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嘘つきにーなのゲーム録  作者: にゃの
楠になの人生譚
20/24

過去のお話をしましょう1


私の母は私が生まれてきたことを嘆き、暴力を振り、義務教育が終わる歳になると葉色コーポレーションに売られた。

15歳の3月のことだった。


私はどちらかというと不幸なほうだと思っていた。

それでも少なくとも憎悪という感情で母親と繋がっていた分、まだ幸せだったのかもしれない。


7歳になるにーなさんこと楠千尋さんを見ているとそうとさえ思えてくる。


異常な光景だった。


家族構成は母父姉と千尋さんでの4人構成のはずである。

はずなのだが、この家にある全てが3人分しかない。

椅子も食器も布団も洋服さえ、千尋さんのものは用意されていない。


更に驚くべきことは誰も千尋さんに関心を示すことがないことだ。


千尋さんが生ゴミを漁ろうと、勝手に冷蔵庫を開け、素手で食材を食べようと、勝手にお風呂を沸かし入ろうと誰も何も言わない。


殴られもせず、罵声を浴びされることもないどころか視線を向けられることもなかった。


まるで千尋さんがそこに存在しないような扱いを受けている。


彼らの心には千尋さんは存在していない。

そんな辛いことはあるのだろうか。


まだ殴られるほうがマシとさえ思える。

唯一の救いは姉である楠になさんだけはたまにバツの悪そうな表情をすることくらいである。


勝手に身支度をして勝手に学校に行き、勝手にご飯を食べ、勝手に寝て、勝手に成長していく。

給食費や教材費も千尋さんが勝手に財布から抜き取り、学校に持っていく。

学校でも交友関係は良好とは言えず、修学旅行で就寝時間になっても騒いでいる男の子の腕をへし折ったのには驚いた。

それでも両親は何も言ってこない。


そんな生活が小学校を卒業するまでの6年間、ひたすら続いた。


小学校を卒業すると千尋さんは何も言わず、母親の財布からお金を抜き取り家をでた。

中学には行かず、年齢を偽り、漫画喫茶に入り浸り、広告収入を得るためにブログをひたすら書き続けていた。


家族で旅行に行ったこと、友達と遊びに行ったこと、お姉さんと喧嘩をしたこと、仲直りしたこと。

架空の思い出を1日中ブログに書き続けた。


それを見ると千尋さんがどれだけ家族や友人からの温もりを求めていたのかがよくわかる。

それでも表情を変えない彼女を見ていると涙が止まらなくなる。


何故、こんな仕打ちを受けなければいけない。

彼女が何をしたというのだ。


それは彼女が1番欲しい答えだろう。

それでも、絶望せず、生きようとする千尋さんを見ると愛おしくさえ感じる。

もし、これが過去でなければ手を差し伸べたい。


残念なことにこれは過去で私にできることなんて何1つもない。

千尋さんの幸せを願いながら傍観するしかなかった。


そんな生活を1年ほど続け、ある程度のお金が貯まると小さなアパートを借りて、そこに住むようになった。

そこからはブログは書かず、証券会社から個人情報を盗み、売って生計を立てるようになった。

世間に騒がれていないところを見るとバレないように上手くやっているようだ。


決して褒められることではないが、彼女を責めていいものなのだろうか。

千尋さんはただ、生きることに精一杯なだけだ。


そんな生活が代わり映えなく2年ほど続く。

基本的にインスタント食品しか口にしていない千尋さんの顔はやつれ、栄養失調気味な体型が気になる頃、突然、チャイムが部屋に鳴り響く。


千尋さんはそれに反応することもなくひたすらパソコンの画面を眺めている。


次の日も、そのまた次の日も同じ時間になると部屋のチャイムが鳴るようになった。

しつこい日には1時間以上チャイムを鳴らす日もあった。

それでも千尋さんはひたすらにそれに反応することはなかった。


一体誰だろう。

家賃を滞納してるわけでもなく借金をしてるようにも見えない。

ここまでしつこく来る訪問者に心当たりがない。


「はぁはぁ。やっと会えた‥。やほぉ。お姉ちゃんだよ!久しぶり。」


その答えは1ヶ月後にわかった。

その日は6月にしては蒸し暑い日で部屋の換気のために珍しく窓を開けていた。


2階にあるこの部屋に千尋さんのお姉さんがよじ登ってきたのだ。

どうやら毎日チャイムを鳴らしていたのはお姉さんだったようだ。


「もぉ!チャイムくらいでてよ!私、体力あるほうじゃないんだから!はいっていいかな?」


それでも千尋さんは反応せず、キーボードを叩きながらパソコンの画面から目を離さない。


「あはは。タバコ臭い。ゴミだらけ。

こんなんじゃ男の子にモテないぞ。」


大量のカップラーメンの空容器と大量のタバコの吸い殻を見て鼻をつまむ仕草をする。


「‥‥うーん。そこまで無視されると傷ついちゃうんだけどなぁ。」


その言葉を聞いて初めてキーボードを叩いている千尋さんの指が止まる。


「あんたがそれを言うのかよ。」


相変わらずお姉さんのほうは見ず、パソコンの画面を見て話しているが恐らく怒りに満ちた顔をしていると思う。


今まで散々、自分を無いように扱ってきた相手が自分には無視するなと言ってきたのだ。

当然だと思う。


「‥‥ごめん‥千ちゃんと話がしたくて‥‥。」


「ふざけんな!何が話がしたいだよ!

