チュートリアルを始めましょう
「おー、きたきた。ここ座れよ。あんたで4人目だ。」
「うはは。女1人だったからすっごく心細かったわぁ、てか?陰気な空気さらしてんじゃねぇよぉ。」
部屋のドアを開けると高級マンションのリビングのような広い部屋にでた。
その中央のソファに男が2人、女が1人座っている。
私は姉のメモの最初のページに落書きしてあった姉のアバターと思われる絵を真似て自分のアバターを作った。
長い黒髪をツインテールに結い、目は漫画でよく見るお目目ぱっちりの私には似合わない可愛らしいアバターだ。
さすがに初参加でこの姿に反応するやつはいないか。もしかしたら姉を殺した張本人でさえ、反応しないかもしれない。
だが保険はかけといて損はない。
「今後は別のチームになるかもしれないが今は同じチームだからな。そして俺らは右も左もわからないひよっこ。作戦会議も大事かもしれないが時間のほとんどを情報共有にあてたいと思ってるがどう思う?」
私がくるまでその場を取り仕切っていたであろう筋肉を持て余してそうなアバターの男が提案してくる。
この世界での見た目は基本さほど重要ではない。
筋肉むきむきのアバターだからといって力に特化されているわけではないはずだ。
だがアバターは人間性がでる。
他には無意味な情報でも私にとっては重要な情報である。
部屋の片隅に貼り付けてある紙に目をやる。
『対戦方法:1対1。先に3勝した方の勝ち。』
できれば騙しやすそうな相手と戦いたい。最悪は私の順番が回ってこないで勝敗が決まることだ。
3番目以内にいれてもらえるようにしなくては。
「そう持ちかけるってことはあなたはそれなりの情報を持っているということですか?
自分が何も得られないのに情報を提供するのは共有とは言えないと思うので。」
「うはは。こわぁ。」
金髪の女が聞こえるように嫌悪の声をあげる。
私は間違ったことを言っていないのにこの言われようである。
セミロングな金髪で目がすわっている。見るからにばかそうな女である。
こういう相手は騙しやすそうで助かる。
見た目ってほんと大事。
「いや、ごもっともだ。この2人に俺の持っている情報を共有しようと思ったところであんたが来たんだ。もう1人はまだ来なさそうだしあんたも含めて話を進めようぜ。いいか?」
そう言いながらまだ開いていない扉を指差す。
なるほど。チュートリアルは5人チームというわけか。3勝したほうの勝ちというので大体想像はついたが。
それにしてもアバターとは似合わず、リーダーシップの取れる男だ。さっきから俯いて黙っているもう1人の男とは比べものにならない優秀さだ。
普通ならチームに1人は欲しい人材だが、私のチームにはいらない。
スキルがバレるリスクが高くなるだけだ。
私のチームはバカで使えるやつだけで揃えたい。
「そういうことなら問題ないです。あなたの次に私が持っている情報を共有します。」
初参加と言ってもこのゲームを始めるにあたって例外を除けば大抵は紹介人がいるものだ。そうでなければこのゲームの存在自体を見つけることも難しいだろう。
例外である私は姉の遺品からこのゲームを知った。姉のメモである程度は分かっているつもりだが、ほとんど情報を持っていないに等しい。
ここで情報をもらえることはとてもありがたい。
「よし、決まりだな。ジョーって呼んでくれ。
このゲームは元上司に紹介してもらって知った。チームもその人のチームに入れてもらう予定だ。その上司に聞いた話だがこのチュートリアルはどっちのチームが勝つかお金を賭ければ第三者が観戦可能みたいで、ここでの活躍によっては色んなチームから勧誘もあるって話だ。チームが決まっている俺はあまり関係ないけどたかがチュートリアルだからって手抜くと後で痛い目みるってことだな。」
なるほど。有益とまではいかないが悪くない情報だ。
つまりここで自分が使えると誇示すればある程度はチームを選べるわけだ。
そしてチュートリアル戦を観戦すればバカそうなやつをチームに勧誘も可能ということだ。
おそらくもっと有益な情報を持っているだろうがここは追求するところではない。
「じゃぁ、次はあんたの番だぜ。」
「にーなって呼んでください。私も会社で一緒だった同僚に聞いた話です。悪魔で噂ですが。
お金が底をつく、もしくは勝負時に3回戦闘不能になってゲームオーバーになったときに救済処置として敗者復活戦があるらしいですよ。」
言い終わった瞬間、頭の中で震災前に鳴るようなサイレンが響く。
『全ユーザーに影響のある嘘はスキルの対象外となります。無効とします。』
最初から言え。この無能運営が。
私にとって発言の1つ1つがリスクそのものなんだぞ。
「そうなのか。聞いといてよかった。実はゲームオーバーになったときのこと考えると結構ビビってたんだよ。」
どうやらこのサイレンの音とアナウンスは私以外には聞こえてないらしい。
「くひひ、悪魔で噂ですよ。うわさ。」
それにしても意外と簡単に能力が発動した。いや、しなかったけど。
この場合はどうなんだ。誰か1人が信じたのか。それとも過半数か。全員か。
わからないな。チュートリアル戦が始まる前にあらかた検証できればと思っていたが戦いに参加したほうがよさそうだな。
ここであまり発言するのも得策ではない。
「よし、次。あんたはなんか情報持ってないのか?」
そう言いながらジョーは金髪の女のほうに体勢を向ける。
「んへぁ?あたしぃ?ないない。先輩なんも教えてくれなかったしぃ。強いて言えば先輩のチーム、めっちゃ強いらしいからあんまあたしに逆らわないほうがいいぜぇ?あ、あたしぷっちょね。よろぉ。」
この女は演技なのか?素なのか?
