観戦しましょう
「さて、どこに行こうかな。」
家に帰り、再度1時間ほど寝た後、実質初めてのログインをした。
所持金は1000万リルドのままだった。
どうやら初日はくそ運営に100万取られないようだ。ありがたい。
そして、明日、明後日、明々後日分の勝負についてもとんとん拍子に決まった。
ゲーム上の自分の部屋からチームの情報、って言ってもチーム名、所持金、チームの人数くらいだけど、どのチームの情報も確認することができ、勝負の申請もできた。
チームにいるやつの名前も顔も表示されないため、もんじゃを見つけることはできなかったがこれだけスムーズに決まってくれたのはありがたい。
どのチームも3人チームで所持金3000万だったからおそらく、初心者の集まりのチームだと思う。ハズレを引いていないことを祈ろう。
特に初戦。どうやら1日前まではどちらのチームも勝負の取り消しができるみたいで、明日負けることがあれば取り消しされかねない。
逆に相手も連戦を想定しているなら相手の所持金が大幅な減少の可能性もいなめない。もし想定より相手の所持金が少ないようであれば取り消しも考えなくては。
その後の予定については明日の勝負の勝ち負けが決まった後で決めよう。
というわけでとりわけやることは終わった。
明日の勝負のルールは提示されたが、あらかた私の中での整理は終わった。後はののかが来てから話し合えば問題ないだろう。
ののかはまだ寝ているだろうし、とりあえずゲームに慣れるために街にやってきた。
街というのは他のゲームで言うところのコミュニティみたいなもんだ。でかい街が全部で4つある。
そこでチームへの勧誘をするでもよし、直接勝負の申請をするもよし、何気ない会話をするのもよし、暴力行為以外なら特に禁止されていることはない。
ただ部屋と違って相手の情報は一切見ることはできないが。
ぷっちょがチュートリアルで使っていたナイフを思い出す。おそらく街で買い物ができるのだろう。
自分の部屋で確認したが特に買い物できる項目はなかった。
つまり、ぷっちょは待ち時間に街にでて持ち金でナイフを買ったのだろう。
自分のスキルのことで頭がいっぱいだったこともあって街に出れることに全く気づかなかった。
チームルームでも一言も言ってないあたり、意外と喰えないやつだ。
「まぁた難しい顔してんじゃんよー。」
「‥今べつに話したい気分じゃないからあっちいってほしい。」
街を歩いていると見覚えのある顔が目の前に急に現れた。噂をすればなんとやらだ。ぷっちょだ。
よりにもよって4つある街で、しかも1つ1つまあまあ大きいのに、嫌なやつに会ってしまった。
「うへぁ、相変わらず素だと口悪ぃ。
街でも見て回んだろぉ?なんならあたしが案内してやんよぉ。あたしは昨日ひと通り見たしなぁ。」
「いや、いい。あんたと話すのはなんか疲れる。」
自分に自信を持っているだけあってなかなか優秀なやつだ。そういうやつと話すのはスキルのこともあって言った通り疲れる。
「うはは、ノリ悪ぃ。話があるって言ってんよ。察しろつの。悪ぃ話じゃねぇよぉ?」
濁った目で顔をさらに近づけてくる。
口角が上がった口から長い舌をちらつかせるあたり、末期のヤク中と言われても不自然ではない。何を考えているのかわからない。薄気味悪い。
「要件ならここで言えるだろ。ウマい話なら乗る。」
「うはぁ、用心深ぇ。めんでぇ。うざ。
まぁ、いいや。今日、あたしは5000億リルド手に入る予定なわけよ。」
「は?5000億?」
「その後、あたしと勝負しよってわけ。ロウリスクハイリターン。悪ぃはなしじゃねぇだろぉ?」
おかしいだろ。昨日ゲームを始めたばかりの初心者がどうやっていきなり5000億も稼ぐというのだ。仮に事実だとしてもののかと合わせて2500万しか持っていない私と勝負するメリットもない。何を考えてるんだ、こいつ。
「うははは、興味もった?どうせ街を回るつもりだったんだろぉ?歩きながら話そぉぜぇ。」
「‥‥買い物がしたい。」
「じゃ、こっちだなぁ。」
あまりに良い話すぎて食い付いてしまった。
これで何か企んでいたとしたらこいつの思うツボだな。
「ほら、あたしこのゲームに先輩がいるみたいな話したじゃん?その先輩に喧嘩売ったのよ。
