チュートリアルを終了致します
意識が戻ったとき、視界が綺麗な青空でいっぱいになった。
ああ、仰向けで倒れてるのか私。
その視界が左右ずれがないことに少し安堵する。
『にーなさんの意識が戻ったので30秒後に勝負を再開致します。』
私はどれくらい意識を失っていたのだろう。
まぁ、なるほど。どんな無残な殺され方をしようと3回戦闘不能になるまでは何事もなく復活するわけか。さすがゲーム。マリオもビックリである。
だが痛みは本物だった。初めて死というものを間近で感じた。感じたことのない恐怖だ。
チュートリアルでさえ、もうギブアップしてしまいたい気持ちにさせてくれる。
が、まだだめだ。
上手く力が入らない足でなんとか立ち上がる。
あまり不自然な行動は避けたかったけど仕方がない。
同じチームであるジョー達のほうに身体を向ける。
「んへあ?なになに?ギブアップするの?」
髪の毛で地面の一部を切り抉る。
「うっは!切れ味ぱねぇ!てかこっち向いてやるなし!敵はあっちだ!こえーよ!」
「1回殺されたんだ。まだ頭が混乱してるのかもな。」
ナイスだ、ジョー。そういうことにしておけ。
そしてわかる。わかるぞ。
さっきとは感覚がまるで違う。
自分の髪を手足のごとく動かしたり変形させたりできるのがわかる。
つまり、嘘が本当になり、私は今、髪の毛を伸縮変形自在に変えるスキルを使えるようになったわけだ。
発動条件についてもう少し考えたいが死んだときの感覚が残っており、頭が上手くまわらない。あと時間がもうない。
「くあははは!それがあんたのスキルか!すげえな!」
さっきは発動できなく、真っ二つにされたが今度はそう簡単には殺されないはずだ。
これであいつも私の嘘を認識し、信じたはずだから。正面切ってスキルが使えることを願う。
また使えなかったらまた真っ二つにされるだろう。もう死ぬという感覚を体験するのはごめんだ。
『30秒経ちましたので勝負を再開します。』
アナウンスの声とともに正面に振り返る。
よし、振り返ってもスキルを使える感覚はなくなっていない。使えそうだ。
ゆるせいだーが右腕全体を振りかざしているのが見える。
先程は見ていなかったがそうやって真空の刃を飛ばして私を真っ二つにしたわけだ。
刃そのものは見えないがモーションがある分、避けやすい。が避けるなんてナンセンスだ。
最悪、私はあと2回死ねる。その間にこの髪の毛のスキルがどれだけ応用がきくか試しておかなければならない。
当分、私はこのスキルを押し通さなければいけないのだから。
ツインテールで結われた髪を先から細かく分け、正面を覆う。
直後、驚くほどの衝撃が髪の刃に衝突した。
3メートルほど後ずさりしてしまったが無傷だ。どうやら上手く真空の刃を防げたようだ。
いいな、これ。意外と応用がきく。
相手に信じ込ませさえすればその後はある程度、私の理想の形で真実になるようだ。
防御にも攻撃にも使えるし、咄嗟ながら悪くないスキルをチョイスできたかもしれない。
「マジかよ!俺の真空切りを防ぐのかよ!すげえ!」
まだゆるせいだーには余裕がある。勝負が始まる前に色々試していたのだろう。
まだ完全にあいつのスキルを打ち破ったというわけではなさそうだ。
「あんたごときに真っ二つにされて体も心もクソ痛くてさ。癖になりそうでこれ以上はごめんなんだわ。」
「うはは、口悪りぃ。やっぱり猫かぶってたかぁ。」
ぷっちょの声で少し我にかえる。
いけない。余裕がないとすぐ素がでてしまう。
