チームを作りましょう
部屋に夕日が差し込む。
食べかけのカップラーメン。
散乱している大量の漫画。
今にも壊れそうな音を出して回っているタバコで汚れた換気扇。
目の下にクマを作り、無駄に長い癖っ毛の髪が寝癖で更にぼさぼさになっている私を写す鏡。
ああ、私の部屋だ。
どうやら現実に戻ってきたようだ。
色々と起こりすぎたせいで頭がうまく回らない。私は頭の良い方ではない。
キャパなんてすぐ超過してテンパってしまう。
「落ち着けば私にできてせんちゃんにできないことなんて1つもないよ。悔しい!死ねばいいのに!」
姉が生きていた頃に私によく笑って言っていた嫌みを脳内で繰り返す。
お姉ちゃん、それであんたが先に死んじゃうなんて笑えない冗談だよ。
整理しなければ。
私がチュートリアルを終えるまでに抱えた大きな問題はなんだろう。
ぷっちょに目をつけられた。
ののかに秘密がバレた。
もんじゃが食べたい。違う。姉を殺したやつかもしれない。
まだ回らない頭を無理矢理回転させる。
何故かぷっちょに目をつけられたが勝算の薄い勝負をけしかけられても拒否すれば問題ない。
勝負以外での戦闘行為は禁止と姉のメモに書いてあったから報復も気にしなくて良い。
もんじゃのことについても特に急ぐことではない。むしろ時間をかけたい。
姉を殺した張本人である確証を得て確実に殺せる段階まではとりあえず勝負は引き延ばそう。
ギブアップなんて白けた手段を選ばれない方法も考えなくては。
取り急ぎ片付けなければいけない問題はののかだな。
どうやらこのゲームの生命線となる私のスキルについて知られているようだ。
時計に目をやる。針が17時半を指している。
とりあえず会わなければ考えようもない。
昔からアドリブは苦手なのだが仕方がない。
ののかの目論見を知った上で対処しよう。
むしろよかったではないか。
私の知らないところで秘密がばれ、知らぬ間に広まるよりは接触してきたことに感謝せねば。
まだ運は私に向いているのだ。
ジャージを羽織り、11月になり肌寒くなってきた外へ出る。部屋よりは明るいが若干薄暗くなってきている。
特にやることもなかったため、そのまま待ち合わせのカフェへ向かう。
ののかは2時間後にいきつけのカフェに来るよう言っていた。ログアウトした正確な時間は分からないが19時ごろにくるのだろうか。
姉が好きだったモンブランを食べながら窓際のカウンターから空を見上げる。
姉が亡くなってから3ヶ月が経った。
私がそれを知ったのは1ヶ月前。
私はこの1ヶ月生きる意味を見出せなかった。
親にさえ見放された出来損ないの私に唯一笑いかけてくれた。
私はその笑顔が好きだった。
生きていていいと言ってくれているようで私を焦燥感から解放してくれた。
私はこの人のために生きて、この人のために死にたかった。
姉は私の全てだ。
今までも。これからも。
このゲームを見つけて姉の復讐というようやく生きる意味を見つけたのだ。
初日からおじゃんにされてたまるか。
きっと誰もが思う綺麗事を私は心の奥底に閉じ込めて蓋をした。
それを考えてしまったら私はきっと、もう立ち上がれない。
「ふふんふんふんふーん。ふふんふんふんふーん。」
入り口からイヤホンをつけ、キャスケットを被った女の子がどこぞで聴いたことあるメロディの鼻歌を歌いながら入ってくる。
たしか大分古いアニメのオープニングだったかな。
見た感じ高校生くらいだろうか。
そのまま鼻歌を歌いながら2人席に座り周りを見渡す?
キャスケットを深く被っているから顔がよく見えないが髪型は黒髪のボブであり、身長は小さく華奢な体つきをしている。
いや、私も人のことを言えないくらい栄養失調気味の体型だし、身長も私の方が小さいのだが。
ていうかキノコみたいな帽子ってキャスケットのことか?であれば時間的にもあれがののかか?
声をかけて人違いとかだったらすごく恥ずかしい。
もしそうなら高校生でさえ、あんなゲームに手を出しているなんて驚きである。
10分ほど悩んだ末、食べかけのモンブランとコーヒーを持ち、無言でその女が座っている席の正面に座る。
「‥‥?」
無言で首を傾げだす。
勘弁してくれ。まさか、ののかじゃないのか?
「あ‥あのー、ののは人と待ち合わせしてるのです。相席はちょっと‥。」
「‥‥にーなだ。」
「え!?あ!にににに、にーなさん!あははは‥‥ゲームと全然違う‥そりゃそっか‥。
クマ‥す、すごいです!ちっちゃくて可愛いです!」
失礼極まりないな。年下にところどころ馬鹿にされているようで腹が立ったがそんなことはどうでもいい。
こいつがののかで間違いないようだ。
「あ、あああ、改めまして原村ののかです。よろしくお願いします‥‥。」
まさかとは思ったがこいつ、ゲームで本名を名乗っているのか。頭沸いてるんじゃないか?