あたし先輩らくそ嫌いだからさぁ。そしたら喧嘩になって勝負することになったわけよぉ。そのチームが意外と大きくて1兆リルド持ってるとかカモネギなわけよぉ。」
歩きながら得意げになるわけでもなく気だるそうに話しだす。
「‥その言い方だと狙ってやったとしか聞こえないけどな。」
「うはは、そだね。狙ってやった。
先輩の性格わかりやすくて助かるんだわぁ。」
この女はきっと先輩とやらにこのゲームを誘われたときからそうすることを考えていたのだろう。スキルが強いとか云々の前に自分に絶対の自信があるようだ。
それかただの死にたがりだろう。
「にーなの空いてる日にちは?」
「明日から3連戦だ。」
「てぇことは4日後だなぁ。今から申請してよい?」
「いや、まだ受けるなんて一言もいってないだろ。それにお前がまだ勝つかもわからないのに今決めるとかちょっと嫌だ。」
「うあー、てめぇのその慎重なとこ嫌いだわぁ。うぜ。先輩を見習ってほしいね。」
普通だろ。しかも顔も知らないそんなアホみたいな先輩なんて見習いたくもない。
「あたしが今日負けて所持金減って勝負する価値もなくなったら取り消ししてもらっていいからさぁ。」
「‥逆に怖いわ。あんたにメリットないだろ。」
「あー、ないねぇ。ないかもねぇ。
ただムカつくからそういうやつらの鼻をへし折りたいだけだしぃ。メリットとか、んなんいらんのよ。」
「くひひ。私もその中の1人ってか?」
「まぁそーねぇ。
にーなっちは全てが自分の思い通りになるって思ってそぉでムカつく。」
「否定はしないけどあんたも似たようなもんだろ?」
「うはは、だからムカつくんだろぃ。
そーゆーのあたしだけでいいんだわ。」
なるほど。同族嫌悪というやつか?
「そういうことなら受けてもいい。確かに悪い話じゃない。」
仮に負けたとしても少ない所持金が半分になるだけだ。
その前の3連戦を勝利していれば立て直すのも難しくない。
「お。やったやった。楽しみだぁ。
とりあえず、今日の勝負早く終わらせっかぁ。
あ、ここで買い物できるわけよぉ。」
指をさし、あるお店の前で止まる。
ナイフやら銃やら食べ物まで売っている。
アイテムの効果は一切書いていないから食べ物がどんな効果を持っているかわからない。
わかりやすいナイフか拳銃を買っておくのが無難かもな。
「高いな‥。」
ナイフは300万リルド、拳銃は1000万リルドの値札が貼られている。
拳銃を買った瞬間、ゲームオーバーじゃないか。
「ぼったよなぁ。あたしもナイフしか買えなかったわぁ。」
「てかあんた、今日、勝負だろ?
チームで話し合いしといたほうがいんじゃないか?」
「うはは、チームって。あたし1人だから。」
「嘘だろ。よくそれで勝てるなんて思うな。
ちなみに勝負のルールは?」
「あたしって昔から運がいいほうでさぁ。
乱闘だって。ギブアップするか全員ゲームオーバーにするかのルールなしの殺し合い。
あひひひ、ギブアップできないように2回殺したやつは喉でも掻っ切っとくかぁ。」
「わかんないだろ。あんたのスキルが強くてもスキルを無効にする相手がいるかもしれないだろ。」
そうなったら圧倒的な人数の差でぷっちょでも勝てはしないだろう。
せっかくの5000億の獲物もおじゃんというわけだ。
「だーかーらー、それでも勝てるってのがわかんないかなぁ。」
「まじで言ってんの?」
「あたしぁ、いつだって大まじだっての。」
どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか。
あほを通り越して逆に不気味である。
「あと1時間後にはじまるからさぁ。見てけば?あそこで好きな勝負の観戦とか賭けができるみたいだぜー。」
そう言って少し離れたところにある大きな塔を指差す。
「あそこ、金取られるだろ。」
「うへぁ、知ってたかぁ。」
姉のメモにあった観戦会場だ。
1回の観戦、もしくは賭けにつき、100万リルド取られる。
「でも見るよ。あんたが負けたらまたプランを立て直さないといけないし。」
「うはは、見とけ見とけー。んで対策でも練って少しでもあたしを楽しませてくれってわけよ。」
たしかに。その自信の根拠を見ておかないとなんか勝てないような気がしてきた。
100万リルドは痛いがそれで2500億が手に入るなら安いものだ。