今も死んだ時の痛みが残ってるような気がして恐怖で足ががくがくなのだよ。
そういえば口が悪いって姉によく注意されたな。あの時は鬱陶しい以外思わなかったけど、もうそれさえも聞けない今となると少し切ない。
「くあははは!これが俺の本気だとでも思ったか!?俺のスキルの真骨頂はここからだ!俺の真空切りは操作可能で、見えない上にどこからでも攻撃がー
「話が長い。声がでかい。」
駄あほが。可哀想な真空切り君だ。
腕を振るという制限事項があったとしても何も喋らず、速攻をかましていれば正面から1回、背後から1回で最大2回、相手を戦闘不能にできただろうに。
1回目の奇襲は悪くなかったと思う。
その後、自分のスキルについて声高らかに説明するのは気分が害するくらいまぬけである。
2回目の攻撃も死角から攻撃できるのに正面きって攻撃してくるのも吐き気がするくらいあほだ。脳みそついてるのか、こいつは。
駄あほが倒れる音が闘技場に静かに響く。
あまりに気分が悪くて説明がおざなりになってしまったが喋っている最中に私の髪の毛で両腕を切り飛ばしてやった。
「あがぁぁあああ!!いてぇ!いでええぇぇ!!」
すごい。腕が切断されたときは血が噴水みたいに飛び散るのか。B級のホラー映画の血の飛び散り方が異常だと思っていたがあながちそうでもないみたいだ。まぁ、これもゲームなのだが。
「簡単には戦闘不能にはしません。
3回しかチャンスがないもので。私はまだあなたで試さなくてはいけないことがたくさんあるのですよ。」
髪の毛のスキルは攻撃の面でも私の理想通り非常に優秀である。
髪の毛全体をまとめて刃にすることもできるようだし好きな毛先から、いや髪の毛1本1本でも刃にできるのが感覚でわかる。これで大振りしなくても攻撃が可能だ。
しかも刃に変えなくても髪の毛を自分の意思で伸縮自在に手足のように好きなように動かせる。
刃というより、自由自在に操れる鎖鎌に近いな。そして防御にも使えるとかもはや最強なのではないだろうか。嘘がバレなければだが。
防御面の耐久性についてもう少し試してみたいものだ。
あと、刃以外の何かにも変えてみたい。
私の好きな漫画の女の子は髪の毛を大きな拳に変えていたな。
「ゆるせいだーさん、それだと反撃もできないですよね?1回殺しますね。次は簡単に死なないでください。」
痛みに耐えられず地面を左右に転げ回るゆるせいだーの動きが止まる。そして身体が小刻みに震える。
「ぎ‥‥ギブアップする‥!もう‥やめてくれ‥‥っ‥!」
「‥‥そうですか。」
『ゆるせいだーさんがギブアップしたのでにーなさんの勝利です。』
へなちょこが。試したいことの半分も試せなかった。
いや、これが普通なのだろう。
いつの間にかゆるせいだーの腕が再生されていた。
「‥‥笑いたきゃ笑えよ‥。」
「‥‥笑いませんよ。」
ゆるせいだーが滑稽だなんて思えない。
体を真っ二つにされたとき、痛覚は本物だった。そして死ぬという感覚も。
今、体が五体満足でいることへの違和感が拭いきれない。
誰だって死ぬのも痛いのも怖い。
私だって今だに体の震えを抑えるのにいっぱいいっぱいだ。
ギブアップしたくなる気持ちだってわかる。
もうあんな感覚を味わうのはごめんだ。
「あなたみたいな駄あほでどヘタレな人のこの先を考えると哀れすぎて笑えもしないです。
そんなヘタレではチームに入れてもらうのも難しいんじゃないですか?入れたとしてもすぐギブアップするなんでチームの信頼なんて得られないでしょう。それ以前に耐えられるんですかね?今回はギブアップがあったからよかったものの、勝負によってはギブアップなんて存在しないかもしれませんよ?腕を切り落とされただけでぎゃんぎゃん泣くあなたは殺されるときどんな顔するんでしょうね。