「本名を名乗るつもりはない。にーなでいいよ。で、要件はなに?」
「えっと‥要件?」
ゲームのときと違ってずいぶんともどろもどろ話すやつだ。
そして目が泳いでおり、目が全然合わない。
典型的な人見知りだ。
私もそうだからよくわかる。
「私の秘密を知った上で会いたいってそういうことでしょ?脅迫でもされるのかと思ってたけど。」
「きょ、脅迫だなんてとんでもない‥です。
ただ‥にーなさんとお話がしてみたかっただけです‥‥。だから咄嗟にあんなこと言っちゃいました‥脅すつもりなんてなかったのに‥。」
ののかは下を向きながら、おどおどしながら、でもはっきりと否定した。
嘘をついているようにも見えない。が、信用もできない。
人見知りが自分から初対面のやつと話したいなんて思うだろうか。自分で言うのもあれだが、私は別に人に好かれるようなタイプではない。むしろ逆である。
それ以前にそう思う理由が見当たらない。
「ちなみに私の秘密ってなんのこと?」
「‥‥にーなさんのスキルのことです。」
やっぱりな。想定内だが非常にめんどくさい。
「の、ののは誰にも言わないのです!」
「そっか。ありがと。その辺の話も含めてゆっくり話したいな。ここじゃ人も多いし、カラオケでも行かない?」
言葉の約束なんて信用できるか。
使えるかどうかは別として敵でいられるよりは同じチームに引き込むべきだな。
それまでは今日帰すつもりはない。
個室なら逃げにくいだろうし、万が一に他のゲーム参加者に聞かれることもない。
「カラオケ‥!‥でもののあんまり持ち合わせのお金がなくて‥‥。」
ののかが頼んだであろう1番安いコーヒーに目をやる。金銭関係でこのゲームを始めたのだろうか。
「いいよ。それくらい私が出すから。」
小さいがここで恩を売っておくのも悪くない。
てか、くそ運営から1000万リルド配布されただろ。そんな余裕がないなら少しくらい換金してから来い。
「あの‥でも‥悪いし‥‥。夜はカラオケ‥高いって聞いたことあります‥‥。」
駄あほが。なんてテンポの悪い会話だろうか。
めんどくさいこと極まりない。
ののかの言葉に返事せず空の食器を戻し、店を出る。
「あ‥ま‥待って‥。」
半分くらい残っていたコーヒーを一気に飲みほし、ののかがついてくる。
危ない。またやってしまった。私は堪え性がなさすぎるな。
このままののかと別れて困るのは私なのに。よくついてきてくれた。
「大人1人と学生1人で。」
そのまま近くのカラオケに向かう。
ののかはありがたいことにちゃんとついてきている。
「あの‥すいません‥。」
「いいよ。こういうときはお礼言ってくれたほうが私は嬉しいけどね。」
「あ、そうですね‥すいません‥じゃなくて‥ありがとうございます‥。」
姉に散々言われた文句を私が言う日がくるとは。私も大人になったものだ。
「あ‥でも、のの24歳なので大人でお願いします‥。」
「まじか。」
どう見ても高校生くらいにしか見えない。
まさか年上とは。
「うわぁ。すごい。のの、カラオケ初めてきました。」
部屋に入るやいなやきょろきょろ周りを見渡す。私が言えたことではないがこいつ、友達いないのか?
「私はお姉ちゃん以外とくるのは初めてだよ。」
「あ、お姉さん‥。すいません‥嫌な話ふってしまって‥。」
「ののかさん、私の姉が亡くなったこと知ってるの?」
「‥知ってます‥‥。」
「すごいね。びっくりだわ。私のことどこまで知ってんのさ?」
「‥チュートリアル中、にーなさんが考えていたことはだいたい‥‥。」
「‥‥心を読むスキル?」
「あ、あの!わざとじゃないんです!可愛い人だなぁってつい目で追っちゃって‥。」
なるほど。つまり私はこいつに自分のスキルについて、姉のことについて、復讐でゲームを始めたことについて、それ以外にももろもろ気づかぬうちに話してたようなもんか。
「のののスキル‥テレパシーで喋らなくても相手と意思疎通ができるのです。」
なるほどなるほど。
その能力でチュートリアル終わりに私にテレパシーを送ってきたわけだ。
でもなるほどじゃない。
てっきり心を読むスキルかと思ったらテレパシーか。思っていたのと違う。
「そのスキルの制限事項が視界に入っている相手とはテレパシーができない。その代わりに相手の思考を読み取ることができる、ってことみたいなんです‥。」
「なんだそれ。もはや制限事項でもないな。
スキルが2つあるようなものだろ。」
羨ましい。制限事項に悩まされている私がアホらしくなる。
それにしてもここまでの流れからするとどんな形であれ全てのスキルに制限事項があると考えてよさそうだな。
「すいません‥だから最初は可愛いなぁってガン見してただけなんですが、にーなさんの考えていることが聞こえてきて途中から気になっちゃって‥‥。」
「あー、もういいよ。」
嘘をついているようには見えない。そもそも嘘をついてまで私に接触するようなメリットはないだろ。
今回はののかのように敵意のない相手でよかった。
今後、ののかと同じようなスキルを持ってるやつにあったら終わりだな。防ぎようがない。
なんて糞ゲーなのだろう。
「ひひひ、現実はどきつい顔面で残念だったな。」
「そ、そんなことないです!か、可愛い‥!‥とののは思います‥。」
「いいよ、お世辞なんて。それより現実世界ではその心を読むスキルって使えんの?」
「ま、まさか!使えないですよ!ゲーム内でだけです!」
「だよね。よかった。」
ならこっちではある程度、悪巧みしても悟られることはないということか。
さて、どうやって同じチームになってもらおうかな。こういうタイプには直接お願いしたほうが有効的か?