「んじゃ、さよならほいほい。デート楽しかったぜぇ。」
目の前でぷっちょが消えた。
おそらくどこからでも自分の部屋にワープできるのだろう。
ぷっちょと別れ、観戦会場に向かい、受付で100万リルドを支払うと個室に案内された。
どうやら個室で観戦ができるようだ。
テレビと椅子があり、テレビにはお互いのチーム名とレートが書かれていた。
チーム ぷっちょ 対 チーム 森羅
レート 16 1.5
まぁチームの規模と所持金、経験値から考えて妥当だろう。
ぷっちょが勝つことに期待を込めて100万リルドをぷっちょに賭ける。100万リルドからしか選べないあたり、100万リルドが最低の掛け金のようだ。
賭けといてあれだが、本当に勝てるのだろうか。ぷっちょが負ければ100万損した上にぷっちょと勝負する意味もなくなる。
ムカつくやつだがここは勝ってほしい。
『それでは時間になりましたので勝負を始めてください。ルールは乱闘です。相手がギブアップするか、チームの全員が3回戦闘不能になった時点で終了です。』
「さえこ!てめぇ!今更後悔してもおせぇからな!」
「うはは、冗談。てか本名やめてくださいよぉ。」
マイクでもついているかのように観戦室までお互いの話し声が鮮明に聞こえてくる。
ぷっちょのくせになかなか可愛い名前だ。生意気。
相手は全部で10人いる。全て女性のようだ。
チームで1兆リルドあるということは1人当たり平均1000億リルド持っていることになる。
それなりに場数を踏んでおり、未だに生き残っているのだから弱いなんてことはないだろう。
「さあさあ。とりあえず攻撃受けてあげますからどっからでもどぉぞぉ。」
「ばーか。こっちはてめぇのチュートリアルのときの勝負見てんだよ。はいそうですかって突っ込むわけねーだろ。」
「うへぁ、まさか先輩にも考える頭があったんですかぁ。残念。」
挑発なのか、素なのか、少なくともぷっちょは全然悔しそうではない。
ぷっちょのスキルはオートカウンター。
チュートリアルで見た限りどんな攻撃も跳ね返すスキルだと思う。
無闇に攻撃すると自分がダメージを食らうだけだ。
「くふふ、残念だな!こっちにはそのスキル通用しねーから!」
後ろの方にいる大人しそうな女がぷっちょに両手を向ける。
「‥‥?なんすかぁ。それ。」
「こいつのスキルはスキルを無効にするスキルなんだわ。てめぇはただ、スキルに恵まれただけだろ。終わりだな。」
たぶんこのあほ先輩のいう通り終わりだろう。
まさか先ほどぷっちょに話したスキルの持ち主がそのままでてくるとは。運悪いなこいつ。
あほ先輩とその仲間がぷっちょ目がけて銃を構える。こんな簡単にやられるんなら見なくてもよかったな。200万も無駄にしてしまった。
「先輩ぃ。そぉいうのって口に出さないでふいを突くのが効果的なんすよぉ。王道漫画じゃあるまいし、そんな自慢げに口に出すのはバカ丸出しすなぁ。」
同感だ。相手にいちいち自分のスキルを言うなんて馬鹿げてる。不思議がらせておけばいいんだよ。それにしても随分余裕だな、あのヤク中もどき。
「あー、うぜ。もういいや。死ねよ。」
1発の銃声が響く。
「あ‥らて‥れ‥?」
一瞬の静寂をはさみ、あほ先輩の眉間から血が吹き出し、倒れこむ。
「うはは、まぁ口に出そうが出さまいが結果は同じなんすけどねぇ。」
銃弾なんて早すぎて見えないがおそらくオートカウンターで跳ね返した弾があほ先輩の眉間に命中したのだろう。
「なんで‥私のスキルで無効にしているはずなのに‥‥。」
「いやいやぁ。あたしのスキルってさ、なんでも跳ね返しちゃうわけじゃん?チュートリアルで見てたと思うけどスキルも跳ね返してたじゃん?
そんななまっちょろいスキルだって跳ね返せないわけなくない?」
驚いた。つまりスキルを無効にするスキルさえもぷっちょのスキルは跳ね返してしまうわけだ。
「あひひひ。スキルを無効にするスキルが無効にされるとか笑えーなー。ウケるー。」
いや。チートすぎだろ。いくらおいしい話だからって受けるべきではなかったかもしれない。勝てる気がしない。
『にゃーさんの意識が戻ったので30秒後に勝負を再開致します。』
あほ先輩の名前が無駄に可愛い。
「うはは、そんだけ人数いるんだからもう少し楽しめますよねぇ?