残金尽きるまで静かに暮らすことをお勧めします。その方が長生きできると思いますから。」
だからそれを回避できるのであれば私はなんだってする。頭はあれだがゆるせいだーのスキルを考えるとこれで戦意喪失してくれれば儲けものだ。チュートリアル後、戦わない可能性はゼロじゃないからな。
あんな体験を何度も繰り返していたらゲームオーバーになる前に心がおじゃんになる。
ゲームオーバー以前にできるだけ戦闘不能にならないようにしなければ。
そのためなら私はなんだってする。他人だって陥れてやる。
私はまだ死ねない。
『続きまして3回戦を開始します。ジョーさん、ゆきさん。1分以内に闘技場の中央にお越しください。』
チームが待機している方に戻る際、ジョーとすれ違ったが特に会話はない。
恐怖しているか集中でもしているのだろう。
「うはは、にーなって可愛い顔してすげーつえーのなぁ。口も悪りぃしぃ。」
待機場所に戻るとぷっちょが声をかけてきた。
やけにご機嫌だな。
「いや、あれは相手の頭が悪かっただけですよ。」
「あー、いーいー、敬語なんか使うなよぉ。
今後、殺し合う仲だろぉよぉ。」
「‥可能性はあるな。」
「ほんとはさ、にーなが弱ちかったらあたしのチームにいれてやろぉと思ったけどやめた。
あたしのチームにはつえーのはいらんのよ。」
「‥‥さっき先輩のめっちゃ強いチームに入るって言ってなかった?」
「んへぁ?言ってないって。めちゃんこ強いチームの先輩と知り合いだって言っただけじゃん。あたしは自分でチーム作る気だから。」
この話は長いのだろうか。
もうすぐジョーの勝負が始まる。
できれば外野から1度観戦しときたいのだが。
『それでは時間になりましたので始めてください。』
「そんでさぁ。」
ジョーの勝負が始まっても興味がないように話を続ける。
「あたしのチームには強いやつはいらんわけよ。弱いやつだけでいい。こき使えるからね。」
「よくないだろ。今回みたいな1対1の勝利数の競い合いだったらあんた1人じゃ勝てない。」
「うはは。そんときゃぁ負ければいいじゃん。死ぬわけじゃあるまいし。あたしが負けなければあたしの自尊心も痛まないわぁ。
あたしはあたしがムカつくやつをぶち殺したいだけだからぁ。」
ジョーが相手に銃を連射している。
よく見ると腕がマシンガンになっている。
「ぶち殺したいやつが強いのは嬉しい。何もかもをぶち壊してやりたくなる。」
気がつくとマシンガンを撃っていたジョーの首が180度曲がり首がこちらを向いている。
相手が何をしたのかもわからなかった。
「うはは、理解した?そういうことだからその内よろぉ。」
相変わらずジョーには興味がないようで話をやめない。
そんなことより今のスキルは何だったんだ。
ジョーの首はなんでひん曲がった。
ジョーはそのままギブアップしたため、結局わからずじまいである。
くそ。思った以上にとんでもスキルが多いな。
自分のスキルももう少し考えてから決めるべきだったか。
『続きまして4回戦を開始します。ぷっちょさん、アキラさん。1分以内に闘技場の中央にお越しください。』
「うはは、ようやくあたしの番ってわけだぁ。」
できればスキルを見せたくないって言った割には待ってましたと言わんばかりに目を輝かせている。
自分のスキルに相当自信があるのか?