「あ‥あの!‥えっと!にーなさんにお願いがありまして‥‥!ののをにーなさんと同じチームに入れてください!」
願ったり叶ったりだ。
まさか向こうから提案してくれるとは。運もここまでくると裏を疑るぞ。
「いや、まぁ‥私もあんたを誘おうと思ってたから嬉しいよ。」
「ほ、ほんとですか!?誘ってくれようとしてくれたんですか!?」
「でもちょっとうまくいきすぎな気がするわ。」
「え?え?」
「私って人に好かれるより嫌われる方が得意な人だからさ。数時間前に会った他人にそこまで好意を向けられると逆に疑うわけよ。なんで私みたいな復讐にしか目がいかない人にそんな良くしてくれるの?チームに誘うのも苦労するだろうなって思ってたよ。」
少し攻めすぎたか?
まぁこの疑念を晴らさないで仲間になるのはちょっと無理だ。
それにこれで引くくらいならチームにならないほうがいい。どこで裏切られるかわかったものじゃない。
「えーと‥‥のののこと可愛いって言ってくれました!」
「‥‥言ってない。思ったことをあんたが勝手に読んだだけだ。仮に言ったとしてそれだけでそうなるもんなんか。」
それに現実のののかはネクラにしか見えない。
アバターとあまり変わらない容姿をしてるが正直、可愛いとは思えないのが本音なのだが。
「‥‥お恥ずかしながらののは友達がいません。皆無です。だからそんな風に思ってもらえるのが嬉しくて‥それに‥。」
「それに?」
「にーなさんは今日、来てくれました。ののが必要だって思ってくれました。
ののはにーなさんの役に立ちたいです。」
ばかだ、こいつ。
駄あほなお間抜けな腑抜けだ。
そんなことで同じチームになろうというのだろうか。
今日私がここに来たのはそれが最善だと思ったからだ。ののかを仲間に誘うのも同じだ。
別にこいつのためなんて一切考えていない。ただ、こいつがいいように解釈しているにすぎない。
情に流されやすい人間は早死にする。こいつも遠くないうちにそうなるだろう。姉もそうだった。どいつもこいつもばかなのだ。
見てていらいらする。
カラオケの電話が鳴る。
「ののかさん、あと5分だって。もう遅いし帰らなくて大丈夫?」
「あ、のの両親いないし一人暮らしなので大丈夫です。」
「へぇ、会社は?」
「え?ののニートですよ?」
なるほど。気を使うだけ無駄なやつか。
「あー、とりあえず延長で。」
そういって受話器を置く。
「‥いつもそれだけ流暢に話してくれれば話が早くて助かるな。」
「あ‥すいません‥努力します‥。」
「そうして。これから付き合い長くなるんだから。」
俯き気味だった顔をあげ今にも涙が溢れそうな大きな両目で私を見る。
なんだ、ちゃんと前向いてりゃ可愛いよ、あんた。
「それって‥‥。」
「そういう面倒な説明は嫌い。察しろ。これから朝までこれからのことを話し合うから。」
「はい!わかりました!」
「最初だからちょっとソフト目に話してたけどこっからは素で話すから。嫌になったら別に消えていいから。」
「はい!死ぬまで消えません!」
「あとあんたのほうが歳上だから別に敬語いらない。私は使わんけど。」
「はい!努力はしてみます!」
「じゃぁ、よろしく。」
「よ‥よろしく‥おね‥おねぎゃいしますうぅ‥!」
「めんどくさい。泣くな。」
「ぢょっどむりでずうぅ‥‥!」
私もたぶん長く生きれない人間だな。
守られてばかりだった私が少し姉に近づけた気がして少し嬉しかったりする。