もうネタ切れとかやめてくださいよぉ?」
あほ先輩たちの顔を見るからに打つ手なしのようだ。観戦に来ておいてよかった。
私もスキルを無効にするスキルを持っているやつをどうにかしてチームに引き入れれば勝てると軽く考えていた。
もし私が考えなしに勝負当日を迎え、あほ先輩と同じ立場になったと思うと背筋が凍る。
まぁ、2回戦闘不能まで頑張って、手段が思い浮かばなければギブアップが無難だな。
あほ先輩もたぶんそんな考えなのだろう。
毒ガス、サイコキネシス、重力変化による圧迫。
いろいろ試していたがあっという間にあほ先輩は2回戦闘不能になった。
あほ先輩ともう1人ばかり狙っているようで2人の他はまだ2回戦闘不能になったやつはいない。が、ここが潮時だろう。
「うはは、先輩弱いすわぁ。いつも偉そうにしてたくせに、いい気味ぃ。」
「うっせ!いつかぜってぇぶっ殺してやるからな!今回は勘弁してやるよ!!ギブア‥‥っ‥!?」
ギブアップの言葉を途中で止める。
何故だ。早くしないと殺されるぞ。
ぷっちょの方に目をやると手に林檎を持っていた。
「あー、えー、あたしは親切だからあほな主人公のように何が起きているか教えたぁげますね。不要と決めつけたものって目に入らないもんですけど、この林檎って相手チームの言葉を奪うアイテムなんすよー。つまり喋れなくなるってわけよぉ。体感30秒くらいな感じ。」
そんなえぐいアイテムだったのか。
言葉が奪われるということはギブアップができないということだ。
「先輩たちにギブアップされるのは困るんすわぁ。知っての通り、あたしって現実だとへなちょこなわけじゃないすか。ここで殺しとかないとまた殴られるとか、ちと勘弁なところすなぁ。」
とんでもないスピードであほ先輩と恐らく顔見知りであるもう1人との距離を詰める。
こいつ、身体能力も高いみたいだ。ゲームのくせにレベルという概念もないくせに身体能力に差があるものなのか。糞ゲー極まりない。
『にゃーさん、しのぶさんが3回戦闘不能になりましたのでゲームオーバーとなりました。』
瞬きをする間も無く、2人の首をナイフで掻っ切り、ゲームオーバーにした。
ゲームオーバー後は傷が治ることもなく血飛沫が闘技場を赤く染め上げていた。
「あー、えーと、さてさて、あとのみなさんは別に顔見知りじゃないしぃ。ギブアップしてもこのまま続けてもいいすよぉ。そろそろ喋れると思うんでぇ。」
迷いもなくチーム森羅がギブアップをし、ぷっちょの勝利で終わった。
『チームぷっちょの勝利となりましたので勝負を終了致します。チーム森羅の所持金の半分である5050億リルドと撃破ボーナスとしてにゃーさん、しのぶさんの残りの全額、合わせて7300億リルドがチームぷっちょのものとなります。以上です。生き残ったユーザー様はそれぞれのチームルームにお戻りください。
なお、ゲームオーバーになったユーザー様の死体に関してはこちらで処理致しますのでそのままで願い致します。』
なるほど。撃破ボーナスなんてものがあるのか。相手をゲームオーバーにすればその相手が所持しているリルドも全部もらえる、か。
がめついやつは相手をゲームオーバーにしたがるだろう。
今後、あの林檎には気をつけよう。
ぷっちょの行いは残虐に見えるかもしれないが正しい選択だろう。
後輩に5000億円も持ってかれたのだ。間違いなく現実世界でせびられるだろう。
もし現実世界の顔見知りと勝負するなら相手をゲームオーバーにする覚悟で挑まなければいけない。
まぁ、私にはあまり関係のない話だな。
『チームぷっちょが勝利しましたので100万リルドが1600万リルドになりました。続けて観戦を行いますか?その場合はプラスで100万リルドお支払い頂くことになります。』
前向きに考えよう。
観戦料含めて200万が1600万になったのはありがたい。これで合計2400万になった。
もしぷっちょが負けていれば800万だったことを考えるとよくやってくれたと思う。
それにもったいないが、ぷっちょとの勝負についても勝てる見込みがなければ勝負を取り消しにすればいい。やいのやいのうるさそうだが、勝負以外での暴力行為は禁止されている。言わせておけばいい。
ここをでよう。そろそろののかも起きる頃だろうし。
とりあえず考えなければいけない事は明日の勝負に勝つことだ。