結果、ぷっちょの圧勝であった。
相手のスキルは視界にうつる場所であればどこでも自然発火させることができるスキルだった。たぶん悪くないスキルだ。
だがぷっちょには傷1つ負わせることができなかった。
ぷっちょの能力に名をつけるならオートカウンターといったところか。
あやゆる攻撃を無力化どころか跳ね返すシールドが体を覆っているようだ。
炎を弾きながら1回、炎がダメならと、殴りかかってきたところを1回ナイフで首をかっ切り、2回戦闘不能になったところでギブアップした。
炎どころか物理的な打撃さえ跳ね返すようだ。
殴りかかったはずのアキラの拳が逆に折れる音がした。
「うはは。にーな。そのうちなぁ。」
勘弁願いたい。勝算のない勝負などしたくない。
後々知るが、チュートリアル前にアイテムの購入ができるらしい。
ぷっちょがナイフを持っているのはチームルームに集まる前に購入したからだ。
なにが何も知らないだ。
『続きまして5回戦を開始します。ヤマダさん、ののかさん。1分以内に闘技場の中央にお越しください。』
そしてチュートリアル最後の勝負がはじまる。
「すいません!棄権します!」
そして2秒で終わる。
勝負前に私に手を振ってきた女、ののかとかいうやつが速攻でギブアップした。
戦闘向きのスキルではないのか、なにか考えがあるのか、どちらにしろ勝負はこちらの勝ちで幕を閉じた。
『これでチュートリアルを終了致します。
各自、自分のチームのチームルームにお戻りください。戻りましたら5分後に自動で一旦ログアウトされます。その後は自由にこのゲームをお楽しみ頂けます。最初はチーム探し、もしくはチーム作りに専念することをお勧め致します。それでは今後ともよろしくお願い致します。』
長いようで短いチュートリアルがようやく終わった。有意義なようで課題が残るような内容ではあったがとりあえず現実世界に戻ったら今後について再度考え直そう。
スキルの良し悪し、使いこなせるかで今後の生存率も大きく変わってくるだろう。
得体の知れないスキルが予想よりも多そうだ。チームを作るつもりだったがまずはどこかに所属するのも手かもしれない。
とりあえず疲れた。
現実に戻ったら行きつけである町田のカフェに行って少し休もう。
姉が生きていた頃はよく一緒に行ったものだ。
今日は平日だしそこまで混んでないだろう。
『にーなさん!よかったらこの後お話しましょう!にーなさんの住んでいるところならののは意外と近いことを知りました!いや、意外と遠いんですけどね!会いにいきます!』
闘技場を後にしようとしたとき、頭に直接、先ほど手を振っていた女の声が響く。
振り返るとののかはこちらに背を向けていた。
『にーなさんの秘密面白いです!もっと聞きたいです!2時間後ににーなさんの行きつけのカフェで待ってますね!キノコみたいな帽子かぶってますから声かけてください!』
背を向けたまま、ののかの声が頭に直接響く。
こいつのスキルなのだろうか。
テレパシー?いや、そんなことよりも私の秘密だ?
秘密と聞いて1つの事柄しか思い浮かばない。
まさか相手のスキルがわかるスキルか?
なんにせよ私のスキルがバレたのか?
冷や汗が止まらない。
もしバレたのであればこいつを敵に回すのはかなりリスクになる。
ののかがどんな思惑で声をかけてきたかは知らないが私に会いに行かないという選択肢はない。もはや脅迫である。
もし、あいつが言っている秘密とやらが私のスキルであれば、いや、十中八九そうだろう。
そうとう厄介である。
まず敵には回したくない。
だからといってこんな脅迫めいたことをしてくるやつなんてまず信用できない。できればチームも組みたくない。
そもそもあいつの要求がわからないんじゃ対策のしようがない。どうすればいいんだ。
「んじゃ、おさきぃー。」
先にチームルームに戻っていたぷっちょが突然目の前から消えた。
ログアウトしたのだろう。
残り2人も気づいたらいなくなっていた。
私もあと30秒ほどで自動でログアウトされるだろう。とりあえず会いに行くしかない。
答えのない問題を悶々考えているともんじゃの部屋の扉が開き、小柄な男がでてきた。
その姿は小学生といってもいいほどだ。
「あー、終わったか。」
「もうとっくに終わってますよ。」
しょうもない男に冷ややかな視線を送る。
私のほうに目を向けると目を丸くする。
「お前‥なんで‥‥生きてたのか?」
鼓動が速くなるのを感じる。心臓が飛び出しそうだ。
この姿に反応したということは姉のことを知っている人物なのか?そして今の発言の意味はつまりそういうことなのか?
「‥‥‥わり。人違いだな。‥‥俺が殺したやつに似てたから‥‥。」
「もんじゃ!!てめぇ!!」
もんじゃに殴りかかろうとした瞬間、目の前が真っ暗になった。
『ログアウトに成功しました。機器を頭から取り外してください。』