにひたすら攻撃してくる。すでに私はくそ女の攻撃を全く防げなくなっていた。
殺そうと思えば一太刀で殺せるだろうに。そうせず、あえて細かく無数の切り傷をつけられる。
駄目だ。全く歯が立たない。
ののかだけでも椅子に座らせたいがそれさえもやらせてもらえない。
自分の血が目に入り視界が霞む。意識も薄れてきた。
「あらあら、血だらけじゃない。可愛い顔が台無しね。辛いわね。苦しいわね。そろそろ死にたいかしら?」
昔テレビで見ていた正義のヒーローはこういうとき、最初から使っとけよと思わずにはいられない必殺技を使って逆転してたんだけどな。
私にはそんなものはない。
「にーなさん!!もう隠してる場合じゃないです!!奥の手を使ってください!!」
ぼやける意識の中でののかの声が聞こえた。
「‥あ‥ね。使うか‥奥の手‥‥。」
奥の手?何を言っているんだ?
そんなものあれば奥になんか隠さず、最初から使ってるつの。
「貴女‥この期に及んでまだ何か隠し持ってるっていうの?」
あ、信じた。
見間違いじゃなければくそ女の薄気味悪い笑みが少し引きつっているように見えた。
うける。一体どんな奥の手を想像したんだよ。
まぁ関係ない。くそ女がどんなものを想像したかなんてどうでもいいのだ。
奥の手があるという嘘を信じたのだからそれは本当になる。
髪の毛のスキルだって相手がどんなスキルを想像してたかは関係なかった。
相手が髪の毛のスキルを認知すれば私が思い描いた通りのスキルになった。
奥の手の内容だって私の思い描いた通りになるはずだ。
どんな内容が最善か考えなくては。どうすればあのくそ女に勝てる?
痛みと出血量で頭がうまく回らない。
あーね。なんかもうなんでもいいや。
「必殺!!なんでもぶっ壊せるめっちゃくちゃ硬い髪の毛ええええ!!」
ポニーテールがドリル状になり、くそ女目がけて回転しながら突く。
くそ女が血の刃で防ごうとする刃を粉々にし、そのままドリルがくそ女の胸に突き刺さる。
「があああぁ!!!この‥くそがきいいい!!」
心臓を抉り取る感覚が髪の毛に伝わりくそ女は断末魔をあげたあとピクリとも動かなくなった。
後にののかは語る。
「避けられてたら意味なかったですね。あのダサい必殺技。」