帰れよ!話すことなんてない!」


小学1年から9年間分、千尋さんの過去を見始めたが初めて怒鳴る姿を見た。

それがどれだけ異常なことかを考えるとまた涙腺が緩む。


「‥うん‥ごめん‥また来るね‥。」


そう言ってお姉さんはドアから外に出て行く。


「もうくんじゃねえよ!!」


お姉さんがいなくなってから数分後、誰もいなくなった部屋のドア目掛けてキーボードを投げつける。


「なんなんだよ‥‥なんなんだよ‥‥。」


一週間ほどお風呂に入っていない髪の毛を掻き毟りながら頭を抱える。


心はどこにでもいる女の子なのに育った環境のせいで優しくされる手段すら常識外の彼女が改めて憐れに感じた。


「おっす!また来たよ。」


3日後。何事もなかったようにまた、お姉さんがやってきた。

今度は窓からではなくドアから。


「‥てめぇ、どうやって入ってきた?

鍵かかってただろ?」


「この前、鍵を拝借して合鍵作ったんだ。

気づいてないってことは昨日から外でてないんだね。」


「死ねよ。何であんな一瞬で鍵のある場所わかったんだよ。」


「いーじゃん!それより行くよ!ほら!」


お姉さんが千尋さんの腕を掴み、外に連れ出そうとする。


「は?!ふざけんな!どこ行くんだよ!」


「顔色悪すぎるよ!なんか美味しいもの食べに行こう!お姉ちゃん、お金いっぱい持ってるから!」


「1人でいけよ!私はあんたなんかと一緒にいたくないから!離せ!」


「いやだ!千ちゃんが来てくれるって言うまで離さないから!」


「‥っ‥‥あー!わかったから!行くから離して!」


「よしよし。じゃぁ、行こっか。」


満足そうに千尋さんの手を離し、外に向けて手招きをしている。


「待ってよ。私もう一週間以上お風呂入ってないから入らせて。‥‥臭かっただろ?」


「‥‥‥ぷ‥‥あははは!もしかしてそれ気にして離してって言ってたの!?」


少し照れくさそうにお風呂の準備をする。


「死ね。んなわけないだろ。あんたに触られるのが嫌だっただけ。」


「あー、待って待って。なら一緒に入ろうよ。

私も昨日は忙しくてお風呂入れてないのだよ。」


「ふざけんな。別に入ってもいいけど一緒は嫌だ。普通別々だろ。」


「照れんな照れんな。ほら、ちゃっちゃか服を脱いで!うえへへへ。」


「キモい!なんなんだよ!あんた!」


嬉しかった。

姉妹の関係なんてひとりっ子の私にはわからないけど千尋さんがこんなに人と話しているのを初めて見た。

だけど、わからない。


「‥‥なんで今更なのさ‥‥。」


抵抗が無駄だとわかり、縮こまりながらお姉さんに背中を洗ってもらっている千尋さんが小さく言葉をこぼす。


そうだ。なんで今更なのだろう。

小学生の頃はあんなに散々無視していたのに。


「‥‥さっきのさ。鍵があった場所のことだけど、すぐわかったよ。

千ちゃん‥昔から大切なものは窓の溝に隠してたから。」


千尋さんの華奢な背中に後ろから抱きつく。


「‥‥遅くなってごめん。」


「‥‥死ね。離せ。」


「‥うん。‥ごめん。」


悲しそうな顔を浮かべ千尋さんから離れる。


「もういい。謝られたって腹が膨れるわけでもないし。不自由なく暮らせてたのも事実だし。‥‥美味いもん食わせろ。もうそれでいい。」


「‥‥うん。‥ごめ‥わぷっ。」


お姉さんが言い終わる前に千尋さんがシャワーを顔面に浴びせる。


「次謝ったら殺すし、もう会わない。

もう謝らないで。」


「‥‥ありがと。」


「くひひ。変な顔すんなし。」


「だって‥だってぇ‥‥。」


シャワーで濡れててわからなかったがよく見るとお姉さんの大きな瞳から涙が溢れている。


どんな経緯で千尋さんがあんな仕打ちを受けるようになったかはわからない。

でも、それはお姉さんの本意ではなかったのかもしれない。

お姉さんだってその時、まだ小さい子どもだったのだ。

お姉さんもお姉さんで辛かったのかもしれない。


お姉さんの過去を知りたくなり、お姉さんに触れそうになるのを抑える。

まだその時ではない。


それにしても千尋さんはなんて強いのだろう。

もし仮に私にも同じように母親が謝ってきたら笑って許せるだろうか。

ちょっと自信ないな。


この2人がこの後、ずっと幸せでいてほしいと願う。

それが叶わないと知ってても願わずにはいられない。


アリーさんから事の経緯を聞いているから結末だけは知っている。


8年後、お姉さんは死に、千尋さんはあのゲームを始める。

変えようのない未来を思うと目の前で幸せそうに笑い合う2人を直視できなかった。


私はなんて無力なのだろう。

自分の修道服の裾を掴み、ただ2人を見守るしかなかった。



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