後者だとしたら見た目通りバカっぽいな。
スキルがそこそこ使えるやつなら同じチームもありかと考えたがこいつもチームが決まっているようだ。
「まぁ、しょーがないか。あんたは?」
「‥同じく何も知らない。‥ヤマダだ。」
やっと口を開いたと思えばなんて使えない男なのだろう。
いや、実際は自分の持っている情報を開示したくないだけで見繕っているのかもしれない。
どちらにせよ私にとっては何の利益も生まない使えない男だ。
「うーん。無益じゃなかっただけよしとするか。」
『まもなく開始10分前となります。対戦順を決めてください。』
ジョーが唸ると同時にアナウンスが部屋に響く。
「もうそんな経ったか。30分は短いだろ。
本番は別日にも集まるべきだな。」
同感である。命がかかっている勝負の下ごしらえが30程度で終わるはずがないのだ。
「順番っても1人まだ来てないしなぁ。」
「来てない人は最初でいいんじゃないですか?
このままこない状態で勝負が始まったときの検証もとれるし。」
「んへぁ?どゆこと?」
ああ、この女はほんとに脳みそが湧いているんだな。安心だ。
「来てない人‥部屋の横にもんじゃさんって書いてありますね。もんじゃさんの勝負の番になったら不戦敗になるのか強制出場させられるのか。本番では試せないことはなるべくチュートリアルで試すべきだと思います。途中で来られたら試せないので1番がいいんじゃないかと。」
「なるほど。確かにな。じゃぁ1番はもんじゃってやつで後は適当でいいか?」
いいわけないだろ。お前の都合のいい順番にされてたまるか。
「もし反対がなければ私は2番でもいいですか?どうせ勝負が始まればすぐ分かるようなスキルなので今言いますけど私のスキルは髪の毛を伸縮変形自在に操れるスキルです。もしこちらが先に3勝したらそこで勝負は終了ですよね?できればチュートリアル中にいろいろ試しておきたいのですが。」
どうだろうか。本当っぽくそれなりなスキルを選択したつもりだが。
嘘をついてる本人はわからなくても嘘をつくとなにかしら違和感がでてしまうもんだ。
限りなく違和感なく話したつもりだしここで私の能力を除けば嘘をつく理由もないだろう。
これでバレるようであれば今後のためにこいつらを仲間に引き入れときたい。
「わかる。俺もあんたみたいに実戦で試したいようなスキルなんだ。俺も3番目以内にいれてほしいところだが他はどうだ?」
こいつがいてくれて信じてくれて助かる。話がスムーズだ。
「いんでない?あたしは逆にあんまスキルを披露したくないから最後がいいし。」
「‥同じく。」
「決まりだな。4番目と5番目はそっちで決めてくれ。俺は3番目でいいからあんたは2番目だな。」
こうも簡単に決まってくれるとは。
どうやら運は私に味方してくれているようだ。
スキルを披露したくないっていうのは私も同感だが私には検証をしなければいけない制限事項と説明不足のせい、要はくそ運営のせいでこのチュートリアルでやらなければいけないことが山積みだ。
ソシャゲのチュートリアルをスキップしていた頃が懐かしい。ゲームはやっていくうちに動作方法がわかるほうが楽しいから。
命が賭かっているとなると別だろう。
『時間になりました。中央に扉が出現しますのでそちらから勝負会場にお越しください。5分以内にこなければ不戦敗とみなします。』
「いきますか。これ‥全員集まらなくても大丈夫なんですかね?そのまま不戦敗になったりとか。」
「そんときはそんときじゃない?チュートリアルでよかったって思えばいいっしょー。」
なるほど。スキルを検証する場はなくなるが楽観的に考えればそうだな。やはりこういう駄あほはチームに1人は欲しいな。
どちらかというと私は後ろ向きに思考を巡らせてしまう傾向があるから。
「どちらにせよ、行こうぜ。ここまで待っても来ないならもんじゃはもう来ないだろ。」
ジョーの言葉に頷き、私たち4人は部屋の中央に出現した扉を開ける。
扉の先には何かの本で見たコロッセオのよう円形の闘技場に出た。
反対側には3人の男と2人の女が立っている。
あれが対戦相手のようだ。
その中の1人の女と目が合う。
ボブヘアーで目がぱちくりしているなんとも可愛らしい女だ。
「あー!可愛い娘と目が合いました!こんにちはー!よろしくお願いしますー!」
目が合ったと思ったらすごい勢いで手を振りはじめる。
「うへぁ。ウザそうなのが相手にいるわぁ。ウケる。」
あんたとどっこいどっこいだけどな。
「‥‥ジョーさん。あなたならこの場合、手を振り返しますか?」
「いや、返さない。もしかしたらスキルの発動条件の可能性も捨てられないからな。」
「ですよね。同じこと考えてました。」
どれくらいのスキルを気にしているんだ、この男は。人間不信にもほどがある。
この男には警戒しよう。
「無視しないでー!そこのツインテールの可愛いあなたですよ!金髪じゃないほうの女の子!」
「うはは、あたしが可愛くないほうみたいな言い方しやがった。ぶち殺してぇ。」
たしかに。
殺したいくらいやかましい女だ。
『それでは第1回戦をはじめます。
もんじゃさん、堕天使さん。闘技場の中央にでてきてください。1分以内に来られない場合は相手チームの勝利とさせて頂きます。』
どうやらチームでの負けにはならず1回戦が負けになるだけのようだ。
その後、もんじゃとやらは時間になっても来なかった。1回戦目はこちらの不戦敗で終わった。それにしてもチュートリアルに参加しないなど理解ができない。
限りなく可能性は低いがまさか経験者か?
1000兆リルドを支払ってやめたやつがまた戻ってきたのか?
可能性は捨てきれない。当分はこの名前には気をつけよう。
『続きまして2回戦を開始します。にーなさん、ゆるせいだーさん。1分以内に闘技場の中央にお越しください。』
どちらにせよ次は私の番だ。
自分が戦う前に参考程度に観戦したかったがまぁしょうがない。
2回戦なんて言わず3回戦にすればよかったか。
いや、なるべくジョーとは言い合いになりたくなかったしこれが最善だろう。
「女だからって容赦しないからな!正々堂々やろうぜ!よろしく!」
「‥‥お手柔らかに。」
暑苦しい男だ。名前を改名しろ。駄アホが。
『勝利条件としては3回戦闘不能にするか、ギブアップさせるかです。外野からの援護は禁止となっております。違反した場合はその場でチームの敗退となります。他にルールはありません。それでは始めてください。』
どうやら始まったらしい。ゲームなんだからなんか始まるときに効果音でも入れたらどうだろうか。わかりづらい。
とりあえずこの暑苦しい男に対して髪を刃物に変える能力が使えるかどうかだ。
「‥‥‥。」
使えない。というか使い方もいまいちピンとこない。
どっちだ。使えるが使い方が間違っているのか、あの暑苦しい男がこの嘘を認識していないから使えないのか。
なら先ほどこの嘘をついておいたチーム内に対してスキルを発動しようとしたらどうだろう。
自分のチームのほうに身体を向けようとした瞬間、左右の視界が縦にずれた。
その瞬間、血しぶきとB級映画で見るような内臓が視界に入る。
それが自分のものと認識するのに1秒ほどかかった。どうやったか知らないが私はどうやら真っ二つにされたみたいだ。
「くあははは!見たか!俺の真空切りは最強だろう!?制限事項はただ瞬きをしないだけだ!俺!最強!」
駄あほが。何声高らかに自分のスキルバラしてるんだ。
それを聞きながら私は地面に倒れた。
ぼやけた視界に私の左半分の身体から脳みそがはみ出ているのがうつる。
うける。たまたまなのか、そう見えてるのか、身体が半分になったら死ぬまでの間、視界は右になるんだな。
『にーなさんが1回戦闘不能となりました。』